第3話 寝落ち配信@ダンジョン
【禍津世界樹の洞 第四層】
「はぁ……はぁ……け、結構僕ってやれるんだな……」
ちょっと狭い通路に押し寄せてきたゴブリンの群れだったが、漫画知識のお陰で冷静に処理することができた。通路なら囲まれないってのはどうやら本当らしい。挟み撃ちは勘弁だが。
現在の視聴者数は279人。人が人を呼んでえらいことになっている。
「あ、うんち天賦さん500コインありがとうございます。『5層は安地だから休んで』……。あぁ、そうなんですね~。良かった。流石にちょっと疲れましたわ」
安地……安全地帯の略語だ。死体安置所とかの安置ではない。やめろやめろ、縁起でもない。
安置はモンスターが現れないセーフゾーンだ。なので探索者の多くはこうした場所で休憩をしている。こうした安地は数層ごとに定期的に出てくるので、攻略がきつくても休めると分かれば少々の無理もできるというものだ。
「いやー、階段探して歩き回ってたんでそろそろ休みたかったんですよね~。酔った勢いで来ちゃったもんだからもう、足が棒ですわ」
『普通はパーティーで潜るんだけどな』
『こんな底辺配信者にコラボ相手なんているわけないだろう』
『それもそうだな。すまんすまん』
「やかましいよ、君達! 突発的に来たんだからパーティーなんて組めるわけないでしょうが!」
スマホのコメント欄に向かって声を荒げる底辺配信者がそこにいた。
「まぁいないんですけどね。コラボ相手なんて」
『涙拭けよ』
『ガチでおもろい』
『はよいけ』
「もうちょっと慰めてくださる!?」
面白半分で見てる連中に慰めを求めても意味はなかった。何を言ったってこいつらは僕をからかって笑うだけだ。
もちろん僕もそれは理解している。こうして声を荒げてるのだって8割は演技だ。配信を盛り上げる為にやっているだけで、こいつらの軽口なんて僕の心の2割しか傷つけていない。ゴブリンよりも弱いのだ。雑魚雑魚雑魚雑魚雑魚雑魚!!!!
ふぅ、落ち着こう。
「じゃあそろそろ安地に向かって行きますか~」
スマホとの睨めっこを終えた僕はダンジョン探索を再開する。
しかし改めて周りを見ると、不思議な場所だ。
ここは【禍津世界樹】という木の中だ。しかもどんどん下へと向かっている。本来なら、コンクリートとか土とか、はたまた地下鉄にぶつかりそうなものだが、周囲はずーっと木だ。木造だ。
かといって燃えることもない。というのも、さっき出現したゴブリンの群れに【マジックゴブリン】という奴がまぎれていた。
一丁前にローブなんか着たゴブリンだが、ただ服を身に付けている訳ではない。手にはグネグネと捻じれて丸まった木の棒も持っている。お洒落さんって訳でもない。
こいつはなんと【魔法】を使うのだ。
そら
初めてだった。初めて僕に向かって火球が飛んできた。
しかし前述のようにパソコンやテレビで見ていたお陰で、初見で避けることができた。クソ程ビビりながら避けたものだからリスナーにはかなり馬鹿にされたが、怪我なく避けれたのは奇跡というしかなかった。
その僕に避けられた火球だが、壁に当たって派手に散った。木造だからヒヤッとしたが、群れを片付けてから火球の当たった場所を見に行ったが焦げ跡一つなかったのだ。
この出来事をリスナーに聞いてみたところ、【禍津世界樹】と呼ばれるこの巨大樹は火の耐性が馬鹿みたいに高いらしい。かつては燃やして除去しようとしたこともあったそうだが、焦げ跡一つ付かず、お手上げだったそうだ。
だからこのダンジョンの壁も床も天井も燃えないので、存分に焚火をして良いぞとのことだったが、そんな盛大な火を焚くつもりは毛頭ない。
僕はこれでもキャンプが好きだ。来た時よりも美しく、必要以上に汚さない。がモットーなので、自分が必要な分だけ焚火を行い、後片付けはちゃんとする。
「……お、階段みーっけ」
そんなことを思い返していたら通路の向こうに階段を見つけた。周囲にモンスターの気配もない。早速安地へ行くとしよう。
【禍津世界樹の洞 第五層 安全地帯】
第五層の安全地帯はだだっ広い円形の空間だった。遮る物もない場所で落ち着かない。
ぐるーっとフロアを囲う壁には等間隔で切れ込みがあり、その向こうは上り階段になっていた。
「なるほど、色んな形の階層に放り込まれてもこの安地に辿り着くようになってるんだ」
僕が降りてきた階段の真正面の切れ込みだけは下り階段となっている。あそこから先はまた各々が違う層へと旅立つことになるのだろう。
「てかだーれもいないね。本当に高難易度ダンジョンなんだな……」
遮る物がないからこそ無人が目立つ。高難易度となれば人が多いかゼロかの二択だ。今回はどうやら後者らしい。
「ま、いないならいないで楽なんですけどねぇ。休憩しますかー」
少し歩き、下り階段の近くに腰を下ろして壁に背を預ける。酔った勢いでここまで来たせいか、思っていた以上に疲れていたみたいだ。肩や腰にドッと疲労がのしかかってくる。
僕はスマホから魔導カメラを操作し、オートモードに切り替える。これで僕の視線を追ってカメラが動くこともない。
最初からこれで配信してもいいのだが、如何せん緊張感というものがなくなってしまうのが唯一の欠点だ。
固定した追尾の映像を見てもリスナーは満足しないだろう。僕だって満足しないはずだ。
しかし今は休憩中なので適当にその辺を映してもらって、僕はスマホを眺める。コメント欄は相変わらずだ。好き勝手喋っている。僕はそれに対して適当に拾ったコメントに言葉を返す。
こうしたリスナーとのやり取りも夢のひとつだったりする。声色には出さないが、正直めちゃくちゃ嬉しいし、楽しい。けれど、こいつらにバレたら何を言われるか分からないので必死に隠していた。
「僕だってね、最初は安全なダンジョンに行きたかったよ。でもあんまり詳しくなかったし、ここが有名だってことくらいしか知らなかったから来ちゃったんだよね」
気付けば僕は床に寝転がってスマホの向こうのリスナーと喋っていた。現在の視聴者数は500人を上回っている。みんな、高難易度ダンジョンの攻略風景が見たくてしょうがないのだ。
でも僕の話に耳を傾けてくれる人もたくさんいた。
それが嬉しくて喋っていた僕は、だんだんと瞼が重くなっていくのに気付けなった。
「だからぁ、僕ァね……このダンジョン配信でゆめを……んんぅい……」
気付けば僕はダンジョンの中で、しかも配信中に居眠りをぶちかましていたのだった。
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