3 初恋の人は琥珀色。
《おはようございます、イーライお嬢様》
「えっ、え?」
《ローズ様の兄上、パトリック様から仕える用にと申し付けられました》
そう言って寝起きに訪ねて来たメイドが手紙を渡して来たのだが、蝋印はウォルターのモノと、コレは見覚えが有る様な無い様な。
「えーっと」
《それからウォルター様からもご用事を申し付けられております》
「あぁ」
寝起きだから。
とは言え破天荒な内容に驚愕しつつ、もう既に目の前にご用意されていた計画に乗るしか無かった。
あのパトリックが絡んでいるのだし、今は家に帰れる程の金も無いのだし。
《入っても宜しいでしょうか》
「あぁ、どうぞ」
本来なら、例えメイドでも私室、寝室には招き入れるべきでは無いのだが。
《では、準備をさせて頂きます》
「あぁ、はい」
そうして素早くも着々と準備が整えられ。
まるで別人になり、宿を出る事に。
夢でも見ているのだろうか。
自分が憧れの人の家に、馬車で向かっている。
夢か幻か、妄想か幻覚か。
そして馬車が止まり、憧れの人の家の前でドアが開けられる。
それから。
『どうぞお手を、イーライ嬢』
あぁ、眩しい。
《んん、お嬢様、お手を》
そうだ、夢じゃないのだから令嬢として振る舞わなければ。
「ぁりがとうございます、ヴィリアーズ男爵」
良く見ればお前も気に入る筈だ、と。
確かにパトリックが言う様に、よくよく観察していると、如何に彼が優秀なのかが分かった。
幼いながらも王族が受ける様な教育でもされたのか、周囲を良く観察し、最適な対応をする。
かと思えば、敢えて最適な対応の少し下を選び、周囲を立てる。
敢えて自分は劣っていると見せる為、幼い婚約者に合わせる為、何かを隠す為に。
彼が何者かを尋ねた時、パトリックは機嫌良く答えた。
非常に興味深い人間だ、と。
今やっと、真価が分かった気がする。
興味深いを超えて、運命を感じた。
彼は私の殻を破る為に生まれて来た、天の使いなのだと。
『ウォルターとお呼び下さい、イーライ嬢』
本来なら、階級が下の者に親し気にされて喜ぶ上位者は、極僅か。
それこそ階級を良い意味で気にしないか、好意を抱ける者か、馬鹿か。
彼は馬鹿では無い。
なら。
「ありがとう、ウォルター」
僅かに頬を赤く染め、はにかみ、直ぐに恥じらいながら視線を逸らす。
何だろうか、この可愛い生き物は。
好意が有るのは確定だとしても。
学園外だと云うのに、下位に対して驕り昂る事も無く、謙虚で控え目。
かと言って卑下する様な態度でも無く、堂々として貴族然とした振る舞いに、優しさがしっかりと混ざり合い。
神の使いと云うか、最早、女神なのでは。
完璧が過ぎるだろう、淑女の振る舞いが。
『このまま屋敷に閉じ込めるのは面白くないですね、気が代わりました、街に出ましょう』
「は?」
『振る舞いが完璧ですし、気晴らしに、このまま遊びに行きましょう』
「いや、無理です無理無理、中身は男ですよ?」
そうか、だからか、だからこそローズ嬢は不器用にも囲いたがったのだろう。
男なのにも関わらず、私よりも一回りは小さい。
もっと幼い頃は、ローズ嬢と年の近い姉妹だと揶揄されていた所も聞いた事が有る。
自分よりも上位者に怯えるのは、男女に関係無く備わっている警戒心。
自分の立場や庇護が奪われると警戒してもおかしくはない。
だが、こんなにも愛らしい生き物を、どうしていじめられるのだろうか。
『そこらの女性より、よっぽど可愛らしいですよ』
そう、本来は男なのだ。
なのに今まで出会った誰よりも可愛らしい。
愛らしい。
何なら。
「でも抱く事は難しいでしょう、なんせ同じモノが付いてるんですから」
いや。
『いや、何なら抱けます』
「は?」
今まで、自分は生き物として不適格だと思っていた。
好意を抱いた事も無ければ、性的に魅力を感じた事も無い。
あぁ、先ずはそこから説明すべきか。
『先ずは私の事情から説明させて頂きますね』
好意を抱いた事も無ければ、男女問わず性的魅力を感じた事が無い。
けれども。
この、この女装姿に好意を抱き、何なら抱けるレベルで性的に魅力を感じていると。
「揶揄も誂いも慣れてるので良いですけど、何故?」
『鏡をちゃんと見ましたか?』
「見ましたが、けどだって中身が男ですよ?」
『はい』
はい、って。
