387 王位

 おひいさまの部屋の次に案内されたのは、ビルの二階にある一室だった。


 あの小部屋はどういう仕組か、出入りするだけで自由に階層を移動できるらしい。部屋を経由し、すぐに目的地につく。


 大きな両開きの扉を開いた瞬間、酒と食べ物の匂いの交じった熱気と喧騒が体を包み込んだ。


 食堂のような広々とした一室は、まるで山賊のアジトのような様相だった。


 そこかしこに所狭しと放置された酒の瓶に、レッドハンターでもなかなか見ない悪人面の男達。

 足をテーブルの上に放り出しカードゲームに興じる者、酒を飲みすぎたのか床に大の字になって寝転がる者、やりたい放題のその様子に思わず目を見開く。


 僕は近衛のところに案内されるのだと思っていたのだが――。


 何かの間違いではないかとジャンさんの方を確認してみるが、ジャンさんは何も言わない。


 マジで? 彼らが近衛なの? 新しいな。


 …………でも、冷静に考えてみると、この都市に外から入ってくる人間って裏の人間ばかりなんだったね…………。


 ジャンさんは好き放題宴会をしている近衛達の間を躊躇いなく通り抜けると、一番奥のスペースに陣取っていた一際巨大な男の前で立ち止まった。


 身長は二メートルを超えるだろうか、岩のように発達した体躯をした男だ。ハンターでもなかなか見ない強面で、野獣のような気配を纏っている。

 相当飲んでいるのか、酷く酒臭いがその目つきは鋭く、僕達の姿に気づくとあからさまに不機嫌そうに顔を歪めた。


 ジャンさんが物怖じせずに男に言う。


「バイカー、新たな近衛を連れてきました。大人しくしろとは言いません。ただ、これ以上、数を減らさないようにだけ注意してください」


「…………チッ。話していた近衛の増員か」


 バイカーと呼ばれた男は吐き捨てるように言うと、酒と食事の乗ったテーブルに勢いよく握り拳を叩きつけた。

 見た目通りの、凄まじい膂力だった。金属製の、床と一体化しているテーブルが震える。


 もしかしたら常識人だったりするのかなとちょっと期待したのだが――。


 バイカーは獰猛な笑みを浮かべると、こちらに顔を近づけて言った。


「俺はバイカー・グリッド。外じゃそこそこでかい盗賊団を率いていた。暴れられると聞いてコードに入ったんだが、ジャンに捕まりこのザマよ。旨い酒も飯もいくらでもあるが、部屋に閉じ込められた王女の近衛程、つまらねえ仕事はねえな」


 バイカー・グリッド…………聞いたことはないが、ローカルの賞金首だろうな。

 心底うんざりしているような口調。態度も悪ければやる気もないとか……まだ大人しい僕の方がマシな気がする。


「他の近衛は元々グリッド盗賊団の一員――俺の部下だ、てめえに期待はしねえ。好きにしていいが、俺達の足を引っ張ってくれるなよ。殺すぞ」


「あ、はい」


 その目は本気だった。数を減らすなとジャンさんが言っているのに、その言葉を遵守する気はないようだ。


 そうそう、そうだよね。賊ってこんな感じだよね。なんだか一周回って少し懐かしいな。テンプレートな賊って最近見てなかったから……。

 ジャンさんもそれ以上、文句を言うのを諦めているようだ。確かに僕も余り話したいタイプではない。


 より悪くてちょっと弱いアーノルドみたいなものだろう。


「このビルの部屋は勝手に使って構いません。後は死なない程度に適当にやりなさい。後は任せましたよ、バイカー」


 ジャンさんが言いたい事だけ言い終えて、さっさと部屋を出ていく。この魔境に明らかに貧弱な僕を一人残して行くとか、鬼すぎる。


 死なない程度に適当にやれ、か。せめて護衛がいれば外を出歩けるんだけど、さすがの僕でもバイカーに護衛になってくれとは頼めない。


 バイカーが僕に完全に興味を失ったように、酒を呷り始める。どうしたらいいんだよ、僕は。

 呆然としていると、そこでバイカーの横に座っていた男が馴れ馴れしく声をかけてきた。


「おい、新入り。お前、どこの組織からきたんだ? これまで何人殺した?」


 第一声からとんでもない事を聞いてくる。ここは地獄かな?


