第6話 最下層

 下り階段の前までやってきた。


「例えばさ、漫画とかアニメでボスの手前の部屋でこう、靄みたいなのが扉の前からふわ~って流れてくる描写あるじゃん? 気体が上から下へと流れてきて、おどろおどろしい、みたいな」


 大体、ああいうボス部屋は見上げる位置にある。敵対者を見下す位置にあるのがボスの矜持のような、対等ではないのだという意思表示のようなものを視覚的に分からせる意味合いが強いのだろう。


「でもここ、逆なんだよね。下り階段なのに、靄のような……瘴気? 雰囲気? 下から、上がってきてるんだよね……」


 上から下へと下りてくるよりも、下から上へと上ってくる方が怖いと感じたのは初めてだった。まるで足元の影から腕が伸びて僕を掴んで引き摺り込もうとしているような、そんな錯覚を感じている。


 入ったらもう、生きては帰れないような、そんな恐怖がそこにはあった。


「……ま、まぁ覗くだけだから! 今後攻略する人の参考になればね……うん。例え、僕が死んだとしてもアーカイブは残るから」


 恐怖にやられて少し弱気な発言が漏れ出てしまうと、コメント欄が励ましの言葉で埋まっていく。


「ありがとう。よし、チラっと見てみるか……!」


 気を取り直して僕は奈落の底へと続くような階段へと踏み込んでいった。



【禍津世界樹の洞 第100層 深淵の玉座アビスクラウン



 禍々しいとはまさにこのことだった。闇というものを形にして、それを加工して建物にしたらこんな感じだろうか。


 第100層は玉座の間だ。等間隔に並んだ燭台に紫色の火が灯り、周囲を照らすが見えるのは黒光りする柱や壁の装飾ばかりだ。


 建築様式なんか全然わからんが、凄さみたいなのだけは伝わってきた。


「これは……流石に怖い、かも」


 チラ、とスマホ画面のコメント欄を見ると、僕と同じくビビっている奴が多かった。


『流石にまずい』

『引き返せ』


 そんなコメントが多く見受けられる。だがここで引き下がってはストリーマーとしての名が廃る……ほど名は売れてないが、それでもここまで来て怖いから帰るじゃあ話にもならないだろう。


「できるだけ慎重に行きます。何かあったら帰る。ご安全に!」


『ご安全に!』

『ご安全に!』

『ご安全に!』


 スマホをポケットに仕舞い、壁に手を添えながらそーっと爪先で床を突いてみる。


 何も起こらない。


 ゆっくりと足の裏を床につけ、階段から下りた。急に燭台が激しく燃え上がったりだとか、警報がなったりだとかは一切ない。多分だけどボスにある程度近付くことで戦闘が開始されるんじゃないかな。


「奥には行かずに、まずは端から見ていこうか……」


 こんな場所だ。もしかしたら何かアイテムとかあるかもしれないし……なんて強欲さを隠しもせずに壁沿いに歩く。最奥にボスがいると仮定して、向かって左側の壁を目指して歩いて行く。


 左手を壁に添えながらしばらく進むと、正面に壁が現れた。角に到着したらしい。真っ黒な壁は右方向へと伸びている。


 添えていた手を、角を経由して正面の壁に添え直す。また左側に壁を据えながらゆっくりと進む。進み過ぎたらボスに出会ってしまう。右斜め前をチラチラ見ながら歩いて行く。


「こえー……でも足止まんねぇ……やべぇ……」


 掠れて消え入りそうな声で独り言を呟きながら歩を進めていると、左手が段差に触れた。


「う……!?」


 何かに触れてしまったのかと、咄嗟に手を離して一歩下がる。


 ジーっと壁を見ていると四角い枠のような段差が壁から浮き出ていた。枠の中は周りの壁よりも少し深掘りされ、枠の傍に取っ手がついていた。


「ドア……だ……!」


 ドアノブだった。回して開けるようなタイプじゃなくて、押し開くような形をしている。


「どうしよう……入る?」


 スマホを取り出し、コメント欄を見る。


『入ってみようぜw』

『罠に気を付けろ!』


 流れていくコメントは概ね入る指示を出していた。罠ってなんだよ……あれか? ドアノブに紐がついてて、引っ張ったら作動するとかそういう……でもこれ押戸だろ? うーん……。


「まぁ気を付ければ大丈夫か……よし、入ってみますわ」


 指先でちょん、とドアノブを触ってみる。……うん、実はめちゃくちゃ熱いとか電気が流れてるとかはない。


 そーっと握り込み、押し開く。……うん、罠もない。


 軋むような音もなく開いた扉の向こうへ、俺は意を決して入っていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る