第34話 呪い?

 客間にいると、猿渡さんがやってきた。

「村田、捜査はどうだ?」

「いや、それが、海山刑事がちゃんとやってくれてますけど、凶器がまだ見つからないんです。何度も事情聴取を繰り返してるんですけど、未だに犯人を絞り込めないんですよ」

「難航してるんだな」

「はい。全然ボロが出ないんですよ。先輩はどう思いますか?」

「うーん、俺は、遺産相続が関係していると思ってるんだが」

「え? 本当ですか。俺たちもいろいろ考えましたけど、遺産相続の皮を被った別事件じゃないかなって……」

 そう言われて猿渡さんは意外な表情をした。

「先輩、相続が関係してるって思う理由は、何かあるんですか?」

「……あ、ああ、いや、ちょっと守秘義務にひっかかるから、言えない。すまない」

 猿渡さんはため息をついて残念そうな顔をした。

 しばらく二人は推理を言い合っていた。そこへ、高木先輩から連絡が入った。

「おう、高木か。……。おう、……。……。……。……。そうか、わかった」

 係長は険しい顔つきになった。

「係長、高木先輩は何と?」

「おう、自宅を訪れたが、小次郎さんとフネさんは不在だった。それで近所を徹底的に洗ったんだが、小次郎さんとフネさんを知る人は見つからなかったそうだ」

「え? 近所の人が知らないんですか?」

「おう、そうらしい。それで、小次郎さんの勤務先に行ったが、マグロ漁船の船員登録をしているだけの会社で、会社に出勤することはないから、小次郎さんがどんな人物なのか会社も把握していないそうだ。マグロ漁船から会社に船員登録の確認依頼が来てないので、今現在は船に乗っていないようだな」

「村田、小次郎さんとフネさんのことを調べてるのか」

「はい」

「俺と戌井さんも調べたんだがな……やっぱりご近所さんも知らないんだな……」

「先輩、その二人の写真とか持ってませんか?」

「ない。そういうの探すのは、警察のほうが得意だろ」

「え、そうですか? 弁護士のほうが裏の情報知ってたりしますよね」

「そんなことないぞ」

 係長と猿渡さんによる捜査談義はしばらく続いた。

 恵子さんが夕食を知らせに来た。


 毎度のごとく、仕出し弁当とペットボトルのお茶だった。メインは私の好物のハンバーグだったが、無愛想な弥太郎さんと進次郎さんコンビの斜め前の席で食べるハンバーグはあんまりいい味がしなかった。しかも隣では係長がくちゃくちゃと音を立てながら下品に食べていたので、尚更だった。青田さんも赤羽さんも元気を取り戻したようで、私は嬉しかった。そのことがこの掃き溜めの中の食事において、せめてもの救いだった。

「うんめぇ、うんめぇ」

「係長ー、もっと静かにゆっくりと食べてくださーい」

 係長は食後のコーヒーを味わいたかったのか、がつがつと早食いした。そして至福のひと時を過ごすために、上着のポケットから缶コーヒーを取り出して飲み始めた。

「あれ? 今日は、庭のライトアップはないんですか?」

「いえ、点灯スイッチは入れましたけど……」

 係長の質問に、後ろを振り返って庭の方を見た恵子さんが答えた。みんなそんなことを気にせずに黙々と食事を取っている中、係長は隣に座る京子の方に体を近づけて、いや顔を近づけていった。

「ちょっとー、係長ー、近いー」

「おう、あれ、何だ?」

 係長は向かいに座る豊さんの後方の窓越しに、庭に目を向けながらつぶやいた。京子もつられて同じ方向を見た。すると、その時――

「きゃーーーーーーーーーっ!」

 京子がマジで大きな声で叫んだのだ。その突然の声に私たち全員が驚かされた。

「京子、どうしたの」

 私は京子を落ち着かせようと穏やかに言った。京子は席から立ち上がって、窓の外を指差したまま固まっていた。みんなが京子の視線の先に目をやっているのが自然とわかった。私も、ゆっくりと窓の外に視線を向けた。

「呪いよーーーー!」

 京子はまた叫び声を上げた。京子が指差す方向、窓の外に広がる屋敷の庭の奥の方で、薄明かりに照らされた人のような何かが風に揺れているのが見えた。

「きゃーーー!」

 青田さんたちも悲鳴を上げた。

「おう、何だろ、あれ!?」

「猫の呪いよーーーー!」

 京子は耳を塞いで、震えていた。

「おう、香崎、行くぞ!」

「はい!」

 私と係長は急いでその場所へと走った。猿渡さんと竹葉さんも私たちの後を追ってきた。


 庭の中ほどにある休憩スペースで、蔦で覆われた屋根からロープを首に巻かれた猫の着ぐるみが吊るされていた。

「おいおい、人が入ってないだろうな」

「村田、これ使おう」

 猿渡さんが小さなベンチを着ぐるみの足元まで引っ張ってきた。係長と竹葉さんがベンチに乗って、着ぐるみを支えた。

「あ、着ぐるみだけです」

「おう、焦ったぜ」

 着ぐるみは頭から下の布の部分がすかすかで、中に人が入っていないことがすぐわかった。二人はロープを外して、着ぐるみを下ろした。側には、いつも庭をライトアップしている専用のライトが二つ置かれていた。

「おう、この猫の着ぐるみを照らして目立たせるためのライトだな。手の込んだことしやがって」

「一体誰がこんな気味の悪いことを……」

 竹葉さんが言った。

「おう、証拠になるものは屋敷に保管しておこう」

 係長の指示で、私たちは着ぐるみ、ライト、ロープを屋敷へと運んだ。

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