416 寝坊

 目を覚ますと、僕は大きなベッドの上に寝かされていた。

 シミ一つない白く清潔な天井に、身体を包み込む程よい硬さのベッド。肘をベッドにつき、なんとか起き上がる。


 見覚えのない部屋だった。僕は……昨日はどこで寝たのだったか…………少しずつ記憶が戻ってくる。


 そうだよ、確か……ザザ達に、他のエリアを案内してもらっていたのだ。

 一番、賑わっているエリアだと聞いていて……そう、建物の中に入って、そこから先の事をよく覚えていない。


 もしかしてあの後、お酒でも飲んだ?


 大きく伸びをして、周囲を見る。気分は上々だった。何より驚くべき点は――全く眠気がない事だ。睡眠時間の長い僕でも滅多にない最高の目覚めである。


 今日はいい事ありそうだな。ところでザザ達はどこにいるのだろうか?


 周囲をきょろきょろ見回していると、突然部屋の中に白衣のおじさんが駆け込んできた。


「おお! 目覚めましたか! 本当に、良かったッ!」


「…………え?」


 その後ろからついてきた随分やつれた様子のザザが涙ぐみながら言う。


「よかった……本当に、よかったよ。まぁ、生きてる事はわかってたんだけど……」


「お兄ちゃん! よかった、やっと起きたのね! お兄ちゃん、三日も寝ていたのよ! あたし達はすぐに起きたのに、ねぼすけさんね!」


「ああ……うん?」


 ルルの言葉に、思わず首を傾げる。その意味を理解するのに数秒を要した。


 三日、か。さすが新記録だな…………じゃない!


 いくら僕でも三日も眠るなんて普通じゃない。今寝かせられていたベッドはおひいさまのところで使っていたものとは違うようだが、これがコードの技術の力だというのだろうか?


 なるほど、道理ですっきりした目覚めだと思ったよ。あはははは……。


 三日も寝かせられていた割には体調は特に普段と変わらなかった。食事も取っていないはずだが、お腹も空いていなければ筋肉も衰えている様子はない。もしかしたらコードのベッドはその辺も補完してくれるのだろうか?


 もはや半分宝具みたいなものだな。


「ちょっとノーラ様に報告してくるよ! クライさん、勝手にどこかに行かないでね!」


 ザザが部屋から出ていく。白衣のおじさんが僕の全身を確かめ、唸るように言った。


「どこにも不調はありませんね? 確かに無力化ガスの効きには個人差はあるが……三日は新記録だ。老若男女幅広く実験しましたが、記録にもそんなに効果が続いた者はありませんでした。短い者はいても、こんなに効果が続く者が出るなんて――」


 無力化ガス……? 聞き慣れない言葉だ。そんなガス使わなくたって僕は無力だよ。

 どうやら……僕はただ三日眠ったわけではないようだな。そりゃそうだ。


 この都市に来てから特に疲れる事もしてないし、いくら僕がロングスリーパーでも、何もないのに三日も眠るなんてないない。だらだらしている間に三日経つ事はあるけど。

 ベッドの上に腰を下ろす。ルルが慌てたように言った。


「お兄ちゃん、寝ちゃ駄目よ! ノーラ様がカンカンなんだから!」


「え? ……何でノーラさんが?」


「私からもお願いしますよ。貴方を起こすために研究が必要か真剣に審議していたんですからね」


「…………何だかわからないけど、迷惑かけて悪いね」


「え…………えぇ…………」


 とりあえず僕は問題ないのだが、三日も寝ていたとなると、カイザー達の方に何か進展がないのか少し気になるところではある。

 レベル8ハンターは仕事が早いだろうし、もう一人か二人か助け出せていてもおかしくはない。急いで観光しないと……観光のために救出を待ってもらうなんて言語道断だからな。


