SideB チュートリアルのチュートリアル09

「おい力也、あいつが向かってきて……もし一瞬でも動きを止められるならあいつをしとめれるか?」


 いまだ納得のいっていない様子のどら子の腕を引っ張りながら走る力也に問いかける。力也は大きく頷き不敵な笑みを浮かべる。


「ああ……任せるがいい!」

「オッケーだ。おい有栖!」

「は、はい!?」


 俺に腕をとられながらなんとか息も絶え絶えについてくる有栖。悪いがあてにさせてもらうぞ。


「お前のその"クオリティ"とやらであれを崩せるか?」


 俺の指し示す先にはビルのような高さほどに積みあがった酒のケース。普段は崩れないように注意を払うが今回は逆だ。俺の意図を理解してくれたようで、有栖の走る速度が上がる……ん?


「きゃっ!?」

「はっはー! わかったぜあたしにも。要は有栖を連れてあそこまでさっさと行けばいいんだろ!」

「ちょ、ちょっと運び方ぁあ!」

 遠ざかる有栖の悲鳴。その音源をひょいっと担いだどら子は尋常じゃない速度で積みあがるケースへと走っていく。はは、本当に化け物みたいな速度だな……だが、これで……!


「ほら! 出番だぞ有栖!」

「もうっ! もっと優しく運んでくださいよ……ね!」


 有栖がケースに手を伸ばし触れる。そこから始まる奇妙な光景。プラスチックのケースがまるで溶けた氷のように液体となって地面に溶けていく。いいぞ、ただでさえ不安定に積まれていたケースだ。支えを失い奴に向かい倒れ……っておい!


「さあ! これで逃げ場はないぞ!」

「ええ、どうです私の"クオリティ"は!」


 俺の後ろで力也が額に手を当て嘆いているのが見えた。俺の横で響が大きくため息を吐いているのが聞こえた。俺の目元が悲しみで熱くなっているのを感じる。


「俺たちの逃げ場を奪ってどうすんだよ!」


 そう、俺の予定ではケースが倒れてきて慌てた"アンティ"を力也がしとめるはずだったんだが……ケースは奴に向かって倒れるどころかその逆、見事に俺たちが入ってきた道をふさぐようにして崩れたのだ。


「ん? これであいつは逃げれないんじゃないのか?」

「馬鹿かお前……逃げれないのは俺たちだろ。あと別に出口はここだけじゃないからな……もっとも俺たちが今逃げれるとしたらこっちだったんだが、それもできなくなった」

「じゅ、十字さんうしろっ!うしろ!」


 有栖の警告に俺ははっと後ろを振り返る。そうだった、命の危機は現在進行形で俺たちに向かってきているんだった。力也がぐっと腕に力を込めて迎え撃つ姿勢をとるが……あんなでかいの止めれる気がしないんだが!


「あー、えーと……そうだ!"ステータス"!」


 眼前に広がる巨大な板状のウインドウ画面。突如現れた謎の光景に"アンティ"はその巨体からは想像できない動きで急速に速度を落とし後ずさる。


「考えたな、十字」

「はは、ウインドウの大きさは結構融通がきくみたいだな。猫だましにも使えるな、これ」


 相手にも俺のステータスが見えることになるがそもそも相手は理解などできないから大してデメリットもない。まあ見られても別に俺の能力なんて大したことは……んん!?


