382 駅②

 レベル8ハンターとは英雄だ。


 誰もが恐れる強力な魔物の討伐、前人未到の宝物殿の攻略、通常のトレジャーハンターではなし得ない偉業を幾つも達成して初めて届くそのレベルは才あるハンターの中でも極一握りが研鑽を重ねようやくたどり着ける、一つの到達点である。

 飽くなき好奇心を持つトレジャーハンターにとって未知とは切り拓くもの。試練とは乗り越えるもの。

 幾つもの死線を乗り越えてきた超一流のハンターにとって、達成不可能に見えるような依頼も恐れる対象ではない。




 どうやら、その事実を、探索者協会本部は忘れていたようだ。




 高機動要塞都市コード。

 高度物理文明から切り放たれたその都市は、《破軍天舞》と《夜宴祭殿》という、遠き地で名を馳せた二人のレベル8ハンターにとって、ただ好奇心を満たすだけの代物でしかなかったようだった。



 はるか彼方、そびえ立つ城から、カイザーが堂々たる所作でやってくる。その後ろには王冠を被った数人の男女を連れている。


 彼方に見える城が盛大に爆発する。呆然と目を見開く僕の前で、カイザーはきらりと歯を輝かせて言った。


「王族は全員助け出した。我々の勝利だ」


「さ、さすが、《破軍天舞》、仕事が早すぎるよ! 僕なんて来る必要なかったじゃないか!」



「ははははは、この私を誰だと思っているんだい、《千変万化》。ターゲットは城に幽閉されていたよ。ギリギリまで貴族側について信頼を得てから奇襲をかけた。敵が気づく間を与えずに迅速に行動するのがコツさ、君のような偽物とは違うのだ。お礼として宝具ももらってきたぞ! 哀れな君にくれてやろう! 特別だ!」


 カイザーがいつの間にか背負っていた大きな袋をひっくり返す。眼の前に積み上がる見たこともない宝具の山。


 これが……レベル8、英雄の領域なのか! 僕の頭を悩ませていた依頼を容易くクリア、僕を正しく評価するだけでなく大量の宝具までくれるなんて――



 言葉を失う僕の肩がぽんぽんと叩かれる。振り向いた先にいたのは、サヤだった。

 その足元には暗い赤の水たまりが広がり、そこかしこに人だったものが浮かんでいる。



「歯向かう者は全員始末した、リーダー。雑魚だった……難攻不落の都市でも、内側に侵入できれば脆い事この上ない。私達の完全なる勝利」


「!? そ、それは……まぁ……さすが、《夜宴祭殿》だね。でも、君は夜にしか能力を使えないんじゃ――」


「こうすればほら、真っ暗になる。夜と同じ」


 その場で両目を瞑って見せるサヤ。天才かな?


 っていうか、それでいいなら、もう夜とか関係なくない?



「私達に面倒な依頼を押し付けてきた本部の人間も始末しておいた。お礼はいらない」



 サヤが足元に浮かんでいた白いボールのようなものを蹴飛ばして言う。水たまりに波紋が広がる。

 いや、それはボールではなかった。


 骨だ。肉が綺麗に削ぎ落とされた、人間の、頭蓋骨。


 これは…………果たして感謝するべきなのだろうか? 混乱する僕に、サヤは笑みを浮かべて言った。



「家に帰ろう。ここはまだ危険だから、さらさらで家に送ってあげる。ついでにこいつらが貯め込んでいた宝具もあげる」


「あ……ありがとう、助かるよ」


 家に送ってくれる上に宝具までくれるなんて、なんていい人なんだ、サヤ…………さすがレベル8だな?



 ところで、さらさらって結局何なの?






「さぁ、家に帰ろう、《千変万化》。私達の仕事はこれで終わりだ。バカンスの始まりだよ! 一緒にテンペスト・ダンシングしよう!」


「もう何の心配もいらない。敵は全部私のさらさらで始末する。私のさらさらで甘い物を作ってあげるし、私のさらさらでハンターを引退させてあげる」

 

 二人の頼りになる仲間達に後光が見えた。輝くような笑顔。じんわりと安堵が胸中に広がる。


 よかった…………もう危険な日々とはおさらば出来るんだ。ハンターを引退出来るんだ。




 よし、帝都に戻ってテンペスト・ダンシングをさらさらしてレッツバカンスだ!!






