第3話 ファースト・バズり

 ギルドから歩いて15分。田んぼの端の小さな一軒家が俺の家だ。

 今夜は久しぶりに人を上げることになった。


「で、どういうことなんだ。ダンジョンを消し去るって」


 俺の問いかけに、テーブルの向こうのアンジュはまっすぐな目で答えた。


「トウヤが私を目覚めさせたあの階層のさらに奥。ダンジョンの起源とも呼べるアイテムがあります。それを破壊するのです」

「いや、だから。なんのためにそんなことを?」

「あの場所は、この世界に本来あってはならないもの。野放しにはできません」

「確かにダンジョンは急にできたらしいけどさ……。今じゃ誰も気にしてない。完全に世界の一部だ。ダンジョン配信なんてやってるしな」

「この世界の方々の適応力には驚いています。ダンジョンの持つ魔力、とでも言いましょうか」


 アンジュはテーブルの上に剣を置いた。


「私のこの剣は、その魔力を断ち切るためのものです」


 すごいな。自分の言ってることに一切の恥じらいも疑念もない。


「まるで、異世界から来たみたいだ……」

「ええ。そうですよ」

「……え?」

「私は、別の世界から来ました。この世界にあるダンジョンも、本来は私たちの世界のものです」


 俺は崩していた姿勢を戻して、真正面からアンジュに向き合った。


「……証拠は?」

「その問いは、想定していました」


 アンジュは自分の首に手を回して、服の下に隠れていたネックレスを取り出した。


「これは、この世界の言葉を理解するための翻訳装置です。私の声も、こちらの世界に合わせて変換してくれています。だから、これを外すと……」


 アンジュがネックレスを剣の横に置いた。


「セドアミストッニケニリキヲ、キハレトッウンヌニ」

「うわっ、何言ってるかわかんない!」


 まさかこれが、異世界語!?

 続けて、アンジュは上着のポケットから一枚の紙を俺に見せた。


「なんだこれ。……文字?」


 そこには、見たことのない記号の羅列があった。

 アンジュがネックレスを手に立ち上がり、俺の後ろに回る。


「お、おい、何を?」

「ドウニキザエ」


 アンジュが俺の首にネックレスをかけた。


「いかがですか?」

「あっ!? わかる!? この文字も! 『私はアンジュ』!」

「ふふっ。こういうこともできます。ご理解、いただけましたね」

「じゃあ……本当に、異世界人なのか……」

「では、本題に戻りましょうか」


 慣れた所作でネックレスを戻し、アンジュが椅子に座った。


「私の目的はこの世界のダンジョンの消去。トウヤにはそれを手伝ってほしいのです」

「さっきは、手伝う代わりに俺の願いを叶えるって言ったな」

「はい。あなたの妹君を助けます」

「どうやって。会ってもないのに」

「そのことも聞こうと思っていました。その方はどちらに?」

「ここにはいない。病院だよ。そっちの世界にもあるだろ」

「ええ。とすると、ご病気かなにかで……」

「……見てもらった方が早い」


 俺はスマホを操作して、切り抜きの動画を見せた。


『はあ、ふう、た……倒した……! シャッフルスコル、見事討伐でーす!』


 セミロングの髪を躍らせ、飛び跳ねて喜ぶ女の子。


「妹のミサキだ。ダンジョン配信者で、そこそこ売れててさ」


 背後では巨大なサソリ型のモンスターが消えていくのが写っている。

 ボロボロの装備や擦り傷が、戦いの激しさを物語っていた。


『この階層にこんな強力なモンスターが出るなんて思わなかったよー! あ、グレートチャット来てる! 5000円! ありがとー! えへへっ』


 続きはあるけど、止めてしまった。


「お元気そうですが」

「この時まではな。でも、ダンジョンから帰ってきて、ミサキは倒れた。今もずっと眠ったままだ」

「原因は?」

「決まってる。あのサソリのせいだ。シャッフルスコルの毒は個体毎に違う。やつの毒が遅効性で、戦ってる間にミサキは自分が思う以上の毒を浴びたせいだって、医者は言ってた」


 画面を下にしてスマホを伏せる。


「でも、シャッフルスコルは本来もっと下層にいるモンスターだ。ミサキがいた階層にいるはずがない。ミサキも驚いたと思う……」

「モンスターの強さと生息する階層はあくまで目安。遭遇事故、ですね」

「ダンジョンで負った傷はダンジョンのアイテムでしか治せない。でも、昏睡しているミサキを連れていくのは無理だ。だから、今は外じゃ効果が薄まる解毒薬を点滴で投与してる。俺はミサキの治療費を稼ぐために探索者をやってんだ」

「そうですか。妹君は毒で……」


 アンジュが、小さく笑った。


「安心しました」

「なに……?」

「もっと深刻な、それこそすでに死んでいる、なんてことだったらどうしようかと」


 ダンジョンの外じゃ、ダンジョン由来の武器はほとんど意味がない。何かを斬ったり砕いたりしようとしても、武器のほうがゴムみたいに歪んで終わりだ。それが残念でならない。


「……あっ、ご、誤解なさらないで! 決して、あなた方の不幸を喜んだのではありません!」

「ほう? 続けて?」

「め、目が怖い……! ……ダンジョンは、その内部で起きた事象の因果をすべて内包、記録しています」

「つまり?」

「つまり、ダンジョンが消えれば、ダンジョンで起きた事象は過去をさかのぼって、すべて消滅します。なかったことになるのです」

「よしわかったダンジョン消そう」


 迷うことなんてなかった。


「よ、よろしいのですか? ダンジョンはこの世界の一部とご自身で――」

「バカ野郎! 妹と世界、そんなの天秤にかけるまでもない!」

「で、では……」

「ああ。やってやるよ。真の意味での、ダンジョン攻略!」


◇◇◇


《モアの配信を語っていくスレ》


"やっぱ【地獄】えぐいな。あのモアでもすぐに退散かぁ"


"前の配信で熱く語ってた剣折れててカワイソス"


"【地獄】は俺も先っちょだけ入ったけどすぐに逃げたわ。あれ相当な腕ないと無理"


"ダンジョンの先っちょってなんだよ"


"つか、モアを助けたあの男、なんなん?"


"なんかナイフ一本でオーク仕留めてたな"


“がっつり顔出てるじゃん。高校生っぽいけど、はたして”


“【地獄】を男子高校生がナイフ1本で渡り歩くとかどんなラノベ?”


"あのあとの彼の配信を見てました。配信切り忘れてて、あれほぼ素人です"


“ちょっとクセ強めな新メンバー紹介やってたな”


“新メンバー?”


“登録者少なっw”


“誰も見ないだろうからって、新メンバーの女の子を死体っぽく演出してた”


“ええ……”


“BANされんぞ……”


“ビビってすぐに謝ってた。リンク貼るわ。女の子は可愛かったよ"


“ん、俺この人知ってるかも"

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る