世界の行方

ああ、クソが。もう未来も仲間もどうでもいい勇者を殺す、殺して殺して殺して殺して殺して……。

「待てよ」

勇者はそんな声に振り向く。そこにはウォルターが立っていた。

その体を確かに勇者は両断した、だが目の先に映ったのは先ほどと違った。

その姿は人型ではあるが全身が灰色の鎧に覆われ、顔には仮面のような物を付けている。

「その姿、【世界との契約】か、その資格があるとはな」



【世界との契約】それは名の通り世界との契約を行う、世界は小さい契約に目を輝かせる事は無い。

その契約をする場合は命と言う代償かそれ相応の苦痛が必要である。

(面倒だな、アレを契約したものはただじゃ死なない)

勇者はそう考え剣を魔法で顕現させる、そしてウォルターに向かい剣を構える。



「壊れろ、潰れろ」

ウォルターはそう呟きながら勇者に近づく。

(殺してやる、潰してやる、ぐちゃぐちゃにしてやる)



「ハッ、正義も悪も無いだ?その通りだな責任逃れ!」

「俺もそうだ偉いこと言っても結局、英雄になりたかっただけだ」

「でもこの気持ちもお前を殺せば、すっきりするだろうよ」

その言葉を聞いて勇者は態度を変えず、淡々とウォルターを見据える。

「もういいか?」

「死ね!」



ウォルターはそう言うと右腕を振る、するとそこから粉塵が舞い上がる。

その中を突っ切り勇者はウォルターの首を切ろうとするが、ウォルターはその粉塵の中に溶けていった。

【虚爆粉塵】きょばくふんじん


ウォルターがそう呟くと勇者の周りで爆発が起きる、だがその爆風に混じって勇者の顔目掛けて拳を振るう。

勇者は、ウォルターの拳を左腕で受け止める。

「何度か【世界との契約】をしたものと対峙したことがある」

勇者はそう呟きウォルターに剣を振る。


「その大抵が強者でも弱者でもないような奴だ、世界がなぜお前のような奴に資格を与えるのか知らないが」「そんな力に頼るような貴様に教えてやる、貴様は小物だと」

勇者がそう言うとウォルターの腕を切り落とす。

瞬時に魔法を唱え追撃を入れる。

「【レーヴァテイン】」



赤い刀身の炎の剣がウォルターを襲う。

胴に剣が突き刺さりそこから次第に炭化する。

だが、炭化した箇所が修復しはじめる。



「いよいよ人では無いな」

「それをお前が言うか?」

ウォルターはそう返しながら再生した腕で襲いかかる。

再生力を生かし背中で爆発を受け加速力を得る。

「【二代目の聖剣】」



勇者に一切の傷を負わせる事を許さない最強の鞘。

その鞘によりウォルターの連撃を受け止めた。

「少し遊んでみれば分かる、何も変わってないな貴様」

勇者はそう言ってウォルターを挑発する。

「何だと」

「絶望的に敵わない奴が、圧倒的に敵わない奴になっただけだろう」

そう言ってウォルターの攻撃を無効化した所で反撃に三日月蹴りを入れる。

それはウォルターに直撃し、後方へ吹き飛ばされる。



「ガハッ!」

「これを言うのも二度目だな、今度こそ終わらそう」

「【聖なる光を放つ聖剣の意】」

勇者がそう言うと空間を割き、巨大な光の剣が現れる。

ウォルターはそれを見た瞬間、身の毛がよだつような恐怖に襲われる。

「クソッ!クソッ!クソが!」

ウォルターは立ち上がり、逃げようとするが勇者の斬撃の方が早い。

その光にウォルターは触れてしまう。ボロボロと体が塵となって消えていく。

「何で……俺達がぁ……」



そう呟きながら、塵が風に吹かれるように消えていった。

「墓はたててやる」

勇者はそう呟き、【転移】でこの場を離れた。





勇者が向かった先はアノートの国王、アルバートの所だ。

「勇者か、実物を見るのは初めてだ」

「そんな事は後でいいさ、終わらせた。その報告を」

「そ……うか」

アルバートは驚いた顔をするが、直ぐに真剣な顔に戻る。



「人類がお前に守られるなら、安泰は永遠か……」

「そうでなくては、愛する人達を守れない」

「勇者が愛する人か……余程の者なのだろうな」

「違う、私が愛しているのは全ての人間だ」

そう語る勇者の眼は決意に満ちていた。

「そうか……」



そんな勇者の顔を見てアルバートはこれ以上何も言えなかった。

