SideA 愛国正義の階級制度04
「エメルったら……散々人にお説教しておいて挙句に問題を起こすから今日はそのままお魚とイチャイチャしてなさいだなんて言ってたのに……」
不機嫌そうに口を尖らせるシーア。その視線の先にはテーブルを囲み談話するエメルの姿。建物の2階にあるテラス席でお茶をしているのだが、そんな彼女たちを見下ろす形でシーアは離れた建物の屋根上に身を潜めている。
アリスとなんだかじゃれついている様子のエメルにやれやれとため息を漏らす。そして、二人のほかにもう一名、同席している黒髪の男性の背を目を細めて睨む。
「なぜあいつがいる……百歩譲ってアリスといるのなら許せるが、エメルと一緒に何のつもりだ」
右拳に力を込めるとバキバキと関節の音が鳴り響く。いな、彼女がふと手にしていた屋根板の先端が壊れる破砕音も混じっている。シーアは慌てて壊した屋根板をそっと元の位置に置き、そっとその場を離れる。
「うーん、どうしたものか。多分今帰ったらエメルは怒るだろうし……でもあの男がエメルといるのは面白くないし。いっそ
「ちょっとあんた何言ってんのよ。私たちは法に
シーアの物騒な台詞に呆れたように肩をすくめる白髪の少女。天秤の紋章が刻まれた黒いフード付きのマントをはためかせながら隣の建物の屋根からシーアのいる建物の屋根へと軽快に飛んで渡る。
身の丈はシーアと同じほどだが見た目はどこか子供っぽく見える。そんな彼女がどこか妖艶に見えるのはその特徴的な爪のせいだろう。血のように紅く、長く伸びた彼女の爪はまるで鋭利な刀身のような煌めきを見せている。
「なんだ"カグラ"か……邪魔しないでよ。まったく、偉そうに言ってるけどあなたまともに仕事しないじゃない」
「ば、馬鹿言ってんじゃないわよ!」
「あー、声を抑えろ、今尾行中だ」
「尾行中って……あれって聖女様でしょ。それを尾行って……あんた私じゃなかったら粛清ものよ」
「お前だから大丈夫だとわかっている。
「そろそろ私もまじめに仕事するわよあんた……」
目の前の少女ではなくエメルたちに視線を向けたままのシーアは追い払うように手を振る。それを見てむすっとした表情のままカグラと呼ばれた少女はシーアの横にどかっとしゃがみこむ。
「あら、あれって
「さあ、私からはノーコメント」
「なによう、教えてくれてもいいじゃない。あ、それとももしかして聖女様の横にいるあっちのお姉さんっぽいのが本命なのかしら」
カグラの視界が突如激しくぶれる。そして後頭部を襲う鈍い痛み。それを手で押さえ、カグラはじとっと横で口笛を吹くシーアを睨む。
「あんたねぇ……」
「ああ、それよりもシルビアがお前を探してたぞ。ずいぶんお怒りみたいだったけど、何かしたの? ああ、何もしなさ過ぎて怒ってるのか」
「聞いておいて答える間もなく自己完結してんじゃないわよ」
「じゃあ実際のところは?」
「……私からはノーコメント。というかあんたも知ってるんでしょ? めんどくさいからパスよパス、あんな辛気臭いの確定な集まりは」
言葉を濁らせるようにして顔を逸らしたカグラ。だがふと何かを思い出したのか、まとっていた黒いマントをめくり、腰に下げていた袋から瓶を取り出す。中には琥珀色の小さな塊がいくつも詰まっている。
「そうそう、あんたやあの甘い色恋沙汰が目当てでこんなところに来たわけじゃなかったんだった」
カグラは手にした瓶に頬ずりし、満面の笑みを浮かべる。その様子を見たシーアが若干引き気味でカグラを見る。だがそんな視線にお構いなしと手にした瓶から一つ塊を取り出し、口に運ぶ。
「あんま~い! やっぱこれよこれ」
「……相変わらず甘党だなお前は」
「
「ふむ……どれ、その甘いもの好きグループの勧誘を受けてあげるから……一個ちょうだいよその
カグラの食べっぷりにあてられたのか、シーアはカグラの手にする瓶を注視し、そっと手を差し出す。
