378 審査会②

 武帝祭で白日の下になった? 雷槍天滅神来花らいそうてんめつじんらいか???

 何の話をしているんだ? 武帝祭で僕がやった事と言ったら………………なんか大変だった記憶しかない。


 だが、これだけは声を大にして言いたい。



『どうやら何か誤解があるようだな。《破軍天舞》、雷槍天滅神来花らいそうてんめつじんらいかは《千変万化》の切り札ではない』



 そうそう、それそれ。それが言いたかったんだよ!



 カイザーが目を見開く。


 不意にあがった、聞き覚えがあるようなないような声。声の元は円卓に並んだ共音石の内の一つだった。

 カイザーがそちらに視線を向け、傲岸不遜にも見える笑みを浮かべる。


「この私の情報に誤りがある、と? 一応、これでも情報収集能力には自信があるんだが――名を名乗りたまえよ」


『…………そうだな。《破軍天舞》。私の名は――ラドリックだ。そして、君の情報収集能力を疑うわけではないが、今回はこちらの情報の方が正しいだろう。何しろ、武帝祭をこの眼で見ていたからな』


「…………」


 カイザーから笑みが消え、黙り込む。一体どうしてしまったのだろうか。

 そして、名前を聞いても全然思い出せない。ラドリックって誰? 観客席にいた人かな?




『正確に言うのならば、雷槍天滅神来花らいそうてんめつじんらいかは試合相手の切り札のオリジナルスペルで、《千変万化》はそれを一瞬で再現して放っただけだ。それはそれで驚嘆すべき事ではあるが……その場で再現した術を切り札と呼ぶのは些か乱暴だろう』



 !? …………そう言われても、そんな状況全く記憶にない。


 相手の術を再現して放つなんて僕では無理だし、見聞きした事を忘れていたとかならまだしも、そんなめちゃくちゃな事をして忘れるなんてありえな…………いや、まてよ? もしや、無意識の内にやっていた可能性も?


 ………………ああ、そう言えばあの時、妹狐が僕に化けて戦ってくれてたんだっけ。



「…………訂正、痛み入るよ。まぁ、友人の力が強いのはとてもいい事だ。つまり、議長。私が言いたいのは、もう少し探索者協会はレベル8の力を、我々をレベル8にした自分達の判断を、信じるべきだという事だよ。なぁ、サヤ君?」


「私は、私のやるべき事をやるだけ」



 何故かカイザーの勢いが先程よりも落ちていた。しかもいつの間にか友人になっている。まぁ、別にいいけどね……。

 突然話しかけられたサヤは変わらずクールだった。もしかしたら自分は関係ないとでも考えているのかもしれない。僕も全くの同意である。


 というか、このままだとなんとなく僕も流され巻き込まれてしまいそうだ。議長が小さく咳払いをして言う。



「誤解しないでくれ、《破軍天舞》。君の言う事は半分当たっていて、半分外れている。ただ、事は――それだけ重大なのだ。事前審査の基準が少々甘くなる事は違いないし、試験の内容が異質な事も当たっているが、基準や試験内容が時勢に影響されるのはいつも通りの事。無条件に全員を通すなどという事は、断じて考えていない。トレジャーハンターにも向き不向きがある。それに――今回の試験になる依頼には、人数制限があるのだよ」



 人数制限のある依頼。珍しい依頼だ。一般的に宝物殿の探索などには適正人数というものが存在するが、それは適正であって制限ではない。


 可能性があるとすれば護衛依頼で相手から人数を指定されているパターンくらいだろうか。


 僕はすかさず保身に走った。


「でもさあ、そういう試験なら僕達の他にも適切なメンバーがいるんじゃないの? 自慢じゃないけど僕の戦闘能力は大した事ないよ? さっきカイザーが言っていた雷槍なんとかだってただの成り行きだし、まだ死にたくない」


 勘弁して欲しい。レベル8になってしまったのだって、ガークさんの忖度や仲間達の弛まぬ努力の結果なのだ。僕は無能だが、さすがに自分の命がやばくなったら拒否くらいする。

 カイザーが眉を顰め、僕を見下ろす。こちらを見定めるかのような眼差し。


「…………《千変万化》、弱腰とは意外だな。それとも、この《破軍天舞》や《夜宴祭殿》では不満かい?」



 そういう事じゃないよ。サヤもこっちを見るんじゃない。僕はそんな事言ってないだろ!

