第3話 猫髪村へ

 私は当日の朝4時に起きて、タクシーで県警まで行った。係長も京子もすでに到着していた。そして私たちは係長の自家用車に乗って、猫田一族の家がある “猫髪村ねこがみむら” を目指して出発した。


「あー、眠いー」

「京子、私もよ」

「じゃあ、寝てろよ」

「えー、眠ったらー、変な場所に連れ込まれるかもしれないじゃーん」

「……あのなぁ」

 係長もきっと眠いのだろうが、一生懸命運転していた。私と京子は後部座席でダレているだけだったのに。

「ていうかさー、“猫髪村” ってー、変な名前よねー」

「そうよね。あ、そうそう、京子、これ持ってきたのよ」

 私はカバンから本を取り出した。

「民俗学の本よ。ネットで調べてみたら、“猫髪村” の情報、いろいろと上がってたのよ。あるサイトがこの本を引用してたから、夏子に図書館から借りてきてもらったの」

「えー、難しそー」

 京子は全く興味なさそうだった。

 私は本を開いてみた。


 〜〜


 その本によると、“猫髪村ねこがみむら” という名前の村は存在しないということだった。T県の南の半島の山奥に、里見村という、上集落と本集落に別れた小さな集落があり、その上集落のことを通称 “猫髪村” と呼ぶそうだ。そう呼ばれ始めたのは、戦国時代の頃であった。その辺りを治めてきた “猫殺無情左衛門ねこごろしむじょうざえもん” という豪族が戦で兵糧攻めに遭った時、飼っていた猫の食料を奪って食べてしまった。そのことが原因で、怒った猫は山の中へ逃げて行って、二度と戻ってくることはなかった。幸いにも戦に勝った “猫殺無情左衛門” は、大事にしていた猫がいなくなったために気が触れてしまい、失意のうちに病で亡くなった。その後、“猫殺無情左衛門” の男系子孫は皆、猫の毛のように柔らかくふさふさとした髪を持つ者ばかりになり、不幸な人生を送る者が相次いだ。そのことは、猫の呪いによるものだという噂が広まり、いつしか彼らの住むその辺り一帯は、“猫髪村” と呼ばれるようになった。猫殺ねこごろし一族は明治になり、“猫田ねこた” と名乗り、現在もその血筋は脈々と受け継がれている。


 〜〜


 私は途中から無意識に音読してしまっていた。

「いやーーーーっ! 猫の呪いとかー、ありそうじゃーん」

 京子は悲鳴を上げて、ぶるぶると震え出した。

「いや、京子、呪いなんかないわよ」

「おう、磯田、呪いなんて非科学的なことが現代社会にあるはずない」

 係長が言ったが、京子は耳を塞いでいた。

「おう、香崎、なんかヤバそうな感じがする所だな。猫づくしじゃねえか」

「はい、そうですね。“猫殺無情左衛門” が飼っていた猫を祀った神社があるみたいですね。えーっと、“猫猫丸びょびょまる” という名前の猫だったので、“猫猫丸大明神神社びょびょまるだいみょうじんじんじゃ” というらしいですね」

「いやーーーーっ!」

 京子はまた悲鳴を上げた。

「あれ、京子、耳を塞いでたんじゃないの?」

「耳を塞いでても聞こえてくるー! いやーーーー! 呪いよーーーー!」

 京子はヒステリー状態だった。落ち着かせようとしたが、どうにもならず、放置しておくしかなかった。


 サービスエリアで少し休憩を取って、それからまた出発した。

 一般道に入り、それからだんだんと道が細くなっていき、道路標識やガードレールが少なくなっていった。やがて舗装されてない凸凹道に出た。ガタガタと揺られながら、畦道を走った。


「ところでさー、猫田一族ってー、どれくらい金持ちなのー」

「特に気にしてなかったけど、そう言われると、気になるわね」

 私はスマホで調べてみた。

「えーと、“株式会社きっとキャット” だったわよね。あっ、あった。猫専用のペットフード、ペットグッズを扱う会社で、年商が280億円! すごいわね」

「おう、猫専門なのかよ」

「猫で商売するなんてー、猫の怒りを買ってー、呪われるんじゃないのー! きゃーーー!」

「京子、そんなことないって。猫を幸せにすることで、亡くなった猫の供養になるのよ、きっと」

「あー、納得ー」

 京子はすごく単純に納得したようだった。 


 ピピーーーーーー!

「いやーーー! 何の音ーーー!」

「京子、大丈夫よ。カーナビの音よ」

 京子はカーナビの音にも敏感に反応した。どうやら目的地付近まで来たようだった。

 ノロノロと車を発進させながら、係長は辺りをキョロキョロ見回していた。そもそも道すらない場所だったが、木々の間をぐねぐねと走り続けると、眼下に集落が見えた。

「おう、あそこか」

 係長は、道かどうかわからない道だと思われる木々の間を車を走らせ、何とか集落に辿り着いた。

 奥の方に見える家々の手前、村の入り口と思われるどんよりとした場所に、石碑が建てられていた。そこに刻まれた文字には朱色が入れられていた、“猫髪村” と。

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