歪みの生誕

無から人へ

その力は呪いだった、その存在は歪みだった。

欲してもいない力だった、世界にその力は要らないものだった。

存在したからこそ歪な積み木が出来上がった。



「きっと世界を変えるような力を望んでいないものが手に入れた時、それは呪いとなりそのものを苦しめる」





あるスラム街の娼婦の息子として生まれるが娼婦は産声をあげず随分と小さな赤ん坊の体を見て未熟児と断定し、その日のうちに娼婦はその子をゴミ山に置いていった。

その子は誰にも気にされず、動けないままゴミに埋もれて言った。

そのまま二年という年月が経過し不思議なことが起こる。

その赤ん坊は生きていた、ゴミに埋もれてながら、何も摂取せずにただ成長していた。そして自我が芽生えた。

強烈な空腹感がその子を襲い、そのゴミ山からの脱出を強制させる。


目の前はただひたすらのゴミでいくら押しても動かない。


日を跨ぐたびに空腹感と喉の渇きが酷くなっていく。


だが足掻いても足掻いてもそのゴミ山から出ることは叶わない。


いくヶ月いく年月がたつがその子は何故か死なず、体は成長を続ける。


大きくなる体は次第に廃材に突き刺さる。


痛みという苦痛と空腹という苦痛と

喉の渇きという苦痛がその子を襲う


ただこれでもまだマシなのかもしれない、もっと他の感情を知っていたのなら。さらなる苦痛がこの子を襲ったのだろうから。


そして誕生から10年が経とうという時、転機が訪れた。


ゴミ山が燃えたのだ、誰か火をつけたという訳ではない。自然発火したのだ。

ゴミ山が燃え、熱風と火の手がその子を襲う。喉を焦がし、目を焼き、体中に火を纏う。

声にならない叫びを喉が枯れるまで叫び続けやがて喉が焼け切れ息も絶え絶えになる。

そんな地獄の時間を過ごす。

そしてようやくその小さな少年は気付くのだ。

ゴミが燃え、廃になりこの少年を縛り付けていたものが消えたと。

その日、小さな子供は生まれて初めて歓喜した。そして燃えている苦しみすら忘れ

夜空の美しさに見惚れていた。

そこから子供はただ食べた。

目の前で動くものそこにあるもの何もかもを知らない、わからない、知らないが故に本能のままに暴食する。

燃えていないゴミ山から生ゴミを貪り泥水を飲む。腐った野菜も齧ったし毒のある昆虫すらも口にした。そして最後に口に入れたのは大きな肌色の死肉だ。

その一つ一つを口に放り込む。味など分からない、ただ腹を満たすためだけに食べ続ける。


本能と呼べる物を生まれて初めて満たした。


そしてただ満足して眠りについた。



そこから一ヶ月が経とうとしていた。

子供はボロ切れを来て街を歩いて、食べ物を漁っていた。

学んだことは肌色の奴が近くにある食べ物を取ろうとすると殴られるということだ。

だから子供は肌色の奴には近づかない、そして食べ物を漁る。

ただ、その少年は人という物を知らない。

だから少年が人を見るとき、それは肌色の何かだ。



このまるで鼠のような生活を一年もした。

少しずつではあるが世界と言う物を理解していく。

肌色の動くものは『ニンゲン』という生物だということ。

『ニンゲン』の近くにある食べ物は『カネ』という物が無いと手に入らないこと。

そしてもう一つ理解したことは自分も『ニンゲン』だということだ。

その事を理解したその時から、その子供は酷く怯えた。

余りにも自分は周りの『ニンゲン』と違うから。

周りが当たり前に知っていることを自分は何一つとして知らないのだから。

自分が飢えている時に、周りの『ニンゲン』が腹一杯に食べている。

自分が満足に動けない時に、周りの『ニンゲン』が自由に動いている。

自分が寒さで凍えている時に、周りの『ニンゲン』は温かく過ごしている。

自分が孤独である時に、周りの『ニンゲン』は人と会っている。

その時から子供はある感情が芽生えた。

「寂……しい」

その言葉を少年は知らない、ただ口から出ただけの音。

自分でも理解のできない言葉、だから子供は何も考えず、その日を生きるために裏路地を歩く。死ぬことなど……無いくせに。



だがその日は違った。



そのボロボロの少年の前に一人の女性が現れる。

(浮浪者の子供……最近じゃ珍しくも無いけど……)

