第60層 悪辣湖沼地帯 -シニスター-
第65話 悪辣湖沼地帯
螺旋階段を下りながら八咫から次の階層の説明を受けた。
これから向かう【
その毒の水を吸って育っているのが【禍津世界樹】。これらの毒の除去は不可能だそうだ。
そして争いという部分は、先程の説明に出た毒に侵されながら生きているモンスター達が縄張りを主張する為に争い合っているらしい。リザードマン。ゴブリン。オーガ。アンデッド。他にも様々な種のモンスター達が群雄割拠に身を投じている。
巨大な根の麓に広がる劇物戦国時代。それがシニスター湖沼地帯という訳だ。
長く続いた螺旋階段も終わりが見えた。何の変哲もない扉の向こうは70層の安全地帯。そこで少しの休憩をとってから、僕達もまた、群雄割拠の渦中に身を投じることになるのだった。
【禍津世界樹の洞 第69層
安全地帯から抜けた先に広がるのは毒々しい光景だった。湖が蒸発し、毒の成分で構成された紫色の雲や霧が漂う世界だ。その雲の向こうには巨大な木の根が見える。嘘みたいなサイズで、山と言われても納得できるレベルだ。背景として同化しすぎているくらいに馬鹿げたサイズの根が足を伸ばし、シニスター湖沼地帯へと広がっている。
八咫と僕は自前の……と言っても僕は八咫から貰った物だが、仮面を着用しているお陰で呼吸は問題ない。アイザとヴァネッサにも僕と同じ物を渡してある。デザインは少々簡素だが。
「凄いな……」
「これ飛んだら死にそうだ~」
空を見上げたヴァネッサが溜息を吐く。巨鳥サイズの仮面もないし、飛べば秒で毒が回って死ぬだろうな……。ガルガルは階層都市という一つの場所で世界が構築されていたからヴァネッサの背に乗って移動ということはなかった。狩りでは助かったが、それはまた別として……次の階層ではラストハルピュイアの力で一気に抜けられたらなーなんて考えていたことが無駄になってしまった。楽したい一心でヴァネッサを死なせる訳にもいかない。
階段を登りきり、雑草を踏む。なんだか久しぶりの感覚に少し心が躍ったが、この草もまた毒草かと思うと心が病みそうになる。
「これらの毒草は薬にもなる。一概に悪という訳でもないのだ」
「毒薬変じて薬となる、か。それに毒薬は毒薬で使い道もあるしな」
「そういう訳だ」
とはいえ、あんまりいい気はしないので、できるだけ踏まないように気を付けながら先へ進む。
僕達が出てきた場所は足の低い草がまばらに生えた草地だ。草に影を差す低木。茂み。遠くに見える湖。空に浮かぶ雲。そして空。その何もかもが毒々しい濃淡様々な紫色や黒色で構成されている。この階層を出た後の青空を思うと今から目が染みてくる錯覚に陥るくらいに、紫だった。
頭を振って意識を入れ替える。八咫はここを戦場と言った。ならば、ここはもう安全ではないということだ。これまでのように観光気分で歩いていたら一瞬であの世行きになる。
「皆、油断はするな。いつ襲われても不思議じゃ……!?」
剣に手を掛け、皆に注意を促している途中、気が付くとその剣を抜いて振り返っていた。途端に響く金属音。王剣スクナヒコナの刃が鈍く光る紫色の短剣を受け止めていた。その持ち主は黒衣で全身を覆っていて体格や性別は分からない。ただ、布と布の隙間から覗いた目は驚愕で見開かれていた。
「何者だ!」
「うりゃあ!!」
アイザが短剣を引き抜くよりも早く、ヴァネッサの拳が黒衣の者の脇腹に刺さった。バットで打たれたボールのように弾かれた刺客は地面と平行に吹っ飛び、何度か地面を跳ねてからゴロゴロと転がり、ようやく止まる。気付けば先程見た湖の近くまで吹っ飛ばされていた。正直生きてるか怪しいが、正体を確認しない訳にはいかないので急いで現場へと向かう。
大急ぎで向かった先に転がっていた人物は気絶しているようでピクリとも動かない。殴られ、吹き飛ばされ、転がされたせいで顔を覆っていた布も剥がれ、その素顔があらわになっている。石か何かで切ったのか、胸元も破れて豊かな谷間も覗いている。女性だった。
そして驚くことにこの女性、エルフだった。髪の隙間から見える特徴的な尖った耳は、紛れもなくエルフだ。それも肌が浅黒い、ダークエルフだ。ただし髪色は紫色でアイザとは少し違うようだ。
「私と同じ、ですね……」
「……の割には襲ってきたな。危ないようならこっちも考えなきゃいけないぞ」
「できれば穏便にお願いします」
アイザも目の前で同族を殺されたくないのだろう。味方ではない、今のところ敵であるダークエルフの為に僕に頭を下げている。そうまでされて今がチャンスだと剣を振り下ろすことは僕にはできなかった。
「それは僕もそうしたいよ。まぁ恐らくこの辺りを支配してる部族の者だろうから、集落でも探してみるか」
「ありがとうございます、将三郎さん」
「僕も問答無用で殺しというのはあんまり気が進まないからね。でもその代わり危険そうなものは没収するから、アイザが集めて持ってきて」
意識のない女性の体を弄るのは流石に気が引けた。
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