404 イレギュラー
高機動要塞都市コード第一エリア。
王の住まう都市中心の塔に最も近く、そして最も広大な範囲を誇るエリアの中心に、その巨大な建物は存在していた。
現在最も王の地位に近いとされる第一王子、アンガス・コードの拠点はコード全域に存在するビル群と異なり、城のような建造物だ。
周囲よりも一段高い場所に立地しており、第一エリアに立ち入れば真っ先にその姿が目に入ってくる。そして、アンガスが外界から持ち込まれた書物を頼りに、都市システムを使って手ずから生み出したその城はアンガスの権威を示すものであると同時に、アンガス陣営の戦力の中枢でもあった。
城の最奥、玉座の間で、アンガス・コードは片腕であるジーン・ゴートンから報告を受けていた。
「計画は問題なく進んでいる、か」
「はっ。我々の陣営のものには権限いっぱいの兵器を製造させております。外から取り込んだ者達の訓練も極めて順調です」
コードの資源は決して無限ではない。そのリソースを自由に使えるのは王だけであり、それ以下のクラスは残されたものを分け合う事になる。
使えるリソースはクラスによって決まっている。いくら都市システムを効率的に使えたとしても、節約するには限界がある。
王族の使えるリソースは皆同じだから、その王族陣営に与する貴族の数が勝敗にも重要な影響を与えるのだ。
故に、貴族達は勝てそうな王族につくし、最も多くの貴族達から支持されているアンガスが最有力とされている。
リソースの使い道は様々だ。食料、衣類、雑貨、建物、武器、機装兵の製造にも使うし、施設の修理にも使う。アンガスは口髭を触りながら、満足げに頷いた。
「コードの武器は下界の猿には手に余ろう。だが、手を抜けばノーラの騎士に負けかねん。奴の騎士は、コード産だからな。カイやサーヤを使えれば十分戦えるだろうが、雑兵でも妨害くらいできよう」
「仰せの通りです。ノーラ王女の方針はとても面白い。《雷帝》が手に落ちていたら面倒な事になっていたでしょうね。ですが、その可能性がなくなった今、殿下の優位は揺るぎません」
「機装兵や無力化ガスを無駄にしたからな。油断はできんよ」
ノーラ・コードはリソースを使いコード市民の強化を研究した。その結果が機装兵を超える性能を誇る精強な騎士団だ。
長年の研究の末生み出された強化人間――騎士達はスタミナ、身体能力、コード兵器を使った戦闘技術、その全てを高いレベルで兼ね備えている。
まさか、都市システムのリソースを使ったとはいえ、ただの市民をあそこまで強化できるようになるとは思わなかった。そこにリソースを割いていないアンガスではノーラのような強化人間は作れない。
その代わり、アンガスは兵器の研究をした。アンガスの城が広いのは内部で多種多様な兵器を生み出すためであり、その研究の最たるものが能力10000オーバーの人間をも昏倒させる無力化ガスである。
ノーラもうまいこと動いてはいるが、戦力的にはアンガス側が有利だろう。サーヤやカイがアンガスの兵器を使えば強化騎士団などものの数ではあるまい。
唯一、懸念点があるとすれば――カイやサーヤを捕らえるのに、貯めていた無力化ガスをほぼ使い切ってしまった事だろうか。
あれはコストが重い。あれを量、用意するには長い時間がかかる。とても王の崩御には間に合わない。
アンガスは無言で都市システムにアクセスして、兵器の製造状況を確認し、ジーンに尋ねる。
「最近、製造効率が落ちているな? 何が起こった?」
「はっ。一月程前から地脈から吸い上げるマナ・マテリアルの量が徐々に減っているらしく……その影響です。地脈に何か起こったのかもしれませんが……現在調査できる範囲では原因は発見できませんでした。幸い、閣下のリソースだけ減っているわけではなく、条件は皆同じです」
