第49話:練習モードは最強へ
目が覚めると俺は真っ白な空間にいた。
見覚えのある景色、そうここはスキル練習モードの疑似空間だ。
「ナナに感謝しないとな」
意識が飛ぶ直前、胸を掴んだ時に咄嗟にナナからもらったペンダントのことを思い出して――俺はそれを砕いたのだ。
あれにはナナがテイムしたダンジョンコアがはめ込まれていた。
スキルが拡張されるかは完全に博打であったが、運命の女神は珍しく俺にほほ笑んだ。
「効果は……はは、無茶苦茶だ」
拡張されたスキルの効果は『知りたい』と強く念じることで理解できる。
今回の拡張は――疑似空間内における時間の停止――つまりスキルを解除するか、俺がここで致命傷を受けるまでは練習し続けることが可能となった。
「やってやるよ、一月でも、一年でも、百年でもな」
腹の傷は持ち越しているので、未だに傷は塞がっていない。
だから初めの練習相手は、
「練習、レッドウィスプ」
日本で言えば鬼火に近い炎系のモンスターだ。 ただしその場に揺れているだけで意思はほとんどないため戦闘力は高くなく、練習相手にはならない。
しかしだからこそ初めに相応しい。 本格的に練習する前にこの傷を塞がなければならないのだ。
――じゅ
肉が焼ける音と臭いに俺は吐き気を催しながら、ウィスプを自分の腹に当てるという拷問を繰り返すのだった。
***
「君さ、どういうつもりなの?」
聖を抱き抱えて嗚咽する私に、シスターはため息を吐いた。
「話がちがうじゃん? 私たちの目的忘れちゃった?」
私はアイテムボックスから取り出したポーションを聖にかけた。
腹の傷は収まった、かすかに脈もある。 一命はとりとめただろうか、と私は安堵の息を吐いた。
「ダンジョンが生まれた原因が分からない限り、始まりのダンジョンを壊しても、次の種が芽吹くかもしれない。 その可能性を排除できないのなら次善として――」
問いかけへの私の返答に、シスターは頷いて口を開く。
「スキルを奪って、組織を育てて、自分達で社会をコントロールすればいい……やってること真逆じゃない?」
彼女に言われなくてもそんなことは分かっている。
聖に目的があるように私たちにも目的があった。 それは私が聖と交わした最後の言葉、記憶が始まりだ。
彼を止めることが結果目的につながり、ひいては彼の望む世界にも限りなく近くなるはずだ。 それなのに彼が困っていたら助けたい。 彼が傷ついたら泣けてくる。 私はそんな即物的な感情に振り回されていた。
「知りません……分かりませんよ! 私にだって!!!」
「わお、ヒステリックにならないでよ……どうどう(これだから恋する乙女ってやつは……)」
しゃがみこんだシスターは私の頬を鷲掴みにした。
「ともかく君は敵なの? 味方なの?」
「私は……」
もうなんて答えたらいいのか分からない。
心と思考が分離してしまっているせいで、私は何も考えられなくなってしまった。
「もういいよ。 表情で分かった……はあーあ、面倒なことになってきた。 君のこと、殺せたら楽なのに」
彼女の言うとおりだ。
私が逆の立場でも同じことを思っただろう――
――もしも私と彼女が一つの命を共有していなければ、と。
「何も考えられない、人に好かれたいだけのいい子ちゃんは黙って見ててよ。 それができないなら消えてくれる?」
彼女の言葉に私は頷きも、否定もしなかった。
どうしたらいいのか、したいのか答えが未だ出ないまま、
「――――っ」
聖の瞳が開かれた。
しかし先ほどまでの彼と、明らかに何かが違う。
彼がゆっくりと立ち上がると、弾けるように治したはずの皮膚が割け、体が痙攣をし始めた。
「だいじょ――」
「ああ、もう大丈夫」
そう言って振り返った彼の違和感、それは大きくなった体格よりも、傷よりも、何より瞳が違う。 自信に満ち溢れた――覇気をまとっているように見えたのだった。
