SideB 隠し要素は早めに教えて下さい02

 最初は力也のもたらした"変異術式"に萎え、その次は印野さんの悲しげな態度に萎える。これはあれだ、俺の精神力を表すであろうエムピーというやつはもう尽きてしまったのではないだろうか。


「なんか俺ももう帰りたくなってきたんだが……」

「はは、待てよ十字。まだあたしの番が残ってるだろ? 帰るのはそれからだ!」

「いや……そこで締めないでくださいな。私の番もあるので」


 どら子は気づいていたのか本気で気づいていなかったのか、「あ、いっけなーい」というお決まりの台詞が透けて見えるぐらいには見事に舌を唇の間から少し出し、自身の頭をこつんと小突く。絵に描いたようなてへぺろの図ここに極まれりだな。


「ほら十字、手を出せよ。あたいの"竜化術式"は最強だぞ!」

「はいはい……期待してますよっと」


 どら子が伸ばした拳に俺は自身の拳をぶつける。ああなるほど、上書きってのはこんな感じか。先ほどまで頭の中で浮かんでいた"変異術式"のイメージが消えたような感じがする。そして……。


「んー、竜承ドラゴナイズってのが使えるみたいだぞ?」

「お、いい能力を使えるじゃねぇか。さすがあたしだな」


 よくわからんがどうやら当たりの部類らしい。どら子はふふんと鼻をならし得意げに腕を組むと口を開き始めた。


竜承ドラゴナイズはまあ竜人族ドラゴレイスなら基本中の基本みたいなもんで、正直これなしで戦うなんてまずないってぐらい重要なもんだ。まあ簡単に言うと竜の力をそのまま自身の体に宿すって感じだな」

「ふむふむ……」

「そうだな、おい十字」

「お? って、ととっ」


 どら子はひょいっと足元に転がっていた石ころを拾うと俺のほうに投げて渡してきた。ったく、投げる前に言えよな。


竜承ドラゴナイズを使ってそいつを思いっきり遠くにぶん投げてみろ」

「なんだってんだよ、まったく……よっ!」


 その後の体の感覚と光景は圧巻だった……。脳内で竜承ドラゴナイズ、体に竜よ宿れとイメージしたのち石を投げたわけだが。腕を振り下ろす際やたらと腕に力がこもった。そして手を放れた石は何やら出してはいけない風切り音とともに俺の視界から一瞬で消えた。


「す、すげぇなおい!」

「だろ? これがあたいたちの力ってやつだ」

「なるほど。お前が最強最強とうるさいのもなんか納得するわ」

「ふふん。そうだろそうだろう」


 有頂天になり口の端が緩みまくりのどら子はおいといて、この能力もまた非常に便利そうではある。この調子だと攻撃だけでなく逃げなどの面でも使えそうだ。


「あの石……すごい勢いで飛んでいきましたけど大丈夫でしょうか……」

「あの勢いで人にあたろうものなら……十字さん、英雄どころか罪人に成り下がりますわね」

「おう、ただの石投げも必殺技レベルの勢いだ。やっぱり竜化術式は段違いだぜ」


 3人中2人の台詞がなんか怖いこと言ってる。使いどころは以後気を付けるようにしよう……たしかに洒落にならない威力だし……それに……。


ぐぐぐーっ!