「なるほど、な……全ては王位を手に入れた後、か」
コードのリソースは少なからずマナ・マテリアルに依存している。放置しておくわけにはいかないが、今なんとかできる事ではない。
原因を調べるにはまずコードの機動能力を復活させねば。
「ノーラ以外の動きはどうなっている?」
「トニー王子は相変わらずです。モリス王子は、噂では……決戦型兵器の製造に力を入れ始めているとか」
「……モリスめ。名剣を手に入れても振るう者が臆病者では意味もなかろうに」
眉を顰め、蔑むように言うアンガス。
モリス・コードは王族の中で最も小心者だ。臆病者で、王が変わった後に処刑される事を恐れている。
明らかに王の器ではないし、これまで禄な動きを見せていなかったが、ようやくここに至って動き出したらしい。
おおかた、王位交代が近づき、臆病風に吹かれたのだろう。これまでアンガスに協力するという立ち位置を取っていたのだが、土壇場になって自分の選択に自信を持てなくなったのだ。ある程度は想定の範囲内である。
決戦型兵器とはアンガスが製造しているような多様な兵器ではない、少数精鋭型の特別強力な兵器の事である。
だが、モリスのバックにいる貴族は少ないため、使えるリソースも大した量ではない。隠れ逃げ惑うモリスなど、アンガスの敵にはなりえない。
ましてや、寸前になって製造を始めた、など――。
「まぁ、モリスには既に手は打っている。兄に逆らう愚かな弟には仕置せねば、な」
「最後に、ザカリー王子についてですが……」
「ああ、あいつの情報はいい。あいつはモリス以下だ。狂犬に王など務まらん」
鼻で笑い、アンガスが続ける。
「おおかた、まだ下級民と遊んでいるんだろう。下級民なぞいくら仲間につけても相手にはならん」
第四王子ザカリー・コードはモリスより更に下の支持基盤しか持たない男だ。
もともと、四人の兄姉がいるザカリーが王位を取るには相当な資質か幸運が必要だったが、あの男にはどちらもなかった。そして、その数少ない支持層の貴族も切り捨てた。
愚かな男だ。随分前から姿を隠してはいたが、居場所はだいたいわかっている。都市システムを使っての検索は不可能だが、それならばそれで探しようがあるのだ。
あの男が王になるには――アンガスの脅威になるには、相当な隠し玉が必要だろう。
ありえない事だが、仮に《雷帝》クラスが仲間についたとしても、あの男に勝利はありえない。
と、そこまで考えたところで、アンガスはジーンに尋ねた。
「そう言えば、スペアの陣営はどうなっている? 《雷帝》は何をしている?」
「はい。《雷帝》はあの後、アリシャ王女の近衛になったようです。ノーラ王女がコンタクトを取っている様子はありません。本当に諦めたようですね」
「いい流れだな。ノーラの手元にない《雷帝》など怖くはないわ」
王による権限凍結を受けているアリシャはザカリー以上に警戒に値しない。まず王位争奪戦のテーブルについていないのだ。
貴族達が嘆願して生み出された王族のスペアなのだから当然と言えば当然だが――。
スペアの近衛が《雷帝》に手を出そうとした時には驚いたものだが、まぁそういう事もあるだろう。
近衛の情報も確認してある。総合評価4の男だ。《雷帝》を救い出すために偽名で乗り込んできた男……どうやってコードに入ったのかはわからないが、それは王位争奪戦に決着を付けた後にでもじっくり調べればいい。
「アリシャ王女は情報を遮断しておりません。自由に様子を見られるかと」
「見る価値もない、が…………少し気になるな」
イレギュラーはできるだけ減らすべきだ。少なくとも、最近のスペアの動きはアンガスの立てた計画とは外れている。
アンガスは大きくため息をつくと、眼の前にアリシャ・コードの様子を映し出した。
§ § §
しかし、本当にチョコレートが気に入ったんだなあ。
