羊達の箱舟

ソメイヨシノ

1.招待状


酷い頭痛がする。


何も思い出せない。


頭をゆっくり起こしながら、立ち上がろうとするが、うまく立てず、再び寝転がる。


意味もなく呼吸が乱れ、だが、空気が埃っぽくて、口の中がざらつき、吐きそうになるから、口を閉じて、鼻で深く深呼吸。


一度、目を閉じて、ゆっくりと開け、そしてゆっくりと立ち上がる。


辺りを見回し、今、自分に起こっている状況に混乱しそうになる。


——どこだ?


——学校? 病院? 何かの施設か?


——薄暗いけど、今、何時頃なんだ? 朝か? 昼か?


窓から入る日の光。


だが、鉄格子がついていて、外には出れそうにない。


見える景色も木々ばかり。


なにもかも目に入るものに覚えはなく、初めて見るものばかり。


つまり、俺は、知らない場所に連れて来られ、捨てられるように、ここに置き去りにされたと言う事だろうか。


——いつ?


——誰に?


——何故?


兎に角、出なければ。


ドアがある。


あのドアを開けると、どこへ繋がるのだろう。


警戒している自分がいる。


当然だ、こんなシーンは映画や小説、ゲームなどで多くあるが、どれもこれも笑えない話で、幸せが待ち受けているようなものじゃない。


実際、始まりからしてハッピーではないのは、わかりきっている。


ジャンルはホラー、サスペンス、ミステリーなどになるのか。


それが今、ノンフィクションで自分に起きている。


慎重になろう。


汗ばむ額と手の平。


この部屋には何もない。


格子のついた窓がひとつ、天井には蛍光灯、床はフローリング、壁はもともとは真っ白だったのかもしれないが、クリーム色に見える。


それは窓から入ってくる光のせいかもしれない。


光は木漏れ日で、部屋に入る日は優しい。


だから余計に怖くなる。


全てが光で映し出されるのではなく、影もあるから、見えないものがある気がする。


窓の近くに立って、外を見るが、遠くまで木々ばかりで、人の気配はない。


だが、ここは一階だとわかる。


落ち葉だらけの地面が直ぐそこにあるからだ。


「・・・・・・蝶?」


窓の外、白い蝶がヒラヒラと舞っている。


あれは何と言う蝶だろう?


昆虫はよくわからない。


苦手だ。


小さい頃、昆虫採集をする友人に嫌悪感を抱いた事もある。


生きている虫の自由を奪い、狭い箱の中、綺麗に並べられる迄の過程で、虫のカタチを待ち針で作り、ラベルに昆虫を採取した日にちなどを書いていた。


今、思い出しても吐き気がする——。


窓から見える景色に、いつの間にか蝶はいなくなっていた。


窓の鍵は開けられるが、格子が邪魔で外には出られない。


窓を触ったり、床を触ったり、壁を触ったりしたせいで、俺の手の平は埃だらけになった。


ふと、自分の格好を見ると、白地のパーカーの上に赤のチェックのシャツを着たレイヤードスタイルと、ブラックのジーンズ・・・・・・。


どこかへ出かける格好だ。


普段なら、もっと簡単にシャツだけとか、パーカーだけとか、レイヤードにはしない。


「あ・・・・・・旅行だ・・・・・・」


高校卒業後、皆、それぞれの進路が決まり、俺も就職が決まっていた。


チェーン店のカフェで働く。


最初はデザインカプチーノに興味を持ち始め、あちこちのコーヒーショップに通うようになり、すると、カフェラテ、カフェモカ、キャラメルマキアートなど、いろんなコーヒーがある事を知り、更にコーヒーに興味が湧いた事がきっかけで、職は決まった。


まずは見習いからと言う事で、4月から働ける事になっていた。


その前に、卒業旅行に行こうと言うハガキが、クラスメイトから届いていた。


何故、ハガキかと言うと、俺はスマホを持っていない。


ハガキには、『家電もわかんないからハガキにした、返事はいらない、当日に集合場所に来ていなかったら不参加って事で——』そう書かれていた。


最後だし、クラスの連中、略、全員が参加するような事も書いてあったし、参加する事にしたが、気がついたら、こんな場所で、脅えている。


——そうだ、カバンは?


