384 潜入②

 馬車の発着場には、大型の乗合馬車が幾つも止まっていた。

 金属製の馬鎧をつけた屈強な馬が繋がれた馬車だ。それぞれの馬車には普段ならば絶対近寄りたくない強面の連中が群がっている。


 格好、顔立ち、そして雰囲気。その全てが、連中が一般人ではないと示していた。

 中には穏やかな顔立ちの者もいたが、そういう連中程恐ろしかったりする事を僕は知っている。幸いなのはそんな危険な空気をまとった連中が集まっているのに、静かで誰一人として暴れていない事だろう。昨晩のあれはやはりイレギュラーだったのだ。


 カイザーが突然分かれてコードに入ろうなどと言い出した時にはひやひやしたが、これならば馬車に乗っても問題はなさそうだった。


 カードを見せてその列の一つに並ぶ。サヤやカイザーは既に別の馬車に並んでいる。

 幸い、昨日絡んできた連中はいないようだ。僕はほっと息をつくと、列の流れに従い馬車に乗り込んだ。


 定刻がきて、馬車が動き出す。

 馬車は見た目の無骨さに反して、ほとんど揺れがなかった。元々コードに入れるのは選ばれた極一部の人間だけらしいので、配慮が出来ているのだろう。


 馬車の中には張り詰めたような空気があった。知り合いもいないし、絡まれるのも面倒だ。

 腕を組み目を瞑り瞑想をしていると、ふと声がかかった。




「お、おい、到着したぞ! コードに向かう馬車で眠れるなんて、とんでもなく図太いな、お前」


「ッ!? …………ね、寝てないよ? 目を瞑ってただけだ」


「わかりやすい嘘つくな、こら! 明らかに寝ていたぞ!」


 その言葉に、慌てて周囲を見回す。


 いつの間にか同じ馬車に乗っていた者達は全員下りていた。一瞬目を閉じたつもりだったが、どうやら意識が飛んでいたようだ。

 声を掛けてくれたのは馬車の御者の人だった。礼を言い、大きく背筋を伸ばしながら馬車の外に出ると、御者さんが一方向を指さして教えてくれる。



「ほら、そこの列に並べ。すぐに入れる」


「!! おお……これは……凄いね」



 思わず感嘆の声をあげる。御者さんが指した方向にあったのは、柱だった。


 幅数メートル程の柱が、数本。表面には扉があり、列はそこから続いている。


 影が出来ていた。首を大きく曲げ、空を見上げる。



 ――そして、僕はそれと邂逅を果たした。




 御者さんが隣で同じようにそれを見上げ、説明してくれる。


「そうだ、あれが、コードだよ。ここまで下りてくるのは、地上から人を入れる時だけだがな」




 それは――巨大な建造物だった。


 陽光を完全に遮り、空を覆い尽くす、建造物。島のようでもあり、方舟のようでもある。

 柱の伸びた先はその建造物に接続されていた。だが、柱で支えられているわけではないだろう。


 たった数本の柱で支えるには、余りにも大きすぎる。





 高機動要塞都市コード。空に君臨する高度物理文明の都市。



 柱はコードへの入り口か。空を飛ぶ都市は【迷い宿】で経験があるが、コードは見た目からして明らかに根幹に存在する文明が違っていた。

 かつての人間はこのような都市を生み出す程、技術が発達していたのか。


 仮に馬車が走っている間に外を見ることが出来ていたら、天に浮かぶコードの形を確認できていただろう。こんな経験滅多にないだろうに、惜しい事をしてしまった。


 しかし……予想よりもスケールが大きいな。

 高度物理文明時代の宝具で最も有名な物の一つに浮遊要塞フロートと呼ばれる宝具が存在するが、これは明らかに要塞などというレベルではない。



 こんな都市に潜入して王族を保護するなんて、もしかしてこれ、大変な依頼なのでは?(今更)


 そりゃレベル8を三人も送るわけである。

 今更ながら凄く帰りたくなってきたが、僕一人では帰る事すらできない。


 幸いなのは僕以外の二人が極めて有能な事だろう。僕にできることは応援だけ、かもしれない。せめて変に足を引っ張らないようにしないと…………。



 御者さんに別れを告げて列に並ぶ。


 塔の入り口の近くには奇妙な全身鎧を着た人型が微動だにせずに立っていた。


 あれが……有名な機装兵か。

 高度物理文明で作られた万能兵士。高度物理文明の宝物殿では宝具として現れる事も、幻影として現れる事もあるという、高度物理文明の粋。

 しかも、見える範囲だけでも十体以上いる。


 まさか、コードでは機装兵を作れたりするのだろうか?


 機装兵と一口に言っても世代によって能力は変わるらしいが、強い者は高レベルハンター顔負けの戦闘能力を誇るという。

 ハンターの聖地ゼブルディアでもそう多くない高レベルハンター並の力を持つ機装兵を数揃えられるのだとしたら、コードが世界最強の国というのはあながち間違いではないのかもしれない。



 しかし、馬車に乗ってきた連中が全員コードに入るのだとしたら、今回だけで数十人がコードに招待されたという事になる。

 カイザーが集めてきた情報では軍を作ろうとしているらしいが、機装兵がこんなにいるのに生身の人間に何をやらせようと言うのだろうか?