 そう叫んだところで、僕は目覚めた。



 壁際の間接照明から放たれるオレンジの光。強い酒気に、頬に感じる樹で作られたテーブルの温もり。


 変な格好で寝ていたせいか、身体が痛い。

 身を起こす僕に、いつの間に戻ったのか、カイザーが呆れたように言う。



「おはよう、随分疲れていたようじゃないか。しかし、こんな所で眠るとは、豪胆だな……ここは、ある意味敵地だっていうのに」



 その言葉に、ようやく脳が再起動を始めた。


 そうだ…………僕達は、コードに向かう途中だった。

 ここは乗合馬車の駅で――カイザー達が戻ってくるまで待つつもりが、うっかり眠ってしまったらしい。


 ここは、近くにあった酒場である。サヤの力で窮地を脱した僕が適当に入った酒場。大きく欠伸をして、両腕を伸ばし身体を解す。

 酒場はそれなりに広く幾つもテーブルがあったが、人は僕達しかいなかった。店主すらいない。


「ああ、悪かったよ。戻るのが遅かったからさ……」


「ちょっと話し込んでしまってね……ところで、ここは酒場のようだが……客はどうしたんだ?」


「…………僕が入ったら全員、出て行っちゃったよ。外でちょっとトラブルに巻き込まれたんだよ。不運にも僕の正体を知る者がいたみたいで――それを見ていたみたいでね」


「!? 何か騒がしいとは思っていたんだが、君だったのか。正体を知る者、か。この私の名を知る者はいなかったというのに、知名度が違うという事か」


 客だけでなく店の人もいつの間にか消えていた。トラブルに巻き込まれるのはごめんだという事だろう。

 僕ももう少し彼らの立ち回りを見習って危険を避けるべきなのかもしれない。いやまぁ、今回は僕は悪くないけど……。


「ま、まぁ、コード入りには影響ないと思うよ。ちゃんと対処したからね(サヤが)」


 ドンタンファミリーは明らかに重傷だった。あれならば復帰までに時間がかかることだろう。


 カイザーは小さく頷くと、それ以上文句を言う事なく、対面に腰を下ろして言った。


「色々話を聞いてきた。コードが最近、外部から戦力となる人間を集めているのはどうやら真実みたいだな。詳細はわからなかったが――巷では、人間の軍を作ろうとしているのだともっぱらの噂だった。ははははは、ただでさえ強力な兵器を持つコードが人を集めているのだ、探協が焦るのも納得だな」


「はははははは、軍、か。面白い事をやっているね」


 笑う余裕があるのが大変羨ましい。実際に矢面に立って戦うのはサヤやカイザーだっていうのに。

 ちなみに、僕が笑っているのは笑う事くらいしかできないからだ。共に戦う事はできないが共に笑う事はできる。何の意味もないけど。



 そこで、サヤが戻ってくる。無表情で誰もいない酒場を見回すと、僕達を見て首を傾げた。


「戻った…………何を笑っているの?」


「ははははは、サヤ。カイザーが面白い事を言うんだよ、コードが軍を作ったんだってさ」


「…………何が面白いの?」


 確かに、別に面白くはないな…………いや、細かい事は良いんだよ。


 サヤの水を差すような言葉にも、カイザーのテンションは変わらない。手を組み、にやりと笑みを浮かべて言う。


「ふっ、役に立てそうだ、という事だよ、サヤ君。何を隠そうこの私のテンペスト・ダンシングは、雑魚専だからね! 広範囲に展開する柔くて弱い相手を大勢倒すのは大得意なのだよ! 私の前に立つ者は皆、我が舞いに魅せられ戦う気すらなくなるだろう」


「それは…………凄い。私は広範囲の敵を倒すのは余り得意ではないから、役割分担できる」


 カイザー、君は凄いのか凄くないのかはっきりさせるべきだ。雑魚専って何? 僕専門って事?

 それに対するサヤの答えも……人間ができすぎではないだろうか? 


