第30話 戦争開始
いよいよ明日、作戦決行の日となった。僕は用意された部屋で1人、コメント欄を眺めていた。魔導カメラは僕を映すように設定してある。スマホの中の配信画面には、ベッドの上に座ってスマホを弄る僕の姿が見えた。
「あんまり話せなくてすまんな。イベント起きちゃってたからさ」
僕の言葉にリスナーは気遣いや苛立ちの声を上げる。できればコメント欄は逐一見たいのだが、ゲーム配信ではないのでそうもいかない。
カメラに関してはモンスターは把握できないようになっている。なんかそういう仕組みがあるらしくて、それはそれで助かっているのだがスマホにはそういう機能はないので、興味を持たれると厄介だった。
「エミ辺りに見られたら最悪、持っていかれる。あれは知識欲の塊だってのは皆見ててわかるだろ?」
作戦会議以外の時間、エミは事あるごとに外界の様子を尋ねてきていた。僕は僕で説明が下手なので要領を得ない様子だったが、それでも結構真剣に聞いてきていた。
「明日はオークとの決戦だ……うーん、オークと言ってもイレギュラーモンスターだしな。通常のオークが実は友好的だった場合、区別しないと困るよな。何か良い呼び名とかないかな?」
『ダークオークとかは?』
「ダークオークってそれはお前、ダークエルフに対して失礼だろ。意味合いで単語選ぶんじゃなくて、なんかこう、禍々しい感じでいいのない?」
『デビルオーク』
『堕ちたオーク』
『闇に魅入られしオーク』
『カオスオーク』
『アンチオーク』
「なげーよ名前。あ、待って。カオスオーク良い! それでいこう!」
カオスオーク。進化したらカオスハイオーク。ボス的な存在はカオスオークキングとか、非常にシンプルで分かりやすい。僕好みだ。
「いいね~。カオスオーク。ツベッターでも流行らせてよ。明日は配信にも映るだろうし。ニュース記事にもなってるんだっけ? チラっとコメント見たような気がするけど。ずっとバタバタしてて見てないんだよな……」
なんか配信内容を逐一ニュースにされるのもいい気分じゃないな。僕で金稼ぎするのはやめてほしい。それに自分が記事になってるってのもむず痒くて気持ち悪いし……見ようと思ったけどやめておこう。批判とかされてたら泣いちゃうかもしれない。
「ニュースはいいや。いやー、明日は……死ぬかもねぇ」
ダークエルフの皆には王として色々指示を出していた。強さの裏打ちとか言って。
でも結局、一歩間違えたら死ぬ状況なのには変わりない。ダークエルフの事情なんて全部無視して地上を目指して一直線に行けばいいだけの話かもしれない。
「それができたら苦労しないって話なんだよなぁ。首突っ込むしかないよ……あんなに頼ってくれるんだもん。僕ァそれを無碍に出来るような育てられ方してないんだよ。お父さんもお母さんも立派に育ててくれたからさ、僕ァこうやって王様やれてんだよ……僕、ちゃんとできてるよな?」
コメント欄に聞いてもしょうがないって分かってるけど、どうしても、今の状況で僕の情けない話の相手をしてくれるのはこいつらしかいなかった。
八咫? ちょっと恥ずかしいよ。面と向かって泣きつくのは。
「はぁ……寝るわ。おやすみ。明日は多分コメント欄見れないと思うけど、応援してくれてると思って頑張るから、よろしくな」
それだけ言って、僕はスマホを枕元に置いてカメラをオートモードにして布団の中に潜り込んだ。死ぬかもしれないけれど、今この時だけはぐっすり寝たかった。
【禍津世界樹の洞 第93層 新ヴィザルエンティアラ 中央広場】
曇天の下、ダークエルフは部族ごとに分かれて整列していた。僕は椅子の上に立ち、それをゆっくりと眺めた。一人一人の顔を、目を順番に見ていく。
「今日は曇りだ」
アイザに士気を上げる為に何か言葉をとお願いされたが……何を言っていいのか分からず、口をついて出てきたのは天気の話だった。
「まぁ……見れば分かるって話だ。それと同じように見て分かった話なんだけど、君達の目……凄く力強かった。絶対に勝つっていう気持ちが僕のここに、心に、ズドン! って伝わってきた。全員分、漏れなくだ」
灰燼兵団のショルダーアーマーで覆われた胸部を自分の親指で指す。