いや、凄い嬉しいですよ、何ならトロトロに甘い顔をされた時は失神か絶頂かで頭が沸騰しそうになりましたけど。
同性婚が不可能な社会、時代、制度で。
いや確かに、我ながら中々に可愛いな、とは思いましたけど。
転生者の立場を使えば、確かに殺される事は回避出来るかも知れない、それこそ一緒になる事は可能かも知れないが。
男色が非常にマイナーで、それこそ学園では噂を立てられる事を恐れている男子は多い。
男しか相手が出来ない男は、女を相手に出来ない男は。
その烙印を避ける為、時には宗教家になる者も、敢えて病や病気を偽り不妊だと診断書を書かせる者も居る。
敢えてしないだけで、出来ないワケでは無い。
そう偽装しても、何を言われるか。
けれども、そうまでしなければ、生き物として不適格だとの烙印を押される事になる。
直ぐには殺される事は無い。
けれども生き物としては扱われなくなる。
「何を仰っているか分かってますか?」
『好きですよね、私を』
あー、バレてるぅー。
いつだ、さっきか?
さっきか。
だな、つい赤くなってしまったものな。
「いえ、もし自分が女なら惚れていただろうなと、だけですから」
『そう、ですか。じゃあ私の勘違いだった様で、失礼しました』
あぁ、胸が痛い。
途端に興味を失われた態度に、こんなに傷付くだなんて久し振りだ。
仕方無い事なのに、分かっているのに。
「いえ、お気になさらず」
あぁ、コレか。
ローズ嬢はこんな気持ちだったんだろうな、知って、分かっていたんだが。
知ってるが、お前の態度が気に食わない。
そう、この言葉に尽きる。
好意的に受け取ろうとしたが、どうしたって無理だろう。
『そんなにもローズ嬢が忘れられませんか』
「あ、いや」
しまった、否定するべきでは無い場所で。
『セシル家の為、家族の為、キャヴェンディッシュ家の為だと思っていたんですが。違ったなら失礼しました、服は隣に用意させてあるので、どうぞお着替えなさって下さい』
拗ねて、不貞腐れて、冷たくする。
あぁ、本当にこの姿に。
え、マジで言ってんの?
「ありがとうございました。けど、男の自分でも好意を持たれているのかと勘違いしてしまう程、凄く甘い顔でしたから。今後は気を付けた方が良いかと、そこらの人間に言ったら直ぐに本気にされてしまいますよ、例え男でも。今日までありがとうございました、ヴィリアーズさん」
あぁ、この数日でも見た事が無い表情に。
『すいません、傷付ける気は無かったんです、許して下さいイーライ』
跪き、縋り、懇願する。
恋する人間の行動を観察する度、なんて馬鹿なのだろうと、そうずっと思っていたのに。
自分がこんなにも容易く膝を折り、手に縋り、許しを請うている。
けれど後悔は無い。
コレは寧ろ最適な対応、それこそ態度と言葉を尽くすべきなのだと、心と呼ばれる何かが訴えてくる。
「僕は女性ではありませんよ」
『はい、分かっています。でもどうか去らないで下さい、好きです、愛しています』
「男でも?」
『あぁ、この格好は私の前でだけで十分です。それこそ嫌なら偶に、気紛れに、稀にで良いので』
「そうですか。では、さっきの罰に、デートをしてみましょうか」
『良いんですか』
思わず立ち上がり、顔を覗き込むと。
「大丈夫ですよ、慣れてますから」
悲しみを覗かせない、貼り付けた様な笑顔。
ローズ嬢の様になるワケが無い、そう思っていたのに。
『先程は突き放す様な物言いをしました、許して下さい』
「そこです、どうしてローズ嬢の事を考えていると思ったのですか?」
『ピアスを、触っていらしたので』
「あぁ、コレは貰い物で、それこそローズ嬢の婚約者としての立場を忘れない様にと。その時の癖で」
『やっぱり出掛けましょう、新しいピアスを買って、代わりに私を思って下さい』
「手慣れてらっしゃいますね」
『とんでもない、初めてなんです。本当に』
男同士ですらも、キスですらも有り得ない、無理だ。
自分は本当に生き物として不適格なのでは、と。
そう思っていたのに。
「あぁ、口紅が」
下手。
イケメンなのにキスが下手て。
逆に萌えた。
凄い上手そうなのに。
しかもコレは敢えて不器用にってワケでも無い。
何、萌える。
『すみません』
抱き締められたのは良いんだけど。
当たってる。
お元気なウォルターのウォルターが。
いや、マジで?
