第22話 平らかなる王

【禍津世界樹の洞 第95層 安全地帯】


「じゃあ僕は寝る」

「今日は私も寝よう」


 宿舎からこっそりもらってきたリネンを敷いてその上に転がる。あぁ、1枚あるだけでこうも違うのか……。


「八咫は人間の姿で寝るのか?」

「いや、元の姿に戻る。貴様に手を出されても困らないが、配信規約に抵触するのはまずいだろう」

「手なんか出さんから安心しろ。まだ死ぬつもりはない」


 僕も男だ。確かに八咫の人間状態は魅力的な姿をしているし、手を出したくなる気持ちは分かる。けどこいつが神様で、めちゃくちゃ強いことを知っているのでそんな真似は例え酔ってても寝惚けててもしないだろう。


「じゃあおやすみリスナー」

「お前達もさっさと寝るんだぞ」


 カラス姿になった八咫が羽ばたいて魔導カメラの後部スイッチを押してオートモードに切り替える。


 空中でぴたりと止まり、僕の視線にリンクして動いていたカメラがふわふわとその辺を移動し始めた。


 音もなくふわふわと自由に動くカメラ目で追っているとだんだんと眠くなってくる。隣では鳥の巣のようにくしゃっと丸めたリネンの中で首をすくませ、体に顔を埋めた八咫は目を閉じてジッとしている。ちょっと撫でてみたい気持ちになるが、これはただ単に動物愛の精神からだ。


 でも確実に怒られると思うので、やめて僕は瞼を下ろした。




 翌朝。目を開けると魔導カメラのレンズがジーっと僕を見ていた。


「……あっち行って」


 僕の言葉に返事はなく、カメラは見飽きた顔だと言いたげな視線の外し方で、ふよふよと周囲の撮影に戻った。失礼なやつだ。


 頭の横に置いていたスマホのロックを外し、視聴者数を見る。5万か……寝配信なんて見ててもしょうがないだろうに、何か起きると期待してるのか……それともつけっぱなしで寝落ちしてるのか。まぁ多分後者だろう。


