第67話 ござる系女子
薪から立ち昇る煙を空へと見送る。流石に夜ともなれば空は黒に染まるようで、その中へと吸い込まれていく白い煙は見ていて飽きなかった。こうして延々と同じ風景を見ていても楽しめるのは良い年の取り方のように思う。できればこれからもこうして何気ない景色を楽しんでいけたら嬉しい。その時、隣に誰かいてくれると尚嬉しいのだが。
「将三郎さん、目覚めそうです」
「ん」
物思いに耽るのは終わりだ。視線を落とすと寝かされていたダークエルフが身動ぎをしていた。震える睫毛がゆっくりと開いていく。
「……」
「おはよう。気分はどうだ?」
できるだけ優しく、刺激しないように話し掛ける。
「……」
しかしダークエルフは何の反応もしなかった。ジッと僕の目を見るだけで、身動き一つしない。何を思っているのか、その瞳からは何も感じられない。
「僕らは攻撃するつもりはない。この通り、武器も持ってない。距離も取る。今から解放するから、少しだけ話がしたい」
武器は全員、事前に外してある。僕のレッグポーチの中だ。ヴァネッサには距離を取ってもらっている。アイザには渋い顔をされたが、これも全部警戒心を解いてもらう為のことだ。
ダークエルフの目が一瞬、僕の腰元を見たのを見逃さなかった。それだけでも十分な収穫だ。言葉は通じるし、まだ警戒している。
しかしこちらも無手でも対抗手段は沢山ある。攻撃されたとしても何とかなる。
宣言通り、影の拘束を外してやる。縛れていた手足、そして口。襲ってきたのはこいつだが、どこからどう見ても悪いことをしているのはこちら側の絵面だった。だがお互いに怪我もなく、こうして不自由な拘束も外した。これでお互いに元通りの関係になれた。
縛られていた手首を擦りながら起き上がる。逃げ出すならそれでも良かった。アイザ辺りが捕まえようとするかもしれないが、争いにならないのであればそれはそれで良いと思っていた。
だが、ダークエルフの少女は姿勢を正し、僕の前に座り直した。
「我が名はシキミ。ベノムエルフの民でござる」
ござる……。戦国時代かな? でもよく見れば身を隠す為の黒衣は忍者っぽい。
「僕は月ヶ瀬将三郎。偶然と運命の結果、このダンジョン【禍津世界樹の洞】の王となった。今は脱出がてら挨拶回りをしてる」
「王……でござったか」
皆の了解も得ずに勝手に王を名乗っている身ではあるが、ここに住む者達は比較的すんなり受け入れてくれている。そういう風にダンジョンが作られているのかもしれない。本来であれば上から下へと攻略し、最終的に八咫の沙汰が下る展開なのだろう。不本意な形で近道をした上に王として認めてもらえたのは本当に幸運だったのだと今でも思う。
なんて短編の回想を挟んでいるうちにふむふむと納得したシキミは自分の喉に向かって指先を向けた。
「この度は誠に無礼な行為を働いてしまい大変申し訳ない。この命で償うでござる」
「ちょ、馬鹿!?」
どんなスキルか魔法か知らないが、咄嗟に【
「いきなり死なないでくださる!?」
「無礼を働いたのであれば命を以て償うのは当たり前でござる!」
「無礼も何もお互いに知らない間柄だったんだからノーカンでござる!」
生まれて初めて初対面で自死しようとする相手に会えば流石に焦る。言い切ってから口調がうつっていることに気付き、ちょっと恥ずかしかったが……それよりもこの命の値段が非常に安い価値観を返させねばならない。
「僕は君と話したいのにいきなり死なれちゃ困るんだよ。無礼だなんて微塵も思ってないから死のうとしないで?」
「拙者と……話したい……?」
「そう。色々聞きたいことが沢山あるからさ……ん?」
シキミは僕の言葉に反応せず、もじもじとしながら頬を赤らめていた。
「拙者とお話……っ」
「あの、シキミさん……?」
「ハッ……!」
覗き込むようにしながら声を掛けると我に返ったらしく、慌てて佇まいを正した。まだ頬は赤いし呼吸は荒いが、ボーっとした様子もなく会話は可能のようだ。
「大丈夫そう?」
「大丈夫でござる!」
「じゃあ拘束外すけど、死なんでね?」
「死にたくないでござる!」
言ってることとやってることがバラバラなんだよなぁ……なんだこいつ……。
とりあえずそっと下ろしてやる。さっきみたいにいきなり死のうとはしていない。どうやら思いとどまってくれたようでホッと胸を撫で下ろした。
シキミはそっとその場に腰を下ろすと、深呼吸をしてから腰を折った。
「改めて将三郎殿、この度は無礼を働き申し訳ございませんでした」
「それはもう大丈夫だよ。シキミさん、よかったら君の住む場所に案内してほしい」
「さんだなんてそんな、呼び捨てで呼んでほしいでござる!」
「ま、まぁそういうなら……とりあえず今日はもう遅いし、休もう。この辺はモンスターはいないのか?」
「拙者の集落の者が定期的に狩っているので安全でござるよ!」
それを聞いて安心した。もちろん警戒心は残しているが、とりあえず多少は休めそうで安心できた。僕は焚火に掛けておいた鍋の蓋を開ける。溜め込まれた湯気がもわりと飛び出し、煮込まれたスープの香りが辺りに広がる。思わず胃がきゅぅと縮まるような、そんな香り。自然と口内に唾液が溢れてくる。
今日の夕飯はこのスープと焚火の横で焼き直したパンだ。スープはトマトベースにスパイスとかが適当に入っている。大体ガルガルで仕入れたものだ。どれも新鮮だし質も良くて、素材そのままでも非常に美味しい品だ。それをこの僕が適当に混ぜ合わせた。それでも美味しいのだから素晴らしい。まだ食べてないけど。
「とりあえず夕飯にしよう。大丈夫、毒は入ってないから」
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