罪悪感に隠れた真実
神木様の最後の姿を見た後、洸太郎は例の掛け軸のある奥宮の一室で、月が出るまでの時間を過ごしていた。
一本の大木と月。
掛け軸に描かれているモノが変わったわけではない。しかし、森本の話を聞いてから見ると、どこか異様な雰囲気と寂しさを放っているようにも感じてしまう。
「森本くんの話だと、この掛け軸に描かれている月が今夜、空に現れるんだね?」
「えぇ。今夜を逃すと、次にいつ月が出るのか、わかりません」
高木は「なるほど」と顎に手を当て、掛け軸を見つめている。
「それは……可能性としてはどれくらい?」
重ねて高木は森本に尋ねた。
「極めて高いと思います。その証拠……とまでは言いませんが、神木様の上空に稲妻が集まっていました。恐らく、あれが予兆ではないかと」
森本の発言に、すぐさま大介が反応する。
「あの稲妻が? もしかして、あれが月に変わるとか?」
「んー、それはないと思うが……。ただ、あれは神木様に影響されていると考えて、まず間違いないだろう。あんな不思議な現象、そうでもないと説明もつかないしな」
「逆に言うと、この音が轟いているうちは、月は出ないと言うことになるのかい?」
「だと思います」
森本の言葉に全員が口を閉ざし、空から聞こえる音だけが室内にこだまする。
その音をかき消すかのように、瑠奈がまたしても渾身の直球を森本へと投げ込んだ。
「森本さん。多分もう時間もないですし、そろそろ教えてくれませんか? その情報は一体、どこから聞いたのか。あと――あなたは本当に、何者なんですか?」
森本は瑠奈に視線を合わせて軽く微笑むと、高木に一瞥を投げてから話し始めた。
「お前らも高木さんから聞いているとは思うが――この月の話自体、いや、それ以外にも俺が神木様について知っていたのは、俺が『そっち側の人間』だからだ。こっちにも、ある程度の情報は残っている。当然、それを世間に公表することは出来ないけどな」
森本の言う『そっち側』とは、以前、高木が話していた、歴代の宮司を『危険分子だと判断した側』という意味だろう。
洸太郎は高木の反応を窺おうと視線を移したが、高木は難しい表情をしたまま口を結び、誰とも目を合わせんとばかりに俯いていた。
「でも、森本さんも私たちの情報が欲しいって――」
千歳が森本ではなく大介に目配せをすると、「そうだよ。情報を知る術があるなら、わざわざ俺らに聞く必要なんてなかったはずだ」と大介も続いた。
「こっちで把握している情報は確かにあるが、完璧ってわけじゃない。実際、お前たちから初めて聞いた情報もあった。それに、その情報ってのも、むやみやたらに見られるもんじゃないんだ。宮司が代々歴史を受け継いていくように、俺たちも家系の長が、それらを次の代へと引き継いでいく」
「じゃあ森本さんはどうやって? 森本さんは直接聞いたわけではないんでしょう?」
瑠奈が眉間に皺を寄せて森本を見ると、森本は親指で鼻の下の髭を触り、少し考えるような表情を浮かべた。
「正直に言うとな、今の『こっち側の人間』は、宮司程の情報管理をしていないんだ。むしろ俺の父親……まぁ正確には更に前の代からだが、そっちに関してはまるで関心がないってのが本心でな。受け継がれてきた情報に関することも、部屋の奥の方で蓋をするように放り込まれていたくらいだ。どれだけ受け継がれているのかも定かではないさ。専ら、この世界を統治していくこと、それらを考えていくことが、第一の仕事になってるわけだからな」
森本は少し呆れたような表情を見せた。
「信じられるか? 俺らはこの雨が無ければ生きてすらいけないのに、人の命に生かされているというのに、そのことには目も向けず、世界があぁだ、こうだって。何を言っているんだって話だろ?」
森本の吐き出す一つ一つの言葉は、徐々に熱を帯び、感情が乗っていく。
「そんなある日、俺は部屋の中で一冊の古い日記……というより、備忘録のようなものを見つけた。ところどころ文字がわからなくて、少しずつ意味を調べながら読み進めていったから、内容を理解するのに苦労したけどな」
「そこに記されていた情報が、森本さんの情報源?」
森本が返事をするように口を動かしたが、瞬間的な強い光とともに激しい音が部屋中に轟き、洸太郎は森本の声も表情も、読み取ることが出来なかった。
「そこにはな、宮司と過ごした、当時の状況が記されていた。どうやら俺の先祖は、宮司とも仲が良かったらしい。そうですよね――高木さん?」
高木はしばらく森本を見つめたまま瞬きを繰り返すと、「なるほど」と言って顎を掻いた。
「君は父親の許可なく、それらの情報を見たわけか」
洸太郎は初めて、高木の視線が鋭くなったのを感じた。それでも、森本が動じることは一切なかった。
「もう何代も前から管理することを放棄してるんだ。今更、許可も何もないでしょう?」
強気な森本の言葉に、高木は「そういうことか」と言わんばかりに、小刻みに頷く。
「確かに、君の言う通りだ。今とは違い、君と私のご先祖は親密な関係にあった。今でこそ色々なしがらみによって、会う機会も限られてしまっているがね」
「しがらみね……」と森本は不敵な笑みを浮かべ、洸太郎へと視線を移す。
「昔も今のお前らみたいに、来る日も来る日も躍起になって、神木様が生まれ変わる方法を考えていたみたいだ」
そう言うと、森本は顎を使って掛け軸に全員の視線を誘導する。
「この掛け軸の絵に、なんで『人』が描かれていないかわかるか? この状況をこの場で見て描いたとするなら、本来ここに『人物』が描かれているはずだよな?」
洸太郎は改めて掛け軸を見る。
確かに森本の言う通り、この状況を見て描いたとするなら、「祈りを捧げる人物」も描かれていることが自然なようにも思えた。
ただ――
「でも別に、これはこれで一つの絵って感じもするけど」
「私もそう思った。敢えて描かなかった理由があるようにも思えないというか……」
大介と千歳は、洸太郎も感じていた率直な感想を口にする。
「その理由も、森本さんが見た備忘録の中に?」
瑠奈が少し目を細めながら森本を見る。
森本は再び高木に視線を送ってから、「描けなかったんだ」と、まるで捨て台詞のように言い放つ。
「『筆を持つ手の、壮絶な拒絶反応に抗うことが出来なかった』と記されていた。恐らく、罪悪感を抱いていたんだろうよ。仕方ないよな――……」
森本の視線が、乱暴に洸太郎へと突き刺さる。
「奪っちまったんだから。親友の命を」
その視線は言葉の力を吸収するように、洸太郎の胸の奥で激しく暴れ、鼓動を乱していく。
「もしかして……森本さんのご先祖を、高木さんのご先祖が……?」
大介は興奮気味に目を見開き、森本の返答を催促したが、森本は静かに首を左右に振った。
「いざって時に死ぬことが怖くて……二人して逃げたんだ。だからな、あの神木様は宮司でも、俺の先祖でもない。二人の友人、いや親友だった――」
洸太郎の目に映る映像が、息を吞むように一瞬止まる。
「洸太郎くん、君のご先祖だ」
そしてまた、ゆっくりと再生されていく――。
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