 町中をたった一人歩いてきたはずなのに、サヤの格好は別れる前と何も変わらなかった。

 背の高いカイザーはともかく、サヤはこんな街を歩いていたら襲われそうなものなのに――立ち止まっただけで襲われてしまった僕とはえらい違いである。いや、もしかしたら襲われて撃退したのかもしれないけど――。


 僕の隣に腰を下ろそうとするサヤに言う。



「そう言えば、サヤ、君さ。僕に能力使っていったでしょ?」


「…………気づいたの?」



 驚いたように目を見開くサヤ。

 いや、気づいたのも何も、君のさらさらが絡んできた連中を血祭りにあげたのだが…………もしかして、能力が働いた事に気づいていない?


 …………さらさらって、一体何なんなのだろうか。




 そこで、カイザーが焦ったように声をあげる。



「待ちたまえよ、サヤ君。もしやこの私にも能力を使っていたのかい?」


「…………ここは危険だから……私の能力なら奇襲にも対応できる。でも、普通は気づかないんだけど――」


 カイザーも気づかなかったのか。レベル8ハンターも気づかないなら僕が気づかなくても仕方ないな。


 守ってくれる分には大歓迎だ。何をやっているのかわからないが、是非さらさらを仕込み続けて欲しい。


 できればカウンターは軽めでお願いします。宝具に魔術込めてもらう時もお願いしているんだけど、死人が出たらあれなので……。 


 ため息をつくと、カイザーは僕とサヤの顔を順番に見て言った。



「やれやれ、噂通り、慧眼のようだな。恐れ入るよ。この私が気づかないものに気づくとは――まぁ、今は情報を共有して方針を立てようか。まずは私から話そう。私は、各組織を回ってコードに対する情報を集めてきた」


 《破軍天舞》が集めてきた情報を話し始める。


 普段はほとんど発行されないパスカードがここしばらく急激に増加している事。巷では軍が作られているともっぱらの噂で、どこかに攻め入るつもりではないかとされている事。

 どうやら、駅がここまで混雑しているのもかなり珍しいようだ。そもそも普段のカードの発行枚数はかなり少ないのだとか。



「コードの内部の構造については、何も得られなかった。これまで、コードの内部に足を踏み入れて戻って来た者は誰もいないみたいでね。何度も物資のやりとりしている組織も、都市には入った事がないらしい。都市の人間が外に出る事もほぼないらしいし、どうやらコードは、外から中に入るより中から外に出る方が難しいみたいだな」



 宝物殿でもないのに、誰も戻ってきた者はいないなんて言葉を聞く羽目になるとは、世界は危険でいっぱいだ。


 さすがに今回は二人もレベル8がいるから大丈夫だろうけど…………都市から出られなくなったら困るなあ。



「そして、人の募集に対して彼らに提示された報酬は――コードの市民権だ。中での仕事の活躍次第で爵位も与えられるという話だよ。ははは……世界最強とされる都市だ、賞金がかかっている者も少なくない彼らにとってはうまい話なんだろうさ」


 なんだか聞けば聞くほどろくでもない都市っぽいな……コード。せっかく高度物理文明の恩恵を受けられているのだから、もっと世界に貢献すればいいのに。

 市民権に爵位、か。法を犯し社会から排斥されたろくでもない連中にそんなものが与えられたら、都市が荒れそうだなあ。


 そんな事を考えていると、続いて、サヤが話し始めた。


「私はコードの戦力を中心に調査した。現在彼らの間で知られているコードの主力兵器は半自動で働く超長距離砲とコードの住人の命令に従い動く機装兵。長距離砲は攻撃射程範囲に侵入した竜を撃墜した実績がある」


 竜をも落とす砲撃……完全に現代文明で再現できるレベルを越えている。しかもコードの攻撃射程範囲ってめちゃくちゃ広いって言ってなかったっけ?

 一体、高度物理文明は何と戦うためにそのような超兵器を生み出したのだろうか?