「ようやくお目覚めか。クライ・アンドリヒ」


 その時、部屋の中に、一人の男が入ってくる。


 白衣のおじさんとルル達子ども達が、慌てて道を開ける。

 入ってきたのは、赤髪に白スーツの見覚えのある青年だった。いくら僕でもついこの間の事なので覚えている。


「!! 君は――!」


「いやはや、今回は迷惑かけちまったな。まさか、うちの防衛システムに引っかかるなんて――申し訳ない」


 その赤髪の青年は、僕の記憶が正しければ、監獄に向かう際に送ってくれたあの青年だった。


 インパクトのある登場シーンに、インパクトのある服装。確か名前は――。


 僕はぱんと手を打って笑みを浮かべて言った。


「TCさん、だったね。いやいや、先日は監獄に送ってくれて助かったよ。何が起こったのか良くわからないけど、貸し借りはこれでなしって事にしよう」


 貸し借りは常になしに限る。余計な事をされる可能性もあるからね。


 どうやら僕達は防衛システムとやらにひっかかってしまったようだが、特に負傷したわけではないのだ。眠ってしまっただけで。


 TCさんは僕の言葉に一瞬ぎょっとしたように目を見開いたが、ニヒルな笑みを浮かべて言った。


「いやいや、そういうわけにはいかねえな。何しろ、今回の件でノーラを怒らせちまった。いや、こちらの不手際だったんだが…………まったく、高くついたな。俺のエリアで何かあれば言ってくれ」


「トニー様、いくら調査しても不備は見つかりませんでした。こうなっては、個人の問題と考える他ありません。取り合えず、この者は健康体です」


「そうか。4点を舐めてたな。まさか効きすぎるなんて事あるなんて――成人男性だぜ? いや、あんたは悪くないんだがな……」



 TCさんはため息をつくと、僕に手を差し出して言った。




「改めて、俺はTC――トニー・コードだ。あんたのお仲間らは気づいていたようだが、この都市における王族の一人だ。俺のエリアを観光したいらしいな……歓迎するぜ」




「!! なんだって!?」




 TC……トニー・コード。王族って事は、この青年は依頼にあった、保護対象の一人か。


 まさか、他の王族に会っていたなんて……彼の言う僕のお仲間らというのはきっと、あの時に一緒にいたクール達の事だろう。

 まったく、気づいていたのならば教えてくれたらいいのに……。


 立ち上がり、握手を交わして言う。


「全く気づかなかったよ…………察しが悪くてごめんね。この前はありがとう、外からやってきたクライ・アンドリヒだ。知ってるかはわからないけど、こう見えて、おひいさま――アリシャ王女の近衛をしているんだ。よろしく」


「くっ……マジで言ってんのか、煽ってんのかわかんねえ……あんた、やっぱり面白い男だな」


「ところで…………こんな質問していいのかわからないんだけど……今って貴族の人達に見張られてたりする?」


 僕が救出に来た王族達は貴族に幽閉され、見張られ言う事を聞かされているはずなのだ。だが、このトニーさんもノーラさんと同様、どう見ても幽閉されているようには見えないし、誰かに言う事を聞かされるような性格にも見えない。

 僕の問いに、トニーさんは目を丸くして言う。


「あぁ……もちろん、見られているぜ。俺のエリアを運営してくれている貴族達にな。それが、どうかしたか?」


 なんと…………見張られているのか。幽閉はされていなさそうだが、依頼内容はあながち全て間違いではないらしい。


 これで見つけた王族は三人である。全部で七人いるから、半分弱と顔を合わせた事になる。僕が本当にレベル8並の実力者だったら貴族達をなぎ倒して都市の外に連れ出せていたんだけどね。

 カイザーやサヤが見つかったらこの事を教えてあげよう。僕は小さくため息をつくと、トニーさんを安心させるように言った。


「大丈夫、心配はいらないよ。今は大変な状況かもしれないけど、きっとカイザーやサヤになんとかしてもらうから」


「?? 何言ってるんだ、あんた?」


 貴族達に見張られている状況で明言するわけにはいかないのが辛い。だが、僕では救出を試すまでもないのである。絶対に無理なのだ。

 無力な僕を許しておくれ。


 トニーさんはしばらく眉を顰めていたが、やがて何かに気づいたように僕を見た。


「待てよ? カイザーとサヤ…………もしかして、最近入ってきたカイとサーヤの事か?」


「え……? いや、違うと思うよ」


「兄貴が自慢していたんだがな……強い戦士が入った、と」


 ああ、じゃあその二人だ。どうやら二人共、偽名で入国していたようだな。



 冷静に考えれば、本名で入るのはよくなかったのでは?(今更)