「…………殺しはしたことないかな。僕は頭脳派だから」


「!? まさか、殺人童貞かよお! 道理で間抜けな面してると思ったぜ! 名前は何て言うんだ?」


「クライ」


 バンバン叩きながら大笑いするバイカーの仲間。

 殺人童貞なんて言葉聞いたことないけど、ずっと殺人童貞でいいわ、僕は!


 立ち込める熱気に頭がくらくらした。そこで、無骨なゴーグルのようなものをつけているメンバーが素っ頓狂な声をあげる。


「ボス、こいつ総合評価、4ですぜ! 次の近衛は雑魚にするって聞いてたが、こいつはたまげたなあ! どうやってパスカード手に入れたんだよ、いや、マジで!」


「…………コネ」


「ぎゃはははは、どうしようもねえ男だな、お前。まぁ、お前みたいなやつにとっては、ここに来たのはラッキーかもしれねえが……何しろ、食って呑んで寝てるだけでいい。どうやって用意しているのかは知らねえが、酒も食いもんもいくらでもあるんだ」


 食って呑んで寝てるだけ、か…………それくらいなら僕でもできるな。


 どうやらバイカー一味もいきなり僕を始末するつもりはないらしかった。バイカー自身もゴミを見る目で僕を見ているが、とりあえずは手を出してきていない。


 とりあえずすごく居心地が悪い。一刻も早く一人になりたい気分だ。


 僕は大抵のものに慣れている自覚があるが、こういうテンプレートな賊は苦手なんだよ。さんざん襲われているからね。


「食っちゃ寝するのはいいけど、説明がなくて状況がさっぱりわからないよ。なんで総合評価4? の僕をわざわざ近衛に選んだのかも教えてくれなかったし……」


 てか、総合評価4って低すぎない? 何点満点? 十段階評価なのか、あるいは100点満点なのか……いや、上限100で4だと低すぎる気がするから50点満点とかかな。


 もうちょっと優秀なメンバーもいたろうに。


 オリビアさんもジャンさんも物腰こそ丁寧だし、ある程度の質問にも答えてくれたが、まだまだ情報は足りていなかった。

 余り根堀葉掘り聞くと怪しまれそうだったから質問できなかったが、このままでは僕はただ食っちゃ寝するだけの人になってしまう。


 王族の保護はサヤとカイザーに進めてもらうつもりだが、さすがにそれでは立つ瀬がない。もしかしたら情報収集したら宝具を探すのに協力してくれるかもしれないし……まぁ僕がする情報収集くらいカイザー達ならばあっという間に終わらせそうだけど。

 ため息をつく僕に、バイカー一味の一人が酔っ払った赤ら顔で声をあげた。


「俺は知ってるぜ!」


 訳知り顔で説明してくれる男。意外と親切なのだろうか?


「奴らがあんたを近衛にしたのはなあ、王族の近衛が規定数に満たないと、都市システムが近衛の穴埋めに勝手に機装兵を配属しちまうからさ。コードの機装兵は超つええ上に、近衛の機装兵は王と護衛される本人にしか命令できねえらしい。そんなコントロールできねえ武器を籠の中の鳥に与えるわけにはいかねえだろ?」


「…………そもそも、なんであの子、幽閉されているのか、知ってる?」


「くっくっく……あんたの疑問はわかるぜ。俺達も同じ事を思ったからなあ」


 さすがの賊の集団でも疑問くらいは抱くらしい。僕の問いににやりと悪そうな顔で笑う男。


「もちろん、知ってるぜ。俺達はあんたより少しばかりコード入りが早いし、突然近衛にされて情報を集めない方が阿呆ってもんだ」


 酒を瓶のまま呷ると、焦点の合っていない目つきで説明してくれる。


「早い話――アリシャ王女は邪魔なのさ。あの娘はコード王の血を引いていて、王位継承権がある。だが、彼女が王になる事を望むやつはいねえ」


 王位継承権。なんだか面倒くさそうな話になってきたな。


「王位継承権を持つ者は他に五人もいて、コードの貴族階級は全員、その内の誰かに肩入れしてる。それならとっとと始末しちまえばいいと思うかもしれねえが、そういうわけにもいかねえ。なぜだかわかるか?」


