第9話 ボスと戦えなんて馬鹿じゃないの?

【禍津世界樹の洞 第100層 深淵の玉座アビスクラウン 玉座の間】



 隠し部屋を後にした僕は玉座の間へと戻ってきていた。


 ボスに気付かれないようにそーっと入口に戻り、もしかしたらまた隠し部屋があるかもしれないと、今度は先程とは反対側の壁を調べてみたが隠し部屋はおろか、部屋もなかった。


 さっきの部屋は本当に一体何だったんだろうか。


「どうすっか……探せそうなところは全部探したしな。そろそろ上目指すか?」


『肝心なのがまだ』

『ボス行け』

『ボス』

『その羽根でボス撫でてこい』


「馬鹿言うんじゃないよ! こんな、ぺらっぺらの羽根で突っついてみなさいよ。すぐ死ぬわ!」


 場所が場所だから小声で怒鳴らなきゃいけないのがフラストレーション溜まるわ……。なんだよ、小声で怒鳴るって。器用なことさせるんじゃないよ。


 ……とは言ってるけれど、まったくボスに興味がない訳ではない。僕だってこんな地の底の底にいる、誰もが見たいと思いながらも見ることが叶わなかったボスモンスターに興味津々なのだ。


 しかし状況が状況だ。危なくなっても助けてくれる人はいない。命の責任は全て僕が背負わなければならない。


 そんな状況でボスを拝め? 馬鹿言うな。それはシアハートにでも頼むんだな。彼ならきっと軽々とここまでやってこられるだろう。


「さ、帰るぞ。……ん? 『ボス見せてくれたら投げ銭するよ』……?」


 そのコメントを見てしまった僕は長い長い溜息を吐く。何を言ってるんだよ、と。僕は溜まっていたフラストレーションが言葉として口をついてこぼれ、溢れ出した。


「おいおいおい、あのね。僕が今どういう状況か分かってるか? 仕事に嫌気がさして酔った勢いでダンジョン配信なんかして、安地で休憩してたら一部のゴミみたいなリスナーが凸してきて運悪く都市伝説みたいな転移罠にぶち込まれて気付けば地の底の底! わかる? 危機的状況なんだよ。命の保証してくれるの? しないでしょ? 君らは最高に安全な自室でケツ掻きながら僕の配信見てるからそういうことが言えるんだよね。ケツ掻いた手でスナック菓子食ってケツ掻いた上に油まみれの手でキーボード叩いてしょうもないコメントしてジュース飲んでゲラゲラ笑ってるんだろう? それもこれも君らが安全だからできることなんだよ。君らもこの場所に来てみなさいよ! 間違ってもボス見に行こうなんて思いもしないから! ちなみに投げるとしたら額はどれくらい?」


『延々とぼやいておきながら金を強請るな』

『草』

『俺は50000投げるけどね』

『サブスク登録もしちゃう』

『できねーって。ビビリだもん』

『いけ将軍』


 50000コインは流石に魅力的過ぎる……でも命って軽いけど価値はもっと高いと思うんだよね。


 でもまぁこのコンテンツがバズればそれ以上の収入も得られる。死にたくはないが、死なない程度の無茶は今後も必要になってくるはずだ。


「よーし……やるぞ、僕は」


『うおおおおおおおお!!!!』

『いけーーーーー!!』


「ただし、後ろからな。正面は怖すぎるので」


『?』

『?』

『???』


 コメント欄が困惑で埋め尽くされるが何もなかったようにスマホをポケットに仕舞い、何もなかった右側の壁伝いにゆっくりと進む。


 僕が思うに、こうしたボスの視認範囲というのは扇状になっているのが基本だ。もしくは室内に入った時点で強制的に戦闘が始まるか。


 それは入って部屋を探索している時点でない。であれば、残された選択肢は視認範囲による戦闘スイッチの起動だ。ゲームならボスに話し掛けて会話を挟むのもあるかもしれないが、それをやる勇気はない。


 仮に視認範囲が目ではなく感覚で設定されている場合、円形のサークル状、もしくはドーム状で設定されているはずだ。遠くから弓や魔法で攻撃しようとして反応される……というのはサークルかドームの時だ。


 けれどこのダンジョンで戦ったゴブリン。あれは目と耳で僕を確認していた。感覚での反応ではなかった。これがモンスターの特性であるならば、きっとボスもそういう風に設定されているはずだ。


 ボスだから特別だったら……その時は全力で逃げよう。

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