凄いな。
「あの、日頃は、どう処理を?」
あら真っ赤になって、項垂れてきて。
可愛いかよ。
可愛いなおい。
どうしよう、理性が揮発しそうだよぉ。
『アナタは、どうしてるんですか』
聞いておいてドキドキしちゃってんのぉ、可愛いねぇ。
え、コレ、本当に食べて良いの?
性悪パトリックの罠では?
え?
そんなに妹好きだったっけ、アイツ。
「ヴィリアーズさん」
『ウォルター、と』
口紅付いちゃってんのが逆にエロいなおい。
「ウォルター」
『はぃ』
ギュッとして、ドキドキしてんの。
え、もうコレ、ココまでされたら騙されても悪くないよね?
可哀想だから相手をしたって事にも出来るだろうし、それこそコッチが受け入れる側だろうし。
うん、食っても良いだろ。
「ピアスは今度にしましょうか?」
『いえ、ダメです。あぁ、返礼品の事なら、お金はお返ししますよ。あんなのは幾らでも手に入りますから』
「いや、流石に王族でも」
『私も、実は端くれなので』
「えっ」
えっ、じゃあ気軽に食べれないじゃん。
『コレで、信じて貰えますかね』
「はぁ」
女性の格好をしている事を忘れる程、衝撃を受けたのだろうか。
大股開きで、頭を抱えると言うか、頭を痛めていると言った方が正しい体勢だろうか。
コレはいけない。
腕の隙間から胸元が丸見えになっている。
先程は口説く為にもと、何とか収めて冷静に話す事に集中していたのに。
コレはいけない、それこそ誰にも見せるべきでは無い。
『騙すつもりもバラすつもりも、本来は有りませんでした』
「ですが」
『口説き落とす為にバラしました。ですが逆効果だった様ですね、すみませんでした』
「ご病気だとの噂は」
『今さっき、治ったみたいですね』
「完治、寛解では無いんですから」
『試してみますか?』
「殿下、ヤり方、分かってらっしゃる?」
『女性とのなら、座学ですが』
「僕は男です」
『パトリックを呼び出して聞いてみましょう』
「それは却下です、良くあの性悪を信じられますね?」
『古い魔法で契約をしましたから』
「にしても」
『彼とはどの程度親しいんですか?』
「殿下、それは嫉妬ですか?それとも執着ですか?」
『あぁ、全てです。パトリックもローズも、今となっては非常に羨ましい、私もアナタと一緒に育ちたかった』
「そんなにこの姿が好きですか」
『羨ましいと思う事も、独占したい気持ちも、それこそ好きだと思う気持ちも今まで無かったんです。精通後、1年は様子見でしたが、3年目で継承権を譲る目的も有り、病気で臥せっている事にしたんです』
「そして、今は現役へ復帰」
『私の王族の血が嫌なだけなら、廃嫡されても良いですよ?アナタに愛される為なら、私は何でもします』
「貞淑を誓うとでも?」
『はい』
「それはダメです、それこそアナタの様な優秀な人間こそ、王位に関係無く子を成すべきです。国を支えるには冷静な人間は絶対的に必要なのですから、国や王の為にもアナタの様な人間は存在すべきなんです」
『冷酷な指示を出せる、切り捨てられても良い、責任を取れる王族。ですか』
「酷だとは思いますが」
『いえ、自分でもそう思っていました。たった1人の責任で済む場合も有る、その為の予備になるかも知れない、そう思えなければ王族とは名乗るべきではない。王族とは、責任を持ち、時に責任を取らされる立場に過ぎない。とパトリックも言っていたんですが、嘗てはアナタの言葉だったのでは?』
「買い被りが過ぎますよ、単なる地方貴族の三男です」
『年の割にはしっかりしてますし』
「兄弟姉妹が多いので見様見真似です」
『それでも、弁える事についてはかなりの腕前かと』