 宥めようと口を開きかけた瞬間、議長が表情をあからさまに歪めて言った。



「いや、そういう事ではないだろう。まったく、どこで漏れたのかはわからないが――困ったな。確かに、今回我々は――二の矢を用意している。余り使いたい方法ではないが、適性のあるハンターが現れなかった時のための二の矢――」


「議長、それは……審査の結果が出てから話をした方がいいのでは?」


 議長の隣に座っていた職員が声をあげる。だが、議長は首を横に振って言った。



「いや、既に知られているのならば今、話をしても問題ないだろう。我々が用意しているのは――戦闘能力にのみ秀でた、レッドハンターだよ」


「レッドハンター…………?」


 それは、探索者協会の幹部クラスが出したとは思えない、余りにも馬鹿げた言葉だった。


 レッドハンターとは、ハンターとしての犯罪行為に手を染め探索者協会を除名になった元ハンター達の総称である。

 そのほとんどは、性格に難がある者であり、大抵の場合は犯罪組織の用心棒をやっていたり、盗賊団の一員として領地を荒らし回っていたり、碌でもない連中ばかりで、僕もこれまで散々迷惑をかけられてきた。


 確かに中には高レベルハンターに引けを取らない実力者もいるにはいるが、そんな連中を使おうなど正気とは思えない。


「君達の言いたい事はわかる。だが、今回の依頼はそれだけ重大なのだ。今回は各国にご協力いただき、超法規的措置を取った。監獄に収監されているレッドハンターの中から、高い戦闘能力を持ちこちらの指示を聞けそうな者を見繕い、任務に従事させる」


 どんな言い訳をしようが聞けば聞くほど、とんでもない言葉だ。一時的にでもレッドハンターを解放すれば、その被害者やそれを捕まえた者が黙ってはいまい。

 そりゃ、犯した罪にもよるとは思うけど――。



 カイザーは顎に手を当てると、眉を顰めて、議長を見る。


「…………ふむ。面白い案だ。馬鹿げているという点に目を瞑れば、な。だが、今はこれ以上の追求はやめておこう。するだけ時間の無駄だからな」


 円卓を囲む面々を見回す。よく確認してみると、皆が険しい表情をしていた。とても議長の出したこの策に納得しているようには見えない。ガークさんなど、あからさまに不機嫌そうだ。


 そもそも、探索者協会に所属しているハンターの層の厚さを考えれば、そのようなリスクばかりが高い手を打つ意味はないように思える。

 僕達三人がその依頼とやらに適性がなかったとしても、探索者協会には強力なハンターが大勢いるのだ。アークを使え、アークを。




「この私が気になっているのは――探索者協会が、レベル8を複数集めた上に、そこまでおかしな手を考えざるを得なかった、今回のレベル9認定試験になる依頼の正体、だよ。それを教えてもらわねば始まらないからな」




 カイザーが僕の思考を代弁してくれる。その表情は至って真剣だ。


 ハンターにとって依頼の見極めは生き延びるための必須技能だ。僕と違って彼は依頼を受けるつもりなのだから、まあ当然である。


 その問いかけに対して、議長の視線が僕の方に向けられる。そして、何故か議長は話をしていた《破軍天舞》ではなく僕に尋ねてきた。



「《千変万化》、宝具コレクターだと言う君に聞くが――君は、高度物理文明というものを知っているかね?」


「…………!!」


 カイザーが目を見開く。サヤが目を瞬かせる。僕は思わずため息をついた。


 何を言っているのだろうか。


 宝物殿が再現する文明のカテゴリー。ハンターの基礎知識である。詳細を知っているかはともかく高度物理文明の名を聞いた事のないハンターなど存在しないだろう。

 そして、宝物殿のカテゴリーは宝具のカテゴリーと一致するので、当然僕もある程度は理解している。



「そりゃまあ、僕も一応ハンターだからね。宝物殿が再現する文明の中ではまぁ、一番興味があるかな」



 何しろ、スマホが一般流通していたらしい文明だからな。


 その文明の特筆すべき点は利便性だろう。他の文明から顕現された品と比べて高度物理文明から顕現した品は非常に多機能で使い勝手がよいとされているのだ。


 おまけに、かつてその文明がこの星に存在していた頃は、それらの品を扱うのに魔力が必要とされなかったという。

 その代わりに使われていたエネルギーが雷の力だったらしく、その結果、現存する高度物理文明の宝具には、基本的に雷に弱いという欠点が特性として残されている。ちょっと不思議な話だ。



