SideB 隠し要素は早めに教えて下さい04

「あ、ありました"ランビレオン"! 『死角に調和するもの』と呼ばれた化け物です!」


 有栖は見つけたであろう該当のページを満足げに俺たちにひけらかす。まあ、見せられたところで相変わらずの白紙なので意味はないのだが。


「気を付けてくださいまし、皆様。奴は濡れている状態だと姿をくらませて透明になりますわ」

「は? 透明!?」


 俺は改めて水槽の方を目を凝らして見てみる。そして耳を澄ます。相変わらず水槽からあふれ出た水が床を這い広がっている。水槽内に空気を送る機器のモーター音が聞こえる。あと後ろのほうからひそひそ声が聞こえる。


「うん、どこにいるか余裕でわからんな」

「そんなにどや顔で言うことですの?」

「いやぁ、もしかしたら俺の何かが覚醒し気配を読んだりとかできないかなって思ってだな」

「まずは状況か空気を読む練習をされてはいかがですか?」


 あ、まだ少し怒ってるご様子。俺は小さくコホンと咳払いをし、横に並び立っている零華のほうに顔を向ける。無論、営業スマイルは欠かさない。


「あー、零華さんはあちらの化け物さんとお知り合いで?」

「いやな表現ですわね。でも、顔見知りではありますわね」


 零華はふんと鼻を鳴らし、すっと俺の前に立つと水槽に向かい指をさす。


「またやられに来ましたの? こりない"トカゲ"ですわね」


 それは宣戦布告。どうやら零華は元の世界でこいつと既に一戦交えている様子だ。零華は宣戦布告ののち、優雅な足取りで……あれ? さがっちゃうの?


「敵への宣戦布告は果たしましたわ。あいつを討つ名誉は十字さんと飛鳥さんにお譲りしましょう!」

「えぇ……」


 俺と飛鳥ちゃんのつぶやきが見事にシンクロした。表情も二人そろってげんなりしている。


「なあ零華、お前あいつのこと知ってるみたいだけど、元の世界で既に戦ったんだろ? どうやって倒したんだ?」

「ふ……それはまあ私が語らずとも、有栖さんのお持ちの手記に余すことなく記述がありますわ!」

「あの……すみません討伐した際の方法などは書かれてないみたいで。この手記の情報元の方がいかんせんすごく報連相が苦手な方でして……」

「お前それ攻略本って言ってなかったか……?」

「ま、まあノーヒントよりはほら……ね? ないよりはましですから攻略には役立つじゃないですか」


 情報ゼロよりましというハードルで構成された攻略本か……ほんと有栖君は俺の期待をいつだって余裕ぶっちぎりで裏切ってくれるな。


「わ、わたしのせいじゃないですからね!」


 あいかわらず俺以上に上手に俺の心理を読んでくる幼女、おっと女性だ。


「この際ないよりは確かにましだ。有栖、その本に書かれてるあいつの情報を教えろ」

「は、はい。あいつは『死角に調和するもの』と呼ばれるトカゲのような化け物です! 濡れるとまるで周囲に同化するように透明になるそうです」

「それはもう零華が言った! 他、そう、弱点とかはないのか?」

「な、何か来ますよ!」


 飛鳥ちゃんの叫ぶ声に俺たちははっと前を向く。それはたしかに透明な何かがいる光景だった。


 ぽたぽたと地面に垂れる水滴……それは天井でもなく何もない空間からまるで漏れ出しているよう。だが、零華や有栖の情報から察するに、あれは化け物の体から離れた水滴なのだろう。


「あ、お客様方! そこは今水槽が破損したようで危ないのでさがって下さい」


 突如俺たちの背後から聞こえる男性の声。どうやらスタッフがモップやバケツを手に割れた水槽の片づけをしようとやってきたのだ。


「ま、待て。今は危険だ!」

「はぁ?」


 一言で言ってもどかしい! この状況を正確に把握していてもこの状況を適切に伝えるすべが思い浮かばない。有栖も片付けに行こうとするスタッフを抑えようとしているが逆に女性のスタッフにあやかされるようにしてぐいぐいと押しのけられている。