「誤解ですよ、それも兄弟姉妹のお陰ですから」
『成程、では私はどうしたらアナタに愛されますか?』
本気で考えてくれている。
だから少なくとも私を嫌では無い筈。
彼の何が引っ掛かっているのかが、不明で。
「お傍に居る事は可能です。ですが、期限内に子を3人設けて下さい、でなければ失踪します」
驚いた表情を見せたかと思うと、少し落ち込んだ表情のままに、固まられてしまった。
だが、コレは曲げられない信念。
このイケボでイケメンで優秀で、性格も良い人間の遺伝子を残させないのは、それこそ生き物として不適格が過ぎる。
王も民も罪人も、全ては資源。
良き資源は増やし、未来の人類の為に生かすべき、それこそ植林だ。
狩り尽くせばコチラも滅ぶ。
では、悪しき資源とは何か。
その時代、その社会、その環境によって答えは異なる。
そしてココでは、勃たない男が最も効率の悪い資源とみなされる。
しかも優秀でも無い、地位も名誉も金も無い、更に性格や顔まで不細工なら。
全く勃たない男は有害廃棄物に等しい。
宗教家か場末の使い捨て兵士か。
だとしても真っ先に切り捨てられる人間、そも人間扱いを殆どされず、消えても誰も何も言わない存在。
今はマシになった方だとは聞くけれども。
それでも今が平和だからこそ、有事の際は真っ先に切り捨てられる存在だ。
では、男になら勃つ男ならどうなのか。
地位や名誉、金や名声の有る男を相手に、妊娠させる為の道具として生きられる。
要するに突っ込んで突っ込ませて、そうして相手を妊娠させる道具として、意外と良い資源となる。
なら、産めないと確定した女は。
コレも同様に、持つ者の嗜好品として良い資源の扱いを受けられる。
だからこそウォルターの苦悩は良く分かる。
王族の中でも最も悪しき資源。
だった。
『今日2度目の、それこそ雷に打たれた様な衝撃に。眩暈と言うか、もう、頭が真っ白になっていたんですが』
「はい」
『私に、他の、女と寝ろ、と』
「はい」
『そしてアナタが、私を抱く、と』
「究極は、ですが、仰る通り。それが無理でしたら諦めて下さい、国に損失を出させるワケにはいかないので」
自分の為、国の為、果ては人類の為。
誰かに任せるのではなく、1人1人がその意識を持って。
『分かりました』
「は?」
『抱かれる件については承諾します』
「大変ですよ?凄く、色々と」
『私がアナタにしたい事ですし、私がアナタにされる事を拒否する意味が無いので』
「いや、もう、本当に最悪は痛いだけの場合も有るんですよ?」
『優しくしますので優しくして下さいね』
「いや、もう、だけじゃなくて」
『良くご存知みたいですね、随分』
しまった。
そしてしまった、と言う顔をしてしまった。
詰んだ。
いや、まだだ、まだ終わらんよ。
「知識なら、ですけど経験は、確認してみますか?」
ぅわぁ、エロい微笑み出た。
えっろっ。
『では、確認の仕方を教えて貰えますか?』
頑張れ、理性、まだお前は消えたらダメだ。
耐えろ、生き残れ。
「良いですけど、ピアスはどうしますか?」
『あぁ、すっかり忘れてました。先ずは外してくれませんか?』
「良いですよ、返礼品は何が良いですか?」
『じゃあ、体で』
か・ら・だ・で。
まだだ、最後まで残れば勝つんだ理性、負けるな理性。
「1回だけで良いんですか?」
『それはイヤです』
ギュッて。
可愛いかよ。
クソ、美味そうな首筋。
美味そうな耳。
食べたい。
舐めたい。
ダメだ、アレは危険地帯だ、侵入すれば自爆しか無いんだぞ。
あぁ、馬鹿め、若さの馬鹿。
「もー、すみません」
嘗て。
