397 囚われの雷帝②

 クール達はリーダーを助け出すために最善を尽くした。情報を集め、都市システムの定める規則の裏をかく方法を探し続けた。

 クラヒを解放する権限を持つ貴族の名前を洗い出し協力してもらえそうな人物を探したし、監獄を破るといった、絶対にクール達には不可能な策も模索した。


 出来ることはやったという自負がある。



 その間、《千変万化》は日がな一日アリシャ王女の部屋の前にいて、だらだらしているだけだった。




 だが、まさかそれが――策だったなんて。





《千変万化》の策はまさしく、クールの考えていたものとは一線を画した代物だった。




 自らがクラス6になる。単純明快な手だ。だが、それはクール達が早々に諦めた手だった。

 クラス6を与えられるのは、王族以上の階級のみだからだ。



 このコードではクラス6とクラス5――貴族と市民の間には隔絶した差が存在する。


 初代コード王の時代から都市に住み続けている一族でもクラス6に至っていない者がほとんどだし外部から入ってきたばかりの者に与えられるはずがない。


 そもそも、クラス3程度では王族にコンタクトは取れない。取れたとしても、要請を受けてくれるわけがない。クール達はコードにとって外敵なのだ。

 アリシャ王女に階級を上げてもらうなど、論外だ。幽閉されているのにそのような権限が残っているわけがない。


 急いでクラヒを助け出さなくてはいけないというのに、《千変万化》の足取りはのんびりしたものだった。

 ビルから出て、クモの出動を要請する。


 未だ夢でも見ているような気分だったが、なんとかクライに話しかける。


「ま、まさか……おひいさまに……階級をあげる権限が残っていたなんて……幽閉されているのに――」


「いや、今日権限が戻ったんだよ。いいタイミングだった」


「!?」


 やはり、クールの想像は正しかった。アリシャ王女には権限はなかった。あそこで説得を試みても、クール達にレベル6が与えられる事はなかった。


 だが――今日権限が戻った?


 機を窺うとは、まさか権限が戻るのを待っていたのか? 一体何をしたんだ?


 様々な疑問が脳裏をよぎるが、《千変万化》はそれに答えるつもりはないようだった。ただ、ぼんやりと乱立するビルを眺めている。


 五分程たったあたりで、クトリーが言う。


「旦那、クモ…………遅くねえか?」


「え……そう?」


 確かに、遅い。クモはコードの移動の基本だ。物質転送技術が存在するコードではそれを待つ時間というのはほとんど発生しないはずだ。

 端末を取り出し、クモを呼び出すためのメニューを開く。

 改めて呼び出すためのボタンを押下すると、画面が赤く点滅した。


 初めて見る反応だ。文字が読めないので何が起こったのかはわからないが……これは、クモは来ないという事だろうか?

 何が起こっているのかはわからないが、嫌な予感がする。迷っている時間はなかった。


「…………仕方ない、走りましょう」


「!? 本気ですかぁ? 監獄まで相当距離ありますよお!?」


「仕方ないでしょ! ノーラ王女はもう動き出しているんだから!」


 走るのが苦手なルシャが素っ頓狂な声をあげ、ズリィに叱られている。

 だが、ズリィの言う通りだった。これが最後のチャンスだ。

 それに、確かに距離はあるが、《千変万化》はレベル8、数十キロ走る程度、何の問題もないだろう。もちろん、クール達はまだそこまで体力はないが、なんとか食らいつくつもりだ。


《千変万化》を見る。ルシャの言葉に呆れているのか、眉を顰めている。

 解放申請をするにはクラス6の《千変万化》一人いればいいのでルシャが走る必要はないのだが、今回の作戦で《千変万化》は手伝ってくれる側だ。走りたくないからといって全て任せるなど、言語道断である。


《千変万化》の機嫌を損ねたら大変だ。


 ルシャをたしなめようと口を開きかけたその時――空から、クモが降ってきた。


 大きく足を折り曲げ、音もなく着地する。だが、それはただのクモではなかった。

 通常のクモは黒だが、その機体は磨き上げられた真紅に染められている。


 公共の移動用ではなく、プライベート用のクモだ。噂には聞いていたが、見るのは初めてである。



「乗ってくかい? スペアの近衛さん。お困りだろう?」


 クモの中から現れたのは、赤髪でサングラスをかけた男だった。

 程よく鍛え上げられた細身の肉体に、白いスーツがよく決まっている。見た事のない顔だが、コードでプライベートなクモを持つ事が許されているのは上級貴族以上のコードの支配層だけだ。