僕は呆れ半分感心半分で、口元を汚しながらチョコバーを貪るおひいさまを見ていた。
その様子はこれまで会ってきたどの王女よりも子供っぽく、高貴さのかけらもない。
さすがの僕も王様に送るからと言うので出してあげたチョコバーをほぼ独り占めしてしまうとは思わなかった。
まぁ、別にいいんだけど……少しは抑えないとご飯を食べられなくなるよ。
トレジャーハンターは甘いものが苦手な者が少なくない。実際に、《嘆きの亡霊》のメンバーで甘いもの好きは僕しかいないし(ちなみにシトリーは自分は甘い物が苦手なのにお菓子を作るのが好き)、《始まりの足跡》全体で見ても甘いもの好きは少数派だ。
甘い物仲間が増えるのは喜ばしい事だ。だが、王女にこんなにお菓子を食べさせていいものか…………まぁ、もうあげてしまったし悩むだけ無駄だけど、もしかしたら僕はおひいさまに与えてはいけないものを与えてしまったのかもしれない。
僕はデッキチェアーをソファに変形させてそこに座ると、頬を紅潮させてリスみたいにチョコバーを頬張るおひいさまを眺めながら言った。
「ま、いいけどね。大事に食べなよ、それで最後なんだから」
「!? んん…………んぐっ……!! …………け、けほっ、けほっ!! !? え!? な、なに?」
僕の言葉に喉をつまらせ、涙目で咳き込むおひいさま。あーあ、口いっぱいに頬張るから……。
もしかしたら、彼女を監禁している人も今の様子を見れば、彼女を無害だと判断して外に出してくれるのではないだろうか?
おひいさまが扉の窓にごんと額をぶつけ、こちらを見て言う。
「さ、ささ……さい…………ご?」
「うん。僕が持ってるのはそれで最後」
「!???」
それはそうである。僕の持っている宝具はチョコレートを大量に収納できる時空鞄であって、チョコレートを無限に出せる宝具ではないのだ。当たり前だが、格納した分を全て吐き出せばそれ以上取り出すことはできない。
帝都にいる時はこまめに補充していたし他のおやつも沢山あったので数を気にした事もなかったのだが、さすがに最近は食べたりあげたりしすぎた。
帝都に戻ったらまた箱買いしないと……。
「ちょ……こ…………」
固まり打ちひしがれるおひいさま。そんな事言われてもなぁ…………僕はもう持ってないし。
だが、チョコレートは昔からあるポピュラーなお菓子だ。コードにはなくても、外の街なら割とどこにでも売っている。
さすがに外に買いに行く事はできないだろうが、この街には今、外からやってきた者が何人もいる。その誰かが持っている可能性は高いはずだ。
「もしかしたら外から来た人が持っているかもしれないけど――」
「!! ほんと!?」
「でも一人で外は歩けないからなあ…………危ないし、頼みのクラヒ達もおひいさまの防衛システムに追い出されていなくなっちゃったし…………いや、別におひいさまのせいではないんだけど」
「………………ほ、他の、近衛は?」
…………そういえば、すっかり忘れていたな。近衛って下限があるんだっけ? もしかして探してこなくちゃならない?
バイカー一味の誰かが、近衛が足りなかったら機装兵で補充されるとか言っていたが、それはいつ補充されるのだろうか?
いくらなんでももう一度監獄に行くのは辛いなあ。
げんなりしていると、その時、まるでタイミングを見計らったかのように天井から声が聞こえてきた。
『おひいさま、クライ・アンドリヒ。僭越ながらその悩み、この私が解決してあげましょう』
「おう?」
オリビアさんの声だ。小部屋の扉が開き、堂々とした態度でオリビアさん(とジャンさん)が歩いてくる。
その胸に付けられたカードに描かれた星の数は相変わらず一だった。
オリビアさん、おひいさまにクラスを落とされた時には顔が真っ青になっていたが、立ち直ったのだろうか?