「…………可哀想だから?」


「んなわけねえだろ。コードの王族が万が一、全員事故で死んだら、コードは終わるからだよ。この国は――普通の都市じゃねえんだぜ?」


 男の目は、愉快な事でも話すかのように爛々と輝いていた。

 コードは終わる。普通の都市じゃない。その意味を理解する前に、男が矢継ぎ早に続ける。



「いいか? この都市はなぁ、高度物理文明の遺物なんだ。ここの連中はこの都市のシステムを完全に解明せずに使い続けているが、一部わかっている事もある。この都市の機能の一番重要な部分は、クラス9――コード王にしか動かせねえ。そして、この都市の王となれるのは、王の血を引く者だけだ。システムで、そう決まっている。変えられねえんだよ」



 そう言えば、オリビアさんもジャンさんも何回か規定という単語を使っていた。

 ジャンさんも融通が利かないと言っていたが、人が決めたルールではなく元々都市に存在していたルールだったのか。



「つまり、アリシャ王女は他の王位継承者が不慮の事故で死んで全員いなくなった時の、スペアなんだよ。コード王の血が絶えたらこの都市がどうなるのか、誰も知らねえんだ。オリビアやジャンも他の派閥の貴族の連中が話し合って派遣したんだろうな」





 なるほど、なるほど…………ありがちといえばありがちなのかもしれないが……酷い話だった。せっかくこんな凄い都市に生まれたのにそんな理由で幽閉されるとは――。


 アリシャ王女が微笑みかけてきたのも、現状に満足していたわけではなく外の世界の事を知らないからこそ、だったのかもしれない。


 彼女は本当に万が一の時の備えという事なのだろう。そして、依頼人から齎されたという、王族全員を逃がせば都市が動かせなくなるという話も、信憑性が出てきた。


 問題は保護する手段がないという事だけど……カイザーだったらあの扉も破れるだろうか?

 他の王族も同じような状況にあるのかはわからないが、さっさとやる事をやってスマホを手に入れて一刻も早くこの国を出たいものだね。


 てか、今回の僕、かなり仕事してない? 早くカイザー達と合流しないと……今のところうまくいっているが、僕は油断しない。調子に乗っているとすぐにろくでもない事になるのだ。



「つまり――」



 そこで、男の口調が苛立たしげなものに変わる。

 怒鳴るような声が部屋中に響き渡り、視線が集まる。


「俺達は、絶対に王になれねえ娘の子守って事だ。他の組織の連中は他の王族に雇われて好き放題やってるみてえなのにな。どうやら奴らは俺達と違って、『戦』の予定があるらしい。皆、次期コード王候補に顔を売るのに大忙しよ。せっかくコード入りの切符を手に入れて、全員でここまでやってきたってのに、こんな有様じゃ酒も飲みたくなるってもんだろう。なぁ?」


 全く共感はできないが、まあぼんやりと事情はわかった。


 もしかしたら、探協本部がレッドハンターを派遣しようとしていたのもこのコードの現状を薄々予想していたから、だったのかもしれない。少なくともレッドハンターならば僕達よりももっと目立たずコードに潜入できるし、他の組織ともうまくやれただろう。それがいいかどうかは別として。




「うんうん、そうだね………………ところで、素朴な疑問なんだけど……なんで君達が、アリシャ王女の近衛に選ばれたの?」



 僕の問いに、ぴしりと空気が凍りついた。

 何か気に食わなかったのか、充血したバイカーの双眸がこちらを睨みつけてくる。

 先程まで好き放題飲んでいた連中からも、次々と舌打ちが聞こえた。その内の一人が大声で叫ぶ。


「俺達は武闘派だ、戦いに関する部分じゃ大抵の組織よりもずっと上よ! ただ、コード入りする順番が悪かった。運が悪かっただけだ! 運悪く、アリシャの近衛にされた。ジャンの奴は、人数が近衛にちょうどいいからとか、ふざけた事を抜かしやがった」


