第29話 タッグバトル

 合宿初日の夜。

久遠達の宿泊場所となるのは大鳥家が所有する別荘であった。

高台にあるため別荘までは坂道を少し歩くものの、ビーチやリゾートホテルが点在する賑やかな地域からそう遠くない場所に位置していた。

古い洋館をリノベーションした別荘の一階にある談話室では、夕食を終えたあかり達六人がソファーで伸びていた。

「さすがにもうお腹いっぱい……。ステーキ美味しかった……。フォアグラとトリュフがのっているの。なんて言うんだっけ、初めて食べた……。」

あかりはソファーに身体を預けたまま、にぎやかな夕食を思い出しながら呟く。

「『牛ヒレ肉のロッシーニ』っていうんだって……。美味しかったよね……。」

同じようにソファーの背もたれに身を預けている久遠がぼんやりと答えた。

「昼間ずっと遊んでご飯をたくさん食べると、さすがに眠くなってきちゃいますね。」

静香はそう言って笑うと、彼女にもたれかかるようにして半分眠っている千鶴の頭をそっと撫でた。

談話室に繋がる扉が開き、篠宮良子と大鳥真美が姿を表す。

「みんな、ぐったりしてるわねー。」

良子はそう言って微笑む。

彼女は髪を結び、白いシャツと紺色のスカートに着替えていた。

真美はキャミソールにショートパンツと、白衣を着ていない他はいつも通りの格好だった。

「明日からの予定の話をするから、その後はゆっくりしてていいわよ。」

「予定の話……。あ、そっか。合宿だもんね。」

あかりがゆっくりと身を起こす。

「そう。今日はいっぱい遊んだんだから、明日からはしっかりと部活動と、研究所の仕事をしましょう。」

「良子、先生みたい。」

「そりゃそうでしょ。顧問の先生なんだから。文化保存研究部のね。」

彼女はそう言って笑うと、隣の会議室から運んできたホワイトボードにすらすらと書き込んでいく。


「合宿の期間は十日間。」

良子はホワイトボードを指差す。

「明日からは、部活動のレポート作成を進めていきましょう。一部のメンバーは研究所の仕事があるわね。」

「あかりさん達は、お仕事があるんですか?」

千鶴が問い返すと、良子の代わりに真美が答える。

「そう。国連の合同研究所での仕事をしてもらう予定でね。この島に来たのはそのためでもあるんだ。」

大鳥真美はパルムを齧りながら、ホワイトボードの隣に持ってきた会議室用の大型モニターにノートパソコンを繋げる。

画面には島の中心部に位置する巨大な研究施設群が映し出されていた。

モニターの横に立つ良子が口を開く。

「千鶴ちゃん、国際連合の三大事務局はわかる?」

「ニューヨーク本部と、ウィーン事務局、それからジュネーブ事務局です。」

「正解。この島には、国際連合のいわゆる三大事務局が共同で運営している研究施設があるの。」

「事務局付きじゃない研究所があるのでござるな。」

UNITTE筑浦研究所はウィーン事務局所管であり、ドイツのライプツィヒにある外的生命体研究所はジュネーブ事務局の管轄にあたる。

「そういうこと。ひとつの事務局では難しい大規模な研究ができるのがいいところね。ディメンジョン・アーマーの研究開発も、最初はここで行っていたのよ。」

「そうだったんですね。この島だと遠くて大変だったんじゃないですか。」

久遠の疑問に、真美が答える。

「大変っていえば確かにそうだな。だが、機密保持のためにはある程度閉ざされた空間が必要でね。この島は本土から適度に離れていて、適度に近い。こういった研究所を置くにはピッタリなのさ。」

良子は真美の言葉に頷きながら、口を開く。

「研究所の仕事内容とメンバーは後で発表するわ。先に部活動の話をしちゃいましょうか。」


 篠宮良子はホワイトボードに『文化保存研究部 レポート計画』と書く。

「夏休みに入る前に、簡単な企画書をみんなに書いてもらったわね。それを元に、九月の部活動委員会で発表するレポートを作成していきましょう。ここで作業をするだけじゃなくて、調べ物や取材に行くこともあるわね。」

