折り畳み傘 桔梗
その契約した人間は、常に五角形の小さな紙風船のような巾着を持っていた。
最強の道具が入っているのですよ。
ひっそりと、おっとりと、微笑を浮かべて人間は言った。
鬼は生まれて五十年経つと契約を結ぶ。
人間と契約を結ぶ。
結ばなければ力が発揮できなかったのだ。
ゆえに。
地面に星の召喚陣を描き、念じて、現れた人間と必ず契約を結ばなければならなかった。
最強の道具が入っているのですよ。
契約した人間はおっとりとした口調で言った。
すぐに見せてみろ。
鬼は言った。
見せて最強の道具と戦わせろ。
だめですよ。
契約した人間は言った。
最強の道具をそうやすやすと見せられますか。
鬼の意見を尋ねているのか、断定なのか、どちらかわからない言い方だった。
鬼は人間の言葉に頷いた。
確かに最強の道具なのだからそうやすやすと見せられぬか。
はい。
鬼は気になりながらも、早く見せろとせっつく事はしなくなった。
どうせ史上最悪の敵と戦う時に否応なく見せられるのだろうから、その時を待とうと考えたのだ。
しかし、待てども待てども、史上最悪の敵が現れなかった。
あ、もう自分が人間にとって史上最悪の敵になればいいんじゃね。
鬼は閃いた。
閃いて、すぐにだめだと思い直した。
契約した人間と戦ってはだめなのだ。
「むむむむむむむむ」
「何をそんなに唸っているのですか?」
「唸りたいから唸っているだけだ」
「そうですか。では存分に唸ってくださいな」
「ああ」
もう自分から最強の道具の事は口に出さないと決めていた鬼は、唸る事しかできなかった。
「むむむむむむむむむ」
「むって言う文字を見続けると、マッソーポーズに見えてきますよね」
「マッソーポーズとは何だ?」
「筋肉が美しく見える姿勢です」
ほら。
そう言った人間の取った姿勢は卍に見えた。
美しくは見えなかった。
さらに次々と変な姿勢を取る人間に鬼が呆れていると、鼻先に雫が当たった。
ぽつぽつりと。
久方ぶりの雨だった。
梅雨入りしたと言うのに全く降らず、空梅雨になるかと思われたが、どうやら無事に雨は降るらしい。
「あ。雨ですね!」
鬼は初めて聞いた。
人間の大声を。
鬼は初めて見た。
人間が巾着の中身を、即ち、最強の道具を出そうとする所を。
条件があったのか。
なるほどなるほど。
雨天時にしか発揮できなかったのだこの最強の道具は。
鬼は色めき立った。
「えーーー」
「ふふふ。漸くこの最強の道具、折り畳み傘の出番ですね」
「えーーー」
「このしゃきしゃかぱって組み立てるって言うんですか。いえ、実際には引き伸ばして最後に開くだけなんですけど。秘密機械を組み立てる感じがして高揚しますよね。まさに最強の道具。普段はこんなに小さくまとまっているのも好感触です。いや~すごいですよね。あ、鬼さん。ほらもっと近寄らないと濡れますよ」
「えーーー」
「あー、鬼さん。背が高いから。あ。鬼さんが持った方がどちらも濡れませんよ。ほら」
「えーーー」
鬼はとても、とてもがっかりしながらも、人間が持ってと言った桔梗の花の形をした折り畳み傘を持った。
その折り畳み傘は小さくて、人間も鬼もしっかりと片側の肩が濡れてしまった。
「えーーー」
「あはは。よし。私がこの折り畳み傘を大きくしますよ。そうしたら濡れませんから」
「えーーー」
「もう。何をそんなにがっかりしているのですか?」
「えーーー」
「しょうがないですね。今日は鬼さんの大好物を料理しますから。本当は私の大好物にしようと思っていたのですけど。仕方ありませんね」
「よし。すぐに食材を買いそろえるぞ。ほら。もたもたするな。ああ。仕方ない」
瞬時に気分を入れ替えた鬼は片腕で人間を抱えて、片腕で折り畳み傘を持って走り出した。
なるほどなるほどこうすれば濡れないな。
そうわかった人間はこれ以降、折り畳み傘をさす時は鬼に抱えてもらう事にしたのであった。
(2023.6.8)
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