 その突然の大声に思わずびくりと身体を震わせる。


 その声に、周りの仲間達も次々同意の声をあげ始める。


 さすがは盗賊団だ、強さが全てだと考えているらしい。僕がコードの貴族だったら、彼らを雇おうとは思わない。

 いくら強くても、近衛になって主を襲おうとするような品性じゃね……いや、もしかして、他の王族に雇われている連中も似たような連中なのだろうか? なら、彼らが荒れているのも仕方ないかな。


 もっと平和に生きようよ。何故そんなに暴れたいのだろうか。


 僕は色々思うところはあったが、後腐れない言葉でお茶を濁す事にした。


 少なくともしばらくはここにいなくてはならないんだし、ここで問題を起こすのは賢い手ではない。

 リィズ達がここにいたら一瞬で殴りかかっていたかもしれないが、今回は僕一人だ。


 賊に迎合したくはないが、少しはスマートにいかないとね。憤った振りをして言う。


「まったく、ふざけてるね。弱い組織が取り立てられて、武闘派組織の君達がお守りだなんて。貴族も近衛に雇うなら君達の方が良かったろうに。ジャンさんも余計な事してくれたね」


「そうだろう、そうだろう」


「そもそも、コードは兵を集めていたらしいじゃん。高い戦闘能力を持つ君達を眠らせておくなんて全く理にかなっていない! この都市にとっても損失だよ。話せばわかってもらえるかもしれない。もしよかったら、僕が交渉してこようか?」


「!?」


 不機嫌そうに話を聞いていたバイカーが目を見開く。他のメンバー達も目を丸くしている。


 交渉してこようか?

 それは、適当に出した言葉だった。だが、冷静に考えてみると悪くない手に思える。


 ジャンさんも彼らが近衛に適しているとは思っていまい。うまいこと交渉すれば、彼らを別のメンバーにチェンジする事もきっと――いや、無理か。


 あの二人はバイカー達に何も期待していなさそうだった。近衛の規定数の問題もあるし、時間制限もあるっぽかったし、必要に駆られているわけでもないのに僕の言葉を聞いてメンバー入れ替えなんてしてくれるわけがないだろう。ここでの僕はレベル8ではないのだ。


 迂闊な言葉に変な空気になっている皆に慌てて謝罪する。


「……ごめん、失言だった。交渉なんてうまくいくわけないな。頭を冷やしてくるよ」


 少し疲れた。まだ日は高いが、仕事もないようだ。さっさと使える部屋を探して寝てしまう。


 考えるべき事は色々あるが、また明日考えればいい。


 部屋を出る直前に、後ろから声がかかる。バイカーの声だ。


「…………新入り、なかなか面白い意見だった。交渉、か。どうやら、俺達もコードにやってきて少し調子が狂っていたようだ。俺達には、俺達のやり方がある」


「……」


 なんだかわからないが、僕の意見がお気に召したらしい。これなら明日からの生活もうまい事やっていけるかもしれない。


 僕はバイカー達に軽く会釈をすると、それ以上の会話を避け、その場を後にした。






§ § §







 高機動要塞都市コード。その都市は大きく七つのエリアに分けられる。


 そのエリアの数は即ち、コードを支配する者の数だ。王国が貴族に領土を貸し与えるように、それぞれのエリアはそのエリアの権力者によって統治されていた。


 コードの権力者は外の世界とは異なる。階級差が都市システムへの権限という形で絶対的になっているコードでは、権力者というのは力ある者と同義だ。



 実質的な、都市を扱う力を持つ者。



 即ち、七エリアの統治者とは、最高権力者――唯一のクラス9であるコード王と、その血を引き生まれつきクラス8の階級を与えられる子の事。


 そして、六人いる王の子の中でも一際変わった境遇にある末娘、アリシャ・コードのエリアは都市の中心から離れた外壁近くの一角、極狭い範囲にひっそりと存在していた。


 エリアの中心に存在する背の高いビル。アリシャが住むためだけに都市が作り出したビルの一室で、ジャンとオリビアは顔を合わせ話し合っていた。


「どうだった?」


「うむ……事前に聞いていた通り、ぼんやりした男のようだ。追加の近衛としては最適だろう。前任者のようにおひいさまの扉を破ろうとして死ぬ事もないはずだ」


「……彼らは本当にどうしようもない連中だったからね。まさか、コードの都市システムに逆らおうとするとは……余りに浅慮だ。逆にまだ時間に余裕がある段階で馬鹿が露呈してよかったのかもしれないよ」


