第20話:デート




 喫茶店の忙しい時間は主に朝から昼。

 夜はかなり暇なので時間を持て余すことが多いので、スタッフ同士の雑談が増える。


 世界回帰教を実際に見て、俺は迷い始めていた。


 ヒナはそもそも他者を犠牲にしてまで、冒険者に戻りたいのだろうか。

 俺は一人で勝手に決めつけて、最も大事なことを確認していなかったことに気が付いたのだ。


 そこで俺は平静を装ってヒナに声をかけた。


「ヒナ、明日暇か?」

「ん? 暇と言えば暇だけど、急な欠員でも出たの?」

「いや、良ければ買い物に付き合ってくれないか?」

「は――――なんて……?」

「いや、だから」


 ノリの良いヒナだから「いいねー!」とすぐに二つ返事が返ってくると思っていたので、予想外に反応が薄くて俺は急に恥ずかしくなってきた。


「変なアレじゃなくて、ただ純粋に買い物! ちょっとアドバイスしてもらいたくて!」

「え、もしかしてプレゼント的な?」

「いや、まあ、うん?」


 買い物の目的なんて、本当はないけれどヒナと落ち着いて話せる場が作れれば構わないので、とりあえず頷いておく。

 

「きゃあ! 行く行く!」

「おぉ、テンション高いな……」

「そりゃそうだよ! だって彼女いない歴イコールで、浮いた話一つないてんちょがついに大人の階段を……あたしゃ、嬉しいよ」

「お前は一体どういう目線で俺のことを見てるんだ……」


 ふざけた小芝居をするヒナと時間と場所を決めたものの、俺は一つ条件を出された。


「話せる範囲でいいから、お相手のことについてじっくり聞かせてね!」

「わ、分かった」


 話せる範囲でいいと逃げ道を作る辺り、ヒナの気遣いを感じる。 しかし俺に恋人も、好きな相手もいない、全ては嘘なのだ。


「どうしよう、設定考えるか……」


 俺はその日、存在しない架空の恋人を想像するという、この上なく虚しいことに頭を悩ませるのであった。







「おはよ! ってすごいクマ?! 寝てないの……?」

「あーはは、ちょっと夜更かししちゃって」

「眠れなくなるほど想いを寄せているんだね……」


 ヒナが生暖かい視線を向けてくるが、訂正する気力もなく俺は歩き出した。


「というかてんちょ、服を最後に買ったのいつ?」


 仕事で使うシャツやズボン、パンツなどは買い足すが普段着は全く買わない。


「いつだったか……うーん」

「いやいやいや! プレゼントの前にまずそこでしょ!」


 お洒落と言えるかは分からないけれど、みんな大好きウニクロで揃えたシンプルな服はヒナのお気に召さなかったようだ。


「デート服、買いに行きます」

「いや別に」

「異論は認めません! 行くよっ!」


 ヒナに手を引かれて、俺はショッピングモールへ入っていく。


「なんか気になるのある?」

「うーん、しいてうならこれとか、これとか良いんじゃないか?」

「英字柄に、カラフル……うん、私がピックアップするからちょっと待ってて」


 服屋では早々に戦力外通告をされ、何店舗もはしぎしていく。


「てんちょ、今日は練習しよう」

「何の練習だよ……つうか買いすぎじゃないか?」


 俺はベンチに座り、足元に置かれたいくつかの紙袋を見てため息を吐いた。


「このままだとてんちょの恋は実らない! かもしれない!」

「……服は買ったじゃん」

「それだけじゃダメ! だっててんちょ飽きるとすぐスマホ弄るし、いつの間にかタバコ吸いに行ってるし!」

「うっ、それはすまん……」

「……まあ私相手だから良いけど、普通の女の子なら怒って帰ってるよ?」

「まじか……」


 若い頃はカップルを見てリア充爆発しろなんて思っていたこともあったが、リア充はリア充で色々と大変らしい。


 それから買い物をしながら、俺はヒナにダメだしをされ続けた。


「あー、美味しかった! ごちそうさま!」

「おう、喜んでもらえて何よりだ」


 一日付き合ってもらったお礼に食事をご馳走し、店を出た時はすでに二十一時を過ぎていた。 しかし未だに本題である、ヒナの職業のこと、世界回帰教のことについて話せていない。


 そんな時、駅前に立つシスター姿の女性が、マイクに向かって口を開く。



――あなたは神を信じますか?



――この世界をどう思いますか?



 彼女の足元に掲げられた看板には『世界回帰教』の文字がおどっていた。







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