69 宝具

 宝具は取り扱いの難しいアイテムだ。

 ハンターにとっても難しいが、それを売買する商人にとっても同じである。


 一部の有名な宝具ならばハンターも知っているが、見つかる宝具の大部分は未知のアイテムだ。

 元になるのが過去文明の産物なので人の手で扱いきれないアイテムは滅多に存在しないが、説明書が一緒に出てくるわけではないので、その性能の確認には深い知識と経験が必要とされる。


 トレジャーハンターが見つけた宝具の鑑定をするのは鑑定士の仕事だ。

 他の都市では鑑定士が鑑定士単体で商売として成り立っている所もあるが、宝具の持ち込まれる量が多い帝都では商店と一体型になっているパターンが多い。


 『マギズテイル』は僕達が帝都を訪れ、最初に宝具を見つけた際に訪れた宝具専門店だった。


 宝具専門店としては帝都でも老舗中の老舗である。店主は鑑定士を兼ねており、この道五十年、有用な宝具から危険な宝具まであらゆる品を鑑定してきたベテランだ。


 だが、その歴史に反して店の側には他のハンターの姿はない。『マギズテイル』は知る人ぞ知る名店だが、あまり人が寄り付かない名店でもあった。


 年季の入った扉を開けて中に入ると、僕達を出迎えたのは強面の警備員だった。

 まるで幻影と遭遇したハンターのような鋭い目が僕とティノをじろりと見下ろす。


 全身に纏っているのは宝具である。ブーツから胴体を守る胸当て、手甲から腰に吊るされたロングソードまで、全てが宝具の輝きを放っている。恐らく彼はこの帝都で、僕の次くらいに大量の宝具で武装している男だ。

 もう五年近い付き合いなのだが、その眼差しが柔らかくなる気配はない。最初に来た際、殺意すら感じさせるその視線に萎縮しまくったのを思い出しながら、僕はその目の前を通り過ぎた。


 おおよそ客商売をしているようには見えない小汚い店構えとは裏腹に、店舗内には一般の店らしく、数々の宝具が整頓されて並べられていた。

 僕達を除いて他に客はいない。


 おおよそ統一感がないのは宝具店特有の現象だろうか。

 ガラスケースの中には宝飾品型の宝具が並べられ、壁には武器型の宝具が武器のジャンルに分けられ掛けられている。

 宝具は低位の物でもかなりのお値段がする。商品の総額は宝石店などと比べても遜色あるまい。

 もっと大通り沿いに店を建てれば儲かると思うのだが、こんな辺鄙な所に店を立てているのは店主の気質による所が大きいのだろう。


 品の前には宝具の名と使用に当たっての注意点が事細かに書かれていた。

 ティノが指輪型の宝具の納められたガラスケースをじっと見下ろしている。以前勝ち取った『弾指ショット・リング』について考えているのだろうか。


 宝具収集が趣味である僕にとってこの店は博物館であると同時に、玩具店のようなものだ。ハンターになったばかりの頃は、休みがあるとよく商品の前に張り付いて名と機能を暗記したものである。


「?? ますたぁ、見ないんですか?」


 いつもなら新しい宝具が入っていないか時間を掛けて店内をくまなく確認するのだが、今日は財布の中がほぼ空っぽなので胸が張り裂けそうな思いを我慢して陳列棚の間を通り過ぎる。

 この店に連れ込まれる事が多いティノが、いつもと違う僕に不思議そうな声をあげる。


 今回の目的は買い物ではない。今、ツケで宝具を買い込んだら今度こそエヴァに呆れられるだろう。


 カウンターには誰もいなかった。警備員がいるとはいえ、相変わらず不用心な店だ。


「今日はお金が無いんだよ」


「……えッ!?」


 ティノが短く声を上げると、まるで胸元でも隠すかのように身体の前で手を組み一歩後退った。


 そんな警戒しなくても後輩から借りたりしないよ。


 身を縮め、まるで天敵でも見つけたかのような目で見上げてくるティノに、戯けたように肩を竦めて言った。 

 

