呪縛のサーガ ~中二病たちの事件簿~

彁面ライターUFO

第1話

 「はぁ……」

 

 昼休みに入り、クラスメイト達が続々と購買に向かう中、私━━━━嵯峨さが綾火あやかは一人、席で頬杖をついてボーッとしていた。


 五月に入って少しだけ暖かくなり始めていたので、今はブレザーを脱いで、代わりにピンク色のカーディガンを羽織っている。これが私流のスタイルなのだが、それにしても今日は特に暖かい。カーディガンもいらないかな……と思ってしまうほどのポカポカ陽気が、コンクリート壁で覆われた福野町高校ふくやまちこうこうの校舎全体を包み込んでいた。


 都市開発の過程で建設されたたくさんのビルが建ち並ぶこの宮胡市みやこしは、全国的にも雨が少なく、カラッとした暑い日が多い街として有名だった。日射し、紫外線、乾燥した空気……どれもこれも、イマドキのJKの天敵ばかり。そこかしこのビルの窓ガラスが日射しをバシバシ反射させているのも、そういった問題を引き起こしている原因の一つだ。太陽光発電の何かでも始めて、環境整備の方にも力を入れてくれれば良いのに……と、一市民として声を挙げたいところだ。

 

 

 「……もしもーし、なーにボケッとしてんの? 昼休みだよー、パン売り切れちゃうよー?」

 

 と、机に突っ伏す私の頭上で声がした。敢えて頭を起こすような事はせず、私はそのままの姿勢で返事をする。

 

 「うるさいなー。 パンなら今朝のうちにコンビニで買ってきたからいーの」

 

 「なぁんだ。 ……あ! これって新発売のオレンディーノティーじゃん! ちょいちょーだい!」

 

 「ちょっ!? それまだ私飲んでないんだからダメ!」

 

 とまぁこんな風に、教室の端っこで私と他愛ない会話に付き合ってくれているのは、クラスメイトの園部そのべ世奈せなだ。健康的なポニーテールの茶髪をゆらゆらとなびかせて、彼女はいつも私にちょっかいをかけてくる。まぁ、根暗でコミュ力もなく、休み時間はいつもスマホばかり弄っているという私のような人間からすれば、世奈みたいな元気で明るい子が構ってくれるのはありがたい事なんだろうけど。

 

 「ってゆーか、お昼ぐらい皆でワイワイ食べよーよ!

 ほれ、見てみ? 教室の入り口で女子に囲まれてる保津ほづクン。 アタシも保津クンと一緒にランチとかしたいなぁ~……。 ね、綾火もそう思うっしょ?」

 

 「これっぽっちも思いませ~ん~。

 ……てか、私は嫌だって言ってんのに、向こうからグイグイ来られるから、どっちかって言うと近寄りたくないの!」

 

 「うわ、出たよヒロイン発言……。 アンタさ、保津クンが女子の間でどんだけ人気だか知ってんの? 自分が保津クンのお眼鏡にかなう女子だからって調子こいてたら、いつか始末されるよー?」

 

 「関係ないし。 てか、アイツの絡みはそういうアレじゃないから」

 

 「あっそー。 ……あ、ところでさ、最近久美くみちょが近所でプチ整形やって貰ったらしくてー……」

 

 お手本のようなガールズトークを繰り広げる私たちだったが、私の口から漏れるのはため息ばかりだった。ぼんやりと霞んだその視線の先には、別のクラスの女子に囲まれて、楽しそうに話す男子生徒の姿があった。


 保津ほづ陽太ようた。うちのクラスメイトで、学年一のイケメン。落ち着きのある茶色い髪と、キリッとした大きな目は、爽やかさを感じさせる。気さくで明るい性格の彼は、あんな感じでいつも女子に囲まれていた。

 ……実を言うと、彼と私とは中学の頃からの同級生であり、以前は、私も彼に恋をしていた。『以前は』というのは、今はもう微妙に冷めてしまっているという事だ。ある出来事があってから、私は彼への恋愛感情を失った。思い出したくもない、あの事件。あれ以来私は、彼の顔を見ることさえも嫌になってしまったのだ。それなのに━━━━

 

 

 「━━━━おい、サーガ。 お前も、一緒にパン買いに行かねぇか?」

 


 ━━━━この男は、何故か私に積極的に声をかけてくるようになったのだ。

 


 「……いい、私もうパン買ってあるから。 ってか、その呼び方本当に止めて!」

 

 「ハハハッ、相変わらずだなお前も。 そんなに嫌か? 『サーガ』って」

 

 本当にもう、なんでこの男は私にいちいち話しかけてくるのだろう。さっきまで保津君と話していた女子たちから、殺気だった視線が送られてくる。なんなら、世奈まで殺気だった視線を向けているような気がする。……あぁ、とんだとばっちりだ。私は頭を抱えながら、元凶であるチャラ男をシッシと追い払った。

 

 「チッ……んだよ、人がせっかく誘ってやってんのに」

 

 「いいから、さっさとパン買いに行って」

 

 不服そうな顔をしながら、保津君は私の席を離れていった。その際、他の女子生徒ら全員から『死ねっ!!』というテレパシーを感じとった気がするが、気のせいという事にしておく。ポカポカ陽気の昼休みが一転、これじゃギスギス空気の昼休みだ。

 

 

 「んもぉ~綾火ってば、なーんであんなつっけんどんな態度とっちゃうかなぁ~。 相手はあの保津クンだよ? アレか、古き良きツンデレか?」

 

 「違うし」

 

 「バッサリ切るなぁ。 ……てかさ、あだ名とか付けられてたじゃん。 サーガ、だっけ? 良いなー、流石にちょっと妬いちゃうかもー」

 

 「止めて! あの名前は本当に聞きたくないの……!」

 

 頭にハテナマークを浮かべる世奈の前で、私は思わず耳を塞いで机に伏せてしまった。


 『サーガ』。

 ……私の、ちょっと珍しい『嵯峨』という苗字から付けられたあだ名。クラスメイトは皆そう思い込んでいる。しかし、その名にはさらに、隠されたる秘密があった。私と、他の一部の人間しか知らない秘密。ずっと、焼却処分してやりたいと思い続けている忌まわしき過去。……あの名前は、私にそれを思いださせる悪魔のトリガーなのだ。

 

 「……え、何? 地雷踏んじゃった系? ちょっとあーやーかー!」

 

 ゆっさゆっさと私の肩を揺らす世奈。彼女とは高校に入ってからの付き合いであるため、世奈は私の秘密を知らない。というか、今後一切教えるつもりはない。

 ……でも、それで良いのだ。私の秘密を知っている人間は、私と保津君ぐらい。中学時代の同級生がかなり危うい気がするが、そこはそれ。皆とはもう縁を切った、ということにしておく。だから、これで良いのだ。このまま、私の秘密は闇の中へと葬り去られれば、私は普通の高校生活をエンジョイする事ができ━━━

 

 

 

 「━━━おい! 待たないか、お前!」

 

 「きゃっ!? ちょっと何~?」

 

 「あれ、亀山かめやま高の制服だよね? どっから入ってきたんだろ……?」

 

 何やら廊下の方で、生徒たちがザワついていた。何だろう……? と、世奈と一緒に喧騒がする方へと顔を動かす。

 と、次の瞬間、私の視界に見知らぬ小柄な男子が飛び込み、立ち塞がった。

 

 「え……?」

 

 理解が追い付かず、目をパチクリさせている私の目の前で、その男子は声高らかに言った。

 

 

 「やっと見つけたぞ……! 覚悟しろサーガ!!」

 

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