 !? 一体、何が――。


 突然やってきた見知らぬ男に言葉を失うクール達を他所に、《千変万化》は戸惑うことなく、のんびりと言った。


「ありがとう。それじゃ、監獄までお願いできるかな? クモがなかなか来なくてね」


「オーケー、オーケー、乗るといい。クモが来ないのはなあ、ノーラに封鎖されてんだよ。呼ぶのは止められなくても、存在する全てのクモを押さえれば呼んでもクモは来ねえからな」


「!? …………おいおい、ありえないだろ。なんでノーラ王女が、クモを封鎖するんだ? いや、そもそも――あんた、誰で、どうしてここにいる?」



 クトリーが強張った表情で、男を見る。男はにやりと笑って言った。



「あんたらは、ノーラを舐めてる。あいつは、ほぼありえない話だが、あんたらが先に《雷帝》の解放申請を行う可能性を憂慮して、とりあえず、念のため、無駄になっても構わないからと考え、妨害策を用意した。そして、俺は、あんたらがそういう妨害に引っかかった時に、あんたらを助けてやれと頼まれて、こうして待っていたわけだ。そうだな…………俺の事はTCと呼ぶといい」


 赤きクモが大きく飛び上がり、高速でビルを駆ける。通常のクモなど比べ物にならない速度だ。


 一体何が起こっているのかわからなかった。このTCという男の正体も、誰がその如何にも只者ではない男を動かしたのかも。


 だが、《千変万化》はこの状況にも動揺の一つもしていなかった。口元だけで小さく笑みを浮かべている。もしかしたらこれもまた《千変万化》の仕組んだ事なのだろうか?


 クモの一番前に陣取りながら、TCが言う。


「飛行型の移動手段を選ばなかったのは慧眼だぜ。あれは速いし便利だが、決まった道しか進まないから、クラス7もあれば簡単に封殺できる。空で立ち往生したらおしまいだ。俺達は、緊急時に飛行型は使わない」


 浮遊感。赤いクモが、ビルとビルの間を軽々と飛び越える。

 眼下には乱立するビルが、外の世界ではまず見られない町並みが良く見えた。この速度ならばすぐに監獄にたどり着けるだろう。


「クモならば道なんて関係ねえ。かなり自由に動けるからな。それに、普通は全台封鎖なんて手は、取れねえ。つまり、今回のノーラはマジだって事だ」


 TCの言葉に、《千変万化》がもっともらしく頷く。


「なるほど……マジか」


「マジだ。ノーラでも近衛に直接手を下す事はできねえが――手は他にも色々、ある」


 そういった瞬間、それまで激しく動きながらもほとんど揺れのなかった機体が大きく揺れた。


「ッ!? 何ですかぁ!?」


 ルシャが間延びした声をあげ、外を見る。その瞬間、光り輝く塊が窓のすぐ外を通過していった。


 これは――攻撃だ。明らかに、このクモを狙っている。


 数えきれない弾丸がクモの周囲を飛び交う。だが、TCに焦りはない。



「下級民の仕業だ。大方、ノーラに市民権を餌に誑かされたんだろ。何の問題もねえ。このクモは特別製だ、この程度じゃ落とせねえ、ただの嫌がらせだ」


「え、餌に誑かされたってぇ――そんな事をしてぇ、捕まらないんですかぁ!?」


「? 捕まらねえよ。奴らは市民じゃないから、都市システムに危険物として除去されるだけだ。一発撃ったら終わりだよ。馬鹿な奴らだ、ノーラが市民権なんて面倒な約束を守るわけがねえだろ」



 クモが地面に着地する。地上には平時ではそこまで見られない機装兵達が集まっていた。

 クモが着地するまでの十数秒の間に集まってきたのだ。


 TCの言葉が真実ならば、都市規則を破った愚かな下級民を除去するために。その除去がどういう意味なのかは考えるまでもない。


 機装兵達が動き出す。その動きは風のように早く、驚く程精密だ。全身を守る装甲に、遠中近、全ての戦闘を網羅する武装は、クール達でも敵わない相手だ。


 クトリーが小さく舌打ちをする。不機嫌そうな表情。


 クトリーの情報では、大部分の下級民の戦闘能力は並以下らしい。強力な高度物理文明の兵器を持っていても本体はただの人間だ。機装兵と戦えば虫けらのように踏み潰されて終わりだろう。


 と、そこで、ぼーっと外を眺めていた《千変万化》が突然、TCに声をかけた。


「TCさん、彼らってさ…………助けられたりする?」


「? 助ける? 下級民の事か? 何故だ?」


「だって、なんか可哀想じゃない? ノーラに騙されただけなのに」


 レベル8ハンター、《千変万化》とは思えない余りにも甘っちょろい言葉だった。


 そりゃ、クールも可哀想だなとは思った。市民と下級民の違いは外からやってきたクールには実感がわかない。


 だがそれを口にするかどうかはまた別の話だ。


 TCの言葉には下級民に対する哀れみは一切含まれていなかった。それがここの普通なのだ。それをつついても良い結果になるとは思えないし、そもそも下級民を助けてクール達にメリットがあるわけでもない。

 誑かされたとは言えこちらに攻撃をしかけてきた彼らは殺されても自業自得とも言える。


 だが、TCはしばらく考え込むと、鼻を鳴らし、にやりと笑みを浮かべた。


「ふん……いいだろう。意味があるとは思えないが、大した手間があるわけでもねえ。この俺にそんな事をやれと言ったのはあんたが初めてだ。都市規則を少しだけ曲げてやろう」


「ありがとう。助かるよ」


 その言葉で、ようやくクールは状況を理解した。

 TCが硬直するクールを見て、口元に笑みを浮かべる。

 


 都市の規則を少し曲げる。それは、並の階級でできる事ではなかった。


 

 間違いない。




 この男――王族だ。王族の名前は頭に入れてある。


 TC――トニー・コード。


 コード王の第三子にして、最も多くの貴族と繋がっていると言われている男。


 ようやくこの助っ人の概要が見えてきた。


 これは、王位継承戦が始まる前の暗闘なのだ。ノーラ・コードに《雷帝》を渡さないために、他の王族が動いている。


 クラス6を得たとは言え、アリシャ王女は部屋に閉じ込められたままだ。どうやってノーラ王女に対抗するのかと思っていたが、これならば、同じ王族がバックについているのならば、対抗できる!


 思いついただけで、成功に導けるような策ではない。だが、トニーの口ぶりからは《千変万化》に頼まれて動いているようにも見えない。

 複雑怪奇に絡み合うコードの勢力図を読み切り、自ら動くように仕向けた。


 これが完全に意図したものだとすれば、正しく神算鬼謀そのものだ。


 静かに興奮するクールに対して、《千変万化》の表情に変化はなかった。



 恐らく、クールと同じくTCが王族だと察したのだろう、クトリーも、ズリィも、そしてエリーゼすら、動揺を隠しきれていないのに、一体その漆黒の瞳には何が映っているのか?



「ノーラは兄貴が止めている。俺はあんたらを監獄まで送り届ける。だがなあ、あんたらがノーラに先んじて《雷帝》を解放できるかは五分ってところだな」


「きっと間に合うよ」


 どこか確信めいた《千変万化》の言葉。

 不意に数十メートル先の道路が蠢き、遮る壁となる。

 だが、TCが軽く睨みつけると、その壁は再び道路に戻った。TCが笑う。



「子ども騙しの妨害だ。これはいいぞ。ノーラの奴、相当焦ってやがる。兄貴はうまくやったようだな」



 監獄の建物が見えてきた。もう障害となるものは何もない。

 監獄の周囲を守るかのように立つ機装兵に、設置された高度物理文明の兵器。ここまでくればノーラ王女でも迂闊に手出しはできないだろう。


 クモが監獄の前に着地する。クモから降りる《千変万化》とクール達に、TCが言った。


「俺はここまでだ。幸運を祈るぜ、せいぜい俺達のために頑張ってくれよ」


「あ、はい。ここまでありがとう! またね」



 またね、とは……よくもまあ、王族相手にタメ口で話せるものだ。


 TCが様になる仕草で肩を竦め、クモの中に引っ込む。そして、赤きクモは跳び去って行った。

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