"ステータス"には現在俺の名前や身長など当たり障りのない情報が無駄にでかでかと表示されているがそこに先に試した時にはなかった項目、『状態異常』が表示されている。


 状態異常:存在交差クロススケール。自身と相手における存在の優位性が強制的に逆転させられた状態。相手に一定の恐怖・萎縮効果を与えることで元の状態へと回復できる。


「お前ら……見えてるかこれ」

「あ、ああ……」


 俺の誰に向けたでもない問いに響はあっけらかんとした様子だ。


「これ……十字さんがわかっていなくても相手の能力の効果を把握して……」


 有栖も俺の"ステータス"の思わぬ性能に驚いているようだが、今はそれどころじゃない。打開策が見えた。


「なあ響。あたし"ひらがな"と"カタカナ"ってのは余裕なんだけど漢字ってのはよくわかんないんだ。あれなんて書いてあるんだ?」

「どら子お前……だからあれほど文字を学んでおけと……」


 あ、一名見えてるけど読めてない奴がいた。空気共々な。


「まったく、竜人族ドラゴレイスは力こそあれど知恵が足らんな」

「うるせぇよ! それより……早く意味を教えろよ。お前らの反応を見るにあいつへの有効手段が書いてあるんだろ?」

「そうだな……要はあいつに我らよりも弱い存在なのだとわからせればいい。そうすればこの奇怪な術式は解けるらしい」

「なんだ? 倒すまでもないのかよ。ビビらせればいいのか? はは、なら楽勝だ!」


 どら子は強気な発言とともに何を思ったか羽織っていたジャケットを脱ぎ捨てた……そしてそのまま上のシャツまで……えぇ!?


「な、なにしてるんだよお前!」

「はは、あたしを拘束できるものなんでこの世にないってことを教えてやるんだよ」

「その前にお前この世の法律とか道徳とか教わってないのか!?」


 下着姿になった上に続いて下にはいていたデニムのパンツまで脱ごうとしていたがそこは慌てた有栖が何とか制止している。


「し、下は駄目です! どら子さん! この世界じゃそんなことする女性は露出魔とかいわれおまわりさんに捕まっちゃいますから!」

「この世界にも戒律等兵プライアみたいのがいるんだっけか? 相変わらず人族ヒューマンレイスの道徳ってのは面倒だな。まあ、あんな鼠程度ならここまで脱ぐ必要もなかったけど、サービスってやつだ」


 何のサービスだよ。誰得だよ……まあ損じゃないけど。あー、俺の視線に気づいたのか有栖がこっちを見るなと小動物のように頬を膨らませ威嚇している。


「勘違いするなよ十字。あたしは拘束するものが少ないほど力を出せるんだよ。そう……竜を縛れるものなんてない。竜はありのままが一番強い」


 え? 何その脱げば脱ぐほど強くなる的なルール……女性でそーいうのはいいのか……? まあ損ではないですけど、はい。


「さてネズ公。所詮お前はどこまで図体がでかくなろうともただの鼠なんだよ。どれだけ体が大きかろうが、あんたはあたしの敵じゃない。この暴虐竜女バイオレンスドラゴンどら子様にかなうわけないんだよ!」


 な、なんだ。俺でもわかるぞ。なんだかどら子の雰囲気が変わった。顔はあいかわらず緩んだままだが威圧感が半端ない。見たことあるわけもないが、もし竜なんてものを前にしたら……はは、こんな感じなんだろうな。


「ふん、格下相手にあの力は有効だろう。そしてこの状況を打破するにもな」


 力也がやれやれといった感じでぼやいている。なんだ? まるでもう勝負の決着がついたように先ほどまでの緊張感がない。


「戦場において竜人族の名乗りには強力な委縮効果がある。自身に恐れを抱くものであればその効果は跳ね上がる。それがあいつの力……竜圧ドラゴンフィアだ」


 どら子は両の拳を激しくぶつける。まるで石のような……そう、火打石がぶつかり合うような高らかな音が響き渡る。そして……何度か鳴り響いたのち、どら子の拳がまさに燃え盛る溶岩のように真っ赤に輝き熱を帯びる。


竜炎拳ドラゴンブロー……ネズ公相手には過ぎた力だけど、あたしはやるからには手を抜かないたちなんでな」


 ギギギッ……


 それまで優位と感じていたであろう"アンティ"の巨躯が歩み寄るどら子を前に後ずさっている。なんだかくぐもったような声も聞こえる。


「さっきまでちょこまか逃げてたやつが、こっちが背を向けるや手のひら返したように追ってくる。それは力がない弱者の振る舞い。あたしは強者だ」


 まるでどら子の心の昂ぶりに応じるように拳をまとう炎は激しく燃え上がり周囲の空間を揺らめかせる。なおも"アンティ"へとゆっくりと歩み寄り、相手は徐々に後ろへと押し込まれていく。そして……。


