8 ハイって言って。

 男3人、密室、何も起こらないワケが無く。


《おはようございます、お茶をお持ちしましたが、イーライ様はご無事ですか?》


 いや、うん、後ろは無事です。

 流石に下準備を何もして無かったし。


「うん、おはよう、キャサリン」


 パトリックは狸寝入り。

 ウォルターはまだ爆睡中。

 ですよね、初めて人に。


《お風呂を沸かしてきますから、窓を開けて良く換気して下さい》

「うん」


 バレてる。

 色々とバレてるけど。

 まぁ、無事は無事だし。


 あぁ、生憎の天気だなぁ。


《おはようイラーイ、お茶淹れるね》

「うん」


 ウォルターを起こしに再び布団に潜り込むと。

 ウォルターのウォルターは既に覚醒済みで。


『あぁ、おはようイーライ』


 当たってる当たってる。

 凶器が当たってますよウォルターさん。


「おはようウォルター、お風呂沸かされちゃってるからお茶飲もう」

『あぁ、もうそんな時間なのか』


「みたい、だから後で、お風呂場でね」

『分かった』


 コレじゃ寝れないだろう。

 そうなし崩し的にアレしたんだけど、2人が萎えるかもとか、マジで無用な心配だった。


 それこそ女装も何も無しで、ギンギンで。


《お茶淹れ終わったんだけど?》

『収まらない』

「そら抱き締めてたら余計にでしょうよ」


《あぁ、イーライで隠せば良いじゃない、そこは譲るよ》

『助かる』


 一応、キャサリンに見られるのは恥ずかしいのね。


「さ、水分補給」


 最初に濃く出た紅茶には少しの砂糖とミルクを入れる、カフェインやタンニンから胃を守る為に。

 そして2杯目以降はそのままで、後はもう本当に日本茶と同じで風味付きのお湯、本来の目的は水分補給だからね。


『出来るだけ控えていたから、安心して飲めるのは有り難いね』

「怖かった?」


『あぁ、検査する理由も無いからと、避ける位には』


 完璧なスパダリなのに、病気の結果を知るのが怖くて検査しないって。

 発病してないから可愛く思えるけど、さぞメアリーはヒヤヒヤしてたろうなぁ。


《それで、ウォルターのウォルターは収まった?》

「いや、全く収まる気配も無いね?」

『イーライが風呂場でと、いやらしい事を言うからだよ。それにイーライの匂いがもう、いやらしい』


 朝からトップギアで甘いんだよなぁ。

 全然良いんだけど。


《どれどれ》


 遠慮が無いからもうグイグイ来るの。


 全く選べる気がしない。

 欲張りなのは承知してるんだけど、出来たら、このまま2人に愛されたい。




《また、アナタ達は》


 イーライがお風呂場で、2人に愛されたいって言うから。

 つい嬉しくて。


《ごめん》

「いや僕は大丈夫なんだけど」

《ダメです、せめて朝食を先にすべきでした、コチラの配慮不足です》

『いや、私達も配慮不足だった、すまない』


《全くです、学習しろ》

『面目無い』

「あの、キャサリン、それこそ僕が不用意な事を言ったから」


《言っちゃうのが若さです、年上こそ自制心を持つべきで、流される年長者が1番悪いのです》

『仰る通り』

「けどでも大丈夫だから、それこそ無事は無事だから、ね?」


《ですけど次からはせめて朝食後で、経験不足で申し訳御座いません、今後は出来ればどうか共に手綱を握って頂けませんでしょうか》

「あぁ、うん、ごめんね、そうします」


《はい、ありがとうございます》


 ちょっと長湯しただけなのに、コンコンコンコンって、静かに延々とノックされ続けて。

 出たら出たで、朝食後にしろって凄まれて。


 まぁ、うん、止められなかったら止まらなかっただろうし。

 そこはまぁ、悪かったとは思う。


《ごめんねイーライ》

「うん、一緒に気を付けようね」

『そうする』




 イーライ様のお噂は、それこそ性の暴走機関車パトリックから、お名前を知らずに定期的に聞かされていたのですが。


 幼く可愛らしい外見と、落ち着いた物腰の柔らかさと、男子とは思えない品の良さは素晴らしい。

 何故、どうして女子では無いのか。


 そう思っていたのですが、意外にも性欲旺盛と申しますか、正に魔性。

 女性並みに旺盛とは、可憐な外見と清楚な振る舞いとは真逆で、萌え。


 男性は直ぐに性行為に飽きる生き物、若い頃をピークにゴロゴロと性欲が落ちる生き物だ、と認識していたんですが。

 彼なら、寧ろ安定して欲情しそうと言うか、出来そうと言うか。


 元の私の役目は、如何に冷静に男性の性欲を分析するか、果ては公女様達の性的なお相手の見極めと指南役として教育されていた最中。

 だったのですが。


 事前情報のせいなのか、イーライ様とウォルターを完全に見誤っていた。

 まだまだ修行が必要ですね、私。


《お代わりを用意しましょうか?》

「いや、もう大丈夫」

《僕はお願い》

『私も頼む』


「じゃあ手伝うよ、ご馳走さま」

《ありがとうございますイーライ様》


 食が細くても問題無いとは聞かされてはいますが、どうにか、もう少しムチムチにさせたいんですよね。

 それこそ女装するなら、ムニムニにはなって貰わないと。


「本当に良く食べるよねぇ」