ただ一言、そう呟くと直ぐに動き始めた。

「ありがとう、この恩を忘れない」



襲撃が終わったという事を知らせるためアルバートは動き始めた。

「国民放送と行こう」

アルバートはそう呟くと、王城にある放送用魔器の電源を入れ喋り始めた。





「エヴィ、これが見たかったの?」

「……予想も覚悟もしてたわ、でも、それでも希望があると思いたかった」

「何かが変わると、そう思いたかった。どうして、こんなに不条理なの」

エヴィは涙を流しながら力なく呟く。



そんな、エヴィの頭を撫でながらシータは言った。

「私が変えるよ、約束は覚えてる」

そう言って、エヴィに微笑んだ。




だがそんな思いと裏腹に世界はエルフにとってさらに理不尽なものへと変わっていく。

エルフが襲撃を行った事はあっという間に世界に広がった。エルフに対する反感は増し、エルフを悪だとする声は多かった。



そんな声を聴きアルバートは待ってましたとばかりに動き始めた。そう、エルフに対して宣戦布告を行ったのだ。

厳密に言えばアルバートはエルフの根絶を目的にエルフに賞金を懸けて、実力ある冒険者達がエルフを殺戮するように仕向けた。



次第に小国からその計画に参加、賛同していき、エルフの殲滅作戦は段々と拡大していった。

「我らは正義だ!悪を滅する事こそ、平和への一歩なのだ!」

アルバートは高らかに演説を行う。そしてその言葉に賛同する声は増えていく。





エルフの集団が他のエルフの里に到着した。

それを見た一人のエルフが集団へと話しかける。

「あんたらどうしたんだ」

「襲撃に会ったんだ、村は焼かれてここまで逃げてきた」

集団の先頭にいたエルフが質問に答えた。



「襲撃か……まあそれしかねえか。待ってろ今里長に話して助けてもらえるようにするから」

「ありがとう……」

集団は里に入り、里長の元へ行き事情を説明した。

「それで人間に襲撃されて、ここに居る俺達以外殺されたんだ。もう頼れるのはあんたらだけなんだ」

「……」

里長は悩み、そして答えた。

「お前達は、アノート襲撃に参加した村だったよな」



「え、ああ。俺達は参加した訳じゃないけど村の何人かが」

「なら、自分達で蒔いた種だろううが、お前たちのせいでエルフにとって此の世が地獄になった」

「あ、でも、それは」

そのエルフの言葉を遮り、里長は叫ぶ。

「正直に言って、最初に顔を見たときはお前らを八つ裂きにしてやりかった」

「見せしめにでもしてやりたかった。だがそんな事をしても何もならない」

里長の言葉にそのエルフは押し黙る。



「居さしてはやる。お前たちの事も黙ってはおく。だから人一倍働け」

「……ありがとうございます」

そこに居るエルフ全員が頭を下げる。

「それと最後に、人にものを頼むときはへりくだれ」



ある小国での事。

「エルフは悪です。いえ、我々人間以外の全てが悪なのです。人間は善!我々人間こそが至高なのです」

「今こそ、悪と善を分断する時!我々善人が悪を踏み台に生きる、理想の世界を望みませんか?」

その演説は意外にも多くの人の足を止める事になった。

一人、また一人と演説に足を止めて、その演説を聞く。

やがて大きな歓声へと変わりそれは国中に響き渡り賛同する者は増えていく。

その演説者はニヤリと笑う。



「これにて、演説を終わります。長いお時間どうもありがとうございました」

「それと、我々と同じ考えを持たれる皆様。どうか入信の方よろしくお願いします」

そう深々と頭を下げた。

それと同時に多くの人が駆け寄った。




「今日が初めての演説だけど、感触はどう?」

「素晴らしい、そう言う他ないでしょう。皆様共感してくれて、私は、ああ感無量ですよ」

男は両腕を広げ、上を見上げる。

「この調子でいけば、まだまだ入信者は増えるね」

男は少し笑うのをやめて言う。

「ええ、順調ですね。№2様の計画は」

「レースと呼んでって言ったよね。それにまだ始まったばかりだよ」

「そうですね、でも今から待ち遠しいです楽園が……」

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