第100層 灰霊宮殿 -アッシュパレス-

第5話 気付けばそこは底でした

【禍津世界樹の洞 第???層】



「んん……ぅん……やべ、寝てたか……?」


 いつの間にか瞼が下りていたことに気付いた。何だか変な夢を見ていたような気がするが、まったく思い出せない。


「どこだよここ……」


 周囲を見回そうとすると、ポケットからピロリーンという電子音が聞こえてくる。手を伸ばすとスマホが指に触れた。いつの間にかポケットに仕舞っていたみたいだ。


 ……いつの間に?


 ふと浮かんだ疑問に首を傾げる。そういえばさっきまでスマホで……そうだ、配信をしていたんだ!


 ピロリーンという音が連続して聞こえてくる。掴んだスマホの画面に目を通す。


【宇宙天津甘栗船 さんがサブスク登録しました】

【上は大火事下は中火事 さんがサブスク登録しました】

【ashino さんがサブスク登録しました】

【ゆうた さんがサブスク登録しました】

【素振りをするサプリ さんがサブスク登録しました】

【菅原河原 さんがサブスク登録しました】


「待て待て待て待て! 何が一体どうなってるんだ!?」


 コメント欄がサブスク登録しましたと通常のコメント、それと投げ銭コメントが入り乱れていた。


 現在の視聴者数は99385人。僕は何度も目をこすって数字を見直したが、数字は増える一方で、そろそろ10万人を越えそうだった。


「僕寝ちゃったみたいだけど、だからってこれは何がどうなってるんだ!?」


 すがるように僕はコメント欄をジッと目で追った。


『起きた!』

『起きたーーー良かった!』

『大丈夫?』

『将軍が寝落ちした後に一部のリスナーが凸して転移罠に放り込んだんだよ』

『転移罠にぶち込まれたぞ!』

『転移罠』

『どこか調べろ』

『#寝ろ月ノ将軍』


「寝ねーよ! なに、凸ぅ!? ちょっと整理させてくれ……」


 リスナーが爆速で書くコメントを目で追い、必要そうな情報だけを選び、数の多い意見を参考にして照らし合わせると、どうやら寝落ちした僕の元に一部のやんちゃなリスナーが凸してきたらしい。


 5層の安地には都市伝説があって、数ある上り階段のうち一つだけがどこに通じてるか分からない謎の階段とのことで、凸してきたリスナーが僕をそこに放り込んだらしい。


 周囲を見回すと、どうやらここも安地らしく、いくつか上り階段が見える。


 流石に肝が冷えた。ここが普通にダンジョンの通路だったら、今頃僕はモンスターの餌食になって死んでいただろう。


『探索者アプリのGPSで現在地調べろ』

『現在地どこ』


「あ、あぁ……えーっと、そういえば説明会の時に入れさせられたな……」


 配信画面をバックグラウンドに押しやり、使うことがなかったアプリを起ち上げて自分の探索者登録票のIDと多分これだというパスワードを入力する。


 するとマイページに飛ぶ。いくつかの機能があるが、その中から【GPS】をタップする。しばらく小さな砂時計がくるくるとその場で回転し……やがて、僕の現在地を表示した。



【禍津世界樹の洞 第99層 灰霊宮殿アッシュパレス 安全地帯】



 目にした文字が頭まで届かなかった。その事実が飲み込めなかった。


 転移罠が僕を飛ばした先は第99層なんていうとんでもない場所だった。


 叫びたかった。叫んで変わる現実なんて何もないが叫びたかった。


 でも何を? わああああって? そんなんじゃ何も解決はしない。何か、何かこの喉を焼くような感情を、ただ叫ぶんじゃなく、言葉にして吐き出したかった。


「お……」


 つっかえる声帯を無理矢理震わせ、俺は叫んだ。


「オイお前ら終わってるって!!!!!!!」


 叫んだ言葉は至極当然の正論であった。


『俺は悪くねぇ!』

『あいつらが勝手にやったことだぞ!』

『クリップしてあるから後で見て』

『俺はちゃんと通報したぞ』


 そんなコメントが下から上へと飛んでいく。駄目だ、なんかこう、目が滑る。早いコメントに慣れないので頭が痛くなってきた。


 スマホを再びポケットに突っ込み、立ち上がる。まずはどうにか状況を整理したかった。ここに来るまでの経緯は理解できたが、現在の僕の状況が分かっていない。


 まず、ここが99層ということは間違いない。GPSが表示している。先に進めば第100層だ。


 たしか高難易度ダンジョンというのはその殆どが100層目が最下層でラスボスだったりダンジョンを構成する核だったりがあるって話だ。


 そっと周囲を見ると、左奥の階段が下りになっていた。いつの間にかオートからマニュアルモードに戻っていた魔導カメラが、その階段を配信上に映し出す。


『あの先が最下層?』

『ラスボスがいるんだよな』

『行くのか? 将軍』


「行くわけないだろ……探索協会から支給された初期装備だぞ?」


 そうだ。初期装備なのだ。こんな装備でどうやってここから帰る?


 ここにとどまって、配信を通じて助けを求めるのもアリ、か?


 でも助けが来るまで凌げる食料なんてない。僕が持ってきたのは少々の水分と携帯食だ。だって、ちょっと探索して帰るつもりだったし……。


【先天性童貞 さんがサブスク登録しました】


「あぁ、そうだ。すっかり忘れてた。えっと、僕が寝落ちしてる間もいっぱいサブスク登録とか投げ銭とかしてもらったみたいで……ありがとうございます! 本来なら一人一人名前呼んでお礼言いたいんだけど、ちょっと流石に状況が状況なので割愛するね」


『まずは生きて帰らないとな』

『でないと俺達の投げ銭も使えないまま腐っていくぞ』


「そうだよ……配信で食っていくって決めてここに来たんだから、生きて帰らなきゃいけないんだよ……ちくしょう、こんなことになるなんて思いもしなかった!」


 だが、こんなことになったからこそこうしてサブスク登録や投げ銭が増えているとも言える。この追い詰められた状況が、金を生んでいるのはまぎれもない事実だ。


 だからこそ、素直にこの状況を恨むことができなかった。だって、帰れさえすれば多額の金が僕の懐に入ってくるのだ。とりあえず確定申告のことは考えたくない。


 これからもっとやばいところを映せば金に……いやいや、そんな命懸けの配信なんてするつもりはない。


 しかし……。


「よし、決めた。僕はこれから地上を目指す。その様子は24時間ずっと配信する。魔導カメラだからバッテリーはモンスターを倒したら得られる魔力石で補充できる。もちろん、予備もある」


 最深部だからモンスターを倒すのは難しいかもしれないが、宝箱の中身は良い物である可能性が高い。そこから魔力石が見つかればゴブリンのビー玉サイズよりも何倍も補充できるはずだ。


「配信アーカイブが消える前に枠は立て直すから、見れるタイミングで見てくれ」


 俺は魔導カメラを掴み、自分の顔の真正面に持ってくる。


「これから始まるのは高難易度ダンジョン【禍津世界樹の洞】を最深部から逆攻略していく24時間配信だ!」


『うおおおおおおおおおお!!!!!』

『うおおおおおおおおおおおおおお』

『ツベッターに拡散しろ!!!』

『頑張れーーーーーー!!!!』


 ポケットから取り出したコメント欄を見てから、再びカメラに深く感謝の意を込めて一礼する。


「まずは……ちょっと最下層、覗いて行かん?」

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