「やあやあ、よかったよ。ちょっと心配していたんだ。あんな真っ青になって逃げ出すから――」
手を上げて挨拶をする僕に、オリビアさんが舌打ちをして睨みつけてきた。
「黙れ、クライ・アンドリヒ。あれからお前の行動は全て調べました。お前が私達を罠にかけた事はすでにわかっています。前近衛のバイカー達が全滅したのが、全てお前のせいだという事も! そう、全てがおひいさまの近衛のリーダーになるためだったのでしょう!」
「えー……」
あんまりな言いように思わず呆れてしまう。さすがにオリビアさんの言葉は見当違いすぎた。
僕は何もやっていない。身に覚えもない。
バイカー達は勝手に全滅しただけだ。
オリビアさんはおひいさまの扉の前に跪くと、僅かに震える声で謝罪する。
「おひいさま、先日の無礼、大変失礼いたしました。それで……一度だけ、無礼を償う機会をいただけないでしょうか? 私は、粉骨砕身、おひいさまに仕える所存です」
目を丸くしてオリビアを見下ろすおひいさまに、ジャンさんが口添えする。
「おひいさま、オリビアはこれまでよく仕えてくれました。彼女のやった事は許されない行為ではありますが……一度だけチャンスを与えてもよいかと」
ジャンさんのクラスはオリビアとは違い、5のままだ。
まぁ、確かにおひいさまのあの行動はとても予想外だった。これまで役目を果たしていたのならばもう一度くらいチャンスをあげてもいいだろう。
おひいさまは目を瞬かせると、何故か僕の方を見て聞いてきた。
「…………どう思う?」
おひいさまの問いかけに、ジャンさんが呆然と目を見開く。跪くオリビアさんの肩も震えるが、驚いているのは僕も同じだ。
ジャンさんの方が僕よりも長くおひいさまに仕えているのにこっちに意見を求められるとは…………やれやれ、仕事はしっかりしないと痛い目を見るってことだな。
役目とか言っても、オリビアさんもジャンさんも最低限の事しかやってなさそうだったからなぁ……そんなんだからチョコバーに負けるんだよ。
だが、仲間が増えるのはいい事だ。一度痛い目を見たオリビアさんならきっとしっかり働いてくれるだろう。
「うーん……………………謝罪がなってないな。手本見せようか?」
「!? な、何を――」
教えてあげよう。心のこもった謝罪というのは――こうやるんだよ!
僕はその場に跪くと、速やかに土下座を決行した。
「申し訳ございませんでしたああああああああああああああああ! どうか、どうか……この愚鈍なオリビアをお許しください、おひいさまあああああああああああああああ!」
情けなくも哀愁を誘う僕の声が廊下を響き渡る。
後は……もう一度チャンスが欲しいんだっけ? あいにくチャンスが欲しかった事などないので、そこはやった事がない。
まぁ、そこはちゃんと自分が思っている事言わないと意味ないから……。
誰も何も言わなかった。見事な僕の土下座に見惚れているようだ。やりきった感がある。
最近は土下座をする機会も減ったが、久々にいい土下座ができた。僕は立ち上がると、ぱんぱんと服の裾を払い、震えるオリビアさんに言った。
「さぁ、やってごらん? 相手の靴でも舐めるかのように頭をしっかり下げるのがコツだよ」
「ぐ……う…………うぅ…………」
オリビアさんが顔を真っ赤にして震えている。ジャンさんの頬も引きつっていた。
プライドがある人は大変だな。僕なんてプライドないからいくらでもペコペコできるよ。
見るに見かねたのか、おひいさまがオリビアさんをじっと見て、真顔のまま言った。
チョコバーを貪っていた時と同じ人間とは思えない表情だ。
「……わかった。それで、無礼を償う方法とは?」
「は、はい。バイカー達に代わる新たな近衛候補を連れてきました。外では武闘派で鳴らしていたらしく――戦闘能力もそこそこ高く、一人で外を探索にいかせても問題ない者達です。総合能力もクライ・アンドリヒを大きく上回ります。今後のおひいさまのお役に立つかと」
ちらりと僕を睨みつけて、オリビアさんが言う。険のある言い方だ。
そう言えば、僕を追放しようとしてきた時、新たな近衛が見つかったとか言っていた気がするな。
だが、確かに今欲しい人材ではある。外の人間ならばもしかしたらチョコバーを持っているかもしれないし。