「では、その高度物理文明の恩恵によって発展している都市も知っているな?」


「知ってるけど、行った事はないね。機会があれば行きたいとは思っているけど」



 高度物理文明の恩恵を受けている街や国は大抵の場合、入出国や宝物殿の出入りに厳しい制限をかけている。

 宝物殿からの実入りが大きく、ハンターに開放するよりも国主導で攻略した方が利益が大きいからだ。なんでも、現れる幻影が弱いくせに顕現する宝具の価値が高いらしい。


 一応はそういう国にも探索者協会は存在するが、そこに登録されるハンターは自国の人間のみであり、半ば独占状態になっているという。

 そういった国は総じて高レベルハンターやパーティの出入りを特に厳しく制限しているらしいので、レベル8の僕がそういう国への入国を許される事はないだろう。


 議長は僕の言葉に眉を顰め、低い声で言った。


「それは……運がいいのか悪いのか、わからないな。次のレベル9試験の舞台となるのは――高度物理文明により発展した都市なのだ」


「え…………行きたい……」


 スマホ買いに行きたい。可能ならば他の宝具も欲しい。売ってくれるか分からないけど……。

 でも試験だからなあ……スマホ買いに行きたいから行きます仕事はしませんは通じないだろう(当たり前)。


 そこで、カイザーが眉を顰めて言った。




「高度物理文明の都市。レベル9試験。議長、それはまさか――あのコード関連ではないだろうな?」


「ッ!?」




 その言葉に、議長の顔色が変わる。ガークさんの眼が大きく見開かれる。


 コード……? また聞いた事のない名前が出てきたよ。レベル8って知識量も凄いんだなあ。


 感心しながらカイザーに視線を向ける。カイザーの眉間には深いしわが寄っていた。



「高機動要塞都市コード…………この私でもそこまで詳しく知っているわけではないが――サヤ君は聞いたことはあるかね?」


「…………少しだけ。高度物理文明でもかなり進んだ武器を有する……難攻不落の浮遊都市だとか」



 難攻不落かあ…………いいな。


 高度物理文明の宝具と一口に言っても初期の物と後期の物で相応に性能差というものが存在する。

 だが、難攻不落という事は、その都市は恐らく後期の宝具で軍備を固めているのだろう。


 一体、探索者協会にどういう依頼が持ち込まれたのかはわからないが、その都市が今回の依頼者なのだとしたら、報酬も期待できるはずだ。

 もしかしたら宝具を譲って貰えるかもしれないし、うまく心象を良くできれば今後も入国できるようにしてもらえる可能性もある。そんな事になったら、ルーク達もきっと大喜びだろう。




「なるほどなるほど…………ありだな」




 問題はやらねばならないのがレベル9認定試験になるような依頼だって事だけだ。僕だけじゃ絶対にクリアできないよ、せめてアークかそれに匹敵するようなハンターがいないと……。

 そもそも僕は普段外出する時でさえ護衛がいないとまともに歩けないくらい駄目駄目なのだ。



 議長がカイザーを睨むような鋭い目つきで見て言う。




「《破軍天舞》…………事前に聞いていた以上にキレるようだな。まさかたった一言の情報からそこまで絞り込むとは……如何にも、今回の依頼はコード関連だ。詳しい内容は極秘なので試験を受ける者にしか話せないが、これだけは述べておこう。これはレベル9ハンターに相応しい偉業である、と」




 内容は極秘、か。これは…………カイザーとサヤ次第だな。


 高度物理文明の都市というのは気になるが、命の方が大事だ。


 レベル8ハンターは判断能力も優れているはずだ。彼ら二人がこの試験を突破できると判断するなら、きっと突破できるのだろう。

 そして、僕がついていって一人ふらふらしていても何の問題もないに違いない。多分。



 逆に、彼ら二人ができないと判断するなら絶対に無理だ。よし、これでいこう。


 情けない事を考えながらうんうん頷いていると、カイザーは少し考えた後に、隣のサヤに視線を向けて言った。



「…………悪いが、事が事だ、即答はできない。一度サヤ君と相談させて貰おう」







 ……………………僕は?