「あの、もしかしてお客様? 水槽の故障に何か心当たりが?」

「あー……」

「ふふ、彼は皆様の身を案じてますのよ。ほら御覧なさい」


 横にいた零華がまるで高貴なお嬢様のような落ち着いた口調でスタッフたちに諭すように話しかける。指を差し、すっと割れた水槽のほうにスタッフたちの視線を促す。


「水槽の割れたあたり、鮮魚用の冷蔵のショーケースがあるでしょ。どうも水槽が割れる際に中の器具等も流れ出たのか、ぶつかってショーケースにも損傷が入っているかもしれませんわ。そんなところに行って万が一皆さんが濡れた靴で作業しているときに……ね?」


 零華の指摘にスタッフは思わず顔を見合わせぶるっと震える。


「だいぶ年季の入った機器のようですし、注意するに越したことはないのではないでしょうか?」

「た、たしかに……」

「ふふ、一度お客様に出ていただき電源を落としてからのほうがいいと思いますわよ」


 俺たちの他にもまだ少ないとはいえ客が辺りにいる。こういっとけばうまく周りの人払いができそうだ……が、敵は待ってくれないはず。


「十字さん、あなたたしか"スフィア"系の精霊術式が使えると言ってました

わよね?」


 すっと俺の手に自身の手を絡ませ、耳元でぼそりと零華が呟く。思わず背筋がピンとなるのは男性ならではの仕様です。


「な、なんだよ唐突に」

「もし使えるなら"エレキスフィア"をあの水たまりに軽く打ちなさいな」

「え?」

「敵の威嚇にも……後ろの野次馬にも牽制になりますから早く」


 なるほどな……。そっと手のひらを見下ろし、零華の言う"エレキスフィア"をイメージする。零華にあの後聞いたが、"スフィア"系とは属性を球体状にして放つ攻撃の系統の一種らしい。まあ、ファイアーボールとかはよく漫画やアニメで見たことはあるからイメージはしやすい。


 攻撃系統には他にも属性をまとった拳や物を起点に爆発を起こす"ブレイク"系。螺旋状にして属性を放つ"スパイラル"系。自信を守る壁としても攻撃としても使える"プロテクト"系。


 そして……攻撃系統の中では最強とされる"ブラスト"系。いわゆるレーザーのような光線上にして属性の力を圧縮して放つものだとか。


バチッ!


 俺の掌の上でピンポン玉サイズぐらいの紫のバチバチと小さく音を立てる球体ができている。零華は後ろの連中にそれが見えないようすっと絡ませていた手を引き寄せるようにして俺に身を寄せる。


「これでまっすぐ投げれば見えませんわよ」

「オッケー、ナイスアシストだ。てかなんか照れるな」

「馬鹿言ってないで……早くしなさいな」


 俺はふと手のひらを前に傾けるように差し出す。掌の上で浮かんでいた球体がすっと綿毛のように浮かび、ゆっくりと滑空するように床へと降りていく……そして……。


 パチンッ!


 それは小気味よい音で、辺りにいたスタッフだけでなく後ろにいた客にも聞こえ、見えたであろう。そう、水に感電した電流がショーケース内を走りスパークしたのだ。バチバチと鳴る火花を前にスタッフたちも思わず後ずさる。