「はは、昼はしっかり食ったつもりだがもう腹の音が鳴ってるわ。これが"竜化術式"の対価ってやつか」

「おう、なんかこの世界だと元の世界よりもいっそう腹が減るぞ。十字も気をつけろよ。不安ならフライドチキン10本ほど常備しとくといいぞ」

「んな奴いないだろ……」

「ん? あたしは持ってるぞ?」


 そういってすっと自身の胸の谷間に手を突っ込みごそごそと何かをまさぐるどら子さん。ぱねぇっす……あ、なんか後ろで見てる有栖のご機嫌パロメーターが絶賛低下中の気配。


「あれ……どこやったかな……うーん、脱げば楽に見つかるんだけど」

「ちょ! だからどら子さん!」

「脱ぐな脱ぐな。そーいうのはせめて自分ちでやれよ」

「そっか、そうだな。まあ今日は希源種オリジンワンをぼこぼこにするわけでもないし帰るか」


 急な切り返しと展開に俺と有栖があっけにとられている間にどら子はひらひらと手を振りながら歩いて行った。あっちたしか商店街方面だよな……買い食いが目的か。


「本当に自由な奴だな……あいつ」

「まあ、竜人族ドラゴレイスは大方あんなものですわ。その中でもどら子さんは何ものにも縛られることを嫌っていましたが」

「なあ、昨日"アンティ"と戦った時あいつ暴虐竜女バイオレンスドラゴンとか言ってた気がするんだがお前たちは何か知ってるのか?」


 俺の疑問に零華はこくりと頷く。有栖も何か知ってはいるようだがどうも答えたくないように見える。


「境界を分かつもの……"アナザーディメンション"として認められた者に与えられる通り名にして称号のようなものですわ。まあよくあるお話でしょう。各種族で力の強いものを讃え、英雄のように崇め奉り、国の防衛や戦で利用しようとすることは」


 零華はきゅっと自身の腕を抑えて唇を噛んだ。何か嫌なことでも思い出させてしまったみたいだな。


「あー、俺から聞いておいてあれだけど、まあ今日はあとはお前の精霊族スピレイスの術式だけだしちゃっちゃとやってしまうか。てかお前が言ってたスーパーの特売日には俺も用があるんだ」


 ちとわざとらしすぎたか? でもまあスーパーに用事があるのは本当だ。というか本日最大の使命だからな。


 零華の表情は……まあ少しは緩んでくれたようだ。俺の方を見て目が合うとなんかハッとしたようにすぐさま目をそらされた。


「早く……試しなさいな。私の術式、役に立ちますわよきっと」


 俺に背を向け、すっと手だけを俺のほうに向け伸ばしている。ええと、拳じゃなくそう開かれた手を向けられるとどうしたものか……。まあ、握るよりはこうだろうな。


 俺もまた手を開き、開いた手と手がぴたりと重なる。少し恥ずかしくもあったが……なるほど、"精霊術式"は精霊の力を借りて様々な属性攻撃を放つ術式か。どうやら精霊がそばにいないと使えないみたいだが……ん?


「なあ、"精霊術式"とやらは使えそうなんだが、これ近くに精霊がいないと使えないみたいなんだがこの世界にその精霊ってのはいるのか?」

「うふふ……いますわよ。我が家にこの世を統べる五属性の精霊たちが」

「……それってお前んとこの子供たちのことか?」

「ま、まあ今はあのような姿をとっていますが、あの子たちは元の世界では私の力となってくれた頼もしき友。あの子たちがいればこの世界でも"精霊術式"を使えるのですわ!」


 今までで一番なんか零華がイキイキと話しているのはいいんだ。いいんだけどふと思ったことがある。


「傍にいないとおまえは術式は使えないのか? あと……俺も?」

「……私たち精霊族スピレイスは精霊たちと一心同体。いつだって傍にいるのが普通ですわ」

「でも……いまいないよな……?」


 やけに辺りの雑音や木々のざわめき、鳥の鳴き声もなんだかクリアに聞こえる。まあ要するに沈黙が続いているわけで。


「あの子たち、今はお昼寝の時間で……その間に用事を済ませスーパーで買い物を済ませてしまおうかと……あ、でもちゃんと志亜さんに万が一あの子たちが起きるようならしばらく子守をお願いと頼んでありますのよ」

「あ……うん、なんかごめんな」

「あ、謝らないでくださいまし! なんだかみじめな気分になりますわ!」


 若干涙目の零華が俺の肩を掴みがくがくと揺らし始める。なんだか本泣きに切り替わりそうな雰囲気だが……ん? まて、これは……?


