第47話:聖夜のタンデム






 フェンリルは素早い動きと、氷魔法が厄介だ。


(さすがに強い?!)


 練習したとて、人間の俺では反応するにも限界があった。 しかしそこを神出鬼没の夜子がフォローする。


 だから俺は安心して剣を振ることに集中できるのだ。


――もっと早く


 理屈上、剣筋をブレさせず対象との接地面を最小限に、素早く振る剣が切ることに関しては最適である。


 そのためには指、体、そして剣先を己の一部のようにコントロールしなければならない。


――もっと


――もっと


――もっと


 練習の時も起こった現象だが、集中が臨界点に達すると線が見えることがある。


 俺はただそれをなぞればいい。


「GAAaOOOOoooooooOoo」

「ナイス!」


 夜子が首目掛けて振り下ろした大鎌は、狼の体表にはじかれる。


 しかし狼の意識がそちらに強く向いたことで、俺には無数の線が見えるようになった。


 モンスターを殺すのに特別なスキルも思考もいらない。


 シンプルでいい。

 ただ線をなぞって、剣を振り下ろせばいい。


――ひゅ


 かすかな風切り音に続いて、生首が落ちた。


 狼は靄となって消えた。


「よし」

「……店員さんこそ強すぎませんか?」

「こんなの練習すれば誰でも出来ることだから」

「えぇ……?」


 さて問答はそれくらいにして、守護者は倒したのだから後はコアを壊せば目的が達成だ。 俺は水晶に近づき、剣を振り下ろ――――


――ずずず


「っ離れて!」

「……おいおい、おかわりは勘弁してくれよ」


 狼の強さは今まで戦ったモンスターの中で一番だ。

 いくら始まりのダンジョンだからといって、あれが中ボスでしたなんて言われたらさすがに辛い。


「GYAAAAAAAAAAAA」


 つるりとした体表に、爬虫類の特徴を有している。 そして翼を持つ巨体は、ファンタジー物語でも最強として描かれることが多いモンスターだ。


「ドラゴン……?!」

「こっちが本命かよ」


 瞳がぎょろりと俺たちを捉える。


 スキルなのか、それとも生命としての本能なのか、俺はカエルのように動けなくなってしまった。


 ドラゴンの頬が膨らみ、閉じた口内から火の粉が舞う。


(やばいやばい動け動けこんなところで死んでたまるか俺はまだ何も――)


 脳裏に走馬灯が過る。


 辛くもヒナやバイトたち、お客様に支えられてなんとか続けた喫茶店の仕事。


 流れで始めることとなった冒険者。


 田中の依頼では癖のある奴とたくさん出会った。


 そして今もなお不義理を働いている刑務所の面々。


 理不尽を感じることも多かった。

 嫌になることだって何度もあった。

 だけどいい想いでもたくさんある。


(まあ悪くなかったよ、うん――


――じゃねぇだろ!!!!!)


 最後に会ったヒナの顔を思い出して、俺は折れかけた心を奮い立たせた。


 死んだって構わない。

 だけどそれはもう少し後、目的を達するまでは死ねない。 死にたくない。


(もう流されて、中途半端に終わるのは嫌だ)


「こ……んな! ところで終われないんだよ!」


 ドラゴンの口が開き、炎が噴射した。


 俺は夜子の前に立ち、剣先を振り上げる。


 チャンスは一度きり。

 生きるか死ぬか、二つに一つ。

 これは練習じゃない。


「やってやるよ」


 雑念は消えた。


 目を瞑り、視界を遮断する。


 怖いんじゃない。

 ただ俺は信じて――いや確信しているんだ。



――斬



 頬を熱が撫でた。


 目を開くと、そこには口を開けたままの間抜けなトカゲが見えた。


「動けるかよ」


 俺は振り返らずに、夜子に問いかけた。


「勝つぞ」


 俺たちは、俺はまだやれる。

 絶対に目的を、自分との誓いを守る。 今度こそ。


(負ける気がしねえ)


 俺は口角を吊り上げて――――


――しかしそれは突如現れた。


「ダメじゃないか、ここは関係者以外立ち入り禁止だよ?」


 シスター服を纏い、顔をベールで隠した女――黒いサンタクロース。


 いつの間にか水晶の上に立っていた彼女は俺たちを見下ろして、あざ笑うのであった。






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