§ § §









 カイザー・ジグルドは自らの功績と実力に自信を持っている。だが、決して自分が全ての依頼を達成できるとは考えていない。


 ハンターの中にはどのような状況でもオールラウンダーに対応できる者も存在するが、カイザーはそういうタイプではない。


 故に、カイザーは事前調査を怠らないのだ。



 《夜宴祭殿》と共に、会議室を出る。唐突なカイザーからの誘いにも、サヤは何も文句を言わなかった。


 サヤはカイザーとは異なるタイプのハンターのはずだが、伊達に長くハンターをやっていないという事だろう。



 サヤが拠点とする都市――テラスは特に魔物や幻影が強力な事で知られる地域だ。

 そこでレベル8と認められている《夜宴祭殿》は間違いなく、戦闘に特化したハンターだ。


 会議室の隣の部屋に入り、周囲の気配を確認する。

 誰も部屋を監視している者がいない事を確認し、カイザーは黙ったままのサヤに言った。


「サヤ君、今回の依頼、どう見る?」


「……まだ、わからない。でも、探索者協会の反応から推察するに、余り成功率は高くないと思う」



 やはり、サヤも議長の言葉から同じ印象を受けていた、か。


 カイザーも全くの同意である。だからこそ、サヤとの相談が必要だった。



「テラスで最強のハンターを担っていたはずなのにその判断、ブラボーだよ。私も完全に同意だ。そして探索者協会も、相当厄介な依頼を受けとってしまったように見える」


 議長はまだ何も言っていない。だが、その会話の内容から読み取れる事も幾つか存在する。



「余り長く席を外すわけにもいかないから、私が彼らの言葉を聞いて考えた事を手短に話そう」




 話しながら考えを整理する。




「この私が推察するに、恐らくこの依頼、レベル8ハンターが複数人いても厳しい。レベル8ハンターが複数人いても厳しいという事は、レベル9でも辛いはずだ。レベル8と9の差は概ね信頼の差のようなものだからね。そして、探索者協会はレベル9や10を失いたくないかあるいは――誰も受けないだろうと考えたからこそ、レベル9の認定レベルという報酬を用意する事にした」




 サヤは黙って聞いていた。感情やプライドの問題は今はいい。時間は余りなかった。




 あの《千変万化》が動き出す前に、方針を決めなければならない。




「人数制限に、本来ありえないレッドハンターの投入。他の条件を鑑みても――今回の試験は相当、特殊な依頼だ。特に舞台がコードとなれば――その都市の事を少しでも知っている者ならば、依頼を受けるのは避けるだろう。少なくとも、私だったら受けない」



 高度物理文明の恩恵を受けた都市、高機動要塞都市コード。


 その都市について、カイザーは情報をほとんど知らない。それは、コードが世界から切り離されているからだ。


 唯一わかるのは、コードが現存するどの国よりも強大な軍事力を持っているという事。






 そして――都市全体が人間社会と相容れないという事である。







 最初は高度物理文明の宝物殿の一部だったらしい。そこに存在していた未知の装置を起動した結果、コードは誕生した。


 都市を起動した者は王となり、仲間達と共に、周辺に存在していた国々を都市に搭載された兵器の力で焼き払い、力ずくで統一を果たした。


 都市の攻撃射程範囲に存在していた国々は一方的に敗北した。

 各国の正規軍もトレジャーハンター達もその蛮行を止める事はできなかった。それほど、コードの兵器は優れていたのだ。


 コードに探索者協会の支部は存在しない。必要ないからだ。


 コードは他の国と交流を持たない。奪えばいいからだ。



「私の記憶している限り、これまでコードに関連する依頼が発行された事はなかった。恐らくは、余りにも危険だからだ。それがレベル9認定試験となるのだから何か状況が変わったのだろう。レベル8を複数集めようとしている点から考えても、恐らく今回の試験は――コードが敵になる。レベル9に相応しい偉業とはよくも言ったものだよ……そもそも国と戦うのはハンターの領分じゃない」