 ジャンの言葉に、オリビアがほとほとあきれ果てたように肩を竦める。


 アリシャ王女の数少ない付き人。ジャンとオリビアの仕事は、アリシャ・コードの管理だ。

 世話ではなく、管理。万が一の時の事を考えてストックされた王の血たるアリシャを必要な間だけ、つつがなく生かし続ける事。そのためだけに、二人は各陣営の上級貴族達の相談の末に選ばれ、市民として得られる最上の階級、クラス5を与えられ、アリシャのところにやってきた。


 王の権限で作られたそのビルはいわば巨大な金庫だ。構成される金属も搭載された機能も、現時点のコードで使用できる全てが注ぎ込まれている。


 ジャンやオリビアに、アリシャへの感情はほとんどない。

 ロックされたアリシャの部屋の扉の解錠は絶対に不可能だし、アリシャの世話は都市システムが全て行っている。教育や運動などはシステムによって行われているはずだが、二人ともアリシャの声すら聞いたことがない。


 二人の仕事はほぼないようなものだ。配属されてから数年経った今では、アリシャの部屋まで行く機会も随分と減っている。

 退屈だが、重要で、失敗が許されない仕事。それが、二人から見たアリシャの付き人だった。


 テーブルに置かれたワインとチーズ。

 都市システムを使って取り寄せたそれをつまみ、ジャンが心底ほっとしたように息をつく。


「しかし、近衛を補充できてほっとしたな。ようやく苦労して全員入れ変えたのに、入れ替えた近衛が都市システムに処刑されて肝心の時に間に合わなかったなんて事になったら、バイカー共々、我々のクビが飛んでしまう」


「楽だと思っていたけど、意外と大変だったね。こっちにも事情があるんだから、最低限の人数くらい優先して融通してくれてもいいのに」


 もともとアリシャには機装兵の近衛が二十八体配属されていた。それを全て人に入れ替えろという指示がジャンとオリビアに下ったのはつい一月ほど前の事だ。


 理由については薄々察しがついていた。



 もうすぐ、アリシャ王女はその役割を終えるからだ。



 コード王は高齢だ。人の身でもう百年以上生きている。コードの高度な医療でもこれ以上、生き長らえさせる事はできない。


 王が死ぬ。そうなれば、アリシャ王女は念のためのバックアップから、消えてもらった方がいい存在に変わる。


 王が死んだら速やかにアリシャを消す事。

 それがジャン達に下されている、最後の命令だ。


 機装兵は元々強いが、近衛としての機装兵はまさに鉄壁だ。王とアリシャ王女本人の命令しか聞かず、自らの破壊を厭わずアリシャ王女を全力で守る。

 そんな存在が護衛している状態では、速やかにアリシャ王女を消すことができない。


 直接、手を下すのはジャン達ではなく、バイカー達だ。人殺しに忌避感がなく、戦闘能力も高く、近衛としては論外だが、後始末には必要十分な人材。

 アクシデントで近衛の枠が空きそうになったが、毒にも薬にもならない男を入れる事ができた。余裕はないがとりあえずは安心だろう。


「おひいさまが王になる目を少しでも潰しておきたいんだろうな。心配しなくてもそんな事ありえないって言うのに」


 アリシャ王女はコードの王になる能力を持っていない。

 階級の優位性を理解しているか怪しいし、他の王族ならば幼少期から練習している都市システムの使い方だって知らないだろう。


 そもそも、彼女はスペアとしての役割しか持たず、現段階では権限を凍結され、外部から遮断されている。残っている権限で特別なものは近衛の任命の権利くらいだ。

 他の王子の誰かしらが亡くなったりすれば担ぎ上げる王族がいなくなった貴族がアリシャに目をつけ後ろ盾になったかもしれないが、結局そういうアクシデントも起こる事はなかった。