 眉を顰める僕に、サヤが続ける。


「機装兵の詳細な性能は不明だけど――最近、都市を襲った者がいて、送り出された機装兵に制圧されたらしい。相手は高レベルハンタークラスの力を持っていたらしいけど、都市に一歩足を踏み入れる事すらできなかったとか。数もそれなりにいるようだし、かなり手強いのは間違いないと思う。やはり、正面から都市を落とすのは難しい」



 いや、正面から落とすのが無理なのはわかっていたけどね……これまでの話を聞いていてまだその可能性を模索するサヤの方が恐ろしいわ。

 しかし、一応コードも襲われたりするんだね…………高レベルハンタークラスの力を持っている賊って一体――。


「それに加えて、兵の募集を受けて、既にコードには十以上の組織が入っている。数で言うなら数百人、高額の賞金をかけられている者も何人もいる。こちらは私達よりも格下だと思うけど、軍を作るなら高度物理文明の武器が与えられる可能性もあるから、油断は禁物」


 高度物理文明の武器が与えられた賊とか、僕は絶対に戦いたくないぞ。


 いや、待てよ? 高度物理文明の武器とか、(特に文明後期の物は)外の世界では滅多に手に入らないが、コード内では普通に売っていたりするのだろうか?

 今更、ハンターとしてやっていきたいなどとは思っていないが、高度物理文明の武器はほとんど使ったことがない。もしかしたら僕でも使える武器があるかもしれないな。



「他にも、コードは前々から各組織から人を引き取る事があったみたい。組織でも扱いきれない凶暴な裏切り者とか、実験の結果生み出された魔導生物とか――気をつけて。リーダー、私からの情報は終わり」



 気をつけてって、どうやって気をつければ……そしてサヤ、戦力を中心にというか、戦力の事しか話していなかった。殺る気満々ですね。




「なるほど、やはり内部で騒ぎを起こすのは得策ではないようだな」 



 カイザーがうんうん頷き、僕を見る。



「それで、我らがリーダーからは、何かあるかい?」



 …………なにもないよ。君達と違って居眠りしていただけだからね。ごめんね。

 僕程度に出来ることは何もなかったとはいえ、仕事をサボりすぎであった。


 サヤが透き通るような瞳をこちらに向けている。カイザーもこちらの言葉を待っているようだ。

 何か言わなければならないらしい。


「えっと……今回は、調査は君達にまかせていたから、僕からは特にないよ」


「それは…………つまり、私を試したって事?」


 サヤが眉根を寄せ、ぐいと身を乗り出して僕を見る。


 …………なんかごめんなさい。試していないのでそんなに僕を見ないでください。


「合格だった?」 


「ま、まあまあ、落ち着いて…………」


 合格欲しいの? サヤの性格が読みきれない。


 情報はないけど、どうやら彼らは僕をリーダーだと思っているようだし、リーダーっぽい事を言っておこう。


「でも…………そうだな。調査は君達に任せていたけど、夢を見たよ。今回の依頼がうまくいく夢だ。カイザーが王族を助け出し、サヤが戦闘を担当していた」


「それは…………依頼がうまくいく夢、か。それは幸先がいいな」


 うんうん、そうだね。強いて問題を一つだけあげるのならば――僕の夢がほとんど当たらない事だろうか。


 ただの夢なので仕方ないと言えば仕方ないのだが、今更だけど、テンペスト・ダンシングをさらさらしてレッツバカンスって酷すぎない?



「夢の中で、カイザーは、一度貴族側について奇襲を掛けたと言っていたよ。王族は城に幽閉されていたらしい。まぁ、ただの夢だけどね」


「ふむ…………面白い案だ。なるべくなら避けたい方法ではあるが――」


 カイザーは目立つからな……しれっと情報収集してきているし不可能ではないとは思うが、相手側につくのも容易ではあるまい。まあ、ただの夢だから。


「……私はなんと言っていた?」


「…………特に何も言ってなかったよ。でも、戦闘面でかなり活躍しているみたいだった」


 何しろ、面倒な依頼を押し付けてきた本部の人間まで始末していたからな。まぁ、ただの夢だけど。



 話はこれで終わりだ。ハードボイルドな笑みを浮かべ黙っていると、それ以上の言葉が望めない事を察したのか、カイザーが肩を竦めてまとめてくれた。

 


「次のコード行きの馬車は明朝らしい。後は実際にコードを見て回って確認しよう」


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