自分の性欲を湧かせる為、触発される為に、ありとあらゆる性癖を目にした事が有った。
娼婦の裸体、男娼の裸体、男装の娼婦、それこそ女装の男娼の勃起した下半身も見た事は有るが。
こんなにも触れたいと思った事は無かった。
ただ存在しているな、としか思わなかったと云うのに。
触りたい、直接見たい、何なら直接触りたい。
けれども、嫌われたくは無い。
あぁ、だから意地悪な言い方をして、意地悪な聞き方をしてしまうんだろうか。
『何を思って、こんな風になっているんですか?』
真っ赤になり、少しコチラを責める様な目で見た後、まだ外し終えていないピアスを触り始めた。
そして勢い良く息を吸い込んだかと思うと、ゆっくりと息を吐き、直ぐに冷静さを取り戻してしまった。
「近くて、良い匂いがしていたので」
私に反応したのでは無く、抱き締められたから、香りにつられただけだ。
こう強がられると、余計に詰め寄りたくなってしまうんですね。
やっと、ローズ嬢の事が少しは分かったかも知れない。
『それで、経験の無いアナタは、どう処理してらっしゃるんですか?』
耳元で囁くと、ビクッと体を跳ね上げ、また大きく息を吸いこんで。
前なら、きっと他の相手が同じ反応をしても、わざとらしいとしか思わなかったのに。
堪らなく可愛い。
コチラを全く見もしない姿など、逆にとてもいじらしい。
可愛い。
楽しい。
そして憎たらしい。
ローズと言う名と同じ色の、赤い石が付いたピアスが憎たらしい。
噛み千切りたい。
けど傷付けたくはない。
なら。
「ちょっ、外します、ちゃんと外しますから」
耳を甘嚙みなどと、いきなりテクニカルな事をされ理性が悲鳴を上げた。
もぅ、むりぃ、と。
ダメだ、この人と密室に居ては食べてしまう、と言うか今、ちょっと食べられそうになっているのだし。
この人はウブなクセに、コチラの理性すらも焼き尽くす勢い。
このまま防戦一方では負けが確定する、と言うか手を出さない様にする事でもう手一杯なのだ。
逃げるんだ、この場から逃げて市井に行こう。
そうだ、欲を捨て、街へ行こう。
『やっと、外してくれましたね』
「いや、だってアナタが邪魔をするから」
『すみません、つい』
「本当に未経験で」
《大丈夫、イーライ》
絶句してしまった。
今さっきまで悪口を言った人間、パトリックが音も無く目の前に現れたのだから。
「な、何で」
《それはコッチのセリフ、何をしているのかな、ウォルターとイーライは》
『あぁ、あわよくば睦み合おうかと思っていた所ですよ、パトリック』
《成程》
「いや成程じゃなくて、どうやってココに」
《そのピアス、魔道具だから》
『あぁ、単なる警報器かと思っていたんだけれど、成程』
「いやもっとちゃんと説明して?」
《ローズと僕意外の王族に触れた前後に、その体からピアスが外れると、僕に分かる様になってるんだよ。君の身を守る為にね》
『それだけ君が優秀だと言う事だね』
あぁ、コイツの前で甘く囁かれるとかもう、まさに天国と地獄。
《それで、ウォルターは何をしているのかな》
『イーライを口説いている、性的な意味でだ』
ぉお、あのパトリックが驚いてる。
《君、体が》
『反応した、それとも改めて見せるべきかな?』
《イーライに?》
『イーライ嬢に、だ』
目がテンなパトリックは初めてかも知れないな。
うん、初めてだ。
オモロ。
《イーライ、緊急事態では》
「半々、話は聞かせて貰ったぞ、彼が王族のウォルター殿下だってな」
『私にもそう砕けて欲しいのだけれど』
《ウォルター、本気なのかい?》
『本気も何も、例え男でも反応したんだ、もう少し喜んでくれると思っていたんだが』