「あんたなんか勧誘したくないんだけど」
「そんなんじゃメンバーが増えないわよ」
「メンバーが増えると私の買う分が無くなるじゃない。言っておくけど、これ結構人気のお店で買ってるんだから」
「その人気の店の琥珀糖をいつも王都に来るたびに仕事もせずに買い占めに行ってるやつがいると聞いたぞ。シルビアにでも頼んで調査してもらわないと……」
「しょーがないわねー。一個だけよ!」
ほほを引きつらせた笑みのままシーアの手をつかみ、一つの塊をその手に乗せる。シーアもその手のひら返しぶりに自身から言ったものの少々困惑している。
「まったく、それでそもそもお前は何でこんなところにいる。まさか偶然ってわけじゃなさそうだけど」
「え!? そうなの? あ……そうよ! 用事があってきたのよ!」
「お前……まさか本当に偶然さぼろうとしてここにきて……」
「シーア! 何も言わずにこれを受け取りなさい! 私からのほんの気持ちの品よ!」
そう言ってもう一つ琥珀糖を取り出しシーアに渡すカグラ。その目は落ち着きなく泳ぎ回っている。
「まったく、
先に受け取っていた琥珀糖を口にし、その甘さに思わず声を上げるシーア。それを見たカグラがふふんと鼻を鳴らし、得意げに笑みを浮かべる。
「ふっふっふ……それが私激推しの琥珀糖……
「いやこれ甘すぎでしょ! う~、まだ舌がなんか蜜でべっとりする」
シーアは舌を出しげんなりとした表情を浮かべる。その目の前では口に含んだ琥珀糖を堪能し、頬を押さえて悶えるカグラ。つきあいきれないといった様子でシーアは首を振り、そっと視線をエメルたちへと戻すと眉をひそめる。
「あれ? エメルがいない」
「本当ね。これで聖女様とクロスは二人きり。ふっふっふ……ギャラリーとしてはここからが見ものね!」
「いや、そこはそっとしておいてあげなさいよ。それよりもエメルは……あ、店を出たみたいね」
「ふ……できる女性ね! きっと二人のことを考えて席を外してあげてるのよ」
「あいつ……エメルの面倒を見るなら最後まで見なさいよ。これで帰り道にエメルに何かあってみなさい……」
「お、落ち着きなさいよシーア。あ、ほら! あの人も聖女様にお別れのハグしてるみたいよ。てか……まさかの聖女様の本命は……彼女!?」
「はぁ……落ち着きなさいカグラ。あなた妄想が少し……」
「し、シーア! あれ! あれ!」
カグラの指さす方向、エメルたちのほうを見てはっとシーアは立ち上がる。二人の視線の先では街中だというのに剣を抜いた兵士らしき男の姿。その兵士はゆっくりと剣を振り上げ、アリスとエメルを見守るクロスの背後へと歩み寄っていく。
「ちっ……自分の命の危機ぐらい自分で気づきなさいよ!」
そういって手にしていた琥珀糖を指で弾き出す。琥珀の塊はまっすぐと飛び、クロスの後頭部に直撃する。そして……。
「ふう、間に合ったわね、シーア」
「ああ、ちょうど処理に困ってた塊も捌けたし一石二鳥」
「はぁ!? あんたまさか私があげた琥珀糖を使ったの!?」
「いや、手ごろなものがなかったし」
「何してんのよぉ……あれ貴重だし高いのよ。もったいない……」
「い、一応人命救助に一役買ったんだからいいじゃない」
「あんたねぇ……琥珀糖と人命、どっちが大切なのよ」
「いや……え? 質問というかなんかもういろいろと倫理観までおかしくない?」
冗談なのか本気なのかわからない素振りのカグラにシーアは顔を引きつらせる。もはやかける言葉がそれ以上出てこず相手にしないようにと視線をそらした先……クロスと兵士の戦いのさなかでそれは起こった。
「なんだ……あれは?」
襲い掛かってきた兵士が剣を地面に突き立てたかと思うと三つ足の剣士へと変化する。そして……黒いフードマントを纏う小柄な姿へと形を変える。その手に握られるのは刃を2本、双頭にもつ
「な、なによあれ!
