第24話 八咫の態度

「んなーーー……負けた……」

「がーっはっはっはっはっは! 儂が一番だ!」


 あれだけ気まずかった空気は一切ない。酒の力というのは素晴らしい。


 カップに注がれていた赤い液体はお酒だった。甘くもありがなら甘ったるくなく、透き通った旨さと香りにやられてしまった。恐ろしく飲みやすいからって気付けば相当な量を飲んでいた。


 今行われているのはダークエルフ種族を取り纏める各部族の首長による例のお酒の早飲み勝負だ。蓋を取り除いた樽にカップを直接突っ込んで掬い、そのまま飲むというワイルドスタイルである。


 当然溢しちゃって服が赤く染まっていくのだが、それもまた似合っているのが憎いね~って感じだ。


 ダークエルフという種族は幾つかの部族に分かれているとアイザから説明があった。それぞれが何かに特化した部族で、アイザ達の部族【ノート族】は弓と狩りに特化した部族だった。

 僕達がこの階層に来た時に取り囲んだ彼等はノート族でも精鋭部隊だったらしい。あの矢の威力を見せられれば納得もできた。あれが標準的な戦力だったらと思うと今後、禍津世界樹の洞を潜る探索者には申し訳ないがご愁傷様と伝えるしかなかった。


 ……あぁ、そうだな。僕が無事にここを脱出できたあとのダンジョンの扱いはどうしよう。王不在のダンジョンで臣下達が探索者に殺されたりだなんてしたら多分、普通にキレるかもしれない。


 それくらい僕は彼等に心を寄せてしまっている。良くないな……期間限定だなんて言っておきながら終わった後のことを気にしてしまっている。


 心まで王として振舞おうとしている。


 そして、僕はそんな感情が嫌になれなかった。


「おぅ、将三郎殿! 貴殿も飲まぬか!?」

「あはは……僕はもう、マジでこれ以上飲んだらひっくり返る……」

「がははは! 王は貧弱では務まらぬぞ!」


 笑う彼はダークエルフ部族の中でも剣の扱いに優れた部族【ブラスカ族】の首長、グランだ。先程の酒飲み勝負にも勝った人で、筋骨隆々で口周りのヒゲが豊かな見た目通り、豪快な人物だ。


「酒に溺れた筋肉だるまの言う事なんて無視していいぜ、王様……」

「大丈夫ですか……?」

「死にそう……」


 死んだ魚みたいな目で机に突っ伏している彼女は魔法特化部族【エンティアラ族】の首肯、エミ。飲み始める前は生気のない目で今日こそグランを負かすと息を巻くという器用なことをしていたが、今は本当に生気がない。本当に死にそうで怖い。


 僕はエミの背中をさすりながら会場の様子を見る。各々が楽し気に食事とお酒を楽しんでいた。こうして見ていると仲が良さそうに見える。良さそうというか、良いのだろう。


 聞けばこうして会うのも頻繁にあることではないらしい。だからこうしてお酒を飲んで楽しんでいるのかな……僕は厳密に言えば部外者ではないけれど、同じ種族ではないからちょっと肩身が狭い。


 でも僕が原因で集まってくれている訳だし、それで楽しんでもらえているのなら……それはとても良いことだと思えた。


 結局最後まで彼等は酒を飲み続けた。みんなぶっ倒れて寝ちゃうまで飲み続けた。多分だけどドワーフよりもお酒を飲んでいただろう。気持ち悪そうにうなされる者もいれば、いびきを掻いて寝る者もいた。


 眠っていたのは僕とアイザ以外の首長達だ。


「皆、将三郎さんを出しにして……」

「あはは……でも楽しんでもらえたなら良かったです」


 自他ともに厳しく、少し近寄りにくい性格なのかなと思っていたアイザも、お酒が入ればそれなりに柔らかい性格になった。これが素なのかな。僕はこっちの方が好きだ。

 お酒で皆が潰れる前に、自分が王に相応しい人間ではないと皆に伝えておいたからかもしれない。


 運悪くか運良くかは分からないが、突然王にされた身だから、そんなに畏まらないでほしいと伝えた結果、普段通りの、でも関係性からの立場的な言葉遣いで、接してくれるようなった。


 その結果が早飲み勝負だ。まさかこうなると思わなかった。


「将三郎さんが来たあの階段は、八咫様の居城へと続く道で普段は封印され、外敵から守っているんです。それがまさか内側から破られるものだから、皆驚いてしまって……今日は出会い頭に無礼な行いをしてしまいました」