「おはよ~……ふわぁ……」


 コメント欄の下から上へと高速で流れていく挨拶返し。だが妙なことに、ただのコメントが何だか熱を帯びているのを感じた。


「なんかおもろいことでもあった……?」


 目を擦りながら起き上がると、またコメントが爆速で流れていく。僕も結構目が慣れてきたのか、その中から必要な情報の精査ができるようになっていた。


『さっきまでシアハートさん来てたぞ!』

『シアハート来てた』

『しょうちゃんの配信がバズり続けてるせいでリスナー減ったって愚痴りに来てた』


「シアハートさん来てた? マジで言ってる?」


 流石に目が覚めた。ダンジョン系の中でも有名な配信者だ。でも何だか印象が悪そうだった。まぁ、プロレスだとは思うが。


『寝顔うぜー! つって帰ってった』


「僕は悪くない……」


 本当についさっきまで配信を見てくれていたようだ。魔導カメラが悪さしなければ少し話せたかもしれないのに……。


「はぁ……まぁいいや。嘆いてもしゃーない。来てくれたのは純粋に嬉しかったし」


 まぁ24時間ずーっと配信してる訳だし、また来てくれるだろう。認知されたみたいだし。これに関しては素直に嬉しい。


「八咫、起きろー。朝だぞ」

「くぅ……」


 背中を撫でてやると可愛らしい鳴き声を発する。あんまり調子に乗ると怒られそうなので適当に切り上げて、身支度をする。


「くぁ……おはよう……」

「おはよ。大丈夫か?」

「久しぶりに睡眠が深かった気がする……」


 欠伸をしながら羽根を曲げ伸ばしする姿は完全に寝起きの鳥だった。顔とか洗いたいから見ずが欲しいんだけど、もう少し待つしかなさそうだな。




 八咫がしっかり目を覚まし、全ての準備が終わった。干し肉は相変わらず不味い。


「それで、次はどこを通って上がるんだ?」

「その前に将三郎、貴様の意見を聞きたい」

「うん?」


 改まった顔をするので、こちらも姿勢を正す。


「どうなりたい?」

「お前にしては随分と漠然とした問いじゃないか、八咫。どう、とは何を指しての質問なんだ?」

「貴様は王となる為の鍵を得、そして王の権利を行使した。誰が反対しようと、ダンジョンの主であり導きの神である私が王と認めた。貴様が持って生まれた運や、生き残る為の選択肢としての結果ではあるが、王であることには変わりない」

「実感はまったくないけどな……」


 放り込まれただけの僕がこの【禍津世界樹の洞】で王様になってしまった。


「どういう王になるか。これはそういう問いだ」

「……」

「貴様の望む王の座に導くのが、私の仕事なのだ。先日の戦闘の時、少しは貴様の内面を見れたように思う。だから今、ここで改めて聞いておきたい」


 八咫の黒い瞳が、ジッと僕を見据えた。


「貴様はどういう王になりたい?」


 その質問に対する答えは、自分の中で出していた。剣を振るう自分と、振るわれる相手。その関係性に感じた機敏。一晩経った今、それは明確に、より強く、心の指針として向かう方向を示していた。


「正直言って、王様にはなりたくない。けれどこうも深く関わってしまった以上、今更投げ出すこともできない」

「そうだな」

「しかし僕の第一目標はこのダンジョンからの脱出だ。ずっと王でいることはできない。勿論、八咫……お前も導きの神であり続けることはできない」


 何故なら、ダンジョンの外では僕は王ではないし、八咫は僕を王へと導けない。


「その上で、期間限定ではあるけれど、僕は王として君臨するが、支配はしない。王でい続ける為の強さを持ちながら、モンスター達と共存できるような王になりたいと思うよ」

「……」


 八咫は静かに僕の言葉を聞く。


「最初は間違えてしまった。自身の弱さを言い訳に、強さという自信を持ちたくて罪のない兵たちの命を奪ってしまった。探索者としては正しいだろう。やらなければ僕がやられる。けれど、王としては間違いだった」

「奪った命は戻らない。それは人もモンスターも同じだ。だが、モンスターの命の価値と人の命の価値は違う。そも、比べるものでもない。それを同じ秤に無理矢理乗せて比べるのは悪戯に精神を病ませるだけだ」

「そうかもしれない。けれど、僕は王様なんだよ。両方の秤を持ってるんだ。お前が付けてる王冠と同じ物が、僕の頭上にはあるんだ。これ以上、間違える訳にはいかない」


 僕の言葉を最後まで聞いた八咫が目を閉じ、ゆっくりと頷いた。そして紫炎が噴き上がり、人の姿へと変化した。


「貴様の言葉を聞いて決断した。やはり私は貴様を王として導く。貴様のなりたい王の道へとな」

「あぁ、今後ともよろしく頼むぞ、相棒」

「ふん……死なん程度には、強くなれ。平らかなる王としての最低条件だ」


 平らかなる王、か……。平和なのはいいことだ。平和の為の実力も身に付けていかないとな。


「よし……何だか気合い十分って感じなってきた! それで、次はどの階層に行くんだ?」

「次に進むのは紫黒大森林ヘルフォレスト。5層に渡って続く大森林だ」


 ニヤリと、黒い瞳を細めて八咫が笑う。嫌な予感がする。


「そこに住むダークエルフに会いに行くぞ」



  ◇   ◇   ◇   ◇


いつもありがとうございます。

これにて灰霊宮殿アッシュパレス編、完結です。


面白かった!もっと続きが読みたい!と思ってくださった方、応援や星・ブクマしていただけますと執筆の原動力になります!

今後とも、どうぞよろしくお願いいたします!


  ◇   ◇   ◇   ◇


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