 列は思ったよりもスムーズに進み、すぐに順番が来た。



 扉が音もなくスライドし、中に入る。


 柱の中は壁も床も白い不思議な光沢の金属でつくられた部屋だった。

 壁際には外にもいた機装兵が更に何人も立ち並んでいる。身長は二メートル超。こちらに視線を向けているわけでもないが、間近で見ると凄まじい威圧感だ。


 部屋はカウンターとガラスで二分割されており、中央に金属のゲートがあった。一見、探索者協会の受付のようにも見える。思ったよりもシンプルな構造だ。


 先に入った者達の姿はない。ゲートの向こう側には黒の制服を着た男が二人、立っていた。


 コードの住人だろうか? 胸に取り付けられたカードには名前と、星のマークが四つ描かれている。


 当たり前と言えば当たり前だけど、コードも住人は普通の人なんだなあ。


 そんな事を考えていると、二人の内の一人が無愛想な顔、抑揚のない声で言った。


「これより、入国の審査を開始する。カードを手に持ってそのまま進め」


「…………はい」


 さすがに少し緊張してきた。


 大きく深呼吸をすると、探索者協会から貰ったカードを取り出し、ゲートをくぐる。

 金属製のゲートは内側に不思議な装飾が施されていた。


 高度物理文明の技術だろうか? 何かチェックしている? カードの真偽判定とかもここでしているのかな? 宝具かな?


 特に何かが起こる事もなく、ゲートをくぐり終える。




 ――と、そこで先ほど指示を出してくれた人が眉を顰めて言った。




「止まれ………………もう一度ゲートをくぐり直せ」


「え? はい」



 どうかしたのだろうか?

 指示に従い、もう一度ゲートをくぐりなおす。だが、その困惑したような表情は変わらない。


 僕、何かしたかな?


 職員さんは耳元を押さえ小声で何事か呟くと、目を丸くする僕を見て言った。


「…………一つ、確認がある。戦闘に自信はあるか?」


 何をいきなり…………。


「……余りありません」


「そうか……そうだろうな。一体その能力でどういうつもりでここに来たのかわからないが…………………………まぁ、パスカードは持っているからな」


 その能力……? もしかして、このゲートには人の能力を調べる機能でもあったり?


 その機能、探索者協会にも欲しいなあ。人の能力を数値化できたら僕のように能力もないのにうっかり高レベルになってしまうような悲劇もなくなるに違いない。

 そう言えば、『進化する鬼面オーバー・グリード』を被った時にも能力評価みたいなのあったね。


 どの文明でも意外と似たような事を考えるものなのかもしれない。


「一応確認するが……コードに反意はあるか?」


「えっと……ありません」


 再び耳元を押さえ小声で呟く職員さん。もしかしたらどこか遠方にいる人と話しているのかもしれない。スマホの元となった文明なのだ、それくらいできるだろう。


 職員さんはすぐに顔をあげ僕を見ると、先程同様に抑揚のない――悪く言えばどこか面倒くさそうな声で言った。


「…………了解。確認終了、真偽判定もパス。そのまま進み、手続きに移れ。ようこそ、コードへ」







§





 


 コード、出入国管理局。ゲートから送られてくる情報を精査している部屋で、職員達は先程入国した青年について話し合っていた。


「まさか、総合評価4とは恐れ入るな。一体どういう経緯であんな男がパスカードを手に入れたんだ? 大量募集とはいえ、能力に秀でた連中を集めていたはずだろ?」


「知るかよ。本物のパスカードを持っていたんだから仕方ないだろ。仮にここで弾いて上の許可が出ていたなんて事になったら誰が責任を取るんだよ」


 コードに入る際にくぐるゲートには幾つもの機能が搭載されている。


 通過者の能力を数値として表示する機能は、現代のコードでも使えている数少ない機能の内の一つだ。

 筋力や瞬発力などの肉体機能から、五感、魔力から潜在能力まで全てを精査し出されるその評価は理屈こそ不明なものの、疑いの余地はない。


 だが、その青年通過時にゲートが送ってきた情報は、これまでそれなりの人数の入国を管理してきた職員達から見ても、ゲートの性能を疑わざるを得ないものだった。



 二度ゲートをくぐらせるなど滅多にない事だ。



「4とか見たことないぞ。才能のない下級民でも10くらいは出るのに…………潜在能力や気力も評価基準に含まれるから、そんな低い数値は出ないはずだろ?」


「下級民以下なんだろ。異常と言えば異常だが、だからこそ反意がないか確認したし、真偽判定もかけた。結果はオールグリーン、あの男にコードへの反意はない。スキャンでも危険物は検出されていない。手続き上、何も問題はない。0だったら故障かもしれないけどな……」


「…………まぁ、そうか。強いじゃなくて弱い、だしなあ……」


 現在、出入国管理局の職員が警戒すべきはハンターの潜入だ。


 今回潜入が想定されているハンターは最大でも三人。その貴重な枠を使ってそこまで弱い男を潜入させるなど常識的に考えたらありえない。


 仮にあの男が侵入者だとして、内部に入り込んでも何も出来ないだろう。


 コードの内部では長距離砲など一部の兵器は使えないが、機装兵は動かせるのだ。仮に動かせなかったとしても、コードの住民でも簡単に制圧できそうである。



 と、その時、ゲートの一つと通信していた職員が声をあげた。


「出たぞ。総合評価、10000越えだ」


「10000!? 五桁なんて、ありえるのか!?」


「知らん。だが、こいつがハンターで間違いないだろう。中に通せ、機装兵を使う。命令通り捕らえるぞ」


 久々の異常に、部屋に緊張が走る。その時には、先程の総合評価4の青年の事なんて、職員達の頭の中から消えていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る