SideB 隠し要素は早めに教えて下さい06

 フシュルルルルッ!


 あー、敵さんは何やらご立腹のようで、頬を膨らませては風船のようになんとも滑稽な音を立てて口から息を漏らしている。その口からは紫色の長い舌が不気味に揺れている。


「前回は鼠で今回はトカゲ……いや、カメレオンかよ」


 周囲に合わせ体表の色を変えることで保護色を身にまとう。まさか異世界にも似たようなのがいたとはな。


「カメレオン? なんですそれ?」


 俺の捨て台詞、兼、独り言に疑問符を浮かべる有栖。なんだよ、知らないのか?


「なんだ、お前たちの世界にはいないのか? まさにあいつみたいな爬虫類の有名どころは」

「ええっと……あれって"ランブル"の化け物じゃないんですか?」

「は? なんだその"ランブル"ってのは?」


 俺の切り返すような質問に有栖は言葉を詰まらせるがすっと目の前の化け物を指差す。


「"ランブル"はまさにあんな感じの大型のトカゲで、尻尾に毒針を持つのが特徴的な生物ですよね? まあ、あんな真っ赤な鱗じゃなくて葉っぱのような緑色のはずですが……精霊国スピリアや獣王国ラングスの亜熱帯を中心に普通に生息してますよ?」

「は!? なんだよそれ? え? お前たしか希源種オリジンワン以外には化け物とかはいないって言ってなかったか?」

「え? ええ、”ランブル”は化け物じゃありません……よね?」


 そこまで言われて俺は悟った。そうだな……例えば俺ももしも異世界から来た奴から『この世界にモンスターや化け物はいないか?』と聞かれたらいないと答えるだろう。だが、例えばこの世界の猛獣、ライオンなんかを知らない世界から来た奴からすればライオンは"未知の化け物"だ。


そういえば力也も剣獅子とかいう獣の名を挙げていた。獅子というワードに気を取られていたがあれもまた異世界の猛獣なのだろう。


「オッケー……この戦いが終わったらちょっと互いの認識を確認しようか?」

「へ? お互いの認識? それってどういう……」


 何やらぽかんとしていた様子だがすぐ様顔を赤らめ慌てふためく有栖。そうこうしているうちに俺の横に降り立った飛鳥ちゃんまでなんだかどぎまぎしている。


「ちょ、ちょっと十字さん! 戦闘中に何言ってるんですか!?」

「へ? 俺なんか変なこと言った?」

「え? 違うんですか?」

「よくわからんがさっきからなんで全員会話が疑問形なんだよ。まあいい。とにかくその"ランブル"ってのはあいつみたいに透明になれるのか?」


 俺の疑問と同時に"ランビレオン"が大きく尻尾を振り回す。それはまるでゴムのように伸縮し、鞭のように俺たちへと襲い掛かる。俺は有栖を引き寄せると地面にごろんと転がるようにして避ける。


 飛鳥ちゃんは背中の翼を広げ再度空へと飛翔して避けたようだが、慌てて俺たちのほうを見て無事を確認し安堵している。


「ら、"ランブル"はそんなことできません! 透明だなんて反則ですよ!」

「だったら他にどんな特徴があるんだ? あんなに攻撃的なやつなのか?」

「い、いいえ。"ランブル"はそもそも温厚な性格です。彼らの尾針の毒も睡淵アビスビズと呼ばれるもので、強烈な催眠作用と疲労効果がありますが致死性の毒ではありません。むしろ臆病なので敵を眠らせるとそのまま逃げちゃうんですよ」


 だったらあいつは見た目が"ランブル"とかいうトカゲなだけで中身は前回の鼠の化け物、"アンティ"同様に別物なのか。


「その"ランブル"とやらはなんか弱点とかないのかよ!」

「あ、"ランブル"のお肉は結構美味しいらしいです!」


 しばらくの沈黙。なんか空気を読んでくれたのか目の前の敵さん、"ランビレオン"もなんだかこちらへ近づくのをいったん止めてくれた。なぜか俺は敵の親切さに無意識のうちにぺこりとお辞儀をし、その後有栖のほうに笑みを向ける。with拳骨でな。