旅行に行く為、大きめのショルダーバックを肩から下げていた筈。


財布も入っていた。


「クソッ!!!!」


初めて、怒りを露わにした声を出した。


再び、記憶を辿る。


旅行の行き先は静岡県の楠ノ辺町にある久留間温泉。


待ち合わせ場所は現地集合だった。


だが、そんな町の名前、聞いた事もなく、地図にもないし、ネットで検索しても出てこない。


本当に静岡県に、そんな町があるのかも怪しい。


だが、ハガキには丁寧に電車の乗り換え、バスの乗り換え、徒歩まで詳しく書いてくれてあった。


何故、そんな聞いた事もないような町なのかと言うと、とても安い旅館の予約がとれたらしい。それもハガキに書いてあった。


朝夕のバイキングの食事、大浴場と露天風呂、カラオケもあって、一泊5000円。


確かに春休み期間で、この価格は安い。


「きゃー!!!!」


悲鳴が聞こえ、俺はビクッとするが、ホッともする。


俺以外に、人がいる。


悲鳴だったとしても、一人ではない事に安堵する。


だが、悲鳴と言うものは、驚いたり、怖かったりする時に出るもので、やはり、ここは慎重になった方がいい。


一先ず、深呼吸。


とりあえず、どうしようかなと考えて、やっぱり出て行くのがいいかとドアの前に立つ。


ドアに何か細工されてないか見た後で、ドアノブを人差し指の爪で、突いてみる。


ドアノブに、手をかける前に振り向いて、部屋を見回す。


武器になるようなモノもない、何にもない部屋。


よし!しょうがない!行くか!と、口の中で呟いて、ドアノブに手を置いた。


音を出さないよう、ゆっくりと静かに回し、何の仕掛けもない事を確認しながら、ドアをゆっくり開けると、そこは長いローカ。


直ぐに5人が立っているのが目についた。


ドアを開けた俺を、皆、振り返って見ている。


——コイツ等が俺をここに連れて来たのか?


——それともコイツ等も俺と同じで連れて来られたのか?


ふと、一人の男の手の中に、ハガキがある。


それは俺のハガキ。


「お前かぁ!!!!」


俺は我も忘れ、皆に近付き、その男の胸倉を掴んで吠えた。


「俺の荷物をどこへやった!? 何のつもりだ!?」


「は、離せよ、く、苦しい」


「答えろ!!!!」


「な、な、何も知らない、何も——」


「だったら、そのハガキはなんなんだぁ!!!!」


俺は男を突き放し、男が持っているハガキを奪う。


まさしく、俺に届いたクラスメイトからのハガキ。


「ゴホッ、ゴホゴホ」


襟元を締められ、苦しかったのだろう、男は息を何度も吐き出す。


少し小太りで、身長は低めで、キャップ帽子を被っている男。


服装は何かのキャラクターの絵がついたTシャツと、だぼだぼのジーンズ姿。


「お前等もコイツの仲間か!?」


周りの連中は俺の突然の行動に異様な程、恐怖を感じ、女の子二人は抱き合って震えているし、もう二人の男は少し遠くに離れて様子を見ている。


だが、遠くに離れていた男が一人、恐る恐る近付いてきて、


「き、君は神場 大地?(かみば だいち)」


そう尋ねてきた。


メガネをかけた、真面目そうな男だ。


紺のポロシャツに、ジーンズ姿。


俺はそのメガネを睨みつけ、


「神場(かみば)じゃない、神場(しんば)だ。俺の荷物でも漁ったか?」


少し冷静になろうと、落ち着いた声を出し、そう聞いた。


「違う、僕達は君と同じで、気付いたら、ここにいたんだ。君もそうなんだろう?」


「・・・・・・どういう事だよ?」


メガネは震える手で、少し高い場所の壁を指差した。


指を差した場所を目で追うと、そこには7つの藁人形がある。


藁人形には名前が一体ずつ書いてあり、釘で打たれている。


「・・・・・・俺の名前が」


「そう、これ、僕達の名前なんだ、男の名前は君以外、全員確認できてる、だから、後から現れた君が、残りの神場君だと思って——」


「じゃあ、なんで俺のハガキを持ってるんだよ!」


「それ、宛名を見てみなよ、神場君宛てじゃないよ」


そう言われ、確認すると、確かに、そのハガキの宛名は俺宛じゃない。


だが、内容は全く同じ——。


「そ、それは、ぼ、ぼくに来たんだよ」


俺が襟元を締めた小太りの男が、涙目になりながら、恐る恐る俺に近付いて、そう言った。


「ちょっと待てよ、これ、俺にも届いたハガキだぞ?」


「・・・・・・みんな、届いたんだよ、そのハガキ。クラスの誰かの名前を使って——」


メガネがそう言うが、意味がわからず、


「は?」


と、俺は眉間に皺を寄せた。


「つまりオレ達への招待状だったって訳だ」


そう言いながら近付いて来た男。


銀のピアスが光る。


十字架と翼の絵がついたTシャツとクラッシュジーンズ姿。


一人、髪の色が茶髪なのも目立つ。


「招待状?」


「あぁ、この場所への招待状——」


まるでこの状況を楽しんでいるように、ピアスの男は鼻で笑いながら言った・・・・・・。



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