終焉、きみとユートピアで

深夜零時

1.エピローグ、それはこのプロローグから

 西暦12023年。


 ここは392ー地区2ー13ー7番。

この数字の中には太古の昔から使われてきて現在も未だに使われているものもある。


かつてここは日本と呼ばれていた。

とある国際規格コードでは『392』と表記された。


かつてここは関東地方に属する場所だった。

昔、北海道として存在した陸地が海面下に沈んでからは北から数えて『2』番目の地域だ。


そしてこの島国の様々な土地が沈む前に使われていた都道府県番号は今もそのまま使われている。旧東京、都道府県番号は『13』。


『7』番、これは俺が住んでいる居住区域の住所。


土地については全て番号で管理されている。

392の最北端は02、旧青森。最西端は28で旧兵庫、最南端は30の旧和歌山。


 世界人口は約1億人。


 太陽はなくなった。

正確にはなくなったというと語弊がある。

エネルギーを失い数百年前から輝きを失いつつある。

あまりにも強かった光は現在もほのかに宇宙を照らし続けているが、研究ではそれも百年後には消滅してしまうと分かっている。


 しかし問題はない。

俺が生まれるもっともっと前には既に疑似太陽が存在していたからだ。

人類持ち前の素晴らしい科学だ。


人間は誕生してからずっと科学を発展させてきた。

様々な技術を生み出し、暮らしは便利に豊かになり、環境は破壊され、大気は汚染され、自然は滅び、温暖化は進み続けた。


自分たちの手で滅ぼしてきたこの世界に苦しみ、住める土地や食物を巡って争い、それだけでは飽き足らず、この宇宙を宇宙たらしめる存在だった太陽のエネルギーを最後の最後まで吸い尽くして殺したのだ。


 皮肉なものだ。

自分たちの科学で世界を破壊して、その科学でもう後がないこの世界をなんとか応急手当してるような状態なのだから。


 こんなふうに言うと仰々しい感じがするけれど、そんなことはない。

科学でぶち壊した世界、いや、宇宙を目の前にしても俺たちが縋り付けるものはもう科学以外何もなかった。

これは俺が生まれる遥かかなた前には既に、ご先祖様どもが時間をかけてゆるやかに構築してきた『当たり前の日常』なのだ。


 終末はまだ来ない。少なくても俺が生きているうちはきっと。


・・・――――――――――――――――――


 午前7時。

起きて軽く朝食を摂る。

パンとコーヒーを作業的に摂取して職場に向かうことにしている。


ルーティン化してしまえば生活する中で余計な時間を使わなくて済むから、毎日必ずすることについてはある程度決めているのだ。

制服の上に白衣を着て、住み慣れた11階建ての真四角の白い建物を後にする。

職場までは徒歩15分程で遠くはない、決まりきったいつもの道。

なのだけど・・・


「あ、那月なつき~!なーつきー!待って~!!」


いくら自分のことをルーティン化しても、その通りにいかないこともある。

他人の介入を防ぐことはできない。


「はあ・・・。太陽、声がでかい。朝っぱらからやめてくれ、迷惑だろ。」

「ふっふっふ!はっはっはー!おはよ!」

「話を聞け・・・。なんだよ気持ち悪い。」


 朝から無駄にテンションの高い幼馴染、水森太陽みずもりたいよう

俺たちは15年前、7歳の頃に自然保護立入禁止区域で出会ってから腐れ縁の仲だ。

その時、俺は両親と兄さんと買い物中にはぐれて彷徨ってるうちに禁止区域に入り込んでしまったのだ。


そこにいたのがこいつ。

こいつも自分と同じ迷子かと思ったが、後々聞くとそうではなくただの常習犯だった。


 392に残っている土地は大きく分類すると居住可能区域、自然環境保護研究しぜんかんきょうほごけんきゅうセンター(通称:NECRC)によって定められている自然保護立入禁止区域、危険立入禁止区域に分けられている。

居住可能区域は人間が居住しているだけではなく、立入が許可されている区域は居住可能区域とされている。


 立入禁止区域は厳重に管理しなければならない区域以外は簡単な封鎖と立入禁止の表示看板が設置されているくらいのものだけど、NECRCのアンドロイドが巡回しているし、入り込む人間は大抵俺みたいに迷い込む子供くらいのもので、ただでさえ少ない人材をわざわざ警備に回す余裕なんてないし、入っても警報とかが鳴る訳でもないから入ろうと思えば入れてしまう。


俺は禁止区域に現存していたよく分からない花を好き好んで眺めていた太陽を迷子と勘違いして、咄嗟に手を引いて交番まで一緒に歩いて行った。

太陽はその頃すぐ近所に住んでいて、兄弟がいないこいつはよく俺を遊びに誘いに来たのだった。


「あのね、今朝早くに散歩してたら綿毛が飛んできたんだよ。」

「綿毛・・・?」

「そう!これは絶対花の種子たね!」

「はぁ?一体どこを散歩してたらそんな訳の分からないものが飛んでくるわけ?」

「禁止区域!」

「まーたお前は!俺は職員なんだから本来お前を取り締まらないといけないんだぞ!?」

「自然環境保護研究センターの研究員、灰田那月はいだなつき様~!でもその前に僕の親友である那月にこの種子を贈呈します!」

「栽培しろってか・・・。」

「でもそれが那月の仕事でしょ?」

「花が咲いたらよこせってことだろ。本来太陽に横流しするのも禁止なのに。」

「また種子が取れたら返してくれるだけでもいいよ!自分で育てるからさ!」

「え、じゃあなんで俺にくれるんだよ。こっそり持ち帰ればよかったのに。」

「早く那月に見せてあげたかったんだ。」

「・・・咲いたら花と種子渡す。じゃあ俺仕事行くから。」

「うん、また昼食で!」


 自然環境保護研究センター、自然再生研究室しぜんさいせいけんきゅうしつ

俺はそこで研究員をしている。


現存してる自然がどうして過酷な環境下で絶滅せず現存しているのか、この環境でも栽培できる植物の研究、遠征組が持ち帰った植物の研究などをして、世界が失った緑をもう一度取り戻そうとしているのだ。


 植物は俺にとって研究対象でしかないし、研究員になったのも性に合ってたからというだけだし、大抵の人は気にも留めないものだけれど、太陽は草花を眺めたり趣味で育てたりすることが好きで、こうして俺によく見せに来る。


草花だけじゃない。

汚染された海辺に落ちているシーグラスとか、子供の頃一緒に集めてた危険区域(の中でも比較的安全な場所)で拾った謎の部品とか、何に使うのか分からないガラクタとか、廃れた過去の文化とか、そういうものを集めては俺に見せたり話したりする。


数字とか効率とか合理主義の世の中でゆっくりと忘れ去られてきたものを愛している奇特な友人なのだ。


・・・――――――――――――――――――


「おはよう。」

「あ、灰田さん、おはようございます。」

「おはよ~。」


 研究室に入り同僚たちに挨拶をして自分のデスクに向かい、太陽から受け取った綿毛をプラスチックケースから取り出して早速今日の研究を始める。


といってもこれがおそらく蒲公英たんぽぽの綿毛だということは分かっていた。

ここらではあまり見かけないが特別希少というほどでもないし、育てるのもそこまで難しくない。


 うまくいけば黄色い花を咲かすだろう。

そう思っていた俺の予想とは裏腹に、プランターで白い花を見ることになるのはもう少し後の話。


世の中、なかなか思った通りにはいかないものなのだ。





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