ただ彼女は目の前の少年を哀れみの目で見ていた。

それはそのボロボロな少年の姿に同情したのか、それとも、別の何かがそうさせたのかは分からない。

ただ彼女は少年に話しかけた。

「君、家族は居る?」



その言葉すら知らない少年は首を横に振る。

「そう……言葉も分からないのね」

おろおろとするしかない少年に彼女は話しかける。

「食べ物ばかり見て……ああ、ほら」

そう言って彼女は袋からパンを出し、子供に投げ渡す。



少年はそのパンに齧り付き、飢えが満たされていくのを感じる。

その温もりを初めて感じた少年はポロポロと涙を流した。

そんな少年を気にも留めず彼女は話し続ける。

「貴方、親は?」

フルフルと首を振る少年を見て彼女はため息を吐く。

「そっかなら一緒に来る?」





それから一年が経った。

その歳月の間に少年は言葉を覚えた。

女性の話す言葉を真似るように口に出し、少年を世話する女性に知識を与えられた。

「テルマ、仕事?」

「ええ、家で大人しくしててね」

テルマと呼ばれた女性は少年の頭を優しく撫でながら言う。

「分かった」

そんなテルマは仕事に行くために家を出る。そして少年は一人になった家で本を読み始めた。

その本は『物語』だった。それは少年が知らない世界の話だった。

人の営みが書かれた『物語』を少年は貪るように読んだ。

その物語には正義に実直に生きる、一人の騎士が描かれていた。

「僕…も…こんな風…に…生きられる?」

そう小さく呟く少年。彼はただ自分の知らない世界で強い意思と正義を持って生きる騎士に憧れていた。





それからさらに一年の月日が経つ頃、少年は普通の少年へと変わっていった。

物を知り、世界を知り、知識を知り、普通を知り、普通の日常を過ごしていった。

そんな少年は自分が拾われたのはテルマの気まぐれだったと理解していた。

だから、恩を返さなければ行けないと少年は思っていた。

「お帰り、テルマ」

「うん、ただいま」

そう言って少年の頭をなでる。

それを少年は嬉しそうに受け入れる。

「ご飯できてるよ」



「いつも、ありがとうね」

そう言って少年は机に座る。

そんな少年を見ながらテルマは呟く。

「ごめんね、いつもこんな事ばっかりさせて。本当ならもっと遊ばせてあげたいんだけど……」



「いい、これが僕のやりたいこと」

「ふふ、強がりばっかり」

それから二人は夕食を食べる。二人でたわいもない話しをしながら。

そして、食事が終わると少年はくつろいでいるテルマに話しかける。

「ねぇ……テルマはどうして僕を拾ってくれたの?」



「……私ね、夫が居たの。貴方よりずっと年上の、でも、今の戦争に駆り出されて……ずっと前に死んじゃった」

「……」

少年はテルマの話しを黙って聞く。



「寂しかった、でも君が来てくれて、私は寂しくなくなった」

「あの人なら、きっと貴方みたいな小さい子放っておかなかっただろうし」

そう言ってテルマは少年を抱きしめる。

「ありがとう、私の子供になってくれて。私を慕ってくれて……ありがとうね」

抱きしめられたまま少年は言う。



「……僕、テルマの子供で良いの?」

「うん、貴方は私の子供だよ」

ずっと、そう呼びたかった。普通に憧れて、その存在が欲しかった、でも否定される事が怖くてずっと言えなかった。



「ママって、言って、良い?」

小さい声で、かすれるような声で、そう呟いた。

「もちろんよ」

そう言った瞬間少年はテルマのお腹に顔を押し付けて泣き始めた。

その言葉と共にテルマは少年の頭を撫で続ける。そんな二人の姿を月明りが優しく照らす。

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