第19話 鳥に教わる隠密行動
【禍津世界樹の洞 第97層
「王様が隠密部隊の総指揮官なんかやっていいのかよ」
「隠密部隊の総指揮官が王様だなんて誰も思わんだろう? 意表を突くのは基本だ」
「なるほど……?」
目の前の女は隠密部隊の総指揮官を名乗る割には何もかもがでかかった。身長も胸も態度も。
「ここで待っていろ」
突然そんなこと言われてもここ、通路の真ん中……。どうしようと思っていると八咫は黒い煙になって消えてしまう。
久しぶりの一人ぼっちだった。途端に不安が押し寄せてくる。
「こ、こわい……」
今にも近くの扉が開いて灰燼兵団が出てきたら……本当にそうなりそうな予感がして気が気じゃない。
隠れなきゃ。
「……ッ」
僕は近くの柱の陰に身を隠す。八咫チャレンジした時のように呼吸を整え、気配を消す。針の穴に通すような細い息をゆっくりと吐き、背景に同化するよう努めた。
ここは柱の陰だ。燭台の火も少しは影になるはずだ。
聞き耳を立て、目は忙しなく周囲を探る。何か一つでも異変があれば対処できるように……対処? 対処ってなんだ。僕に何ができる?
何もできない。出会い頭に殺される。怖い、怖い、怖い。
――コツ、コツ。
足音がした。僕がいた方向からだ。足音の主はこちらへと歩いてきている。そのまま真っ直ぐ前だけ見て進んでくれれば見つからないで済むかもしれない。
そう祈った。冷や汗が止まらない。祈る事しかできなかった。足音は止まることなくこちらへと向かってくる。
「……ここにいたのか」
「ッ……あ、八咫……だったのか……」
顔を上げると八咫が僕を見下ろしていた。正直、こいつの顔を見て心底安心していた。小憎たらしい態度の鳥だと思ってたら人間姿はめちゃくちゃ美人で何なんだって思ってたけど、今までで一番安心してしまっていて、それが何だか悔しかった。
「探したぞ。待っていろと言ったのに」
「あんな場所で待てる訳ないだろ……!」
「ふっ、まぁ、テストには合格だな」
「テスト? ……うわっ!」
バサリと顔に黒い布を被せられる。慌てて引きはがしたそれは服だった。
「通路の真ん中で突っ立っていたら隠密の才能は皆無だったろう。しかし貴様はちゃんと隠れた。気配を消してな」
「それが隠密の才能だっていうのか?」
「そうだとも。常に恐れ、隠れる。だが怖がるな。これが隠密の鉄則だ」
手を差し出してくれた八咫の手を掴み、立ち上がる。
「めちゃくちゃ怖かったよ」
「まだ怖がっていいさ。怖いと思えるのは大事だ。その原因が分かっていればな」
原因ははっきりしていた。自分じゃモンスターを倒せないと理解していたから、それが克服できれば、恐怖はなくなるはずだ。その為にも、八咫にはしっかり鍛えてもらうしかない。
「とりあえずそれを着て仮面をつけて私といればいきなり襲われることはないだろう」
「そりゃありがたい。……ここで着替えるのか?」
「着替えたければ着替えればいい」
「やだよ……その部屋は大丈夫そう?」
服やら何やらを拾い上げ、近くの扉を指差す。
「問題ない」
「じゃあ着替えてくる。カメラ預かっててくれ」
「あぁ」
魔導カメラを八咫に預けて部屋に入り、手早く着替える。
受け取った服は八咫と似たような服だ。カラスみたいな黒いフード付きコートに防具。暗器のような小さい投げナイフみたいなのまであった。どこにつけるんだこれ……。
コートの上から練兵場で拾ってきたショルダーアーマーを付ける。初見だと分かりにくかったけれど、何とかなったかな……。篭手や手袋は一度取り外して、コートを着てからもう一度装備する。
八咫が持ってきた防具に篭手みたいなのがあったが、これは脛当てかな? これも装備しておこう。
口と鼻を覆う嘴のような仮面は変わった構造だ。ちゃんと口を開くと仮面も開くようなっている。これならご飯も食べられそうだ。
コートのフードを被り、最後に王鍵スクナヒコナを下げ、部屋を出ると両手でカメラを掴んでレンズに向かって微笑んでる八咫がいた。
「何をしてるの?」
「視聴者サービス」
「ふぅん……」
「貴様もしてみろ。よく似合ってるぞ」
「そ、そう? へへ……」
何かポーズでもしてみようかと思ったが、何も思いつかないのでニコニコしながらピースしておいた。
「ダサいって言われてるぞ」
「やかましいわ」
「さて、これで歩いてる間は問題ないだろうが、私もイレギュラー化してしまった。襲われない保証はないし、バレる時はバレる。戦い方は戦って覚えてもらう」
「スパルタじゃない……?」
「訓練して修行してから行くつもりか? ここはもう戦場だぞ」
言われて改めて気を引き締めた。八咫が帰ってきてくれた途端に気が緩んでる
。一歩間違えれば命を落とす世界だ。気合い入れていかないと。
「まぁ、正面からの戦闘はまだ難しいだろう。最初は不意打ちからにしよう」
気合い入れた割には卑怯極まりない戦法だった。
「しかし八咫、大丈夫なのか?」
「何がだ?」
「モンスターとはいえ、自分の部下だろう?」
いわばこれは同士討ちだ。裏切りだ。僕が人類に反旗を翻すことはないとは思うが、仮にそうなった時、自分に近しい人間を斬れるかと聞かれると、すぐには頷けないだろう。
「立場が変わればやることも変わる。割り切ることが大事だ」
「でも僕がお前の立場だったらと思うと……いや、僕が言えたことじゃないんだけどさ」
立場を無理矢理変えてしまったのは僕だ。こんなことを言う権利はない。
「そう言うな。広い世界が見れると思えば今の立場も悪くない。将三郎、貴様がここを脱出するのも大事だ。だが私も外を見てみたい」
「八咫……」
「ちゃんと連れて行ってくれよ。私はアイスクリームとやらが食べてみたいんだ」
パチン、とウィンクをする八咫に、僕は思わず苦笑のような、でも嬉しいような、そんな笑みが出てしまった。
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