 レベル9を目指す上での一番のハードルである審査が緩むのだ。カイザーもある程度の覚悟はしていたが、これはさすがに予想外だ。


 サヤが目を瞬かせて聞いてくる。


「国を十五も救ったのでは?」


「それは事実だよ。だが、戦力が違いすぎる。私が救った国にはテンペスト・ダンシングの敵がいなかったからね。ハンターには得意不得意がある。サヤ君、今特別に、君にだけ話すが――我がテンペスト・ダンシングの弱点は…………威力が控えめな事なのだ。人間相手なら何の問題もないが、竜も落とせない。私の本質は紛れもなく、戦士ではなくダンサーなのだよ」



 それでも、相手が並だったら問題はない。カイザーもハンターである以上は、魔物や幻影も倒してきている。


 だが、間違いなく存在しているだろう、高度物理文明の粋、機装兵をどこまで相手にできるのかは怪しいところだ。

 薄く強固な装甲を有する機装兵は現代文明では未だ再現できない存在だ。防御の硬い相手はカイザーの最も苦手とするところでもある。



「サヤ君、《夜宴祭殿リトル・ウィッチ》は、国々を焼き払い数多くの高レベルハンターを撃退したコードと戦って、勝利する自信はあるかね? 私は見たぞ、議長がコードの名を出した瞬間、サヤ君のところの支部長の表情が怒りに歪むのを。あれは、事前に依頼の内容を知らせなかった探索者協会への怒りだよ」



 恐らく、試験内容を知っていたら、サヤもカイザーもこの場には来ていなかっただろう。今回カイザーは自らレベル9認定試験を受けたいと支部長に進言してここにやってきたが、試験内容が明らかだったらその時点で断られていた可能性が高い。


 支部長にとって己の支部の優秀なハンターは宝なのだ。それが自ら導いた相手だったらその思い入れたるやどれほどのものになろうか。


 カイザーはため息をつき、サヤに告白する。


「正直に言わせて頂こう。試験を受けるのが私だけだったら、今回レベル9になるのは諦めて帰るよ。サヤ君と二人だったとしても、断っていた可能性は高い、と思う。あそこまで啖呵を切って断るのも情けなくはあるが、達成できる自信のない依頼を受けること程、迷惑な事はないからね。余りにもリスクが高すぎる」


 レベル8は英雄である。それに課される依頼もまた危険で、緊急性と確実性を要するものばかりだ。

 依頼を受けてみてできませんでしたでは済まされない。





「だが、今回は問題が一つだけ存在する。本来、レベル9の申請をしていなかったはずのあの《千変万化》がコードの名を聞いて乗り気な事だよ」




 《千変万化》。トレジャーハンターの聖地と呼ばれるゼブルディアで最年少レベル8に認定された男。



 トレジャーハンターのレベル認定の基準は必ずしも一律ではない。


 トレジャーハンターにも需要と供給というものが存在する。ハンターの総数が少ない程、高レベルハンターの数が少ない地域程、高レベル認定を受けるためのハードルは低いのだ。


 ゼブルディア帝国は大きな国だ。トレジャーハンターの数もカイザーが拠点としている場所と比べれば桁外れに多い。


 そのようなトレジャーハンターの激戦区で、才能あるライバル達を差し置いて最年少レベル8に認定されるなど、尋常ではない。しかも、《千変万化》は既にその功績でレベル9に手がかかりかけている。

 今回の申請が通らなければ当分レベル9になる見込みのないカイザーやサヤとは違うのだ。


 サヤが眉を顰め、カイザーに言う。


「…………そんなに凄い人物には、見えないけど」


「カフェでも言ったが、見た目で判断するのは愚かな事だよ。依頼達成率百パーセント。未来予知に限りなく近い、神算鬼謀の《千変万化》。独自の情報網から得た情報を組み合わせ常人ならば思いついても実行しない奇策を幾つも成功させた彼は、ハンター大国ゼブルディアで絶大なる信頼を集めているという。信じられないだろうが、先程私の出した情報に訂正を入れたラドリックという男は、ラドリック・アトルム・ゼブルディア――ゼブルディアの現皇帝だ」


「!?」


 大国の皇帝の名前くらいは把握している。そうでなくとも、このレベル9の前提審査で呼ばれる者は各国の要人クラスばかりだ。

 そんな人物が、わざわざあの場でカイザーの言葉に対して反論した。それが意味するところは何なのか?