「気にしてないですって。むしろ、僕の方がごめんなさいって言いたいです。事前に伝える術も持っていなくて」


 信奉する神への道を守る部族。その道の封印が突然解けたら、誰だって焦るだろう。彼女らには何も落ち度はない。それどころか物凄い早さで対応していた。アイザ達がいればこのダンジョンも安泰だ。


「ふふ、優しいんですね……?」

「いや……そんなことは……」


 お酒が進んでしまったのか、酔ったアイザが僕にもたれ掛かるようにしながらジッと見上げてくる。こいつはまずい……精神が揺さぶられる……。


「アイザ……こういうのは、よくないです」

「こういうのって……どういうのですか?」


 スッと伸びた手が、僕の太腿の上に置かれる。ゆっくりと撫でる手つきが煽情的で、僕はとっさに目を逸らす。


「そんな、顔を逸らさないでください……もっと、王様のお顔が見たいです……」

「あ、アイザ……」

「その辺にしておけ」


 ビックリし過ぎて跳ねた膝が机の裏へぶつかった。大きな音を立てて食器が一瞬、浮き上がる。アイザの手が乗っていた方の足じゃなかったのは不幸中の幸いだ。


 声のした方を見ると、いつの間にか人間姿になっていた八咫がお酒を飲みながらジーっと、僕達を見ていた。


「い、いつの間に……」

「最初からいたが」

「け、気配を隠していたなんてずるいぞ……!」


 僕の的外れで論点ずらしも甚だしい指摘に八咫は嘆息で答えた。


「私がいればこいつらは気楽に過ごせないだろう。気を遣って姿を隠していたんだ。できれば最後までそのままのつもりだったのだが、我が王はしょっぱい色仕掛けに負けそうになっていたからな。つい声を掛けてしまった。それともそのままアイザの寝室に行くつもりだったか? なら邪魔してしまって悪かったな。この通りだ、謝るよ。許してほしい。どうか私がいたということは忘れてそのまま続けてほしい。本当に申し訳ないと思ってる」

「い、イキイキしやがって……」


 まるで唯我独尊ですみたいな顔をして口先だけは謝罪を述べながら頭を下げる様子もなくべらべらと湯水のように湧く言葉で僕を煽り散らす姿はいっそ清々しかった。


「アイザ、ごめんなさい。うちの八咫が……」

「も、申し訳ありませんでした……」

「え?」


 あれは僕に言ったことだから気にしないでと言おうとしたがアイザは見て分かる程に青褪め、震えていた。


「ちょ、どうしたんですか? 大丈夫ですか?」

「我が王に手を出したのだから、処罰されて当然です……八咫様、どうか、娘だけは」

「ちょっと、勝手に話を進めないでください。八咫、処罰なんて許さないからな。お酒の席での話だ。笑って許せ」


 カップを揺らし、中のお酒が回る様子を見ていた八咫が一気に飲み干し、カップをテーブルの上に置いた。そういえば……こいつが仮面を外した素顔を見るのは初めてだった。


 きゅっと結んだ口は不機嫌さを表しているのか、それとも仮面の向こうは普段からこうなのかは分からない。


「処罰しようなんて思っていない。ただ、あんまり浮かれるなよと言いたかっただけだ。アイザ、寝室へ案内せよ」

「あ、おい!」


 僕の呼びかけに振り向くことなく、八咫はアイザを伴って会場から姿を消してしまった。


「ちょっと待てよ……僕はどこで寝たらいいんだ……」


 暫くどうしようか悩んでいたら、たまたま会場に来たダークエルフの若い人が僕に気付いて客間へ案内してくれた。


 敷かれた布団に潜りこみ、今日の対応で自分が悪かったところはないか思い出しながら、八咫の顔がふとよぎった。


「僕、何か悪いことしたかな……」


 アイザの手を振り払うことは、正直言うとできた。でもそれで起こる問題を考えるとできなかった。勿論、振り払わなかったことで起きる問題も考えた。


 八咫に助けられたのは確かだ。でもあんなに不機嫌な態度を取らなくてもとも思う。アイザも結局帰ってこなかったし、もしかしたら今も八咫と一緒にいるのかな……処罰しようとは思っていないと言っていたが……。


「悩んでも仕方ない、のかもな……でもどうしたらいいんだろう……」


 どうしてアイザはあんなことをしたのか……それこそ考えても答えは出ない。


 色んな事が頭の中でぐるぐるぐるぐる……纏まらない考えを纏めようとして、纏まらなくて……それを繰り返しているうちにいつの間にか意識を手放していた。

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