「どうすんだよネズ公。もう後がないぞ」


 気づいていなかっただろう。後ずさる"アンティ"の背後には高くそびえる壁。そう、追い込まれていたはずの俺たちが逆に奴を追い込めていたのだ。


「さあ……やるのかやらないのか。選べよ……」


 それは獲物ではなく捕食者の瞳。残忍さと強さに酔いしれた強者だけが持つものだ。


「くっ……この感覚は」


 この路地裏に入った時と同じ眩暈のような感覚。そして次に目を開いた先に浮かぶ視界は……。


「元に……戻った?」


 見慣れた世界……いや、高さと言ったほうがいいか。足元に転がるゴミや崩れた酒のケース。


「小さくなった途端にこやつ……!」

「おい、そっちいったぞ十字!」


 どら子の指さす先に動く影。小さな鼠が俺の足元を抜けて走っていく。横にいた有栖の「ひゃっ!」という悲鳴が聞こえた。


「ちっ、まずいぞ。あいつ通りのほうへ!」

「十字! 術式を使え!」


 響の声に俺はすっと息を吸う。そして口を大きく開き喉に力をためるイメージを描く。そうか、この術式を前に距離なんて意味がない……だっけか?


「"ハウリング"!」


 俺の念じた声がそのままこの世界に響くような不思議な感覚。そして目の

前で空間がぐにゃりと球状に歪んだかと思うとその球体が"アンティ"目掛け

解き放たれる。


 何かが潰れるような耳障りな音が聞こえた。壁に打ち付けられたような血痕とその下に横たわる死骸。


「た、倒しました。倒しましたよ! 十字さん!」


 有栖がぐいぐいと俺の服を引っ張り目を輝かせているが……ちょっと待って

ほしい。というか一息つかせてくれ……響に聞いてはいたが一声で軽く数時間

カラオケで歌った後の様な喉の枯れ。おい、だからわかったから服を引っ張るなって!


「ちっ、最後おいしいところだけ持っていきやがって。ずるい奴だな、お前」

「そういうなどら子。お前の威嚇があってこそだ。悔しいが我よりもお前の力が今回は役立ったようだな」

「な、なんだよ突然しおらしく。ったく、調子が狂うな」


 力也がなんだか紳士というか貴族の高貴な振る舞いをしている。悪いが俺も驚いたわ。なんだよただの馬鹿だと思ってた俺が馬鹿みたいじゃないか。


「言っただろう。力也は礼節を重んじる王族だと」


 俺の疑問を察したのか響がすっと教えてくれた。なるほど、この世界に来て少しは気楽にふるまっているが、あいつは貴族……いや、王族なんだな。それにどら子もなんか謎めいた呼び名を言ってたな。


 こいつらは元の世界での互いの立場やどんな人物だったのかを知っている。俺も同じ世界から来たのだろうが、俺は……何も覚えてないからな。なんだか俺だけが仲間外れのような疎外感。これはちと……。


