SideB 隠し要素は早めに教えて下さい03

 唐突だが、俺が思い描く戦場のイメージというやつがある。まあ、といっても別に変ったことはなく、例えば多くの人間たちが一堂に会して争い、怒声や悲鳴、おまけに爆音なんかも轟いちゃったりしてな。んでまあ砂塵が舞い、血の匂いや泥なんかのにおいが鼻について……とかな?


「ちょっと、十字さん! ボーっとしてないで手を貸してくださいまし!」


 まあ実際この世界での戦場とやらは狭い特売コーナーに多くの人がごった返し、怒声や怒声、あとそう、怒声なんかが……怒声だけだな、が響く中で海鮮の強い匂いが魅力的な魚の切り身なんかを奪い合う場のことを言うらしい。


「あ、卵もタイムセールが始まったみたいですわ! まだお野菜の方にも回れていませんのに!」


 目の前で非常に上品な振る舞いで超平民じみた台詞を吐きながら舌打ちを打つお嬢様。まあ、零華だけど。


「十字さん、ここは分担しましょう! あなたはお野菜を。私はこの命を賭して卵を手に入れてきますわ! 安心してくださいませ、ちゃんと貴方の分も手に入れることをお約束しましょう」


 いや、命を賭すハードルが低すぎないか?

 俺の返事を待つことなく零華は買い物かごを手に人波をかき分け遠ざかっていく。まあ……あいつのうちは5人も子供がいるし、食費大変だわな。


 共会荘では平日の朝と晩の食事が提供されるのでその時は食堂でなんだかんだやいのやいのと大家族のように食事をとる。だが昼や休日は提供がないので自身で用意する必要がある。


 俺はまあ一日三食食べるなんて健康的な生活とは無縁だから朝食べれば夜まで持つんだが、たまに夜勤明けで朝食を食べない時もあるので多少の食材のストックは置いておくようにはしている。


「さて、俺の担当は野菜だっけか。はは、なんかパーティ戦て感じだけども、俺が想像してたのとはなんか違うな」


 押し寄せる人ごみをかき分けなんとか多少空いたスペースに出たところで生鮮コーナーはどっちだったかとあたりを見回す。


 いたるところに年季を感じさせる箇所が見受けられるスーパーだとあらためて思う。少しひびの入ったタイル。時折ちかちかと光る蛍光灯。そして清潔ではあるがなんだか黄ばみを感じる食品棚。


 まあ長年地元に愛されてきたスーパーだ、それも風情という奴だろうな。お? なんかブルーベリーが安売りしている。たまに食べるとうまいんだよなぁ……まあ小さい実の割にはなかなかにいいお値段であまり手を出せないんだけども。


「あ、ブルーベリーが安売りしてる。ふふ、買っちゃおうかな」

「このベリーブルジョワめ!」


 目の前でためらわずにブルーベリーを1パック手にした買い物かごにつっこんだ幼女、ではなくレディーの有栖に思わず反射的に口が開いた。


「な、なんですかいきなり」

「あー、すまん。つい反射的にお前だからいいかと思って意図的に?」

「……それって何の言い訳にもなって無くないですか?」

「まあ気にするな」


 零華と違いゆったりと買い物を楽しむ様子の有栖。まあはた目からはおつかいで買い物に来たどこかのお子さんとしか見えないが。とか言ってたらまた頬をぷくっと膨らませ始めたのでそろそろからかうのはやめとこう。


「それよりも、お前のところは管理人さんがいるから食材なんか買う必要はないんじゃないのか?」

「ああ、これは単に志亜さんへのお土産ですよ。彼女、ブルーベリーが好きなんですよ」

「ほほう……」


 管理人さんはブルーベリー好き。心のメモに赤字で記入。情報提供に感謝感激。


「まあ、たまに私も料理はするんですよ。朝晩は皆さんの分も含め志亜さんが作ってますけどせめてお昼ぐらいは……ね。家事を任せっきりっていうのも悪いですし」

「え? 有栖さん料理できたんですか?」

「ふふう、こう見えて結構得意なんですよ」

「ごめん、見た目通り料理ができないお子様かと……」

「もうっ!」


 手にしたかごをぶんぶんと振り回し、俺を威嚇する有栖。ああ、こんな人が密集したところで振り回すとお前……。


「いたっ!」

「ひゃ、ご、ごめんなさい……って、飛鳥あすかさん?」


 有栖の振り回した手を背中に受け驚いて振り返った女性。ものすごく奇遇だが見知った顔……力也んとこの妹、飛鳥ちゃんだ。学校帰りにこのスーパーにそのまま寄ったようで、制服姿のままだ。


「あ、有栖さん。それに十字さん。なんでここに……って、買い物ですよね、はは」


 ふと何気なく彼女が手にしていたかごに視線を向けていたが、どうやらそれが恥ずかしかったのかすっとかごを背後に回しながら頬をかく飛鳥ちゃん。


「そういう飛鳥ちゃんも買い物か。はは、しっかりしてるな相変わらず。力也と兄妹だなんてほんと思えないな」

「あはは、まあ十字さんの前ではちょっとはしゃいじゃってますけど、ああ見えて頼りになる兄様にいさまなのであまりいじめないで上げて下さいね」

「いやまあいじめてるわけではないんだが……ん? はしゃいでる?」

「ええ、覚えてないかもしれませんが兄様は十字さんのこと、戦友のように思ってましので。すでに聞いているかもしれませんが兄様は王子という立場でしたので……歳が近い友人というのも少なく、いたとしても気軽に話せる関係の方はいなかったので」