「全員分の気持ちが、僕のここにある。負けられないよ。負けたくない。死にたくないよ。でも、戦いたい。戦わないと、勝てない。戦わずして勝つことが最良と言われる場合もあるが、戦わなければ得られない価値というものもある」
誰が言ったんだっけ。頭良い奴が言ったんだろう。僕に言わせりゃそれは現場にいない人間の戯言だ。
戦わずして勝つより、戦って勝った方がいいに決まってる。
「今日を勝ち、明日を勝ち取る。勝つのは僕達だ! 殺戮に堕ちたオークじゃない! 誠実に生き、掟を乗り越えた僕達だ!」
皆が力強い眼差しで僕を見ている。これはもう、勝つしかない。
「ついてこい! 王として僕がお前達に勝利を授けてやる!!」
剣を抜き、曇天を切り裂く様に振り上げる。それに呼応するようにダークエルフ達が……僕の臣下達が鬨の声を上げた。分厚い雲なんて全部吹き飛ばしてしまうような、大気を震わせる声だった。危うく僕が吹き飛ばされるかと思ったくらいだ。
「各自、作戦の流れを再確認して首長の指示に従うように! イラ族は僕の元へ!」
全員がそれぞれの首長のところへ集まっていく。ジェスタ達隠密部隊は僕の元へと集まった。全員が僕と同じような服装だが、僕と違って布で顔を覆っているから僕だけが仮面で何だか強い風になってるのがちょっと気まずい。
「改めて説明する。事前に伝えたが、敵はオーク族と区別する為に【カオスオーク】と呼称する。そして先陣は僕達だ。気付かれるまで殺すのが仕事だ。気付かれた場合、僕が合図を出す。エンティアラ族の魔法が来るから各自散開して。質問は?」
「ありません。俺達は王の影。王の傍を付き従うのみです」
ジェスタの言葉は嬉しい。が、少し違う。
「ジェスタ、僕も影だ。一心同体だよ。傍よりも近い。だからあんまり寂しいこと言わないでくれよ?」
「……言葉の綾です」
揚げ足を取ってやると他の隊員がくすくすと笑っていた。うん、程よく力が抜けてるみたいだ。
攻め込む場所はエミの部下が見つけてくれたカオスオークの野営地だ。これから徒歩でそこへ向かう。
「装備の確認が終わったら各部隊に出発することを伝えてくれ。僕は出発地点で待ってるから」
「御意」
イラ族が手早く装備の状態を確認し、すぐに散開した。
「また二人きりだね」
「気色悪いな……」
出発地点にいるのは僕と八咫の2人だけだった。他の者はまだ来ていない。
灰が乗った乾いた風が【夜鴉のコート】を揺らした。
「僕は立ってる者は親でも使うタイプの人間なんだけど、八咫を戦力に組み込まなかった。この意味がわかるか?」
「馬鹿にするな。これはお前の王としての戦いだ。私は頼まれても介入するつもりはなかった」
「流石だな、相棒」
嫌そうな顔をする八咫を見ておかしくなって笑ってしまった。それが更に八咫の機嫌を損ねると知っていても、僕は笑った。
「でも昨日の夜、考えが変わった。お前には空から状況を確認してもらいたい」
「おい、甘えるな」
「有利にことを進める為じゃない。殺されそうになってるダークエルフがいたら伝えてくれ。お前なら神様パワーでテレパシーとかできるだろ?」
「将三郎……ふざけるのも大概にしろ。全ては救えない」
八咫の言葉は正しい。だけど僕は首を横に振った。
「全て救う。今日までに救えなかった分を取り戻せなくても、僕は今日救える者は全員救う」
「それがどういうことか、分かっているのか?」
「馬鹿にするなよ。本当に馬鹿だと思ってるなら、怒るぞ」
八咫の真意が知りたくてジッと目を見つめる。が、八咫はふっと目を逸らした。
「自ら地獄を選ぶ程の馬鹿だとは思っていなかった」
「お前が言ったんだ。平らかなる王になれってな」
「ふん…馬鹿は私も同じか。いいだろう。言ったからには絶対に死なすなよ」
「勿論」
紫炎と共にカラス姿に変化した八咫が飛び去る。
それと同時にジェスタを筆頭にイラ族が集まった。その後ろには後詰のエミ率いるエンティアラ族とグラン率いるブラスカ族が立っていた。アイザ達ノート族は既に基地から離れた位置に展開してもらっている。
「王」
「あぁ。んじゃあ、行くか」
フードを被り、駆け出す。僕の後をジェスタ達がついてくるのが気配で分かる。
さぁ、戦争開始だ。
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