「おい有栖」

「なんですか? 十字さん」

「さっきは冗談っぽく言ったが……その……明日にでもちょっと元の世界とやらについて教えろ。あと……おまえらのこともな」


 俺のバツの悪そうな声に有栖は最初ぽかんと驚いていたが、徐々にその表情がにんまりとした笑みに変わっていく。


「ふふ、いいですよ」

「なんだか嬉しそうだなお前」

「そうですか? まあ、やっと私の重要さを理解してもらえたような気がしたからですかね。この世界の"あなた"に……ね」

「なんだか含みのある言い方だな……」

「ふふ、そうですか。あ、あと他の方の能力とかも教えてあげないといけませんね。いつ戦闘になるかわかりませんし。ふふ、私ったら忙しくなっちゃいますね」


 くそう、なんだか会話に調子が出ない。気が付いたら俺の前を歩く有栖。背後に夕陽を浴びよく表情が見えないが、きっと楽しげに笑ってるんだろうな。


「まあ、これまで存外に扱ってたしな」

「何か言いました?」

「ああいや別に……あ、いや……言ったわ」


 ふと脳裏によみがえる最重要議題。目の前で有栖は首を傾げながら俺の次の言葉を待っていたが、おそらく俺の表情の変化にどうやら俺の言いたいことに感づいたのだろう。


「何よりも先にまずお前の能力のことについて聞こうか。あと今日一体なににご自慢の能力、"クオリティ"と"リカバリー"を使ったのかをな」

 

 そんなに露骨にいやそうな顔をするなよとは思うが……まあ他にも色々とお聞かせ願おう。この世界に来てからもなんだか薄々と腐れ縁に似た仲を感じていた共会荘の住人達、そして俺自身のこともな。


 俺たちは路地裏を出るとゆっくりと俺たちの家、共会荘へと歩み始めた。なんだか物語が同時に歩き出したっていうとかっこつけすぎか? まあでもそんな気がするんだ。自分でも変な気分だけどな……。


「おい十字」

「なんだ?」


 俺に追いつく形で横に並んだ力也が不思議そうな顔を浮かべている。


「いいのか? バイトは?」

「あ……あああ、うっわ! だっる! さぼりてぇ!」


 そうだった、今日はたしか客が多いんだっけか。うわぁ行きたくない。マジで行きたくない。超絶行きたくねぇ……帰って寝たい。


「そういえば今日はこの近くでなんだかスイーツの有名店が集まったフェアがあるって朝のチラシに入ってましたね」

「ん? スイーツって……要は菓子か!?」

「ええ、今ならまだぎりぎりやってるかもしれませんね……って、ちょ、どら子さん!」


 あ、なんか見覚えのある光景。どら子はひょいっと有栖を担ぎ、今にも走りださんと足をうずうずとさせている。


「どこだよ場所は? 早く行くぞ! あと、おい十字! フライドチキン五本奢りだったよな! もちろんそれじゃあ全然足りないからいっぱい準備しとけよ! スイーツのデザートに買いに来るからよ!」

「えぇ……」


 逆じゃない? その言葉以外にもう何も出ません。


「ちょ、降ろして下さいどら子さん! さすがに通りをこのまま移動するのは恥ずかしいですから!」

「おっと、そうだな! 早くいかないと間に合わないかもだったな! よし行くぞ」

「ひ、どら子さぁあん!」


 伸びるように、そして遠ざかりつつ響く有栖の悲鳴。俺は目の前で合掌しすっと憐みの視線を向ける。そっちじゃないんだけどな……会場。まあどうでもいいか。


「まあなんだ。お前らもありがとな。今度残り物でよければコンビニの弁当でも回してやるよ。店とどら子には内緒だけどな」

「感謝の品が残り物とは……お前という男は」

「はは、いいじゃないか力也。わざわざ用意されたものよりもそのぐらいの品の方が今の俺たちには……な」

「む……」


 響のアシストに力也も呆れた様な笑みを浮かべる。


「そうだな、できれば肉の多い弁当がいいぞ、十字」

「リクエストはありなのか? だったら俺はあまり刺激物のない弁当がいいぞ」


 刺激物って……ああ、辛いのはやめろってことか。まあ喉が資本だもんな響は。


 その後、行きとは違いどこか古い友人同士のように肩を並べて帰って行く二人の背を見送り、しぶしぶとバイト先であるコンビニへと向かった。


 徐々に茜色から宵の黒へと変わっていく空、そしてそれを照らすように灯り始める街灯の光になんだか安心感が沸き上がる。そうだ、俺は今日という日を生き延びたのだ。これは一人では拝むこともできなかった今日という日の夜の灯火。はは、少し詩人過ぎたか?


「まあ、これからもしっかり生き延びないと……な。この世界で」

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