第8話 最下層の宝箱はトップティア
【禍津世界樹の洞 第100層
目の前にある宝箱をカメラで映しながらコメント欄を読む。
『黒箱きちゃ!』
『しかも金装飾! バチクソレアだぞ』
「黒い宝箱はレアなのか?」
『そう。しかも宝箱の装飾にもティアがあって金はトップティア』
『しかもサイズも結構ある。良いもん入ってそう』
「はえー……まぁそりゃそうか。最下層だもんな」
しかしあれだな……これから上へ登っていくのが僕の目的なのだが、進むごとに宝箱のティアが下がっていくというのも少々やる気がそがれる思いだ。
生き残るのが大前提なのに贅沢言うな! とも思うが、こればっかりはしょうがない。ダンジョン探索経験はないが、ダンジョン系のゲームは色々やってきた身だ。モチベーションというのはとても大事である。
「んじゃあまぁ、開けてみますか」
僕の一言にコメント欄が大盛り上がりになる。
『はよ開けて! 500』
「お、うんち天賦さん500コインありがとうございます。ずっと起きてるけど大丈夫すか? 一応、24時間配信するんで、皆も眠くなったら無理せず寝てね」
心配も他所にコメント欄は開けろの文字で埋め尽くされていく。
「開ける開ける、開けるって。急かすな急かすな。……てか罠とかあったら怖いな……そうだ、これでいこう」
開けた瞬間、ドカーンとか目も当てられない。僕は腰にぶら下げていた剣を抜き、尖った切っ先を箱の隙間に捻じ込む。
「ふぐ……おっも……!」
金属の蓋をてこの原理も使わずに腕力だけで持ち上げるのは相当きつかった。
あんまり伝わらないなって思ったリスナーは先端に重りのついた長い棒を持ち上げようとしてみてほしい。多分、10秒ふんばるだけで二の腕がパンパンになるだろう。
それでもリスナーの期待と僕の期待に応えるため、歯を食いしばりながら気合いで蓋を持ち上げる。
蓋が後ろ側に倒れる。後ろ側についたヒンジに引っ掛かってガタンガタンと箱全体が揺れるが、爆発はしない。変な霧も出てこない。
そーっと宝箱に近付き、覗き込む。中に入っていたのは黒い剣だった。
「剣だ、剣! 何だろう、レアものだったらいいんだけど」
手に取ってみると驚くほどに軽かった。月並みではあるが、羽のようだった。鞘から抜いてみると、スラリとした真っ直ぐな刃が現れる。ライトに照らされて青黒い反射が刃を彩る。
「凄い……まるでカラスの羽根みたい。どう? これ、凄くない?」
カメラに見えるように剣を掲げながらコメント欄を見る。
『語彙力カス』
『カラスの羽根w』
『もっとなんかないの?』
「うるさいよ!」
僕の語彙力が拙いのは自分でも承知している。だけれど人に言われると腹立つなぁ……僕はさっさと剣を鞘に仕舞い、初期装備の剣が下がっていた革のベルトに捻じ込む。
2本もいらないかもしれないけれど、もしかしたら必要になるかもだし一応持っていきたい。
さて、他に何かないかと宝箱の中を覗いてみると、端っこの方に金色の小瓶が2つ転がっていた。
「リスナー、これ何?」
小瓶を拾い上げてカメラの前に映してやる。
『マジかよ……それ最上級ポーション』
『ダンジョンから出てきたのって数年ぶりじゃなかったか?』
『シアハートが出して以来だぞ』
シアハートは僕でも知ってる有名なダンジョン系ストリーマーだ。結構難易度の高い場所に潜って配信をしてる人だ。何回か配信を見た事がある。
『最上級ポーションおめでとう代 5000』
『いいもん見れた 300』
「わ、emiru777さん5000コイン、カツアゲDJさん300コインありがとうございます。これは大事に仕舞っておかないとだなー。死にそうになったら飲むわ」
右足に括りつけてあるダンジョン探索用のレッグポーチに仕舞う。これも探索者協会から支給された初期装備だ。
これは拡張魔術とかいうのが施されていて見た目以上に入る優れものだ。ただし、新人用なので多くは入らない。サイズに制限はないが7個までしか入らないのだ。
とりあえず入っているのは怪我した時用の傷薬と包帯。家の冷蔵庫に入ってたクッキーとサンドイッチ。あとはペットボトルの水が1本。
本当に最低限の荷物だ。何度も言うが、すぐに帰るつもりだったのだ。
これに今は最上級ポーション2本が追加されてポーチの中は全部埋まってしまった。これをどうにか拡張できれば選択肢も増えるのだが……ふぅ、悩んでも仕方ない。
とにかく、これで宝箱の中身は空っぽになった。出てきたのは剣1本と最上級ポーションが2本か。売れば結構な額になるとは思うが、今の状況ではそんなこと考える余裕は一切ない。自分で使わないで死んだらもらった投げ銭もサブスクの収入も引き落とせない。
絶対に生きて帰るんだ……絶対に。
僕は手に入れたカラスの羽根の石突をギュッと握り、決意を新たに隠し部屋を後にした。
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