03.攻略者

「ここが墨田ドスコイズ事務所の本社か……」


 ミカゲは緊張するようにドアの前で佇む。


(だ、大丈夫か、ここ……)


 そこは雑居ビルのワンフロアで少し不安になるミカゲであった。


『お、あなたはもしかして蒼谷ミカゲさんかな?』


「っ?」


 ミカゲは後ろを振り返る。


 そこには整った顔立ちで金髪の明るい髪ではあるが、割と普通の佇まいのスーツ姿の若い男性がいる。


「あ、はい」


「話は聞いてますよ、どうぞ中へお入りください」


(あー、良かった。普通っぽい……)


「……なんでこんなくそ雑魚そうなやつを……」


 男性はぼそりと呟く。


「ん……?」


「あー、いえいえ、何でもないです。どうぞこちらへ」


 男性はニコニコしている。


「さー、こちらへ」


 男性が案内した扉の前には社長室と書かれていた。


(ごくり……)


 ミカゲは息をのむ。


「社長、入りますよ」


 部屋は薄暗く、生活感のする雰囲気であった。


「こちらが今回、(何を血迷ったのか)貴方をスカウトしたA級攻略者の仁科社長です」


 ゲーミングチェアのような椅子に白衣姿の小柄な女性がジト目のアンニュイな顔でミカゲの方を見る。


【仁科 揺(にしな ゆらめ)(26・女) A級攻略者 墨田ドスコイズ社長】


(うわー、改めてだが、俺でも知ってる人だ……確か、先日のアサヒの配信の解説もやってた人だよな)


 仁科 揺……その可愛らしい見た目に反し、アンニュイで毒舌なコメントが人気のA級攻略者である。


「あ、あの……初めまして……蒼谷ミカゲと申します」


「……初めまして……仁科揺です。蒼谷ミカゲさん、今日から墨田ドスコイズで一緒に働けることを嬉しく思います」


「はい」


(あれ……思ったよりまともだ……)


「あ、聞いておかないとな。ちなみに他の事務所チームからは声は掛かってないだろうな?」


「あ、はい……」


「なら、よかった」


 揺はほっとしたように軽く息を吐く。


(……掛かってるわけないと思いますが)


「そ、それで自分は今後、どうすれば……」


「あ、そう言えば蒼谷さんはどこのパーティに?」


 金髪の男性が揺に尋ねる。


「あー、それなんだけど、束砂つかさ、君とパーティを組ませようと思ってる。あともう一人つけるけど」


「…………え゛ぇ!!」


【佐正 束砂(さじょう つかさ)(21・男) 墨田ドスコイズ職員】


「えっ? えっ……ってことは、つまり私も……」


「おめでとう、今日から君も攻略者だ。そうだな、パーティ名は"アース・ドラゴン"なんてどうだ?」


「……」


 佐正はぼう然と立ち尽くすがうっすらと目頭に涙を浮かべる。


【佐正 束砂(さじょう つかさ)(21・男) 墨田ドスコイズ職員 改め E級攻略者】


(えーと……どういう……)


「それでミカゲよ」


「……はい」


「宝物レベルが高い武器は確かに強い」


「……?」


 揺は唐突に語り出す。


「だが、多くの人が誤解しているが、宝物レベルが低いからといってその宝物が必ず弱いというわけではない。確率は低いがな」


「!?」


「君の宝物特性はレベル3だそうだな」


「レベル3……!? ぷぷっ」


 佐正は馬鹿にするように頬を膨らませる。


(……こいつ……)


「束砂も6でしょ……」


「あ、ばらさないで!」


 佐正は焦るように言う。


(6……!?)


「だが、ミカゲ、束砂は天才だ」


「!?」


「…………社長」


「しかし、”職型”が特殊でな」


 宝物特性の他に”職型”という概念が存在する。職型を持つ者はその特性に応じた宝物の力を最大限発揮できたり、特殊能力が使えるという。


 かなしいかな、職型の発現も宝物特性レベルに依存する。

 レベル5以下は過去に発現例がない。レベル6以上でレベルが上がるほどに職型が発現しやすくなる。

 レベル3のミカゲは当然、職型:型なし、通称、”カタナシ”である。と言っても、人口の半分以上はカタナシであり、特別、不幸というわけでもない。


「そんなこともあり、束砂の能力を活かせる奴を探していた」


(……)


「それが君だ」


「「……」」


「つまり……″君も非凡だ″」


「!?」


 揺はミカゲを見つめるように確信めいた口調で言う。


 予想もしていなかった発言にミカゲは息を呑む。


「期待している」


「……は、はい……!」


 ミカゲがたどたどしく返事をすると揺は少しだけ口角を上げる。


「それじゃあ、早速だが、二人に最初のクエストだ。とても重要で興味深いクエストだ」


「「……はい!」」


 二人は緊張しつつもドキドキするような表情を見せる。


「アンダーに行ってきてくれ」


(……!?)


 二人はシンクロするようにショックを受ける顔をする。


(こ、攻略者になったのに……ま、また、アンダー?)


「アンダーに向かう目的は主に二つ」


(……?)


