B面「おまけのラプソディ」
第1話 しーちゃん先生
忍ちゃんは女の子なのに、中学生になったころから男の子みたいになっていった。
お互い絵が好きで、同じ絵画教室に通っていた仲のいい友達が、どんどん変わっていく。不思議に思ったけど、そんな忍ちゃんはかっこよかった。
もともとかわいいというよりきれいな顔をしてて、細くてスタイルもいい。なのでボーイッシュな髪型に男の子っぽいしゃべり方は、まるで漫画の中のボクっ娘そのものだった。
気に入らないことといったら、「凛子ちゃん」って呼んでくれてたのが、そっけなく「原田」って呼ばれるようになったことぐらい。
「鷹峰忍さん、全国絵画コンクール高校生の部優秀賞受賞、おめでとう!」
底冷えのする二月の体育館に、高等部の教頭のキンキン声が響きわたった。
もうちょっと、ボリュームを落としてほしい。
田舎の地方都市にある中高一貫校では、生徒が何かの賞をとると中等部の生徒も含めた全校生徒の前で、表彰するのが習わしとなっている。努力した生徒を褒めたたえる……というよりも、学校の誉れとしたいのが、見え見えのシステムだ。
わたしはたとえみんなの前で表彰されなくても、忍ちゃんのことをとても誇りに思ってる。
生徒の後頭部の隙間から忍ちゃんを見ようと、隣のクラスの列に並ぶ姿を目でおった。
ダークな色合いの制服の集団から、忍ちゃんが進み出る。
忍ちゃんの制服姿は超かっこいい。スカートじゃなくて、スラックスならもっとかっこいいのに。都会の学校では、ユニセックス制服が導入されてるらしいのに、どうしてこの学校は違うんだろう。……まったく、田舎がうらめしい。
壇上の忍ちゃんはだるそうな動きで校長から表彰状をもらってる。顔は見えないけど、絶対仏頂面をしてるに決まっている。
あんなすごい賞をとっても、自慢なんてしない。むしろ、めんどくさそうにしている態度も、クールでかっこいい。
さすがわたしの推し!
こんな身近に推せる人がいるなんて、毎日が幸せだ。こっそり観察しては、妄想を爆発させてるなんて絶対言えないけど。
あくまでも表向きは、同じ美術部の仲のいい同級生。という態度で接しないと、ばれたら絶対ドン引きされる。
壇上の忍ちゃんは、重い足取りで階段を降りている。その足音をかき消すように、わたしは力いっぱい賞賛の拍手を贈った。
全校集会が終わり、みんなのろのろとそれぞれの教室に移動し始める。この学園はいわゆるお金持ち学校で、ここに通う生徒もみんな品がいい……なんてことはなく、ただ親がお金持ちという子が多いだけの学校だ。
わたしの両親はそろって大学の教員をしている。とりわけて裕福というわけではない。ただ娘にいい教育を受けさせたいという親の思惑で、ここの初等部に放り込まれた。
その点、忍ちゃんは根っからの名家の子女だった。お家は代々続く医者の家系で、大きな総合病院を経営している。それなのにちっとも気取ったところがなく、庶民のわたしにも普通に接してくれる。
むしろ、医者の家であることを隠すほど奥ゆかしい。わたしなら、ついつい自慢しちゃいそうだけど。
体育館を出るまではちゃんとどこにいるか把握できたのに、狭い廊下いっぱいに歩く生徒の中から、忍ちゃんの姿をみつけられなかった。
「原田、何キョロキョロしてんの?」
突然話しかけられ、ストーカーまがいな行為をとがめられるかと肝が冷えた。いつも忍ちゃんを目で追っていることに、若干後ろ暗く思っているのは否定できない。
「ええっと、ちょっと自分の教室どこだっけと思って」
自分のおっちょこちょいキャラを利用した言い訳に、声の主である漫画研究部の部長である斎藤さんは、ぶはっと派手に息を吹き出した。
「あんたねえ、まだそんなこと言ってんの。もう二月だし」
「そうだよね……」とごにょごにょと言葉を持て遊んでいたら、斎藤さんはすっとわたしの耳元に口を寄せた。
「例のブツの進行、どんな感じ?」
――例のブツ――と言われただけで、それが何をさしているのか即座に理解する。
「うーん、ちょっと今回は遅れそう。いいネタないんだよねえ」
「ええ、マジで。みんな楽しみにしてるんだから。締め切りは守ってくださいよ、しーちゃん先生」
「そんなこと言われても……。でもさあ、あれっていったいどこまで広まってんの?」
「いまのとこ、うちら高等部だけにまわしてるはず」
すかさず、確認せずにはいられなかった。
「ちゃんと、オタクの間だけだよね?」
もし、忍ちゃんの目に触れたらと思うと……。そんなことになったら、完全に詰む。人生が終わる……。
「大丈夫、大丈夫。たぶん。漫画に興味ある子しか見ないから。それと、中等部に妹のいる子が、妹も見たいって言ってるらしいよ」
「いやそれ、まずいっしょ。けっこうあれな場面あるのに」
わたしのあせったセリフに、斎藤さんはニヤリと笑う。
「あのさ、このさい校内だけじゃなくてイベントに出して見ない? 健全なのにしてさ。ちょっと遠い場所だけど、夏に即売会あるんだ」
「でも、二次じゃないオリジナルなんて売れるかな」
「あのクオリティなら、いけるって。というか、ああいうのは、売り上げとか関係ないから。参加することに意味があるんだって」
斎藤さんは根っからのオタクだからか、悪い笑顔でわたしをそそのかしとても楽しそうだった。
わたしも挑戦してみたいとは思うけど、こんなことしてるって親に知られたら……。絵を描くという名目で買ってもらった液晶タブレットで、漫画描いてるなんてバレたら……。おまけに、BL漫画なんてわかった日には、堅物の両親はそろって失神しそうだ。
いいとも悪いとも言いよどむわたしを、斎藤さんは追い込んでくる。
「もちろん、しーちゃん先生ひとりの本だけじゃなくて。うちの部員の本もいっしょにさ。別に会場にこなくてもいいから」
ペンネームのしーちゃんは、漫研所属の覆面作家ということにしてある。わたしの正体を知っているのは、部長の斎藤さんだけだ。
身バレの心配もなく、遠いイベント会場にいかなくてもいいなら、参加してもいいかもしれない。朝早く家をあける口実を考えるのが、めんどくさいのだ。
うちの家は高校生になっても、外出時にはどこで誰と出かけるのかいちいち言わなければならなかった。みんなも私と同じような境遇なのか、訊ねるのがこわいと感じる。
束縛されているのが自分だけだとわかると、みんなといらない壁をつくることになるのだ。
でもせっかくのイベント参加を、会場で体験してみたいとも思う。
「うーん、考えとく」
あまり前向きな返事をしなかったことが不満なのか、斎藤さんは口をへの字に結ぶ。
「とにかく、原稿は早めに仕上げてね。待ってるから」
そう言い残し、さっさと自分の教室に入って行った。
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