 ああ、そういえば響も言ってたな。力也が王子か……やっぱり信じられないとは思うが、ありえないことではないと思えてしまうな、いまだと。


「あー、力也が王子ってことはさ、飛鳥ちゃんももしかして姫様ってことになるのか?」

「ふふ、そうですね。まあ、私はお姫様らしいところはなく、自分で言うのもあれですがただの子供と変わらなかったですけどね。はは、お姫様じゃなくてお子様だったんですよ」

「そ、そんなことはないって。それならこちらの有栖さんの方が今もただの子供のようだし」

「じゅーうーじーさん?」

「すみません、つい反射的にこの場を取り持とうとして有栖なら貶めてもまあ大丈夫かと総合的に判断して……」

「もうっ!」


 許せ有栖。これも信頼あってこそだ……ということにしておいてほしい。


「じゅーうーじーさん?」


 背後から聞こえた声はまるで大地の底からうごめき聞こえるような重みを感じさせる。あとそれ以上に言いようのない怒りが込められているのも感じる。


「私が奮闘して卵を2パック手に入れてきたというのに! あなた、戦利品は? まさか手ぶらですの!?」


 両手に卵のパックを持ち、若干息を切らして頬も高揚している零華がギンとした目つきで俺を睨んでくる。やばいやばい、有栖と違いこちらはごまかせそうにない。


「あー、健闘したんだが野菜コーナーは歴戦の猛者が多くってな?」

「健闘どころかここで駄弁ってただけですよ十字さんは」 

「……ほう」


 一同沈黙。


「あー、飛鳥ちゃんとたまたま会ってどう野菜を手に入れようかと作戦タイムまでは進めてたんだがな……」

「作戦タイム。はは、何やら百田さんちのご家庭の話題しか聞こえてきませんでしたけどね」

「……ほほう」


 再度一同沈黙。


「い、いまからまさに出陣というところだったんだよ零華!」

「そうですね、今まさに出陣の準備をしているみたいですね。零華さんから逃げるために」

「……遺言はございますか? 十字さん?」


 有栖の表情がかつてないほどに邪悪なんですがどういうことでしょうか。まあ自業自得ということだろうな。なおも睨みつけてくる零華から視線をそらしあてもなく目を泳がせる。ああ、鮮魚コーナーの水槽で魚も泳いでいる……お前たちもこの後料理されるんだな……俺もだ……って!?


 奇妙……この一言に尽きる光景だった。それは壁に埋め込まれた大きな水槽。そこで泳いでいた魚から目を離したのはほんの数秒。その魚が突如消えたと思いゆっくりと瞬きをする。そして次に移った光景は無残な魚の残骸が浮かぶ水槽。


「お、おい……あれ……」

「そんな手に私が引っかかるとでも? ねえ?」

「観念してこってり絞られて下さい、十字さん」


 俺の言葉に零華も有栖もまともに取り繕おうとしない。だが、彼女だけはどうやら瞬時に俺の感じた異変に反応してくれたようだ。


 すっと俺の前に立ち、水槽を凝視する飛鳥ちゃん。どうやら臨戦態勢といったようでただならぬ気迫を背中から感じる。


ピキピキッ


「な、なによあれ!」

「うわっ、だ、大丈夫なのかあれ」


 水槽に突如走る亀裂。辺りにいた客たちの何人かも気づいたようで、店内にどよめきと緊張が走る。


 俺の目がまじめに仕事をしているというのならば、勘違いでないというならば……中の水が水槽のガラスを圧迫するように鼓動しているように見える。


「来ますよ、有栖さん、零華さん」


 飛鳥ちゃんの険しい表情に零華ははっと俺たちの見据える先、今にも割れそうな水槽に目を向ける。有栖は……すっと俺の後ろに立ち、肩から掛けていた鞄をごそごそと漁りだす。どうやら例の白紙の手記でも探してるのだろう。だが敵は待ってはくれない。


ガシャーンッ!


 けたたましい音とともに割れたガラス。勢いよくあふれ出す水。そしてその惨状から波紋のように広がり逃げていく人の波。だが……それだけなのだ。どこにもそれ以外の異変は見受けられない。


 人の波に逆らうように俺たちは割れた水槽のほうに進み、なんとか人がいない場所まで出ることができた。


「なんであの水槽は割れたんだ……?」


 俺の疑問に飛鳥ちゃんも有栖も答えてはくれない。有栖は相変わらずぱらぱらと手にした手記をめくってはあーでもないこーでもないと言った状態だ。


「有栖さん……"ランビレオン"についての記述はありますか?」


 どういうことだ? 俺は振り向き声の主、零華に視線を向ける。零華は俺の横まで来ると肩から掛けていたハンドバックから扇子を取り出し、勢いよく開くとすっとそれで口元を隠し不敵な笑みを浮かべる。


「すでに……すでに奴とは邂逅済みですわ。"元の世界"で……ねぇ?」

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