「一つ目は”刀”だ」


「刀……?」


「刀は謎が多い宝物でな、アンダーでしか発見されていない。そして、必ずレベル0……」


(そうだったのか……末端の俺は存在すら聞いたことがなかった)


「なんだが、そこらのレベル5以下の宝物よりは遥かに強力だ」


(……確かに、あの時、この刀なら蜥蜴に傷をつけられた)


「だからアンダーを探索しまくって、刀をもっと探してきて欲しい」


「なるほどです……」


(でも、なんで俺なのだろうか……)


「……っ! ひ、ひょっとして、この刀……自分にしか使えないとか……?」


「いや、それはない。レベル0だから誰にでも使える」


 揺は真顔で即答する。


(恥ずっ……)


「ただ、君にしか使えないというわけでもないが、君にとって有利な点もある」


「え……?」


「私の研究によると、刀を使用する者が”カタナシ”だと出力が8%程上がるデータがある」


「……!」


「よかったな! 君はこれだけでも選ばれた人だ」


(それは嬉しいのだけど、カタナシって人口の半分いるわけで……それに8%ってどうなんだ……)


「まぁ、刀の話はこれくらいにしておこう」


(え……? 終わり……?)


「次に二つ目の目的についてだ」


「……」


「時にミカゲよ」


(……?)


「君はアンダー、地下二層をご存知かな?」


「えっ? あるんですか?」


 地下層は横に広いが一層しかないのは常識であった。


「当然だ。ないわけないだろ」


「えっ……どこにでしょう……」


 揺の口元がニヤリとなる。


「それを探すのが君達の最初のミッションだ」



 ◇



「あの……佐正さん、よろしくお願いします」


 社長室を出たミカゲはひとまず佐正に挨拶する。


「……束砂つかさでいいっすよ、自分、年下みたいですし」


「あ、はい……」


「こちらこそよろしくお願いします、ミカゲさん」


 佐正は少し不愛想にも見えたが、挨拶をしてくれる。


「先程は無礼な態度、失礼しました。正直、突然現れた人にまた先を越されるのかと思い、それなりに悔しくて……」


「あ、いえ、別に大丈夫ですよ」


(……その気持ちは痛い程分かる)


「ありがとうございます。早速ですが、ミカゲさん、向こうで軽く話しましょうか」


「あ、承知です」


 そう言って、佐正は事務所内の対面で座って話すことができる応接スペースにミカゲを誘導する。ちなみに事務所には他の人は誰もいなかった。


『にゃー』


(お……?)


 応接スペースに来るとどこからともなく猫がトコトコとやってきて佐正に甘える。

 キジトラ模様の猫だ。


「あ、こいつはおにぎりっていいます。ミカゲさん、猫は大丈夫ですか?」


「あ、はい、問題ないです」


「よかった」


 佐正はわりと本当にほっとしたような表情を見せる。


『にゃー』


(お……?)


 おにぎりと呼ばれる猫はトコトコとミカゲのところにもやってきて、頬を擦り付ける。


(きゃわ……)


「まじか」


 佐正は目を丸くして驚く。


「え……?」


「おにぎりが初見の人にそんな態度取るのは初めて見たわ」


「そ、そうなんですね」


(……ちょっと嬉しい)


 ミカゲはよしよしとおにぎりの喉元を撫でる。


「まぁ、今後のことを考えるといいことなんですが、ちょっと悔しいっすね……」


 佐正は少し眉をひそめながら、そんなことを言う。


「まぁ、それは置いておいて、それじゃ、ちょっと、例の刀……貸してもらってもいいすか」


「え……? あ、はい」


 ミカゲは言われるがままに、揺に持ってこいと言われていた先日、入手した刀を佐正に渡す。


「なるほどね……」


 佐正は刀を眺める。


「んじゃ、ミカゲさん、早速、この刀……”覚醒”させてもいいですか?」


「え……! 覚醒……!? さ、佐正さん、ひょっとして……」


「……」


「希少”職型”の”覚醒師”!?」


「まぁ、一応……」


「すご……そりゃあ天才と言われるわけだ」


「ただ、さっき社長にばらされたけど、宝物特性はレベル6です」


「な、なるほど……」


 職型の発現は宝物特性レベルに依存する。

 レベル5以下は過去に発現例がなく、レベル6以上でレベルが上がるほどに職型が発現しやすくなると言われている。

 そういう意味では、佐正のようにレベル6で職型が発現することは稀である。


 そんなこともあり、攻略者の95%がレベル8以上、4.5%がレベル7、それ以外は0.5%以下という統計がある。


「自分は宝物に宿った"潜在能力"を覚醒させてやることができます」


「すごいっす!」


「光栄です」


 佐正は少し照れくさそうにする。


「ひとまずこの刀、"鑑定"していいですか」


「あ、鑑定もできるんですね。是非、お願いします」


「了解です」


 そう言うと、佐正は刀を凝視する。


「終わりました。こんな感じですね」


 佐正はメモ用紙に書き出して、渡してくれる。


 ==========

【刀】

 Lv0

 攻撃:A

 防御:B

 魔力:C

 魔耐:A

 敏捷:B


 効果:なし

 ==========


「おぉー……」


 ミカゲにとってはAの文字を見るだけでも心が躍った。

 Aといっても十段階の真ん中くらいではあるが、それでも彼が今まで使用していた宝物アイロンソードとは比べ物にならないほどに高性能であった。


 ==========

【アイロンソード】

 Lv3

 攻撃:D

 防御:B

 魔力:E

 魔耐:D

 敏捷:C


 効果:なし

 ==========


「それじゃあ、早速ですが、この刀、覚醒させていいですか?」


 佐正が切り出す。


「あ、はい、お願いします」


「承知です、それじゃ、いきますよ」


 そう言って、佐正は刀に両手をかざす。



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