「待て……あれは……
「はぁ? なによそれ」
カグラが詰め寄るもシーアの視線は遥か先……エメルへとむけられている。
「
「何言ってるかわからないけどあいつはやばそうよ。止めるわよ……!」
カグラは拳を握りしめる。その際、鋭く伸びた自身の爪が手のひらに食い込むようにして握りしめたため、手のひらからはじわりと血が滲みでている。
「
カグラの台詞に反応するように手のひらを流れる血がふわりと紅の雫となり浮かびあがる。そして突如膨張し拡大したかと思うといくつかに分裂し、徐々に縮まっていき真っ赤なナイフへと変わる。持ち手と刀身以外の余計な装飾など一切ないまっすぐな紅の刃物数本を手で器用に持ち、
だが……またも敵が手にした剣を地面に刺すと徐々にその姿を変えていく。
「あ、あれ? いなくなった? てかあれよく見たら
「そうだな……元に戻ったみたいだ」
「元に戻ったって……えー、
行き場も使い道もなくなったナイフをペン回しのようにくるくると
「はは、まあ投げないならちょっと貸してそれ」
そういって不貞腐れた様子のカグラから紅のナイフを受け取り、こんこんと小突いて硬さを確かめる。
「ふむ、私が持っても崩れないんだなこれ」
「ふふん、そりゃあ私の血と汗の結晶……まあ血の結晶だし? そこらのなまくらよりは上等よ」
「さすがは
「えへへ~、まあもっと褒めてくれてもいいわよ……ってええぇ!? ちょっとあんた!?」
カグラが悦に浸った表情で満足げにしている前でシーアは手にしたナイフを敵へと投げつける。その瞬間カグラの顔からさーっと血の気が引いていく。
「ば、馬鹿! あんたちょっと、信じられない! あれじゃあ私がやったみたいになるじゃない!」
「そうね、あれで仕留められていたならあなたの手柄、兼、犯行になってたんだけど。あの動き……それにクロスの
「ほんとあんたねぇ……」
「まあまあ、それよりももっと投げるものない?」
「もう
「うーん、あ、確か
「ん? もしかして
「よし、それ使おう」
「いや、さすがにダメでしょ……ね、ねえ?」
シーアは怪しい指付きと邪悪な笑みを浮かべ、カグラへとにじり寄る。身の危険を察したカグラは背を向けて逃げようと試みるもそこを背後から抱き着く形でシーアが拘束する。そして……。
「ちょ、どこ触って!? にゃ、にゃー、そこだめ! あはは、ダメだってば!」
カグラの体を羽織っているマント越しに手探りでまさぐるシーア。ビクビクと体を震わせ、徐々に甘い息へと変わりつつあるカグラだが、それでもお構いなしとシーアの触診が続く。
「わ、わかった……腰……腰の袋に入ってるから!」
シーアはにやりとカグラの腰に手を添え、指を這わせる。シーアの触れた部分がどこかは定かではないが、シーアが腰の袋から小さな瓶を取り出す際にカグラの体が大きくビクンと震えた。
「あったあった」
「あ、あなた……それ……言っておくけどガス状に広がるから……あの
息も絶え絶えに警告するカグラ。だがそれを聞きシーアがにんまりとほほ笑む。
「なにそれ……好都合じゃない」
躊躇うことなくポイっと瓶を投げ捨てたシーアにカグラがぎょっとした表情を向け、すぐさま瓶が投げられた先に視線を移す。眼下では瓶が割れ、突如現れた
「ど、どういうつもりよ!」
「ごめん、落としちゃった。スミマセン、カグラサン」
