第7話 かわいい車

 晶くんは照れくさかったのかすぐに席を立って、いつもの王子スマイルでわたしを見下ろす。


「話、聞いてくれてありがとう。雪はやんだけど、早く帰った方がいいよ」


 そう言って、教室を出ていった。


 ひとり残されたわたしは液タブを起動させ、自分の容姿に似せたキャラを描いてみる。


 ポニーテールで、身長は低く丸顔。垂れ目の、団子鼻。およそ、ヒロインを張れる容姿ではなく、主人公カプの背中を押す友人キャラにしか見えなかった。


 ためしに、その団子鼻キャラの横に晶くんをモデルにした鷹男くんの画像を貼ってみた。


「うわっ、似合わなーい」


 カップルどころか、同じ世界線に生きている人類には到底見えない。団子鼻キャラは削除して鷹男くんの隣に、吉峰くんを貼りつけてみる。


「うん、お似合い。幼馴染の王道のキャラはこうでなくちゃね」


 わたしのつぶやきは、胸の奥底をえぐる。その痛みには慣れていた。


 遠くから廊下を歩く足音が聞こえてきた。足音がやむと、晶くんが出ていった引き戸がふたたび開く。今度こそ島崎先生が、そこに立っていた。


「原田さん、ごめんね。こんな日に来てもらって、休校になるなんて」


「大丈夫です。今から帰りますから」


 わたしはあわてて液タブをカバンの中に入れ、立ち上がろうとした。先生は、そんなわたしを引き留める。


「もうちょっと待っててくれたら、僕も帰れるし車で送るよ。僕のためにわざわざきてもらったんだから」


「でも、先生の車に乗ってもいいんですか?」


 昨今、教師と生徒の距離が近すぎるとへんな噂が立ちかねない。先生もそれは承知のようで、いたずらっ子のように微笑むと、「内緒ね」と言って教室から出ていった。


 先生のいう通り教室で待っていると、カバンとコートを着た先生が迎えに来てくれた。時間差で車に乗り込むという手はずで、先生が先に駐車場へ向かう。


 わたしも時間をおいて教員用の駐車場へ。先生から聞いた、黒いベンツの横においてあるかわいい車を探した。


 かわいい車という説明だけで先生の車はすぐにわかった。


 車体はグレーで、屋根が白い。グレーと言ってもメタリックなグレーでなく、艶消しのグレーだ。


 車体のフォルムはころんと丸っこくて、かわいい。こんなかわった形の車を見たことがなかった。


 運転席にいた先生はわたしを見つけると、周りを確認して外へ出る。そしてドアを開けたままシートを倒して、後部座席に入るよう手招きした。


 変な車の乗り方だと思ったら、ドアが運転席と助手席にしかなかった。こんなめんどくさい車は、外車かと思って乗り込むと、ハンドルは右側なので国産車みたいだ。


 後部座席に乗り込み、外から見えないようにアイボリーのシートに横になる。念には念を入れて、顔をカバンで隠した。


「ごめんね、狭くて。この車だいたい僕と同い年で、三十年ぐらい前の車なんだ」


「大丈夫です」


 わたしの声はカバンにはばまれ、低くくぐもっていた。


 エンジンが動き始めると、寝転がっているわたしの上半身に振動が伝わる。


「原田さん、なんか元気ないね」


 先生の心配そうな声とともに、車はゆっくりと動き出した。

 失恋したんです……。なんて言えるわけもなく、わたしは黙っているしかなかった。


 坂道を下り車がとまったところで、先生がごそごそと何かを取り出す音がした。ガシャンという音とともに、音楽が流れだす。


「元気ない時は、明るい曲を聞こうね」


 明るい曲ではなくせつないバラードが流れ出し、先生はゆっくりとアクセルを踏みこんだ。わたしは隠れていた後部座席から起き上がり、先生の気づかいに文句を言う。


「全然、明るくないんですけど。この曲」


「これカセットなんだ。この曲はA面で、もうすぐB面になるから」


「カセットって、カセットテープのことですか?」


「そうそう、珍しいでしょ」


「初めて、聞きました」


 音楽の記録媒体ということは知っていたけど、実物を聞いたことはなかった。


 ものがなしいバラードをBGMに車窓をながめていると、屋根にうっすらと雪が残る街並みがだんだんと滲んでくる。


 曲が一曲終わると、またガチャンと音がして二曲目が始まった。


「ズズ……先生、今の音なんですか?」


 わたしが鼻水をすすっても、先生は特に気にする様子はない。


「A面からB面に切り替わったんだよ。このテープシングルだから、二曲しか入ってないの」


 先生の説明が、飲み込めない。A面B面とかシングルって、どういう意味だろう。

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