 別に、無害な王女をそんなに早急に消す必要はないと思うのだが、皆必死なのだろう。

 アリシャ係になってしまったジャンやオリビアは半ば蚊帳の外だが、気持ちはわかる。


 コードでは権限が全て。これからの一、二ヶ月で運命が変わるのだから。


「王の具合はだいぶ悪いらしい。一月持つかどうかだとか……皆、次の王位につくために必死だ。絶対権力者だからな。皆、そこまで仲は良くないし」


「第二王子が王位につけたらいいんだけど……実は、かの陣営から王位を取れたら私らも重用するってお達しがあったんだよ。そんな連絡してくれたのは第二王子だけだ。前々から少しずつ人を入れていたって言うし、多分今回の募集で十分兵隊も集まっただろう。可能性はあると思うね」


「いや、わからんぞ。各陣営がどんな人材を集めているのかわからないからな。ただの噂だが――外部から直接、強い戦士を引き抜いてこようなんて動きもあるらしい」


 声を顰め、ジャンが続ける。


「この間、コードに攻撃を仕掛けてきた馬鹿がいただろ? あのクラスの戦士を仲間にできれば、王位継承戦もかなり有利だからな」


 コードの階級システムにおいて、王は他とは隔絶した権限を持つ。

 貴族も、他の王族も――いや、王以外の全ての者が結束したとしても、本気で権力を行使する王を止める事はできない。


 王はこのコードに於いて、あらゆるルールの上に立っている。王に狙われた者を、都市システムは守らないし、都市システムは王を決して罰しない。本来、その使用に幾つもの制限が存在する機装兵や都市兵器を一切の制限なく使えるのは王――クラス9だけだ。


 故に、王位継承権を持つ者達はアリシャ王女を除き、その全員が虎視眈々とその座を狙っていた。


 コードの次の王を決めるのは今代の王でも、市民でもない。



 コードの王を決めるのは――証だ。

 コード王の玉座のある都市の中心――王塔の最上階に安置されているという王の証たる杖。



 今は現コード王に所有権があるそれは、コード王の崩御と同時に誰のものでもなくなる。

 そして、それをいち早く奪い取ったクラス8――王の子が、次の王となるのだ。


 この都市において全く同等の権限を有する王の子による、王位の奪い合い。それは、外敵のいないコードにおいて、紛れもなく最大の戦争と呼べた。


 どのような手を使おうと、王位を取り都市システムさえ掌握できればあらゆる問題は解決する。

 それまで存在していた敵もただ平伏する臣民になる。敵対していた陣営を皆殺しにする事だって容易い。実際に、今代の王はかつて王位を手に入れた後、反逆しようとした兄弟――元クラス8を皆殺しにした。


 近衛は王位を手に入れるための兵士だ。機装兵は強力無比だが幾つもの制限事項が存在している。都市内部では基本的に自衛にしか使えない機装兵では、王の証を取りに行く事はできない。

 昨今、パスカードが大量に発行されたのも間違いなく王位継承戦が近いためだった。

 名目はコードという都市の戦力強化だが、その実、各陣営が、強い兵を求めている。危険な外の世界で経験を積み、コードの住民より高い戦闘能力を持つ傭兵を――互いに互いを蹴落とすために。


 もちろん、傭兵達は、外の世界への侵略が始まった際に使う、戦力としても役に立つ事だろう。


「ともかく、私達の仕事はこの状況を保つ事。バイカー達がまた馬鹿げた事をしでかさないようにだけ注意しよう。さすがにしばらくは動かないとは思うが――」


 彼らがいなくなったら、おひいさまを始末する方法をまた探さなくてはならないのだから。


 都市システムにはまだまだ未解明の領域が存在している。王族の始末は危険が大きい。


 バイカー達が使えなくなったら面倒なことになる。ジャンもオリビアも、自らアリシャに手を下すのはごめんだった。






======作者からの連絡======


この度、拙作のアニメ化が決定しました!

応援頂いた皆様、ありがとうございました! 

近況ノートで記事を投稿しておりますので、ぜひぜひそちらご確認ください!


今後も嘆きの亡霊は引退したいをよろしくお願いします!

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