「今度は勝つ……いや――――
――――――――勝つまでやるから」
根拠なんてなくても信じてしまえるような、そんな力強い笑みを彼は浮かべて見せるのであった。
***
黒サンタの動きは速く、何よりどんなスキルを使ってくるか予測できない。
しかし俺は練習の果てに気が付いたのだ。
戦いにおいて、相手の動きを見切ることができれば全てを躱せる。 絶対に負けないのだと。
「一体いくつのスキルを持ってるんだ?」
「なんなんだ?! さっきとは別人じゃないか!?」
体術を、魔法を、視界に映らないスキル攻撃は気配を読んで、俺は全て躱した。
さっきはあんなに強大に思えた彼女が、今の俺にはちゃんと人間に見える。
「もう終わり?」
「ふざけるなふざけるなふざけるな」
「じゃあ今度はこっちから行くぞ」
俺の視界は修行を経て、今までとは違う世界が見えていた。
相手の動きがぶれて見える。 それは経験を元に俺に脳が見せる数瞬先の未来だ。
それともう一つ、俺には彼女に糸が無数に絡みついているような光景が見えていた。 その糸はスキルと密接に関わりがあることは確かだが、それ以上は分からない。
ただ分かっているのは、その糸を切り離すとスキルが使えなくなるのだ。
「お前の攻撃も当たってないんだよ!」
故に俺は攻撃を躱し、一本ずつ糸を切っていく。
「あれ?」
一本。
「なんでスキルが使えなくなってる?」
一本。
一本。
一本。
一本。
一本。
一本。
そして最後に黒サンタから夜子に伸びている糸を切り離した。
「なんでどうしてなんで可笑しいだろ? ふざけるな!!!?」
彼女にもはや糸は一本も絡みついていない。
スキルを使えなくなった彼女は、癇癪を起したように地団太を踏み、奇声を発しながら頭を抱えた。
「終わりだ」
「やめ――」
俺の目的は黒サンタを倒すことじゃない。
彼女の横を通りすぎて、俺は巨大なコアに剣を振り下ろした。
「ろぉぉぉぉぉおおおおああああああっ!!!」
切るつもりで振り下ろした剣は、予想外の堅さに半ばで止まった。
「やめない」
必死の叫びに耳を貸さずもう一度、と剣を構えたところで異変が起きた。
「鼓動……?」
コアの光が明滅し始め、ヒビが徐々に広がっていく。 そして莫大な力の圧力が俺の生命本能を刺激した。
「これは」
単純にコアが壊れる動作というだけなら良い。 しかし何か良くない、危険なこと――たとえば爆発など――が起きそうなヤバイ気しかしない。
「一星さん逃げよう! お前も行くぞ!」
俺は立ち竦んだままの夜子と項垂れる黒サンタに言った。
「はは、は。 もう終わった、終わりだよ」
「いいから、ほら!」
無理やり立たせようとするが、黒サンタは俺を振り払って壊れたように呟きながらダンジョンコアに頬擦りした。
コアは換気扇のようにごうごうと音を立てて、膨らんでいく。 もう猶予はないように思えた。
俺は黒サンタを諦めて、夜子の手を取った。
「行こう」
「…………すみません、先に行ってください」
夜子は歪んだ笑みを浮かべて、首を振った。
「なんで?!」
「彼女に話があるので」
何の話かは分からない。 しかしもはや待っている余裕はなかった。
それに彼女は転移できるのだから、大丈夫だろうと俺は迷った末、頷く。
「必ずすぐに来いよ」
「ええ、もちろん」
俺は一人地下を脱出した。
「コアが破壊されたーーーー!」
「爆発するぞーーーー!」
「逃げろーーーー!」
人がいるか最低限確認しつつ、大声で喚起しながら俺は外へ出た。
建物からしばらく離れたところで、様子を伺っていると上空で爆発音が鳴り俺は思わず耳を塞いだ。
見上げれば夜だった世界は一瞬、昼間のように明るく照らされたのだった。
そしてどれだけ待っても夜子が戻ってくることはなかった。
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