《イーライ様は、もう少し食べて頂けたらと思うのですが》


「それなんだけど、もうコレだから、我儘言おうかなと思ってる」


 コレ、と指差したのはピアス。

 透明な水に虹を閉じ込め固めた様な、美しい宝石、ウォーターオパール。


 叡智の結晶の証。

 私には、そこまで、それこそ賢者の隠語だと推察していて。


《我儘、とは?》

「珍しいとは思うんだけど、ライスを食べたいんだ。しかもベトベトなのじゃなくて、炊いたライス。調理器具とライスが有れば大丈夫、作り方は教えるから」


《それだけで宜しいんですか?》

「直ぐに用意出来るの?」


《はい、常食されてる方も耳にしますので、そこまで珍しくも無いですから》

「そっか、じゃあ一緒に購入されてる品物とか、料理名のリストが欲しいかも。キャサリンが知ってるのだけで良いから、お願い出来る?」


《はい、承りました》


 ライスは健康に良いとされてらっしゃいますし。

 きっと性欲無限魔人ウォルターへのご配慮も含んでらっしゃるのでしょう、お優しい方ですね。




「馬車か馬か」

《それか、今の時期は特に天候が読み難いから、もう1日待ってみて。とか》

『それこそ、何でも、好きな物を好きなだけ買って良いんだよイーライ』

《そうですよ、結晶用の国費はご用意されてらっしゃるんですから》


「え」

《パトリック様この野郎》

《ごめんごめん、てっきりメアリーかウォルターが説明してるかと思って》

『すまない』


 先代達の預貯金に手を付けるって。


「え、遠慮しか無いんだけど」

『そんなに大きなモノが欲しいのかい?』


「いや、と言うか」

《メアリーが自由にして良いって言ってたんだから、遠慮は逆に良くないと思うよ》

《控えられて困る様ではコチラが困りますので、どうか遠慮なさらず》


「いや、コレから半ば私利私欲の為に動くのに」

『だからと言って国民に一切役に立たない事なのかは分からない』

《それを役立たせるかどうかは僕ら次第でもあるんだし、それこそ何もせずに埋もれるだけの方が勿体無いと思うけど?》

《ですね》


 数的にも圧倒的に不利だ。

 いや、にしても。


「それでもだよ」

『補填がしたいなら私の私財で、コレからも更に働くつもりだよ、だからどうか遠慮はしないで欲しい』

《その支払いも国費からがイヤなら、正式に王族から退くよ?》


 それもそれで、国益を損なう事になるワケで。


《次に追い詰めたら放電させますが》

「あぁ、キャサリン、助かった」


《遠慮なさらなければ良いんです、それこそお子様がお生まれになったら、私の私財も補填に使って頂いて構いませんから》


「もー」

《半分は冗談ですよ、と言うかまだ養われるべき立場なんですし、そもそもキャヴェンディッシュ家から裏で多額の慰謝料が支払われる筈。それで補填すれば宜しいかと》


「え?何で貰えるの?」

《先出しされちゃったから言うけど、それこそ精神的な苦痛を受けたのはイーライの方だもの。セシル家が表で払う以上の額が支払われる予定だよ》


「何も無しは?」

《無理、プレゼント代金は勿論、君の人生を無駄に過ごさせたんだもの。少なくともプレゼント代金分は家的に支払わないワケにはいかないよ、どう見てもローズが悪いんだから》


「けど」

《コレは決定事項、ウチの両親も納得してる。間接的にだけど婚約破棄なんて言うな、それで破棄になったらお前の有責だって言ってもアレで。頑張ったんだけどね、ごめんね》


「いや、諌めなかったとは思わないし」

《けど甘かった、ごめん》

『その件だけれど、彼女の言い分を聞くかどうか。出来れば聞かない方が良いと思うのだけれど』


《そうだね、不快にさせるだけだと思う》


「いや、でも、聞きたい。聞きます」


《分かった、けどその代わり存分に甘やかさせてくれるのが条件》

『あぁ、でなければ謝罪だけで切り上げさせる』

《それは名案なので反対はしません、寧ろ大いに賛成です》


「分かった、けど、あまり彼女を責めないで欲しい」

《うん》


《では、お買い物に参りましょうか》




 何とかイーライに欲しい物を買わせ、以降の移動は馬車で、となった。

 それこそ命を狙われている可能性は少ないけれど、今後を考えれば馬車移動に慣れて貰う必要が有る。


 長旅なら尚更。

 戦争が無いからと言っても、平和だとは限らないのだし。


「そう、ジッと見られていると寝難いんだけど」


《眠れる様に手伝ってあげようか》

「却下、分かりました、慣れます寝ます、おやすみなさい」

『おやすみイーライ』


 最少人数、僕らだけで守らないといけない。

 本当なら神々に守って頂きたいのだけれど、先の争いですっかりお隠れになってしまったらしい。


 先代達の負の遺産を負うのだから、せめて金銭面では甘えて欲しいのだけれど。

 きっと、そう言っても節約節制を守るのだと思う。


 出来たら、さっさと先代達の悪にも気付いて欲しいけれど。

 知ってしまえば怯える事も有るかもだし。


 もう少し、状況が整理されて落ち着いてから、かな。

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