「これはただの私の想像だが――今、我々は人生の岐路にいる。この極めて危険な依頼を受けるか受けないか、だ」



 世界は広い。《破軍天舞》や《夜宴祭殿》はレベル8ハンターの中ではそこまで知名度が高い方ではない。

 だが、今回で名を知られてしまった。




「もちろん、現段階での受けるか否かの決定権は私達にあるだろう。だが、もしも仮に私達が断った依頼を《千変万化》が受け解決したとなると――探協の中でのハンターとしての格付けが確定してしまう。彼が上で、私達が下、だ」


「…………」


「実力至上主義とは残酷だな。言うまでもないが、彼に非はない。ただ、私達が存在した事で街でナンバー2になってしまったハンターが存在するように、《千変万化》が存在するせいで私達は、年下のハンターが受けた依頼を、リスクを鑑みるという名目で回避した情けないハンターになるのだ。そして、その事実が来年以降のレベル9審査に影響するのは間違いない」


「………………最低な話」


 吐き捨てるようなサヤの言葉。その苛立ちは果たしてどこに向けられたものだったのか。

 だが、少なくとも、《千変万化》に対するものではないだろう。



 はっきりしているのは、カイザーも、そしてサヤも、確固たる意志をもってレベル9を目指しているという事だ。


 レベル8で終わるなどごめんだ。戦わずして敗北するくらいならば、リスクを負ってでも勝利を目指した方がいい。



 その極僅かな表情の変化からサヤも同じ考えである事を読み取り、カイザーは心の中でほっと息をついた。



「《千変万化》は、仮に私達が依頼を引き受けなかったら、探協が用意したレッドハンターを率いて依頼に挑むだろうね。レッドハンターなんぞでコードと戦えるかは不明だが、そんな事になれば、耐え難い屈辱だよ。故郷で私のレベル9認定の朗報を待つ友人達に顔向けできない」


「……それには同意する」


「私は今回の試験を受けるつもりだ。私がサヤ君に声をかけたのは、参加者が増えれば増える程、勝率が上がるからだ。相手は悪いが、勝ち目はある。《千変万化》の実績は本物だし、恐らく彼は、仲間がいればいるほど力を発揮するタイプだ。驚くかもしれないが、彼にはまだ――パーティを組んでいる相手がいるんだよ」


「パーティを組んでいる……相手?」


 瞠目するサヤ。カイザーはソロハンターだ。サヤもソロなのだろう。レベル8以上のハンターはソロの割合が突出して高くなる。


 レベル8への道は並大抵の実力でついていけるものではないのだ。


 帝都で最年少のレベル8認定を受ける程の才能を持っているのに未だパーティに所属しているというのは稀有な現象だと言っていい。


 

「この私やサヤ君が協力すれば必ずや《千変万化》は依頼を成功に導くだろう。レベル8同士の共闘は学ぶ事も多いはずだ。これは試練だが、考えようによっては好機とも言える。依頼をクリアできればレベル9が見えるんだからな」


 それで……サヤ君はどう動く?


「…………」


 じっと視線で確認するカイザーに対して、サヤが小さく肩を竦める。だが、その口元には小さな笑みが浮かんでいる。


 漆黒だった虹彩が仄かに赤みを帯びていた。まるでその身に秘めた力を示すかのように。


 ハンターとして培った第六感がカイザーに警戒を呼びかけていた。異能とはよくぞいったものだ。

 サヤがゆっくりとその唇を開く。


「…………カイザー、私はそもそも、試験に乗り気じゃないなんて言ってない。私の力がコードに通じないとも思っていないし――共闘にも、興味がある。私は……これまで一度もパーティに、入れてもらった事がないから」