《でもだって男の娘だよ?》
『あぁ、自分でも驚いているよ』
つか男の子じゃなくて、男の娘、って言ったなコイツ。
《けど君は、前は反応しなかったじゃないか》
『あぁ、だが可愛いだろう?』
《まぁ、可愛いけども。イーライ、ちょっと2人で話を》
『ダメだ、私のモノにするまでは許さない』
いやヤキモチは嬉しいんだけども。
《すまないウォルター、残念だけれどイーライの命に関わる大事な事なんだ》
『なら私も知るべきだと思うのだけれど』
この反応は、多分、転生者だと言う事を知らないのだろう。
だが思い込みは良くない。
どの道、パトリックとは話し合わなければいけないのだし。
「じゃあ、こうしませんか。ウォルターはアチラの席で見守る、コチラは防音魔法を使って会話をする、どうですか?」
『触れないでくれるか?』
《話し合いが重要だからね、しないよ》
『分かった』
とか言ってちょっとしょんぼりしてんの、畜生、可愛いかよ。
《大方の経緯は分かった、けれども君が受け入れるとはね》
なら僕がサッサと手に入れておけば良かった。
一部の人間同様に、イーライが可愛い子だとは知っていた。
それこそ、いつか女性の格好をさせて可愛がるつもりだったと言うのに。
先を越された。
ずっと、この時を待っていたのに。
「それこそローズと真反対の対応をされて、仕方無いと言うか、何と言うか」
《あぁ、男色の事なら気にしないでも良いんだよ、それこそ王族では寧ろ一般的な事だし》
「そうなの?」
《それこそ女性側への教育の賜物だよ。子孫を残せないとなっては女性側だって当然困るんだ、しかも王族なら尚更。だからこそ男色を当然と受け入れるべく、それこそ性教育の一部に加えられてるし、かくあるべきと文化にまで昇華させたんだから》
「でも学生達も、それこそ大人も」
《敢えて、だよ。逆に利益にすらなるんだから、馬鹿に男色も可能だと偽らせない為、バランスを見て出版物のコントロールまでしてるんだし》
「あぁ、何だ、じゃあ何で言ってくんなかったのよ」
《君が聞いて来ないんだもの、それこそ耐性が無い者に言っても却って嫌悪させるだけなんだし》
「まぁ、そうだけれど」
《流石、しかもココまで理解が有るのは珍しいかもね》
「あぁ」
《どうする?どうしたい?》
「前にも言ったけど、元々そこまで優秀じゃない、それこそ何かに特化した技術や知恵は無いんだ。だから平穏に、平和に、出来るだけ協力はするけれど。期待には応えられる程のモノは無い、そこを理解した上で、存在する事を認めて欲しいだけ。けど、彼には言わないで欲しい、それこそ能力を欲されたら堪ったもんじゃないし」
《難しいと思うよ、あの顔を見てみなよ》
嫉妬と羨望を隠そうともしないで。
全てを知らないと気が済まない、もう既に、そうなるだろう顔をしてるもの。
「我儘なのは分かるんだけれど、利害無しに愛されるのは」
《まぁ、あの感じはもう隠すのは無理だよ、そして例え最初は隠せても後々になって暴かれる。ならさっさと言った方が良いと思う、それで利用しようと思っていそうなら、僕が引き離させるよ。君にしか反応しないなら、未だに彼の弱点は健在だからね》
「あまり脅したりは」
《分かってる、彼は国益側だからちゃんと加減はするよ》
「あぁ、その、ローズは」
《その話は後で、先ずは君の事をちゃんと話し合おう、噛み殺されたくないし》
「分かった」
僕が最初に目を付けたのに。
僕の方が誰よりも先だったのに。
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