「おい、見ただろう。単なる水漏れと侮るな! 念のためいったん客は外に出せ! 俺はこう見えて電気系統には詳しいんだよ仕事柄!」


 まあ俺の仕事、コンビニ店員だけどな。零華が横でどこか意地悪な笑みを浮かべこくりと俺の顔を見てうなずく。"それが正解よ"という声がなんだか聞こえてくるようだ。


 俺の緊迫した怒声にスタッフたちは手にしていた道具を置き、すぐ様野次馬の客たちにいったん外に出るよう促し始める。


「今のうちにあの化け物をどうにかしてこの場から引きはがせないか?」

「難しいですわね……"ランビレオン"の好みなんて知りませんし、隠れていた水槽から出てきたということは交戦の意思ありということではありませんの?」

「ちっ……いっそ相手が見えないならこの辺りに"エレキスフィア"をばら撒いて威嚇でも……くっ、なんだこんなときに……」


 突如視界がくらっと揺れる。これはいつもの頭痛……じゃない。


「ふふ、まだ寝ないでくださいまし、十字さん」

「ね、寝る? ば、馬鹿かこんな時に何を……いや、まさかそれって」


 俺はすっと横にいる零華、そしてなんとかスタッフの包囲網を離れ後ろまでやってきた有栖を見遣る。


「そう、それが精霊術式の対価ですよ十字さん。精霊術式は使用者の精神を削り、それが睡魔となって術者を襲います」

「つまり使うほどに眠気が増すってことかよ」

「私もこの世界ではそう何度も使えませんわ。それこそ、"ブラスト"系なんて使おうものなら一回でベッド送りですわ」


「くそっ、響の"詠唱術式"といいどら子の"竜化術式"といい、性能はいいが使い勝手がこの世界ではよろしくないやつが多いな」

「有栖さん、先ほどの本の話の続き何かないんですか?」


 同じくスタッフの制止をうまく振り切ったようで、俺たちのもとに駆け付けた飛鳥ちゃん。あ、待って、なんかちゃっかり手にしていた籠が買い物袋に代わってる。まさか会計を済ませ……。


「安心してくださいまし。戦利品は飛鳥さんの協力のもと確保されましたわ」

「お前ら……こんなときにまで買い物って」

「あはは、まあまあ、十字さんの分の卵も立て替えて買ってありますから」

「いや、そこ重要視してないからね?」

「何言ってますの! 食料の確保は戦の基本中の基本ですわ! まったく、これだか……ら……」


 その場に突然崩れるように倒れかけた零華を反射的に受け止める。何かわからないが嫌な予感だ。客もすでに離れたようだし俺はこの場から逃げるよう飛鳥ちゃんと有栖を……って、有栖?


「飛鳥ちゃん、有栖はどこいった?」

「え? あ、あれ? さっきまで横に……。というか、零華さんはどうした

んですか!? まさか敵にやられて?」

「ぐっ……油断……しましたわ……」


 俺の腕の中で零華は必死に意識を保とうと目を開こうと抗っている。まさか精霊術式の対価で零華も? 俺が使っても零華にも影響が?


「"ランビレオン"の……睡淵アビスビズですわ……」

「アビスビズ? なんだよそれ? まさか毒か!?」

睡淵アビスビズはいわば体力を奪う睡眠毒……まさか"針"だけでなくこんな攻撃手段が……」


 零華は俺の呼びかけもむなしくそのまま俺の腕の中で意識を失った。その手には妙にけばけばしい赤い破片のようなものが握られている。なんだ? 睡眠毒? 針? くそっ、たしかトカゲの化け物だっていってたよな?

 

「有栖さん……もしかして有栖さんもあの化け物にやられたんじゃ……」

「馬鹿な。さっきまで俺たちの傍にいたのに……いや、まさか」

「まさか?」

「あいつの狙いは……有栖だったのか?」

「え?」


 俺は割れた水槽を睨み思考を巡らせる。そうだ、そもそも希源種オリジンワンの連中は何故この世界にやってきた? もしかして……有栖を狙って追いかけてきたって可能性もあるんだ。くそっ、もう少しその辺バイト後だし眠いからと追い返さず今朝のうちに聞いておけば……。


「飛鳥ちゃん……教えてくれ」

「な、なんです?」

「有栖は……有栖は希源種オリジンワンに命を狙われているのか?」

「え? それはないかと?」

「そうか……そうなの?」


 はい、俺のシリアスな憶測タイムはいらない子でした。


希源種オリジンワンは元の世界ではいわゆる災害のようなもの。突如現れ、各地で人々を苦しませたような奴らです。理性をもって特定の人物を襲うだなんて話は……」

「オッケー、とりあえず有栖を探そう。もしかしたらまだこの近くにいるかもしれない。ったく、こんなことなら携帯の連絡先ぐらい聞いとけばよかったな」


 俺は零華を背中に背負いなおし、飛鳥ちゃんと付近を探し回った。まあ、そもそも意識があるなら俺たちのそばを離れる理由がない。


「ドラゴンに攫われたお姫様の話なら聞いたことあるが、よりによって見えないトカゲの化け物にかよ……有栖姫様……」


 わかってはいる。表情は飛鳥ちゃんの手前、冷静に取り繕っているが、どこか不穏を告げるように高鳴る心臓の鼓動だけは鎮めようがなかった。

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