 レベル8ハンターはソロがほとんどなどと言っても、過去パーティに参加した事のある者は多い。

 単純に、才能あるハンターでも力をつけるには――メンバーとの力の差が致命的なものになるまでは、時間がかかるからだ。


 一度もパーティに入ったことのないハンター。それが意味するものは何か。



《夜宴祭殿》…………もしかしたら、私は本当についているのかもしれないな。



 沈黙するカイザーに、サヤがくすくす笑いながら言う。


「それに、カイザー、貴方が一つだけ言っていない事がある。《千変万化》だけが依頼を受けて、失敗した場合の話よ。その場合、撤退を選んだ私達の判断が妥当だったと評価されるのでは?」



「ふははははは、言うまでもなかったから、言わなかったのだよ。《千変万化》だけが試験を受けるパターンなどありえないと考えていたからね。この私は負けず嫌いなのだ。たとえ実績で負けていても、ハンティング・スピリットでは負けたくないものだね」









§ § §










 居た堪れない空気の中、待機する事数分。僕を置き去りにして出ていったカイザーとサヤが戻ってくる。

 一応は僕もレベル8なのだが……何故仲間はずれにされてしまったのか。もしかしたら僕を戦力外だと考えたのかも知れない。その通りだよ。仕方ないね!



 カイザーは僕の隣に立つと、こちらにちらりと一瞬視線を向け、堂々とした態度で議長に言った。




「サヤ君と話をした。その試験、この《破軍天舞》の力をもってしてもリスクが高いと言わざるを得ないが、レッドハンターに任せるわけにはいかないな。詳細を話したまえ。探索者協会の頭を悩ませているというその依頼、この三人で解決してみせようじゃないか!」



 !? 僕はまだ受けるなんて言ってないんだが……もしかしたら、カイザー達がいるなら受けてもいいかもなと考えていた事が見抜かれていた?


 いや、あれはただの出来心で本気じゃないんだけど……いくら僕でもカイザーやサヤの邪魔になるとわかっているのに同行しようとは思わない。



「ちょっと待って、僕はまだ試験を受けるなんて言ってないんだけど……」



 手を上げ一応、反論してみるが、カイザーはきらりと歯を輝かせて言った。



「ふ…………《千変万化》、考えている事はわかる。君と私がタイプが異なるハンターである事くらい理解している。何を得意としているのかも、ね。安心したまえ、レベルは同じではあるが――君の邪魔をするつもりはない。それに、我々の力は君のパーティメンバーにも引けを取らない事だろう。これでもレベル8だからな」



 考えている事はわかる? タイプが違う事くらい理解している? まさか僕が幼馴染に頼りっぱなし系ハンターである事まで、この《破軍天舞》は見抜いているという事だろうか?


 それに君のパーティメンバーにも引けを取らないって事は…………リィズ達の代わりに事件を解決してくれるって事? いやいや、そんな馬鹿な――。



 カイザーの言葉の真意を読みかねて戸惑っていると、議長が厳かな声で言った。




「良かろう、《破軍天舞》、《夜宴祭殿》、《千変万化》。貴殿ら、探索者協会が誇るレベル8ハンターがそこまで言うのならば、この依頼――貴殿らに託すとしよう。時間も余りないし――少なくとも、現時点で取れる手ではそれが、最善だ。それでは、採決を取ろう。異論がある者がいなければ――彼らのレベル9認定試験を開始する」




 周りをぐるりと見回し、議長が確認するが、特に異論のある者はいないようだった。


 もっと厳密に審査するのだと思っていたのだが、そんなに急を要する依頼なのだろうか?


 残念ながらこの状況に戸惑っているのは僕だけのようだった。

 カイザーもサヤも真剣な表情で議長を見ている。


 僕はまだ七割方試験を受けたくないのだが、なんかもう断れなさそう………………まぁ、前向きに考えよう。

 レベル8が二人も味方なのだ、その護衛付きで高度物理文明の街を見学できるなら悪い話ではないはずだ。多分、きっと、恐らくは。





 自分に言い聞かせていると、議長は一度ため息をつき、深刻そうな声で言った。








「まずは、今回の依頼の舞台について話さねばなるまい。高機動要塞都市コード――これは余り公にはなっていない情報だが、レベル8ハンターならば聞いた事もあるだろう。高機動要塞都市コードと探索者協会の因縁は初めて都市が起動したその時から始まった。そして、探索者協会はこれまでに二回コードと戦い――事実上の敗北を喫している」







 んー…………あれ?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る