「実は借金もある」


「…………ますたぁ、私も、物資を補充したり、装備をメンテするお金が必要なんです。ただでさえお姉さまに搾取されてますし、宝具はますたぁに差し上げてます。これ以上搾り取られたら……干からびてしまいます」


「うんうん、そうだね。大丈夫、ティノに借りようなんて思ってないよ。債権が移るだけだし」


「………………うぅ……お、おいくら、必要なんですか?」


 せめてアイス代だけは残してください、と小動物のような挙動でティノが訴えてくる。借りるつもりはないと言ってるのに、僕がどれだけ日頃信頼されていないのかが如実に現れていた。


「だから借りるつもりはないって。大体、十桁だし、ティノじゃ無理だよ」


「じゅっ……けた……?」


 呆然として指折り桁を数えるティノ。その表情はエヴァが借金額を聞かされた際に浮かべたものに似ていた。

 わかっていたことだが金遣いの荒いハンターでも十桁の借金というのは尋常なものではないようだ。


 ティノが乾いた笑いを浮かべ、震える声で言う。


「…………さ、さすがますたぁ。そんなに、おかねをかしてくれるところがあるなんて、すごいです。さすが、だれもがおそれる、れべるはちです」


 借金しただけで褒められたのは初めてだ。褒めてる? 馬鹿にしてる?

 ……そうだね、馬鹿だね。もう言い訳のしようがない。


 お金っていうのはね、返せる分しか借りちゃいけないんだよ。


「大丈夫だよ、借りてるのシトリーからだから」


「!?」


 怯えを浮かべていた表情がはっきりと引きつる。ちょうどその時、カウンターの奥の扉ががらりと開いた。


 ティノが素早い動きで僕の後ろに隠れる。

 出てきたのは店主兼鑑定士、たった一人で五十年もの間、宝具を鑑定し続けているマーチスさんだった。

 完全に白く染まった髪に、しわの刻まれた容貌はしかしその鋭い目付きとピンと伸びた背筋のおかげで年齢をあまり感じさせない。矍鑠とした動作でカウンターの後ろに立つその姿には威圧感がある。

 そしてその厳格そうな表情から感じられる通り、マーチスさんは偏屈な男であった。そのせいで『マギズテイル』には客があまりいないのだ。


 僕の姿を見ると、マーチスさんは眉を顰め、これみよがしに舌打ちをする。


「……チッ。なんだ、客かと思ったら、またお前か……」


 僕に対する対応は初対面時から全く変わっていない。

 まぁあの時はリィズちゃん達がいろいろ失礼な事をしてしまったので仕方ないのだが、恐らく、マーチスさんは僕がレベル相応の力を持っていない事を見抜いているのだろう。


 忌々しそうに鼻を鳴らし、マーチスさんが僕を睨む。


「ふん……何の用だ。…………今日は、お前に売れるような宝具は入ってないぞ」


 これはマーチスさんが僕を嫌っているというわけではなく、彼は誰にとってもこんな態度であった。そりゃ皆、大通り沿いにある若い女の子が店員やってる宝具店に行くわ。

 だがその御蔭でこの店はいつも空いているのである。


「爺さん、そんな態度だから客が入らないんだよ」


「…………余計なお世話だ。うちは十分、上手くやってる。目ん玉飛び出るほど高額な宝具を頻繁に買い漁るガキもいるしな」


 それ僕の事じゃないよね? 客をガキ呼ばわりとは、相変わらずとんでもない店主だ。


 だが腕前は確かだ。悪い人間でもない。贔屓はしてくれないが誠実である。どこから仕入れるのかわからないが、掘り出し物の宝具を仕入れている事も多い。つまり、僕としては忌避する理由がない。おまけにツケも利く。