 トニーさんの兄貴という事は、トニーさん同様、王族だろう。余りにも反応がなくて少し不安だったのだが、どうやら二人ともしっかり働いてたようだ。さすがレベル8。

 二人とも同じ相手のところに行ったのは意外だが、ダブルブッキングでもしたのか……あるいはその兄貴とやらが、助け出すのが一番大変な相手なのかもしれない。


 そうとわかったら僕のするべき事はただ一つ。



「よし、それじゃ、早速だけど観光しようかな……時間もないし。聞いたよ。このエリアには他のエリアにはない色々なものがあるんでしょ?」



 二人とも働いている事が確認できたし、僕の方もさっさと観光しておかないとな。

 三日も眠ってしまうとは……急いで宝具を探さなきゃいけないのに、時間を無駄にしてしまった。


「……あぁ、そうだな。うちのエリアは貴族達が率先して色々やってるから、兄貴やノーラの所とはひと味違うと思うぜ? 金だってあるぞ」


 トニーさんがぱちんと指を鳴らすと、床が開き、トランクが上がってくる。

 中には金貨の山が入っていた。しかも、ゼブルディアで流通している、十万ギール金貨だ。


 目を丸くする僕に、トニーさんが自慢げに言う。


「うちで製造した。あんたの持っていた金を参考にしてな。これまでも幾つか見てきたが、なかなかいいデザインだ。本物そっくりだろ?」


 はい、偽造でした。確かに本物そっくりですね……。


「俺は色々、外の面白え文化を取り入れようとしているが、残念ながら、貨幣経済はコードでは根付かなかった。何しろ、この国では市民でさえあれば大抵のものは手に入るからな。金の代替になりそうなのは都市システムのリソースだが、リソースがあればそもそも都市システムが全てを用意してくれる。やりとりする必要がねえんだ。参考までに、外の人間としてどう思う?」


「その金貨って金で出来てるの?」


「いや、土から生成してる」


 金貨の偽造は犯罪だと思います。


「な、なかなか面白い考えだと思うよ、うん。でもそれよりも、僕は違うものが見たいな。トニーさんのエリアには酒場とかレストランとかないの?」


 観光で第一に気にするべきは食事である。《嘆きの亡霊》の一員として(今も一応、一員だけど)世界中を回っていた頃も、食事は数少ない楽しみだった。

 トニーさんのエリアが外の文化を取り入れているのならば、食事処がある可能性もあるはずだ。

 

 僕の質問に対して、トニーさんが腕を組み、教えてくれる。


「レストランに酒場、か。ああ、もちろん、知ってる。外の人間からも色々確認したし、この都市にも記録くらいあるからな。食事を出す施設だろう? ただ、俺の知る限りではこの街にはねえな……いや、ノーラのところには似たような設備があったか。強化人間を作るための料理を出す設備が」


 それ、僕の知っているレストランとちょっと違うね……それって食べるだけで強くなれるって事? それは、本当に普通の料理なのだろうか?


 ともかく、普通のレストランや酒場はない、と。レストランもないのだから、甘味処のようなものもないだろう。

 おひいさまに持ち帰るお土産に悩むな。


「もともと、外の世界の人が作った都市なのにそういう店がないのっておかしいよね」


「そんなものやる必要がないからな。冷静に考えてみろ。あらゆる物が手に入る都市でそんなものが必要か? 人の労働力は人が必要な仕事に振ってる」


 確かに、この世界では働かなくても生きていけるのだ。外の世界だって、生活するために仕方なく働いている者も何人もいるだろう。果たして必要なものが全て用意される、貨幣経済の成り立たなかった街で、店をやる意味はあるのだろうか?