「おい、なんだか今なら"精霊術式"が使えるみたいなんだが?」

「え? ど、どういうことですの? 私ですらあの子たちが傍にいないとこの世界では術式が使えないというのに」


 零華はふとつかんでいた俺の肩を放し、不思議そうに俺を見る。


「あ、待て、やっぱり使えないかも……」

「な、どういうことですの? もしかしてこの私をからかって……」

「あ、もしかして……十字さんが零華さんに触れている間だけ使えるとか?」


 有栖の推測に俺と零華は顔を見合わせごくりと唾をのむ。零華はしばらく何かを考えていたようだが、なにやらもじもじとしながら手を俺のほうに差し出す。


「これも我ら精霊族スピレイスの名誉を守るため……守るためですわ!」


 ねえ、なんか力也といい摩子さんといい零華といい、やっとこさ湧いた俺のやる気をつぶしに来てるのか?


「は、早く試しなさいな」


 俺は釈然としないまま差し出された零華の手を握る。瞬間、零華の手がぴくんと震えた気もするが、ああ、どうやら有栖の推測はあっていたようだ。


「なるほど、精霊でなくても零華に触れていれば五属性の術式が使えるみたいだな」

「え? 全属性を使えるんですか!?」


 有栖がぎょっと驚いているが、そんなにすごいことなのか?


「お、おう。"スフィア"系の火・水・雷・風・土全部の術式が使えるっぽいぞ?」

「全属性って、そんな、それじゃあまるで……」

「本来は人族ヒューマンレイスは……いいえ、精霊族スピレイスもそのほとんどが1種の精霊の力しか借りれませんのよ。それをあなたは……いえ、もしあなたが触れた精霊の力を使えるという能力であったとしたなら……」


 なんだか自覚はないが俺の能力はやはりチートの部類になるのか? でも、本来は精霊の力を借りて発動する術式なんだろう? それならなぜ精霊族である零華に触れるだけで術式が発動するんだ? 一つここで大きな疑問が生まれた。


「なあ、精霊族と人族の違いは何なんだ?」


 精霊族は精霊の力を借りて術式を使うということは"精霊そのもの"ではないわけだ。となると精霊族とは一体どんな存在なのか。


「精霊族は……人と精霊が混じり生まれた存在。そう……精霊と人族のハーフ、それがそもそもの精霊族の起源とされていますわ」

「なるほど、ハーフ……って、え? 異種族同士で子供ができるのか!?」

「勘違いしないでくださいまし。交わるといっても、正確には母親の母体に眠る胎児に精霊の魂が宿り、そうして生まれたのが精霊族ですわ」

「そうですね。そして始まりのそれは精霊たちの悪戯だともいわれていて、精霊族が生まれて以降は胎児に精霊の魂が宿るなんてことはなかったといわれています」


 なるほどなと思うも、どこか説明する二人の歯切れが悪いんだが……。これは何かあるな。


「何か俺に隠してることはないかお前ら?」

「そ、そんなことないですよ! ね? 零華さん」

「……有栖さんは本当にお優しく、嘘が上手ではありませんね」

「う……そ、そんなことは」

「いいんですのよ。もし十字さんが記憶を取り戻したならばわかること」


 零華はすっと俺のほうを向き直り意を決したように大きく深呼吸をした。


「精霊族自体は正直人族と外見上の違いもなく、ある意味他の種族と比べ違いなんて一見してありませんわ」

「そうなのか?」

「ええ、違いがあるとすれば直接精霊の姿や声を聴くことができるというだけ。でも、それも世代を重ねるごとに精霊の声や姿を捉えられないものが徐々に増えてきましたわ。そう、世代を重ねるごとに私たち精霊族の中に宿る精霊の血は薄れ、精霊族は人族と同類になろうとしていましたの」


 俺は押し黙ってただ零華の話を聞いていた。零華は話し続ける一方でどこか身振りに落ち着きがなくなってきていた。嫌な予感がした。いや、俺の中に宿る過去の記憶が警鐘に似た何かを鳴らしている。


「もしかして何か思い出しましたの? 十字さん? 顔色が少々悪いですよ」

「い、いや……なにも」

「そうですか。じゃあ、教えてあげますわ。結論を言うと精霊族、いえ、その王族たちはこのまま人族と同化し、種として消えることを嫌い、恐れた。そして当時の王は自身の子供たちを精霊族の"原種"にしようと企てましたの」