 僕はリィズ達と違って帝都に来てから誰かに師事することなどはなかったが、ある意味では彼こそが師匠といえるかもしれない。



「俺もいつも客の相手していられるほど暇じゃない。これくらいの客でちょうどいいんだよ」


「まあ僕としてはマーチスさんにいつでも仕事頼めるのはありがたいけど」


「…………今は忙しい。大口の仕事が入ってな」


 そっぽを向いて低い声でマーチスさんが言う。彼は嘘をついて仕事を断るような人間ではないので、恐らく本当に忙しいのだろう。

 僕は腕に嵌めていた宝具を外し、カウンターに置いた。マーチスさんの双眸がぎらりと光る。


「【アレイン円柱遺跡群】で見つけた。鑑定を依頼したい」


「……アレイン……レベル1宝物殿、か。なぜレベル8のお前が――」


 ぶつくさ言いながらも黒い革の手袋を嵌め、マーチスさんが慎重な手付きで宝具を持ち上げる。

 ルーペを取り出し、全面に彫られた細かな模様を観察する。


 宝具鑑定に必要なのは経験と知識だ。五十年間、この帝都で宝具を鑑定し続けた彼の持つ情報はここ数年で宝具コレクターになったばかりの僕よりも遥かに多い。

 くるりと腕輪をひっくり返し一通り模様を確認すると、マーチスさんは難しい表情で唸った。


「……【アレイン円柱遺跡群】はレベル1の宝物殿だ。そもそも滅多に宝具など現れないが……恐らくこれは、『外の宝具』だな」


 宝具の出現はランダムだが、出現原理が同じマナ・マテリアルの蓄積である以上、宝物殿の種類によって現れやすい宝具という物がある。

 高度物理文明の建物を模倣した宝物殿ならば高度物理文明の宝具が現れやすいし、魔導武器文明の宝具を手に入れんとするのならば魔導武器文明の光景を模倣した宝物殿を探索するのが常道だ。それもまた、宝物殿の人気の差に繋がっている。


『外の宝具』というのは、宝物殿と現れた宝具で整合性が取れていないという事を指している。珍しいが滅多にないというわけでもない。


 しかも、見つけた宝物殿が【アレイン円柱遺跡群】ならばこれは悪い話ではない。


 少しわくわくしている僕に、マーチスさんが珍しく熱の篭った口調で続ける。


「あの宝物殿は出現する幻影の傾向から、魂なき者が世界中に蔓延っていた時代の代物だとされている。かの時代から来る宝具は自然生成される魔法生物の操作に関する代物が多い……が、これは意匠からして明らかに異なる時代の物だ。恐らく『高度魔道具文明』の代物だと思われるが――あの時代は何しろ長い。宝具の数も膨大だ」


 高度魔導具文明は数千年に渡って栄えたとされる、判明している数ある文明の中でも特別に長く続いた文明だ。

 かの時代は魔力をエネルギーに魔法を発現する『魔導具』と呼ばれる道具の発展が著しく、生活のあらゆる場面において利用されていた。

 現代文明においても魔導具の一部は受け継がれているが、一つあるだけでも便利なそれが生活に密着するほど生産されていたのだから、僕には想像すらできない。一切魔力という物が使われなかったとされる『高度物理文明』とは相反する存在だ。


