PRESENT

ソメイヨシノ

0.今の現状


NT,XXXX年——。


日本、東京——。


それはひとつの殺人事件から始まった。


ボクの日常が壊れた。


引き篭もりのボクの日常が壊れる事は、とてもボクに不愉快な思いを与えた。


それは朝、いや、もう昼過ぎだった。


何かの雑音で目が覚めた。


それがテレビだと言う事に直ぐに気付いたのは、目の前でチカチカとテレビ画面が光っていたからだ。


テレビなんて、いつ電源を入れたのだろう、寝る間際だろうか。


いつ、寝てしまったのだろうか。


頭がズキズキする中で、テレビ画面はニュースを映し出していた。


見覚えのあるアパートが映っている。


「・・・・・・に住む林 景子さん27歳が昨夜、何者かによって殺害されたと言う——」


え? と、ボクは顔を起こし、テレビに見入った。


林 景子さんは、ボクの隣に住む女性だ。


余り認識はない。


引っ越した時に軽く挨拶をし、擦れ違えば、会釈をする程度で、只、表札でフルネームは知っていた。


大手の会社でOLをしていた事も、交友関係が複雑だった事も、今、テレビで知る。


そして、玄関のチャイムが何度も鳴っている事に、今、気付く。


ボクは、よっこらせと体を起き上がらせ、湿った布団から出て、玄関へ向かい、


「誰ですか?」


と、ドア越しに尋ねた。


「スイマセン、警察の者ですが、2、3、お話を聞かせて下さい」


本当に、こういうのが来るんだと、面倒そうに溜息を吐いた瞬間、ボクは自分のシャツが血まみれな事に驚いた。


「ちょ、ちょっと、ちょっと待って下さい!」


ボクは慌ててそう言うと、バスルームに走り、シャツを脱いで、そして、鏡を見た。


顔や手には別に何もついていない。只、シャツに夥しい程の血痕が。


何の血だ?


いや、血か?


ペンキとか絵の具とか?


それも全く覚えはない。


とりあえず、洗濯しないで放り投げられたままの別のシャツを着て、そして、玄関の扉を開けた。


「どうかなされたんですか?」


息も荒く、挙動不審な態度のボクに、警察は眉間に皺を寄せ、尋ねてきた。


「い、いや、あの、寝てたんです、そしたら、ニュースで、テレビが、ここのアパートが、隣の人が殺されたって聞いて、そしたら警察が来たから!」


「あぁ、そうパニックにならないで下さい」


ボクの寝癖の酷い頭を見て、寝て起きての直ぐの行動だと悟ってくれたようだ。


「昨日、何か物音など聞いてませんか? 争うような音や声、なんでもいいんです、何か思い当たる事がありましたら、教えてほしいのですが」


「昨日ですか・・・・・・昨日は・・・・・・夜・・・・・・そう、2時でした、午前2時、壁の向こうから、ゴトンと音が聞こえてきました」


「午前2時?」


「ボク、ゲームで遊んでいたんです。と言うか、その時間、大抵はゲームしてます。いつもは静かで、物音さえない時間帯ですから、音が聞こえた事は確かです、ゲーム音も消してましたから」


「住宅街の奥ですからね」


と、刑事は頷いた。


「壁の向こうで大きな音がしたので、ボクは壁の方を見たんです、ちょうど、壁にかけてある時計が2時を差していました。それからボクはまたゲームを始めて、そしたら、声が・・・・・・」


「声が?」


「声が聞こえました、未来がほしくないかって・・・・・・」


「え? 未来がほしくないか? それは男性の声? 女性の声?」


「あ、スイマセン、それ多分、夢です!」


「夢?」


「物音がしたのは、多分、現実で、そこから記憶が曖昧で、多分、何か声が聞こえたんでしょうけど、眠ってしまって、それがゲームとリアルと夢とがゴッチャになってるんだと思います」


「そうですか」


「スイマセン、ボクがわかるのはそれくらいです」


「いえ、ありがとうございました、また何かお気付きな事がありましたら、ご連絡下さい。なんでも構いませんので」


「はい」


ボクはドアを閉めた後、気付いてしまった事に、吐き気がした。


隣人の女性を殺したのはボクだ。


未来がほしくないか?


そう聞かれ、ボクは、ほしいと答えてしまった。


殺人を犯してしまい、ボクに未来はあるのか——?


今まで通りって訳にはいかないだろう——?


これから、どうやって生きていけばいいんだろうか——?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る