第44話 事後処理

 九日目の朝を迎えた。現場検証は徹夜で続けられたが、私たちは一応、睡眠を取ることができた。私は寝不足だったが、前夜の出来事の衝撃が頭から離れず、眠気が吹き飛んでいた。反対に京子は天然っぽく振る舞っていた。

 係長は実況見分に立ち会っていた。事情聴取を受けていた海山刑事は、精神的にも肉体的にも疲労して苦しそうだった。猫髪屋敷の関係者は全員が傷悴しきっていた。


「村田、すごい推理だったな」

「いえ。先輩のほうこそ、久しぶりのボクシング、すごかったですよ」

「今でもジムで鍛えてるからな」

 事情聴取を受けている私と京子のすぐ側で、猿渡さんは係長とごく普通の会話をしていたが、死の淵から蘇ったようなやつれ具合だった。

「弥太郎さんの症状は改善に向かってるんだな?」

「あ、いえ、容態は日に日に悪化しているようです」

「え、でもお前、治療方法が変更になったって……」

「ハッタリです。そうでも言わないと、小次郎さんたちはしらを切り通そうとしたでしょう」

「……そうか、賭けだったのか」

「はい。先輩、小次郎さんですが、養子に出されたとしても相続権はあったんですよね」

「ああ、そうだ、実子だからな。ただ、一太郎さんの遺言内容が特殊だったから、相続することは無理だった」

「全て相続してやろうって欲が出たんでしょうね」

「だろうな。弁護士になってから、そんな人間の汚い面を散々見てきたよ。まだ警官やってるほうが良かったかもな」

「おっほっほっ、では警察官にお戻りになられてはどうです」

 戌井さんがハイテンションで話しかけていた。

「おっほっほっ。村田さんに来ていただけなかったら、この事件、どうなっていたのかと思うと、ぞーっとしますわ」

「そう言われると、来て正解だったのかなと、思えますね……」

 係長は苦笑いして少し悲しそうだった。



 そして屋敷を訪れて十日目の朝を迎えた。

 A市中央病院からの連絡で、弥太郎さんが亡くなったことを知らされた。歯牙鑑定により、弥太郎さんと小次郎さんはそれぞれ本人であることが確認された。

 本物の弥太郎さんが一太郎さんの遺言通り、一旦全てを相続したことになった。その弥太郎さんが亡くなったことで、昭恵さんと豊さんが弥太郎さんの財産を半分ずつ相続することとなり、豊さんが、22代目猫田家当主となった。“株式会社きっとキャット” の経営権は豊さんが引き継ぐこととなった。

 夜になり、ようやく事情聴取と実況見分が終了した。



 十一日目になり、私たちは “猫髪村” を去ることになった。警察関係者がまだ頻繁に出入りする慌ただしい中、屋敷の玄関で、昭恵さんと豊さんと恵子さんがお別れの挨拶をしてくれた。

「村田さん、色々とありがとうございました」

「いえ、大してお役に立てずに申し訳ない気持ちです」

 豊さんは名残を惜しんでいるようだった。

「もし良ければ、これ、もらって下さい。刑事としての村田さんではなく、素人探偵として私たちを助けて下さったお礼です」

 係長は少し悩んでから、豊さんの贈り物を受け取った。

「はい、素人探偵として有り難く頂きます」

 受け取った包から、着ぐるみの猫の耳が飛び出していた。

「ん? これは! 例の!」

「あはは、村田さんのお気に入りの着ぐるみです」

「うおぉ、これは素晴らしい贈り物です!」

 係長は子どものように喜んでいた。

「喜んでもらえて嬉しいです。こんな楽しい会話が続く毎日が来るようになればいいんですがね」

 豊さんは隣にいる恵子さんに微笑みかけながら言った。

「豊さん、心配いりませんよ。恵子さんがいればきっとそういう毎日が続きますよ」

 係長はカッコつけるような感じで言った。しし丸がずっと京子をガン見していた。まるで京子に別れを告げているようだった。

「しし丸ー、元気でねー」

 京子が言うと、しし丸はたてがみを震わしながら寂しそうな声を上げた。私たちは駐輪場へ向かった。


 なぜか駐輪場に青田さんと赤羽さんがいた。

「おう、もしかして、俺を待っててくれたのかもな」

「警察にー、突き出すためですねー」

「……あのなぁ」

 おバカな会話が本調子に戻りつつあったことが、私には嬉しかった。

「お嬢さん方、もしかして――」

 係長が声をかけようとしたところ、青田さんに誘導されていた車から、海山刑事が降りてきた。

「村田さん、もう帰られるんですか」

「ええ。いつまでも猫髪屋敷に厄介になるわけにはいきませんから」

「今回のことで、色々と勉強になりました。ありがとうございました」

 海山刑事は係長だけでなく、私と京子にも頭を下げた。

「海さん、もう少し向こう側に停めて下さい。まだ警察の車が何十台も来るんですよね? 端から順番に停めないと……」

 青田さんは妙に馴れ馴れしく海山刑事に話しかけていた。

「あー、OK、OK。栄子ちゃん、もう一回誘導してくれる?」

「ん? 栄子ちゃん?」

「あ、青田さんのことです。不謹慎かもしれませんが、今回の事件のおかげで、知り合って、付き合うことになりました」

 海山刑事はさらりと言った。

「え……」

「わあ、おめでとうございます」

「おめでとー」

 私と京子は祝福したが、係長は目が点になっていた。苦笑いしながらも、係長は獲物を探すハイエナのように、すぐ側にいる赤羽さんに目を向けた。赤羽さんは車の中の人と親しげに話しているようだった。

「ん?」

 係長が不審者みたいにじっと見ていると、車から猿渡さんが降りてきた。

「ああ、村田。香崎さんも、磯田さんも。もう帰るのか。俺と戌井先生ももうすぐ帰るんだけどな」

「あのー、猿渡さーん。赤羽さんとー、仲良いですねー」

 京子は素で訊いた。

「ああ、赤羽さんとは前にネットゲームで知り合って、それ以来ネット友達なんです」

 猿渡さんは京子に言った。

「……あの、先輩、ここに来た理由って……」

「ああ、村田。邪悪な理由かもしれないが、俺と赤羽さん、いつか会おうってお互い約束してて、今回の相続の件が、会うための良い機会だったんだ」

「んねぇ、彦ちゃん」

 赤羽さんは猿渡さんの腕に抱きついた。二人は付き合いたてのカップルのようだった。

「え……」

 係長は先輩を祝福するどころか、がっくりと肩を落とした。

「ちっ、猿渡の野郎ー、彼女がいやがったのかー」

 京子はギャルの本性丸出しで、小声でボソっと無念さを吐露した。

「村田、また連絡くれよ」

「はい……」

「京子、行きましょ。係長も」

 私は二人を促して、係長の車に乗り込んだ。そして、マスコミであふれる “猫髪村” の入り口を突破して、県警への帰路に就いた。

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