勇者の末裔は勇者殺しの剣を抜く

すずすけ

第1話


 ミディアムヘアーを風に靡かせながら青年はノートとペンを片手に緑の芝生の上を歩く。

 雲一つない晴天だが植物らが花を咲かせ始める季節、青年の身体を不快な汗が垂れる程の暑さはない。


「スイクン、なにしてんだー?」


 そんな空を見上げていた青年——スイクンに遠くから手を振りながら声をかけていたのは彼の友人。友人の手にもスイクンと同じノートがある。


「ごめん、いま向かうよ」


 声をかけてくれた友人の方へ駆け出すスイクンだが、今一度足を止めて青空と風に撫でられる青々とした芝を眺めてから追いかけた。


「彼はいま、なにをしているんだろう」


 幼き頃によく遊んでいた親友。スイクンはそんな幼少期の彼との別れの日を思い出していた。




 それはスイクンがまだシュテルン連邦国に移る前、シルバン公国にいた頃。


「スイクンとも今日でお別れか」


 目鼻立ちがはっきりとした美形であるものの、その大きな目は優しい眼差しをしている。少し赤みがかった髪が耳まで隠れるほどの長さがある少年はスイクンの親友であるレイ。


「うん……」


「なに泣きそうになってんだよ。ほんとうにスイクンは泣き虫だな」


 涙が溜まり目に映るレイの姿がぼやけたスイクンは慌てて目を伏せ、レイに泣き顔を見せないようにしたが意味はなかった。


 小さなころからかなりの時間ともに遊んできた仲であるレイには、そんなスイクンのことなどお見通しなのである。


 ともに地を駆け回ったときもスイクンはよく転んで泣いていた。レイはそんな彼を手当してなぐさめ、手を差し伸べ続けてきた。レイは泣き虫なスイクンをよく知っている。


「べつに、もう一生会えないってわけじゃないんだからさ。住む国が違ったって、今は魔王も魔獣もいない平和な世の中なんだ、安全に行き来できるさ」


「……うん」


 スイクンは溜まった涙を袖で拭い、レイに目を合わせる。

 レイの後ろには共に走り回った緑の芝とよく見上げていた青い空。

 開けた芝の上を風が吹き抜ける。


「大きくなったらまた会おう、スイクン」


 レイは右手を差し出し、スイクンに握手を求める。


「レイはずっとシルバンにいるの?」


「それは分からないさ。でもお母さんもお父さんもこっちでずっと暮らしていくんだ、俺もよっぽどのことがない限りシルバンに居続けるよ」


 スイクンはレイの差し出された右手を小さな手で握り返す。


「わかった、ありがとうレイ。見送りに来てくれて」


 数秒の握手だった。

 どちらからともなく手は離れ、スイクンは歩きだす。


「元気でね、スイクン」


「レイも、元気で」


 スイクンは親友レイと別れ、シュテルン連邦国へと渡った。




 これまでの人類史は異人種である魔王率いる魔族との長きにわたる対立とあった。人類とは明確に異なる肌の色や身体的特徴は、魔族に対する拒絶とともに人類を結託させるに十分なものだった。


 国が違えども肌の色が多少違おうとも身体的特徴が同じで言葉を交わし、心を通わせることができる人類は皆同朋としてその結びつきを強くした。人類が敵対すべきは魔族のみ、人類と魔族による血で血を洗う争いこそが人類史だったのだ。


 その長きにわたった種族の存亡をかけた争いは人類の勝利として幕を閉じることになった。


 勇者の出現である。


 魔法に関して飛びぬけた順応力と並外れた身体能力を持ち合わせた人種が突如として生まれたのだ。


 剣を持ち、敵を前にそれを振るう者。一人で強力な攻撃魔法を次々と打ち込む者。死に瀕した人間のその傷全てを癒すほどの治癒魔法を扱う者。


 その人でありながら人以上の力を扱い、魔獣に勇ましく立ち向かっていく者を勇者と呼び、それは個々が人類以上の能力を持った魔族に対する希望の光となった。


 彼らは人類の劣勢な状況に追い込まれていた勢力を優勢へとあっという間に塗り替えた。

 全ての国が彼ら勇者へ惜しみなく援助し魔族を追い詰めていった。


 勇者の登場から世代が変わった頃、悲願が成就することとなる。

 複数の勇者で構成されたパーティーが邪悪な魔王の首を打ち落としたのだ。


 異形の首とともに持ち帰られたこの吉報は人類を歓喜に沸かせた。

 直後勢いづけられた人類は残る魔族のその全てを漏らさず討伐し、この世から一つの種族を根絶やしにしたのだった。


 これによって誰もがこれから平和な世の中がやってくると思った。

 敵対すべき相手がいないのだ。


 だが残念ながらそうはならなかった。


 魔族がいなくなった世の中で、各国は自国の復興に励むことになる。

 復興が進み各国が自立できる程の発展を遂げた頃、小さな歪み、しかし決定的な歪みが表面化してしまったのだ。


 それは人間を超えた力を扱った勇者が世界に残した歪み。

 勇者たる力を有する者の手のひらに自然と刻まれた聖痕がその歪みを生んだのだ。


 聖痕を宿して生まれた者は、聖痕なき人間に比べ魔法はもちろん身体能力や知力、様々な面で優れた能力を発揮する。


 そんなある意味人間を超えた能力を持つ者と並程度の能力しか持たぬ者が健全に同じ共同体を作り上げられるわけがなかった。


 持つ者は持たぬ者を蔑み、持たぬ者は持つ者への嫉妬と憎悪。種族の存亡にかかわる存在がないが故に生まれた軋轢。


 そんな歪みが実社会に大きく影響を及ぼし始めた頃、同じ人類でありながら持つ者と持たぬ者とで袂を分かつ結果となってしまった。


 聖痕を持つ者は持たぬ者から『傷付きスカー』と呼ばれ、聖痕の輝きを宿していない持たぬ者は持つ者から『ノーカラー』と呼ばれてその社会を隔絶してしまった。


 能力が高い傷付きスカーは総数こそノーカラーより少ないけれども集まることでシルバン公国という一つの大国を築き上げた。


 ノーカラーはその圧倒的な数からテレンジア教国を築いた。

 コミュニティを分け、互いに不干渉を暗黙の了解としてきたが、両国の人口増加とそれに伴う食糧問題、領土問題は見えぬところで燻る争いの火種となっていたのだ。



 スイクンがシュテルンに渡ってすぐのことだった。

 火種はあれど、互いにけん制し合うのみで激しい争いに発展しなかった二国の緊張状態だったが、突如としてテレンジア教国がシルバン公国に向けて大規模な大壊魔法を放ったのだ。


 シルバン公国の傷付きの能力には及ばないテレンジア教国は、自国の多くの魔法士を人柱として立て、その生命力を燃焼させることで成した大壊魔法によってシルバン公国の都市一つを焼き尽くす惨状と作ったのだ。


 魔法を放ったテレンジア教国の魔法士はもちろん、シルバン公国の多くの命が失われたこの出来事は、両国の関係を終焉に向かわせ人類は再び戦火の渦にのまれてしまった。

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