「"原種"?」

「ええ、つまりは精霊が過去に起こした悪戯を人為的に再現しようとしましたの。そうすることでまた世代によって失われた精霊族の血を濃いものにしようと願って……」

「そ、それって胎児に精霊の魂が宿ったってやつか?」


 零華は無言でこくりと頷いた。有栖が心配そうに零華の横で彼女を支えるように立つも零華は大丈夫と有栖に伝える。


「当時の王には6人の妃がいて、それぞれの妃との間に子供が生まれ、6人の子供を授かりましたの。そして……自身の子に特殊な術式で拘束した精霊の魂を無理やり憑依させた。始めの子には火の精霊を。次の子には水の精霊を。そしてその後も雷、風、大地の精霊を宿してきましたの」


 なんとも気分の悪い話だ。子供の命を直接奪う気はないのだろうが、それでもなんだか禁じられた行為、創造主への冒涜といった言葉が脳裏をよぎる。そう、要するに自分の子を精霊と人族の合成体キメラにしたというわけだ。 


「王は最後に生まれた子にそれまでの集大成として一番おぞましい措置を施した。そう、一人の子供に5体の精霊の命を宿そうと試みましたの。まあ、もう5人もの成功例がいたし、"失敗しても問題はない"と判断したのでしょうね」

「ふざけるなよ! それが……それが親が子にすることか!」

「じゅ、十字さん落ち着いて下さい! 零華さんに怒鳴っても……」

「あ、ああ、すまない。悪かった大声を出して」

「ふふ、本当にあなたはあの人の魂を宿していますのね」

「え?」

「そうやって怒った姿を見るのは2度目ですのよ、ねえ?」


 零華の台詞に背中がなんだかひやりとした。零華の話は確かにひどい話だが、正直今までの俺なら胸糞悪いと思うもここまで激昂することなどなかったはずだ。それなのにどうしても怒りを抑えることができなかった。


「あらためまして十字さん。私の名は五代零華ごだいれいか。元の世界では"アナザーディメンション"として数えられた一人。その通り名は五界統治精霊クイーンクルーラー……五属性の精霊をこの身に宿し、精霊の力を借りるのではなく己の力として使うことができる唯一の精霊族ですわ」


 零華は恭しくはいているスカートの両端をつまみ礼をする。それはおそらく零華にとって知られたくないこと。隠し続けたいことだったのかもしれない。それでも零華はまだ以前の記憶も乏しい俺に明かしてくれた。


「私は精霊に愛され……親には愛されなかった。兄や姉も……一人を除いて基本的には私を敵視していましたわね。王位継承の強力な好敵手としてね。ふふ、精霊たちだけが私を何より愛し、この命を守ってくださいましたのよ」


 それまでの気丈な振る舞いがこの弱さを隠すためのヴェールだったのだろうか。凛とした態度をとっている、いや、とろうとしているがやはり彼女にとっても忌まわしき記憶なのだろう。


「十字さん。もしあなたの精霊術式の発動条件が"精霊"に触れることであるなら、おわかりいただけたかしら」

「ああ……」

「そんな顔をしないでくださいな。言っておきますが、私は今の自分を嫌ってはいませんのよ。ただ、この話をするとどうも私をかわいそうな目で見る輩が多くって……そこだけが不満ですのよ」

「そうか……そうだな。まあ、お前が悪いことをして手に入れたわけでもないし、せっかく授かった力なんだ、うまく使えばいいさ」

「……そうですわね」


 俺に背を向け、零華は空を見上げた。目元が少し光っている気もしたが、まあそこを突っ込むのは無粋というものだろう。


「てか……今のお前は元の世界と違ってあの子供たちがいないとこの世界じゃ力使えないんだよな? ならまじでうまく使えよその力……じゃないとこの世界じゃ人族……というかただの人間と変わんないぞお前」

「わ、わかってますわよ! というか少しは感傷に浸らせて下さいな!」


 あ、無粋なこと言ったかもしれない……はい有栖君、そこ笑わない。


 中々にヘビーな話を聞いてしまったが、よくよく考えるとこういう一族の秘密や仲間の暗い過去って物語の中盤以降で出るもんじゃないのか……まだ俺の中では物語も始まってすぐだというのに。


 ……まあ、空気読まずに聞いたの俺なんだけどな。

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