「い、痛いです! 何するんですか!」

「お前、そういう情報はせめてあいつを倒してからにしろ」

「だ、だって何が必要な情報かわからないしこういう時は考えるよりも先に知ってる情報を言ったほうがいいじゃないですか!」

「ふむ……一理ある。ちなみに他にどんな情報がある」

「え、ええっと……"ランブル"ってなんだか名前の響きちょっとかわいいですね」


 俺が再度右手に力をこめ拳骨を作ったところで有栖がぶんぶんと手を振り拒絶する。どのみちろくな情報じゃなかった。


「お、お二人とも大丈夫ですか? すみません、反射的とはいえ自分だけ空に逃げてしまい……」


 申し訳なさそうな顔で俺たちのそばに着地した飛鳥ちゃん。その背中の深紅の翼がすっと煙のようにフェードアウトする。あれ? まだ敵いるのにしまっちゃうの? 俺の視線に気づいたのか飛鳥ちゃんはどこか悔しそうに口を開く。


「それに、すみませんが時間切れです。兄様同様に私の術式である翼は時限式。しかも……陽の光がないと出せません。この鬱蒼とした神社の中では夕暮れ時ということもあって……」


 気が付けば神社入り口の街灯が灯りだした。陽の光を押しのけ、夕闇があたりを支配し始める。飛鳥ちゃんの能力が日中限定だったとは。いや、それよりも単純に視界が悪くなるのがまずい。なんせ相手は透明。常時見えづらさマックスなのに暗くなるといっそうまずいだろう。


「あ、あと……わたし鳥目なので……その、暗いところは人一倍目がきかなくて……」


 よし、これはもう思ったことをそのままいってもいいだろう。


「よし、逃げるぞ」

「え、ええ!? 逃げるんですか!?」

「おう、命最優先にがモットーだ。ごちゃごちゃ言わずに逃げるぞ」


 いい感じに俺たちの背後が神社の入り口だ。なんだか敵も先ほどから俺たちのほうを見ているようだが一向に動く気配がない。その背後には有栖が眠っていたぼろぼろのやしろ。はは、なんだか狛犬……いや、まさかな。


 俺は"ランビレオン"と対峙したまま有栖と飛鳥ちゃんに先に行くよう合図を送る。有栖も観念したようで走り出そうとするがその腕をぎゅっと飛鳥ちゃんが握りしめる。くっ、敵前逃亡が受け入れられないのか?


「飛鳥ちゃんすまない。前回後れをとって今回も逃げることになって悔しいだろうがここは……」

「ち、違うんです……」


 飛鳥ちゃんは掴んだ有栖の腕を引き寄せ、ぐっと身を寄せる。有栖は突然の急接近に顔を赤らめてこちらに救いを求める視線を浮かべているが……。


「わ、私本当に暗いところは見えづらく……あと……その……怖くって……」


 暗闇におびえ辺りをきょろきょろと見まわすその仕草が普段と違ったギャップでかわいいとは思うが。それはまた別の機会にでも伝えよう。


「ひ、ひゃっ」


有栖にしがみついていた飛鳥ちゃんをお姫様抱っこの要領で抱き上げる。


「悪いが目を瞑っててくれ。有栖、お前も俺の背につかまれ。幸いどら子直伝の能力をセットしたままだ。逃げに使うぞ」

「は、はい!」


 有栖はぴょんと俺の背に覆いかぶさるようにしがみつき、すっと俺の首に手を回す。そして足でがっちり俺の腰をホールドし、「大丈夫です」と耳元で囁く。


「おしいくぞ! 竜承ドラゴナイズ!」


 戦いで敵に背を見せない……なんて勇敢な戦士像は俺には無理だな。1秒の迷いもなく敵に背を向けて走り出す。いわゆるガン逃げ状態に実にスムーズに移行するわが身になんだか笑みがこぼれる。あとこの尋常じゃない自分の速さにな。


「は、速すぎませんか十字さん!?」

「なんだ? どら子スタイルで肩に担ぐのがお望みか?」

「あ、あれは絶対ダメです! 前も本当に恥ずかしかったんですから!」

「だろうな! まあもう少しふんばってろ」


 俺の言葉に有栖は一層俺をつかむ手足に力を込める。おんぶに抱っことはこのことだな。はは、でもまあ俺らしくていいんじゃないかな。


「そうだな、まじめに戦う必要なんざない。勝てるなら戦い、勝てそうにないなら逃げる。俺は英雄なんかじゃないからな!」


 あまりかっこよくない台詞を実にかっこよく言えたと思うぞ? 自分で言うのもあれだけど。


 その後バス停の近くまで俺の愉快なランニングは続いた。なお着いてすぐに空腹で動けなくなったという俺の雄姿をお伝えしておこう。有栖が鞄にお菓子持ってて事なきを得たという逸話もな……。



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