398 囚われの雷帝③
いやぁ、誰だか知らないけど親切な人もいたもんだなあ。
去っていく赤いクモを見送り、僕は大きく深呼吸をして監獄の方を見た。
ここに来るのは約一週間ぶりだろうか。改めて確認しても、本当に巨大な施設だ。
門を通り、巨大な機装兵が何機も立ち並ぶ中庭を抜け、建物に入る。出迎えてくれたのは、前回も僕を案内してくれた女性職員さんだった。
僕を見ると、あからさまに眉を顰め、開口一番に言う。
「どうやら私の警告は無意味だったようですね。《雷帝》を巡るクラス8の権限のぶつかり合いで、監獄は今までにないほど混乱しています」
「静かじゃん」
相変わらず人もいないし、音もほとんどしていない。
「監獄のシステムが混乱しているんですよ。一つの小さな規則の変更が他の規則に重大な影響を与える可能性があるのです。まさか都市システムの設定した規則を歪めるなんて――」
良く見ると、その顔は少しだけ血の気が引いている。随分大変な状況らしい。
僕は小さく咳払いをすると、とりあえず持っていたカードを提示した。
「ほら、見て。クラス6になったよ」
大きな星の印がついたカードに、疲れ切っていた様子の職員さんの目が大きく見開かれる。
「!? こ、この短期間でどうやって――いや、まさか、アンガス王子を焚き付けたんですか!?」
「?? クラス6ならばクラヒの解放申請できるんだよね? そう言えばノーラ王女って来てない?」
アンガス王子とか知らない名前も出てきたが、職員さんがここにいるってことは、間に合ったということなのだろう。クラヒが既に解放されているのならば真っ先にそう言うはずだ。
僕の問いに、動揺していた職員さんの表情が少しだけ落ち着きを取り戻す。
「……解放申請は罪人と面会する必要があるので、その後ですね。ノーラ王女はまだいらしていません。一度、解放申請がきても受けつけないように監獄の規約が変更されましたが――どうやら、アンガス王子が戻されたようですね。規約変更にはクールタイムがあるので、後五分は書き換えられる心配はありません。今ならば、案内できます」
なるほど、権力者が好き勝手に規則を変更できるってどういう事かと思ったけど、そういう事か……業務に携わる側は堪ったもんじゃないな。
ため息をついたその時、ふと鋭い声が耳をついた。
「はぁ、はぁ――その案内、待ちなさいッ!!」
振り返る。声の主は――豪奢な真っ赤なドレスを来た妙齢の女性だった。巻かれた金の髪に紫の瞳。双眸はややツリ目できついが、容貌は整っており、その眼差しからは燃え盛るようなエネルギーが感じられる。
その後ろには機装兵に少しだけ似た兵隊がずらりと並んでいる。
職員さんが引きつった表情でその名を呼ぶ。
「ノ、ノーラ王女……」
ノーラ王女がずかずかと、こちらに近づいてくる。近くで見るとその双眸はまるで肉食の獣のように爛々と輝いていた。
僕を一度睨みつけ、居丈高にノーラ王女が叫ぶ。
「解放申請はまだね? 私を先に案内しなさい。アンガスのクソのせいで手間取ったわ。スペアの近衛は分を弁えて。失せろ。この私に逆らった沙汰は後で下すわ。これは、命、令、よ」
その声は、表情は、人に命令するのに慣れきっていた。そこに確かに存在する覇者の貫禄に、それまで黙っていたルシャが小さく悲鳴を上げる。
しかし、僕を威圧するには少し足りない。怒られ慣れているからね。
さてなんと反論したものか……だが、僕が言葉を放つ前に、職員さんが恐る恐る言葉を出した。
「ノーラ王女……失礼ですが、その……解放申請はされていなくても、案内の依頼は既にされてしまいました。複数人いらっしゃった場合は、先行者からの順次案内になります」
「ああ?」
低い声。殺意の籠もった眼差しを受け、職員さんが笑顔を作ろうとして失敗する。
「こ、これは、監獄の規則なのです。私としてもノーラ王女を優先したい気持ちは山々なのですが、どうしようもありません。それとも、都市システムに反抗するおつもりですか?」
「ッ………………」
ノーラ王女は何も言わなかった。だが、その顔色がみるみる真っ赤になる。
唇から朱の雫が垂れ、床を汚した。唇を噛み切ったのだ。
その表情には激しい情動が見え隠れしていた。
嵐のような激情。ノーラ王女が地団駄を踏む。
振り上げられた髪。殺意の籠もった、叫び声が監獄の建物内に響き渡った。
「あああああああああああああああッ! く、クソがッ! 絶対、殺すッ!! アンガスも、トニーも、スペアも、そして近衛、てめらもだッ! 私が王になったら、この私の邪魔をした連中を、全員抹殺してやるッ!! この私から、あの方を奪いやがってッ!! あの御方を一番想っているのは、この私だってのにッ!! くそっ! くそっ! くそっ!!」
「…………クライ様、案内致します」
ノーラ王女の様子を青褪めた表情で見ていた職員さんが、僕に向き直って言う。
一刻も早くここを去りたいのだろうか。ノーラ王女はまるで怒れる竜だ。僕もできれば逃げ出したいが、そういうわけにもいかない。
だって僕はこれでも――王族を保護するためにここに来たのだから。
ノーラ王女は貴族の傀儡になるような性格にはとても見えないがそれはともかくとして、僕にとっては保護の対象なのだ。カイザー達に任せてもいいのだが、彼らが本格的に動き出す前に少しくらい仕事をやりやすくしてもいいだろう。
僕は跪き、床を力いっぱい叩くノーラ王女に近づいて言った。
「ノーラさんさ……もしよかったらなんだけど……一緒に行く?」
「…………あ?」
「クライさん!?」
クール達が愕然としてこちらを見る。職員さんも言葉を失っている。だが、一番驚いているのはノーラ王女本人だろう。
理解不能な生き物を見るような目でこちらを見上げて、震える声で言う。
「あ……ぁ? な、何言って、るの?」
「先に交渉してもいいよ。ただし、条件がある。洗脳はなしだ。そんな事、本意じゃないだろ? 僕だってそんな事しないよ。《雷帝》は洗脳していいような相手じゃない」
僕はクラヒを解放しにきた。だが、解放申請が通るかどうかは怪しいところだ。だって、ノーラ王女が何度解放申請を出しても通らなかったわけで、解放するかどうかは都市システムが決めるわけで――ならば、少しでも穏便に事を進められるように動くべきだろう(日和見)。
手を差し伸べる。しばらくノーラさんは僕の手を見ていたが、やがてそれをぺしりと跳ね除け、自らの足で立ち上がった。
「こ、後悔、するわよ? この私にッ、ノーラ・コードに、情けをかけた事をッ!」
「今更一つくらい後悔が増えたって構わない。僕の後悔コレクションが充実するだけだ」
「????」
とりあえず、ノーラさんの激情は落ち着いたようだな。
クール達は急な僕の裏切りに愕然としていたが、何も言わなかった。まぁまぁ、穏便にいこうよ。
ノーラさんが、自分が怒り悶える間も微動だにしていなかった後ろの兵隊達に向けて言う。
「ここで待っていなさい。すぐに戻るわ」
さて、久々の《千天万花》はどんな状態かな?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます