395 怠けすぎた男

 高機動要塞都市コード。その都市は最初、たった一本の塔だったという。

 初代コード王の手により起動した都市システムはその塔を中心に無数のビルを、道路を、大地を生み出し、高度物理文明を模倣した都市を作り出した。


 今では複雑怪奇に広がり無数の人間が暮らすコードだが、中枢は今もその塔――王塔にある。


 クラス9。コードの支配者たる王が唯一直接管理するその塔は都市に存在するどのビルよりも遥かに高く、その敷地内に無断で立ち入る事は王の子でも許されていない。


 この都市内部でコードの王にできない事は何もない。都市システムとは王の身体の一部である。都市が生み出した兵は全ては王の下僕であり、兵器は王の剣である。住民たちはその力を借りているに過ぎないのだ。


 コードの住民達にとってそこはいわば、神のおわす地だった。


 静かに、だが確かな力を持って、コードを指揮する神が君臨する神殿。

 かつてはその塔で働いていた者もいたが、それも年月が経つ毎に一人また一人と減っていき、今では訪れる者はいない。



 誰も立ち入る者のいなくなった王塔。その最上階に存在する玉座の間で、現コード王――クロス・コードは目を細め、呟いた。




「…………研鑽しているな。存分に殺し合うが良い。我が子らよ」




 そこは、ほとんど何もない、ただ広い空間だった。

 設置されているのは装飾のないシンプルな肘掛け椅子――玉座のみ。高い天井には虹色に輝く無数の板が連なり、神秘的な光を放っている。


 周囲には何もない。だが、玉座に腰を下ろす王の脳裏には都市の光景の全てが鮮明に過ぎっていた。


 各エリアを支配する五人の子ども達の姿。何を考え、何を計画し、王となって何をするつもりなのか。


 探索者協会に罠を仕掛け、強力な兵を引き入れ、コード王となった初代王がついぞ達成できなかった世界の征服を目指す第一子、アンガス・コード。


 アンガスのような世界征服の野心はなくとも才気に溢れ、私欲のため、そしてアンガスに王位を渡さないために兵を集める王女、第二子、ノーラ・コード。


 お調子者で派閥の貴族に乗せられるままに王位を目指す、貴族達からはもっとも好かれている第三子、トニー・コード。


 気弱で既に敗北した後、如何に生き延びるかだけを考えているが、心の奥底であわよくば王位を取れないかと考えている第四子、モリス・コード。


 第五子という、王位を取るには不利な身の上に生まれたことで劣等感と焦燥感に苛まされ、ただ感情の行き着く先として王位の奪取を目指す第五子、ザカリー・コード。




 有利不利、感情の強弱の差はあれど、その全員がクロスの後釜を狙っていた。


 いや、クロスが意図して、そのようになるように全てを操作したのだ。



 ――誰よりも強い王をコードの頂点におくために。



 初代王、クロスの父は幸運にも宝物殿で王の杖を見つけ、高度物理文明の都市システムの起動に成功した。仲間達と都市を作り、周辺諸国を平らげ誰もが恐れる都市の王となり――そこで、それ以上何も成すことなく停止した。


 初代王の功績は偉大なものだ。王と数人の仲間しかいなかったコードに迎合した諸国の民達を市民として組み込み、コードに都市としての体裁を与えた。

 世界から敵対されながらも、絶え間なく発生する問題を王の力で解決した。それは、ただのレッドハンターだった男にとっては重荷だったに違いない。


 父が崩御した後、クロス・コードが王位についたのは、ただの偶然だ。


 クロスには自分よりも優秀な兄弟が何人もいた。ただ、状況がクロスの味方をした。


 初めての王位交代。父が死んだその瞬間まで、誰も次の王がどのように決まるのか知らなかった。裏切り者が発生し、探索者協会が攻めてきた。

 混迷を極める中、最初に王塔の頂上に立っていたのが、当時のクラス8の中で最も劣っていた、自分だった。ただそれだけの話。


 潜入してきたハンター達はクロスの命を狙っていた。市民の中にもクロスの王位継承に反論する者が出た。もっと優秀な王をと叫ぶ者もいたし、兄弟達の中にも王位を譲るべきだと考える者もいた。


 クロスはそれら王に弓引く愚かなる反乱分子を、玉座の間から一歩も動くことなく、粛清した。



 初代王とクロスで共通している点は、実力ではなく、運で王位についているという事だ。


 宝物殿に忍び込み王の杖を使った父はレッドハンターのパーティの中で最も優秀だったというわけではなかった。クロスは言わずもがな。

 コードの王権は強力だが、それを行使するのは所詮人間。コードを率いて世界の王となるには、王の器たる王が必要だった。


 そして、それから百年が経ち、ようやくコードに真の王を迎え入れる準備が整ったのだ。


 クロス・コードの肉体はもう限界だ。コードの誇る医療技術でも、もう長くは持たないだろう。いや、手段を選ばなければ延命出来るかもしれないが――もういい。

 十分長く働いた。王位を継いだ直後、クロスの計画に賛成した数少ない奇特な友人達も既に全員寿命で旅立った。

 

 王の崩御をもって、クロスの計画は成就する。誰が次の王になるのか、クロスが目にする事はないが、誰が王になったとしてもコードには大きな変化が訪れるはずだ。


 クロスの崩御と同時に、クロスが己の権限で縛っていた全ては解放される。王子王女に課していた兄弟での殺し合いに関する制限もなくなる。

 きっと、子の大半は死ぬ事になるだろう。コードの王権が絶対にして唯一のものである以上、仕方のない事だ。


 死に際にも拘わらず、クロスの身体はまだ十分動く。都市が死の瞬間まで王が不自由なく動けるようにサポートしているのだ。


 他に何かやり残した事はないだろうか。そんな事を考えたその時、不意にクロスに連絡が届いた。




 連絡が届くなど、本当に久しぶりだった。


 クロスは王だ。王に直接コンタクトを取れる者は限られている。基本的な都市の運営は都市システムが行ってくれるし、クラス8も都市システムの運営においては必要十分な権利を持っている。


 周囲には不要な連絡はするなと厳命していた。クロスの計画する王位争奪戦に王の干渉は不要だからだ。

 何の連絡だろうか? 王に連絡が取れるのは王族と上級貴族の極一部だけだ。くだらない内容だったら王の権威を今一度知らしめる必要があるだろう。


 眉を顰め、連絡を確認したクロスは、そこに記載された差出人の名前に目を見開いた。


 アリシャ・コード。六番目の王位継承者。




「……スペアか……忘れていたな」

 


 アリシャは特別な立場にある王女だった。


 上級貴族達に嘆願され、万が一王位継承者が亡くなった時の予備――スペアとして生み出された娘。


 本来ならばそんな面倒な嘆願は却下するはずだったが、都市システムの力を試すために生み出した。

 間違いなくクロスの遺伝子を継いだ、クロスの娘だ。だが、アリシャに母親はいない。


 強いて言うのならば、アリシャの母は、コードそのものといえるだろうか。


 アリシャは都市がクロスの情報を元に生み出した娘だ。

 他人の遺伝子を元に新たな人間を生み出す技術は確かに目を見張るものはあったし、王位継承権も確かに引き継いでいたが、それだけだった。

 都市の規則でその技術は制限されていた。一度使うだけでも、クロス直々の命令を幾つも必要とした。何度も使うものではないし、理由もない。


 生み出したアリシャは最低限の権限だけ与え、必要になるまで適当なビルに閉じ込めていたはずだ。それ以降は特に関知していなかった。

 これまでアリシャから連絡が来たことなどなかった。


 送られてきた内容を確認し、困惑する。




「…………真っ黒なおやつが食べたいです? 何だ、これは?」




 意味が…………わからない。何かの暗号だろうか? 真っ黒なおやつとは一体…………。


 アリシャの役割はただそこで生きている事だけだ。

 くだらない内容だったら無視なり制裁するなりするのだが、アリシャからの初めてのお願いは余りにも意味不明過ぎた。

 仕方なく、都市システムにアクセスし王の権限で映像を呼び出す。コードの都市内部の情報は過去の情報含め、全て漏れなく保存されている。

 


 そして、これまで数えるくらいしか覗いた事のないアリシャの部屋の映像が、王の脳裏に流れ始めた。










§ § §










 クラス3の権限があれば、ただの廊下も部屋のように使える。


 コードのベッドは最高だ。表面はつるつるしているのだが横たわると不思議と心地よく、すっと深い眠りが訪れる。

 目覚めも帝都ではなかなかないくらいに快適だ。監獄でクール達の健康が保たれていたように、高度物理文明の技術で快適な睡眠が保たれているのだろう。


 可変の家具も最初は変な気分だったが、なかなか便利なものだ。ベッドの上で大きく伸びをすると、おひいさまの扉の前に行って、扉の窓を透明に変える。


 おひいさまは、扉の前に立っていた。太陽のような暖かな笑顔。何日目からだろうか、朝に扉の前で待機しているようになったのだが、今日のおひいさまはいつもより心なしかご機嫌に見える。


 何が楽しいのかはわからないが、悲しげな顔をされるよりもずっといい。大きく欠伸をしながら、挨拶する。



「おはよう、おひいさま。今日もご機嫌だねえ」


「…………!!」


「? どうしたの?」


 おひいさまが目を見開く。いつもはにこにこ笑っているだけなのに、おかしな反応だ。

 じっと見ていると、おひいさまがぷるぷる震え始めた。どうしたのか、頬がほのかに赤く染まり、目元から涙が滲んでいる。


 僕、何もしていないよな……目を瞬かせると、おひいさまは首をブンブン横に振って、扉から離れていく。体操の時間なのだ。


 おひいさまの体操は全身を大きく使ったもので、地味にハードである。リィズ達の準備運動程激しくはないが、おそらくその運動能力は普通に外を出歩ける僕よりも高い。

 しなやかに伸ばされ、跳ねる肢体。だがその眼差しはこちらに向けられている。


 今日はやらないよ……ちょっと筋肉痛だからね。ついていけない。


 そう言えば、そろそろカイザー達から連絡でもきていないだろうか?


 当初の予定では、単独行動に入ってもできるだけ週に一度は情報共有を行うはずだった。合流場所を覚えていなかった僕に言えた事ではないが、カイザー達は本当に何をやっているのだろうか?

 邪魔をしたいわけではないが、どこにいるかくらいは知っておきたいところだ。クール達にもついでに探して欲しいと頼んでいるのだが、良い報告がない。


 カイザーもサヤもけっこう目立つと思うんだけどね。


 何気なく端末を開く。そして、僕はそこに表示された受信履歴に目を見開いた。

 …………オリビアさん達からめっちゃ近衛増員の催促来とる……全然見てなかったわ。ま、まあクール達は近衛にしたし、直接来なかったって事はきっと問題ないはずだ。うん。


 大きく深呼吸をすると、端末を閉じ、本来の近衛の仕事であろう、おひいさまの生活の見守り業務に移ることにする。

 おひいさまは本当に今日は機嫌がいい。いや、いつもいいんだけど、なんだかエネルギーが有り余っている感じだ。


 今日は試しにおひいさまと同じものを食べてみることにした。朝食、システムを使いブロック状の食事を取り寄せ、食べてみる。


 ハンターもこの手のブロック状の携帯食料は食べることがあるが、最後の手段だ。栄養はあるし保存も利く。持ち運びもできるが、美味しくないし腹にも余りたまらないこの手の食料を使うのは大抵の場合、どうしても他の食料が手に入らない時だけだった。


 コードのシステムが提供してくれるブロック食もその例に倣っているようだった。何で作られているのかはわからないが、少なくとも余り美味しくはない。

 毎日三食ブロックを食べているおひいさまは凄いな。好きで食べているのか、あるいは彼女に食料選択の自由がないのかはわからないが――。


 おひいさまはブロック食を食べ始めた僕を見て、ぽかんとしていた。たまに食べるなら悪くないよ。たまに食べるなら、ね。食べられないくらいまずいというわけでもないし……。


 そろそろおひいさまともっと綿密なコミュニケーションを取る方法を試してみるべきかもしれない。部屋の内外は遮断されているが、筆談くらいはできるだろう。もしかしたらブロックされるかもしれないけど……。


 仮にそれがうまくいったとして、それで幽閉されている現状が解決できるとは思わないが、暇つぶしくらいにはなるはずだ。さすがに磨く宝具もなし、外にも出ないとなるとやることがなさすぎる。


 クラス3は快適な生活は出来るが、それ以上の事はできない。クール達の話では、クラス3とはこの都市に元々住んでいる極一般的な市民の階級らしかった。

 クラス1や2は外部から新規で入ってきた者達のクラスで、長くこの都市で生活したり、必要になったりするとクラス3まで簡単に上がる。だが、それより上にするのはかなり難しいらしい。


 クラス4は基本的には、監獄の職員や入国管理官など国の運営に必須の上級職にしか与えられず、クラス5は一般市民の到達点で上級貴族でないと階級変更できない。そのくらいになると仮想端末を呼び出したり、クモではなく飛行できるタイプの乗り物を使えたり、生存に必要な都市システムだけでなく、もっと限定的な機能も使えるらしいが、余りこの都市に長居するつもりもないし、そこまでクラスを上げるのはまず無理だろう。気になるけど。


 だらだら考え事をしている間に、じりじりと時間が過ぎていく。時間が過ぎるに連れて、おひいさまのテンションは上がるばかりだった。


 なんだか妙に見られている気がする。おかしなところでもあるだろうか?


 お昼ご飯を終え、お昼寝。おやつの時間に移る。おひいさまは時間がくると同時に、扉の前に張り付いた。


「……今日はおひいさまと同じおやつを食べようかな」


 昨日は悪い事をした。あんなに羨ましそうな顔をされると、さすがの僕もちょっと心が痛む。

 悪気はなかったんだ、ただ、チョコレートを布教したかっただけで……いや、少しおもしろかったけど。


 今日からは反省しておひいさまと同じおやつを食べる事にしよう。


 システムを使い、ブロック状のおやつを取り寄せる。食事で食べているブロックと比べると柔らかい不思議なおやつだ。


 目を輝かせていたおひいさまの表情が愕然としたものに変わる。どうしたのかはわからないが、落差がすごい。


 粘土状のおやつを口に入れる。仄かな甘みが口の中に広がる。んー、思っていたよりは悪くないけど、やっぱり好んで食べる程ではないかな。


 高度物理文明のおやつを堪能していると、ふと幻聴が聞こえた。



『な、ん……で?』


「いや…………どうせ送れないのに期待させたら悪いかなって。おやつ食べないの?」


 

 おひいさまの表情が更に変わった。何故か少し照れたような笑顔に。

 頬を赤らめると、僕の眼の前に黒い画面が浮き上がってくる。


 オリビアさんが使っていた宙に浮き上がってくる仮想端末だ。メニューが勝手に動き、メールの画面が開く。その一番上に、アリシャ・コードからのメールが輝いていた。

 そのまま、差出人の文字が光を放ち輝いている。これは……………一体?


 思わず、全身で喜びを示すおひいさまの方を見る。おひいさまは頻りに頷いていた。

 そもそも、おひいさまにはメールは送れなかったはず――。



「君、遮断されていたんじゃなかったの?」



 思わず話しかける僕に、おひいさまが頬を染め、唇をわかりやすく動かす。



「しゃだん、かいじょ、して、もらった」



 耳を擦る。おかしいな…………この扉、音は伝わらないはずなのに、おひいさまの声が聞こえるぞ。小さいが、確かに聞こえる。幻聴だろうけど。

 しかし、どうやらおひいさまに何かがあった事は間違いないようだ。

 昨日までのおひいさまには多分メールを送る権限はなかった。権限があったならとっくに送ってきていただろうし。


 メールを開く。送られてきた文章は一言だった。『真っ黒のおやつ』の一言だけ。


 …………そんなにチョコバーが気になっていたのかい。


 あれ、ただの市販品なんだけど、そんなに期待されるとちょっと申し訳ない。チョコレートパフェでも入れてくるべきだった。


 遮断が解かれたという事は、チョコバーも送れるようになったのかな。


 時空鞄からチョコバーを取り出したちょうどその瞬間、不意に後ろから音がした。


 振り返ると、ちょうど移動用の部屋からオリビアさんが出てくるところだった。表情が随分険しい。

 オリビアさんは、足音高く僕の近くまでくると、こちらを睨みつけて言った。



「クライ、貴方はクビです。近衛を集めろと、命令していたでしょう!」


「!? …………五人集めたよ」


「二十七人、集めろと、私はそう、言ったのです。そもそも、私は知っていますよ。あんなに催促したのに、お前が二日目から近衛を集めるための行動を何も起こさなかった事を」


 苛立たしげなオリビアさんの言葉。僕にも動かなかった理由があるのだが、言っている事はごもっとも過ぎてぐうの音も出ない。

 オリビアさんはため息をついて続ける。




「お前には難しかったかもしれませんが、それは私への反逆です。反逆なのです。無能過ぎるのも考えものですね、禁止事項もまともに働かないなんて――いや、百歩譲って無能なのはいいですが、怠け者なのは困る」


 その罵声に、思わず言葉に詰まる。

 酷い言いようだ。いや、レベル8の虚飾が剥がされた正当な評価だろうか。



「それに……お前は、ノーラ王女が目をつけた罪人について情報を集めているようですね。ノーラ王女から横取りするなんて事不可能とは言え――」



 そこで、オリビアさんは大きく深呼吸をして言う。



「幸運にも、お前の代わりについては、ぎりぎりでコード入りした者を見つける事ができました。残りの近衛の補充はその者達にさせます。権限変更、クライ・アンドリヒ、階級を1へ」



 懐のカードが熱を持ち、生み出していたテーブルと椅子が床に引っ込む。カードを取り出すと、三つついていた星が一つに減っている。権限がなくなったから引っ込んだのか。


 オリビアさんは言葉も出せない僕から視線を外すと、目を丸くしているおひいさまを見て言った。



「おひいさま、この男の近衛の登録解除をお願いします。この男は近衛に相応しくなかった。本来ならば監獄にぶち込むところです。慈悲に感謝しなさい。監獄も無限ではありませんからね」



 まさか無能を理由になった近衛を、無能過ぎるのを理由にクビにされるなんて…………まぁ、特に困りはしないのだが、これからどうしよう。


 近衛じゃなくてもここにいていい? やっぱり駄目?

 

 眉を顰めていると、扉の向こうで思案げな表情をしていたおひいさまが、オリビアさんを見ていつもの笑顔で言った。




「い、や」




 オリビアさんの目が一瞬丸くなり、すぐに状況を理解したのか、表情が変わる。一歩後じさり、純粋な笑みを浮かべるおひいさまに叫んだ。



「!? !??? い、や? いや、これは、どうして、おひいさまの、声が――」



 混乱するオリビアさんの前で、おひいさまは笑みを浮かべたまま僕を見て言った。



「け……けんげん、変更、クライ・アンドリヒ、階級を6に」


「お」


「!?」


 カードが再び熱を持ち、色が変わった。黒から銀に――星の数は変わらないが、一つの大きな金の星になる。なるほど、これがクラス6の印なのね。

 オリビアさんの顔色からは完全に血の気が引いていた。クラス6になった僕と、遮断が解かれたおひいさまを交互に見る。


「これは…………お前、何をッ…………い、いや、おひいさま。これは、問題ですッ、コード王に報告させて頂きます」


 いや、僕は何もしてないよ……多分。


 オリビアさんの厳しい声を受けても、おひいさまの表情には怯えは生じなかった。

 ただ、心底、不思議そうに首を傾げる。


「??」


「ッ!?」


 オリビアさんの表情が、激しく歪んだ。弾かれたように、オリビアさんが胸元につけていたカードを引きちぎるように外す。

 先程まで五つ記されていた星が、一つに変わっていた。オリビアさんが全身を震わせながら、顔を上げる。



「ここ、これ、は…………一体、どういう――」


「?? まだ、わからないの?」


「…………くっ」



 オリビアさんが逃げるように足早に去っていく。おひいさまはきょとんとした表情でそれを見送っていたが、すぐに僕に期待の入り混じった視線を向けてきた。


 あ、はい。チョコバーですね……。


 物質転送機能を発動する。これまではおひいさまを対象にしようとしても何も起こらなかったのだが、今回は何事もなく投入口が開いた。


 本当にチョコバー送ってもらうためだけに色々したのだろうか……僕は呆れながらも、その中にチョコバーを放り込んだ。





===作者からの連絡===


本日、原作十一巻、発売です!

現在連載中のコード編前編になっております。

イラストレーターのチーコさん渾身のイラスト多数収録の他、書き下ろしもありますので、ぜひぜひご確認頂けたら嬉しいです!




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