そう言って彼女は、手慣れた感じで議題を書いていく。

「まず、静香。和装に関するレポートね。」

「はい。」

「静香に限らずだけど、一人だと色々大変だと思うから、今回は二人チームを組んで行動してもらうようにしようと思ってるの。」

静香と他のメンバーが頷く。

「じゃあ、静ちゃんは大進君とだね。」

あかりが声を上げると、静香は横目で大進の姿を追う。

大進もまた静香の顔を見た時、良子が口を開いた。

「静香。今回、一緒に行動して欲しい人がいるの。いいかしら。」

静香は頷くと、良子の方を見て言葉の続きを待つ。

「千鶴ちゃん。」

意外な名前に、静香は目を丸くして千鶴に顔を向けた。

千鶴は少し緊張した面持ちで、膝の上に手を乗せている。

「こないだちょっと話したことだけど……。千鶴ちゃん、お願いできるかな。」

「はい。私、和服はあまり着たことないし、知らないことばかりですが頑張ります。もちろん……静香さんが良ければですが……。」

そう言って目を伏せる千鶴の手を、静香は白い手でそっと包む。

「千鶴ちゃん、よろしく。一緒に頑張ろうね。」

「はい……!」

千鶴はそう言って目を輝かせた。

あかりはホワイトボードに書かれた二人の名前を見て声を上げる。

「おお、異色タッグだねえ。良子、他のメンバーは?」

「そうね。大進君は一真君と組んでもらって、それぞれの発表内容をブラッシュアップさせてほしいの。」

そう言って彼らの名前をホワイトボードに書き込んでいく。

「二人のことだから、実はもう結構できてるんでしょ。」

良子が笑って尋ねる。

「さすが篠宮先生、お見通しでござるな。」

「まあ、ある程度は……。精度を上げてくのはこれからだが……。」

二人の返答を聞き、良子は大きく頷いた。

「一真君と大進君には発表の要になってもらうからね。頼むわよ。」

そう言うと、彼女は静香と千鶴に声をかける。

「そして、静香と千鶴ちゃんには、この二人がびっくりするようなものを作ってもらうわ。そのくらいじゃないと、海千山千の生徒会を動かすことはできない妹のね。」

「二人がびっくりするようなもの……。」

静香は大進の顔を見る。

「と言うことは……勝負……。真剣勝負ですね!」

そう言って千鶴は両手で握り拳を作る。

「お兄ちゃん、妹だからって手加減したらダメだからね。」

「……やれやれ。」

一真はいつも通りの苦笑いで答えるが、内心では安堵をしていた部分もあった。

メンバーの妹という立場とはいえ、ひとつ上の高校生グループに混ざって行動するのは気を使うこともあるだろう。

静香と行動することでその部分が和らいでくれればと思っていた。

そして、妹が現在抱えているひとつの悩みが解消するきっかけになってくれればと思ったからだった。

「……真剣勝負……。」

静香はそう小さく呟くと、テーブルを挟んで座っている大進の顔を見る。

大進はいつもの逞しい笑顔で、静香に小さく頷いて見せた。

勝負を受け入れるでござるよ、という彼の意思表示であることが、二人の間で共有されたのだった。

静香もまた彼に答えるように、しっかりと頷く。

彼女の中で、寂しさや戸惑いがなかったわけではない。

出会って以来、彼とは常に一緒に行動してきたからだ。

しかし、彼女は不思議なほどにこの状況を受け入れていた。


(ひとまず納得してくれたみたいね。)