おひいさまがむっとしたような表情で言う。
「…………貴女は、私が決めた、序列に、不満があるの?」
「そ、そんな事は――」
どうやらおひいさまは普段はチョコ好きの王女だが上下関係については厳しいらしい。
これ以上オリビアさんがいじめられるのは可哀想だろう。普通の人ならば僕の無能に文句を言うのも当然だし。
「おひいさま、まあまあ落ち着いて」
少しフォローしてあげよう。おひいさまの興奮を和らげるのだ。
僕はおひいさまによって大きな星のついたカード――クラス6の証を取り出すと、オリビアさんの頭をぺしぺししながら言った。
「そこまで言うなら期待していいんだろうね? オリビア。役に立つ人材を頼むよ? 僕と違って役に立つ人材を、ね」
「は、はぃ………………つ、つれてこい!」
オリビアさんの声に、ジャンさんがため息をついて後ろを見る。長い通路の先の扉が開き、オリビアさんが見つけたという近衛が入ってきた。
近衛達はバイカー達に負けず劣らずの強面揃いだった。数は五人と少なくそこまで大柄でもないが、腰に吊るした大ぶりの刀が非常に様になっている。
男達の内、四人は全身に包帯を巻いていた。
山賊かな? 良く考えたらそうだよね……この都市に入ってくるのは基本的に犯罪者なのだ。いや、まだ話してみないとわからないけど――。
ぎょろりとした目つきの男がニヤニヤしながら近づいてくる。その笑みからは品性が感じられない。ちょっと、大丈夫?
「へへ……ご指名に与りました。おひいさま、俺達は名の知れた傭兵団、レベル6ハンターも倒した事のあるドンタンファミリーだ。数だけ増やして粋がっていたバイカー達など比べ物にならねえ。俺達が近衛につけば万事安全安心、全て解決で《千変万化》あああああああああああああああああああああああああああ!!???」
「!?」
僕の顔を見るなり、男達が大きく後退った。先ほどまで顔面に貼り付けていた笑みは一転、強張ったものに変わっている。
とっさに刀を抜き構えを取っているが、その手足は小刻みに震えていた。まぁそんな状態でも僕では歯が立たないんですけどね……。
さて、どこかで会っただろうか? 顔を順番に確認してみるが、全く見覚えがない。ドンタンファミリー、ドンタンファミリー、ね…………うーん、どこかで聞いた事があるようなないような……賊の名前を一つ一つ記憶していたらただでさえ少ない僕の記憶領域がいっぱいになってしまうからな。そんなどうでもいい事を記憶するならクランメンバーの名前とか覚えた方がいいというものだ。
だが、間違いなく会った事があるのだろう。僕はハードボイルドな笑みを浮かべて言った。
「やぁやぁ、久しぶりだね。こんなところで会うなんて奇遇だな。元気にしていたかい?」
「ッ……き、聞いてねえぞ、オリビア! まさか、アホで間抜けで敵味方の分別もつかない無能なリーダーとやらが、あの《千変万化》だなんて!!」
「!? な、それは、一体どういう事ですか!?」
オリビアさんの鋭い声。おひいさまは目を丸くしているが、なんだか楽しそうだ。何でも楽しめるっていいよね……。
「俺達は下りるぞッ! こんなやつとやり合ったら命が幾つあっても足りやしねえッ!」
「お、落ち着いて――それ以上余計な事を言わずに口を噤め! この男は総合評価4ですよ!?」
「し、知るかッ! あんたは駅でのこの男の力を見ていないから、そんな平然としていられるんだ!」
僕はそのセリフにぽんと手を打った。
良く見てみたらこの人達、駅で襲ってきた奴らじゃん。道理でなんだか聞き覚えのある名前だと思ったんだよ。
僕に記憶して欲しいのならばクラヒや妹狐くらいのインパクトは欲しい。まったく……そうなると、負傷しているのはさらさらで受けた傷か。
さらさらは本当に得体が知れないからなあ。
とりあえず、彼らは近衛にしたくないな。いつまた心変わりして襲ってくるかわからないし。
「もう一度さらさらしてやろうかあああ?」
「ひっ…………わ、悪かった。あんたに歯向かうつもりはねえんだ! 俺達は、この女に騙されて――」
「…………今回は見逃してあげるよ。僕も忙しいからね……もう悪いことしちゃダメだよ?」
「………………くっ!!」
ドンタンファミリーの一味が顔を真っ赤にして、泡を食ったように逃げていく。
セーフ!