「あんたもう少し誠意込めるか騙す演技ぐらい力込めなさいよ」
「そうだな、まあそれはこの後シルビアに問い詰められるあなたを見て勉強させてもらおう」
「はぁ? なんで私が……って、あぁ! そうよあれ
「そうだな、一般市民はまず持ってない品だから……私の無実は証明された!」
「ふざけんじゃないわよ!」
カグラがシーアの胸ぐらをつかむもシーアはにやにやとした表情で顔をそらす。その後抗議に喚くカグラに揺さぶられながらもシーアはさして言い訳するそぶりもなく、どこかこのやり取りを心地よく感じているようだった。
「お前たちか……邪魔をしてくれたのは」
どこからともなく聞こえた声にカグラを抱き寄せ、立っていた場所を素早く離れるシーア。その立っていた場所に響く破砕音と粉塵。
「い、言っておくけど接近してくるのはわかってたんだからね!」
「はいはい……そうですね」
急に抱き寄せられ顔を赤らめていたカグラがシーアを押しのけるように離れる。
そしてぶんぶんと首を振り表情を何とか引き締め、眼前に立つ兵士へと向き直る。
「あんた、その恰好は
「その身なり……
「そういうこと、さあ……貴様が法に律するなら人として扱おう。貴様が法に背くなら、お前は獣だ。獣にかける法の加護はないぞ?」
カグラがすっと拳を構え、相手を睨みつける。だが、慌てる様子もなくカグラの黒いマントを見て兵士は手にしていた剣をすっと屋根に突き刺す。それと同時に起きる変化にカグラの頬がピクリと動く。
「なによ……降伏したわけじゃないのね」
「よかったな、お仕事は続くみたいだぞ」
「良くないわよ!」
眼前に立つは彼女たちを見下ろすほどの巨躯。そして手に握る
「あれって……
「ふむ……あの盾と兵の紋章はそうだな」
突如現れた敵は先ほどの
「ここで戦うのはやばそうね……被害が大きくなる」
敵がゆっくりと向かってくるさなか、カグラがシーアに逃げるよう目で合図を送る。シーアはまっすぐに敵……の少しうしろの屋根、シーアが先ほど壊してしまったあたりを見てにっこりと口を緩める。
「そうね、このままじゃああいつのせいでこの建物の主が泣くことになる。あいつのせいで屋根が穴だらけにならないよう場所を変えましょう。ほんとあいつのせいで……」
「なんかいやに強調するわね」
「大事なことだから……な!」
シーアの合図にカグラとシーアは敵に背を向け、移動を開始する。その背後をその巨体からは想像もできない軽快で俊敏な動きで追尾する敵の姿。
「とりあえず城壁の方にに向かうわよ! あそこなら少なくともあいつのせいで歩くだけで穴が開くってことはないし、どうせ
「ふふ、あれの相手をできそうなのがいるとは思えないがな」
「そうね、私も手を貸してあげるから、ここで
「ならば私は
「一般市民が勝手に戦闘に参加し邪魔をしたとルーカスには報告しておくわ」
「ひどくない?」
シーアの戸惑う表情に笑いをこらえきれず小さく声を漏らすカグラ。背後を振り返り、徐々に距離を詰めてくる敵の姿を見てくいくいっとペースを上げるようシーアに合図を送る。
「晩御飯は奢ってあげないけど……まあ付き合うぐらいなら応じてあげるわよ」
「……まあそれで許す」
カグラの台詞にシーアはすっと俯き、すぐさま顔を上げ移動する足を速めた。
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