良子は二人の様子を見ながら、内心で少しだけほっとしていた。

今回のチーム分けは五浦に話した良子の秘策のひとつだったのだ。

相性が抜群な故に、大進と静香はどうしても一緒に行動させたくなってしまう。

本人達にとっても、それが自然なことだろう。

だが、二人には今回のレポート作成では別々に行動してもらい、自分自身を見つめる機会を作って欲しいというのが良子の願いだった。

「良いレポートを作りましょうね。千鶴ちゃん。」

「はい!」

がっちりと握手を交わす二人を見て、あかりは歓声をあげた。

「おお〜、面白くなってきた。 タッグバトルだねー!」

「あかり、何を他人ごとみたいに言ってるの。あなたもやるんだから、レポート。」

ホワイトボードの横でため息をつく良子に、あかりは消え入りそうな声で答える。

「ええ……。私、こういうの苦手で、結局あんまりいいのが思いつかなくて……。」

「そんなことはないわよ。」

良子はあかりが提出した企画書を右手に携えた。

「あかりの企画書はC教室を使った学校文化の保存に関する企画。アイディア自体はいいと思うわ。」

そして左手に、もう一枚の企画書を持ち、あかりに見せた。

「こっちは久遠君が書いた、旧図書室を文化資産として残す企画。」

あかりと久遠はお互いの顔を見る。

「これは……。」

「そうか……。」

二人は同時に叫ぶ。

「旧校舎の……!!」

重なった二つの声を聞き、良子は笑みを見せた。

「そう。あかりと久遠君は、協力して新誠学園旧校舎の文化保存に関するレポートを書いてみて欲しいの。」

良子の言葉に二人が頷く。

「良子、久遠君が言ってたあの話も通しておいたよ。島の研究所に例の学校の出身者がいたから、先方の校長先生に話しておいてくれたって。」

「ありがとう、真美。助かるわ!」

良子は微笑んでそう言うと、あかりと久遠の方を向き直る。

「この島に創立八十年を越える学校があるの。最近まで使われていた木造校舎が文化財として登録されているそうだから、きっと参考になると思うわ。」

「さすが久遠君。じゃあ、レポートの方は久遠君に任せて、私は発表の時に頑張るから……。」

「だーめよ、あかり。二人でやるの。それに、久遠君には他に頼みたいことがあるんだから。」

「? 何ですか、篠宮先生。」

「他のメンバーのサポートをして欲しいの。調べ物とか、全体の進捗管理とか。静香や千鶴ちゃんも、パソコンとかプレゼンテーションソフトの使い方なんかは、彼に教わるといいわ。久遠君、お願いできる?」

「はい! わかりました。」

久遠が目を輝かせて答えると、良子は微笑んで頷いた。

あかりは立ち上がってホワイトボードに向かう。

「よーし、じゃあまずはタッグチーム名を決めなきゃね。」

「へ? 何で?」

彼女の言葉に、久遠が思わず声をあげる。

「タッグバトルなんだから、チーム名とかコンビ名が必要でしょ。」

「そうなの? ていうか、僕たちもバトルなの?」

「そうよ。こうなったら、みんなが唸るようなものを作らなきゃ。特に一真が。それに、静ちゃん達にだって、大進君にだって負けないようにしなくちゃね!」

「その意気ね、あかり。やることはたくさんあるわよ。それに期間内に決めなくちゃいけないことは他にもあるし。さあさあ、忙しくなるわよー。」


 ホワイトボードを中心に、久遠達は早速意見交換を始めている。

さっきまでぐったりしていた六人が活気付いていく様子を見ながら、大鳥真美はふと六年前の自分達のことを思い出していた。

(良子は昔から、こうやって物事をまとめていくのが本当に上手いんだよな。)

高校時代や、その後に国連でUNITTEを立ち上げる際に、押しも個性も強いメンバーが揃っていた中、良子がふわふわと立ち回っているうちに、いつの間にか意見がまとまっていて全体が前に進んでいるという場面がいくつもあったのだ。

(君が私達の仲間になってくれて良かったよ。良子。)

皆の輪の中で穏やかな笑顔を見せている篠宮良子の姿を見て、真美は小さく微笑んだ。

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