第50話:私は私に回帰する




***



「なんで残ったんだよ」


 シスターは母のような眼差しで、ダンジョンコアを撫でながら言った。


「最後だから」

「お別れが寂しいって? 馬鹿じゃないの?」


 自分でもなぜ残ったのか、彼女に何かを言いたかったのか、明確になっていなかった。


――ジジジ


 耳障りな音と共にシスターの姿がブレた。


「その体……痛くない?」

「はっ、ご心配どうも。 まあなんともないね。 ただちょっと意識はぼやけてきてるかもしれない」


 彼女を心配をしているわけじゃない。


 だって彼女は分裂スキルで別たれた自分であって、聖によってそのスキルが破壊されたことにより元に戻ろうとしているだけなのだから。


――だけど何か


「ほら、時間切れだ。 さっさと愛しののとこに行きなよ」


――言いたくてここに残ったはずなのだ。


 そうでなければ胸がこんなにざわつくはずがない。

 初めてお兄ちゃんに連れられてダンジョンへ行ったあの日、私はお兄ちゃんにほどいことを言った。 そのことを未だに後悔している。

 彼に軽率な部分は確かにあったけれど、後から分かることだがあの時点で彼には相当の実力が備わっていた。


 それなのに失敗したからといって大勢の大人から罵倒され、あまつさえ守ろうとした少女から――うそつき――なんて言われるのは酷すぎる。


 故に私は自身のスキルが『強奪』であると知った時、その意味を有用性を理解した時、決めたのだ。

 そもそもこの世界が可笑しくならなければ、お兄ちゃんが傷つくことはなかった。  

 だから全てのスキルを奪って、社会を支配して、二度と彼が傷つかない優しい世界を創ろう、と。


 そしてその時はあの日のことを謝って、昔みたいにまた仲良くできたらなんて思っていた――


――しかしそんな子供じみた壮大な計画は失敗に終わった。 誰かのせいではなく、自分のせいでだ。


(私、何やってんだろ……)


「まあなんだ……色々頑張れ。 ここで終わる私の分まで生きて……あと恋も諦めんなよ」


 シスターは動かない私に呆れたように笑ってそう言った。


 彼女と私は心を分け合っている。

 彼女は負の感情が、私は正の感情が色濃い。


 だから私は比較的楽しく日々を過ごすことが出来たし、マトモでいられた。


 だけど彼女は暗い感情にどこか壊れて、狂いながらも目的のために前へと進んでいた。 その言動や、方法は決して褒められたものばかりではないけれど。


(そうか、そうだったんだ)


 私は気づいた。

 彼女は私で、私は彼女だ。


 彼女のおかげで今の私がある。


 だから、




「ありがとう」





「だけどこれはサヨナラじゃないよ――




――おかえり、もう一人の私」



 言葉は届いただろうか。

 彼女はいつの間にか消えてしまっていた。


 しかし同時に私の胸がじんわりと暖かくなったような気がした。


「さて後片づけしないとね」


 清々しい気分で独り言ちて、私はダンジョンコアに手を当てるのだった。



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