僕はほっと息をつき、ニヒルな笑みを浮かべた。
「小物だな」
やれやれ、一度やられたくらいで逃げるなんて。本当にやっかいな奴らは僕の名前を知ってむしろ狙ってくるんだよ。そして一度やられたくらいでは諦めない。
そういう意味では彼らはまだいい方の賊なのかもしれなかった。いい方の……賊……何?
まぁ、『さらさら』の刺激が強すぎた可能性もあるけどな……。
連れてきた近衛候補の醜態にオリビアさんが愕然としている。
「これ、は……一体…………バイカーに匹敵する評価を出した男達が、顔を見ただけで逃げ出すなんて――お前は一体…………いや、何をしにこの都市に――」
本当にあの人達、バイカーと同じくらい強かったのか。案外バイカー一味もそんなんでもなかったのかな?
そして何をしにこの都市を、だって? ふっ…………油断するとたまに忘れそうになるのは秘密だ。
カイザーやサヤ様々である。僕は小さく咳払いをして、オリビアさんに言った。
「まぁ、細かい話は今いいでしょ。目下の課題はどうやっておひいさまにチョコレートを調達するかだよ。ドンタンファミリー? はダメだったし、なんかいいアイディアないの?」
「…………なんか、ちょっと頭が痛くなってきました。時間を頂きます」
オリビアさんが悪夢でも見たかのような表情で頭を押さえて去っていく。…………お大事に。
おひいさまが眉を顰めてオリビアさんの背中を見送っている。
だが、まだだ。侍従長はダメでも執事長ならばいいアイディアがあるかもしれない。僕は一人取り残されたジャンさんを見て尋ねた。
「ジャンさんはなんかアイディアない?」
「…………そ、そうですね…………ごほんごほん」
ジャンさんが盛大に咳払いをする。よく見たらジャンさんの顔色もオリビアさんと同じくらい悪い。
というか、僕をクビにしようとしてクラス落とされたのに、オリビアさん、全然反省していないっぽかったな。まぁ、最終的には全部僕が悪いと思うのだが、今の僕はおひいさまの餌付けを完了している。意図してやったことではないが、保護の準備は万全だ。
そもそもオリビアさんもジャンさんも少しビジネスライク過ぎるよ。忠誠心が足りていない。いつも身を粉にして働いているフランツさんを見習いなさい。
「…………そうですね。ちょこれーと? とやらが、何なのかは、わかりませんが……こほん、こほん。それは、本当に。コードの都市システムでも手に入らないものなんですかね? この世界にそんなものが存在するとは、私には思えませんが……」
なるほど、確かにちょっとボタンを押しただけでなんでも出てくるこの都市がチョコレートだけ対象外になっているの確かに謎かもしれない。粘土状のおやつもチョコレートも大した違いはないだろう。カカオがないのかもしれないが、それくらいなんとでもできそうな気もする。
おひいさまでは出せないようだが、彼女はあくまで幽閉されている身だ。使えない都市システムも存在しているはずで、その中にはチョコレートを手に入れるためのシステムが存在している可能性は否めない。
「ジャンさん、ナイスな意見だよ。チョコを持ってる人探すよりも効率的かも」
賊と話さなくていいなら僕でもできそうだ。チョコレート探しとか王族の保護よりも俄然やる気が出るというものだ。
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