 僕はしばらく考え、トニーさんを見て言った。


「いや…………必要かどうかはわからないけど、やってみたら案外面白いかもしれないじゃん?」


「なん……だって?」


「僕の国にだって、趣味で店をやってる人なんていくらでもいるよ。かくいう僕もいつかは喫茶店でも経営しようと思っているんだ」


 特に昔凄腕のハンターだった人が道楽で店をやるケースは少なくない。そういう店は利益度外視で、なかなかお得な上に、ハンターをする上でのアドバイスを貰えたりする。

 多分、荒事に携わって生きてきたからこそ、引退後はそういう穏やかな生き方を望むのだろうが、僕が言いたいのはつまるところ、人が働く理由は生きるためだけではないはずだという事だ。

 僕だって現在進行形で引退したくて仕方ないが、ハンター稼業に楽しみを全く感じていないわけではない。

 楽しさがゼロだったらハンターなんてとっくにやめてる。


 トニーさんはしばらく目を瞬かせて吟味していたが、


「なるほど、な。そう言われてみれば、試してみる価値はあるかもしれねえな」


「いけません、トニー様。非効率も極まりない。今は王位争奪戦を前にした、大事な時期ですよ!」


「だからこそ、作るなら今なんだろ? 馬鹿な事をするなら、今しかねえ。兄貴が王になったら、次にどれだけの権限を保持できるかわからないんだぜ?」


 口を挟んできた白衣のおじさんに言い返すトニーさん。どうやら色々事情があるらしい。僕はそうそうにその話し合いに割って入った。

 


「ところで話は変わるんだけど、トニーさんのエリアでは宝具とか手に入ったりする? お土産にしたいんだけど」


 これが本題である。僕は宝具を探すためにノーラさんのところの観光を早々に切り上げたと言っても過言ではない。

 僕はこの都市に、宝具を探しにきたんだよ!


 トニーさんは僕の言葉に、呆れたように言った。


「土産……だって? ……おいおい、知らねえのか? 宝具は戦略物資だ、コードの宝具の全ての所有権はコード王のみが持ち、クラス8に公平に分配する。王族はそれを必要とする者に貸す。つまり、このコードで宝具を手に入れる方法は王族から渡される事だけだ」


「それって、スマホとかもあるの?」


 いや、王族から貰えるかどうかは別として一応ね……。


「物は知っているが……そんな物はない。都市システムで似たような事ができるのに、わざわざ作る必要ねえだろ?」


「うんうん、まぁそれはそうだね…………え?」


 今なんて言った? …………作る?


「この都市の兵器の大半はコードから離れると正常な機能を失う。離れた場所でも動く宝具は、王にしか作れない。これまで製造された宝具の大半は武器だし、そもそも宝具は膨大なリソースを使うらしいぜ。詳しい事は王しか知らないが……おい、聞いてんのか?」


 馬鹿な……宝具の製造は古来より様々な権力者が研究してついに成し得なかった事だ。

 今日ではマナ・マテリアルの操作に該当するという事で国際的に研究が禁止されているが、まさかこの都市では宝具の製造に成功しているというのか?


 ……まぁ、機装兵を作れるんだから今更かな? もしかしたら王に頼めば、スマホの一つくらい作ってくれるのではないだろうか?


 ちょっとだけやる気が出てきた。カイザー達が王を助け出したら最後に作ってもらえないか頼んでみるのもいいだろう。


 そこで、トニーさんはふぅと小さく息を吐いた。少しその表情には疲れが見える。


「はぁ…………まぁ、いい。うちのエリアは好きに見ていってくれ、隠すようなものはねえからな。エリアの者にも、あんたの事は伝達しておく。案内はいるか?」


「案内はいらないけど……足は欲しいかな。なんかいい感じのクモとかないの? あの真紅のクモも格好良かったけど、ああいう大きいのじゃなくて、一人で使える、もう少しコンパクトなやつ」



 この国で一般的に使用される蜘蛛型の乗り物は、便利だが余りにも大きすぎると思っていたのだ。街の人は余り乗っていないようだし、もう少し気楽に使える乗り物があればいいと思っていた。


 僕の言葉に、トニーさんが黙り込む。


 別に、ないならないでいいんだよ。クモは便利だと思う。あれはビルとビルを飛び移る機動能力もあるし、事故を起こしたところも見ていない。

 大は小を兼ねるというのならばその通りだ。


 沈黙に耐えかね、断ろうと口を開きかけたところで、ようやくトニーさんが声をあげた。


「…………あんた、まさか俺の研究を知っていたのか?」


「…………え?」

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