 そして、かの時代から引っ張られてくる宝具はとにかく種類が多い。取るに足らない生活用品から戦闘に役立つ宝具まで、本当に数限りない。

 しかし、僕が見たことがないということは珍しい宝具だ。大当たりならば、借金を一気に返せるかもしれない。売らないけどね。


「効果は?」


 ごくりと唾を飲み込み尋ねる僕に、マーチスさんが真剣な表情で言った。


「…………わからん」


 わからないのかよ。


「……腕落ちた?」


「たわけがッ! 起動もせずに効果がわかったら鑑定士あがったりだッ!」


 ため息をつく僕に、マーチスさんが眉を歪め怒鳴りつける。


 ごもっともである。もしかしたら今回見つかったのが初めてな宝具の可能性もあるのだ。

 しかし、造詣の深いマーチスさんでもわからないとなると、相当珍しい宝具なんだな……ティノには今度アイスを奢ってあげよう。


 マーチスさんが箱を取り出し、腕輪を丁寧にしまう。


「鑑定には時間がかかるぞ。他に仕事が入っていてな。あと、ちゃんと鑑定料も貰う。ツケで仕事はしない」


「もちろん、金はある。なるべく急いでもらいたい」


 僕のじゃないけど。


 後ろに隠れていたティノがまるで抗議するかのように服の裾を掴んでくる。

 宝具の鑑定にかかる料金は宝具の質によって違うのだが、マーチスさんならぼったくる心配もないし、毎回ツケで仕事はしないと言うが、なんだかんだツケが利く。


 そしてマーチスさんは誰にもしっぽを振らない孤高の鑑定士だが――大きな弱みがあった。


 ため息をつき、言葉を続ける。


「その宝具、ティノが見つけてきてくれたんだ」


「なんだと――ッ!!」


 マーチスさんの表情が変わる。先程までの厳格そうだった目付きが更に鋭くなり、声に熱がこもる。

 今まで後ろに隠れていたティノがそっと顔を覗かせる。それを捉え、マーチスさんの眼の色が変わった。


 僕に対するよりも随分柔らかい声で言う。


「なんだ、嬢ちゃん、いたのか……どうした、そんな所に隠れて――」


 マーチスさんは老齢だ。一人で店をやっているが、彼にも家族がいる。

 そして――ティノと同じくらいの孫娘がいるらしい。黒髪でティノに少し似ているらしい。


 孤高の鑑定士の弱点はいたいけな女の子であった。

 それを知って以来、僕は定期的にティノを連れてこの店にくるようにしていた。リィズやシトリーではダメなのだ。


「マスターの迷惑にならないように、隠れていました」


「そうか。仕事の邪魔をしないなんて、嬢ちゃんは偉いなぁ」


 その子、僕より強いんだけど。ジェノサイドモンスターの弟子なんだけど。

 僕には絶対見せない笑みを浮かべるマーチスさんは傍目から見ても情けなかった。


 そして僕はそんな弱点をつく事を躊躇ったりしない。隙を見せるのが悪いんだ。

 ティノが僕の意思を察して、伏し目がちに尋ねた。


「宝具の鑑定、いつ終わりますか?」


「……できるだけ早く――できるだけ早くやるぞッ! お嬢ちゃんが頑張って見つけた宝具だもんな。一週間――いや、五日程待ってくれ」


「五日もかかるんですか……?」


「くっ……いや、だがそれ以上に短くは――今の仕事が――」


 マーチスさんがまるで助けを求めるように僕を見てくる。

 爺さんこれ、言ったのがティノじゃなかったら宝具投げつけて拒否してただろ。どれだけ嫌われたくないんだよ。プライドを持っている鑑定士の姿とは思えない。げに恐ろしきは肉親への情、という奴か。


 降参するまで時間はかからなかった。押し殺すような声で言う。


「ぐッ……クライ、お前も知ってるだろ!? 年に一度の『競売』、だ。ついさっき、うちにも鑑定依頼が山のように届いた所だ。余分な時間は一切ない」


「! ティノ、もういいよ」


 競売。年に一度、帝都で行われる大規模な宝具オークションだ。毎年楽しみにしていたのだが、最近はごたごたしていたので完全に忘れていた。


 僕の声を受け、ティノが口を噤む。

 完全に無表情だ。一体どうしてマーチスさんがこれに弱いのか、僕にはさっぱりわからないが、僕は目的のためならば土下座すら厭わない男である。


 僕はマスコットを盾にして、正々堂々とマーチスさんに脅しをかけた。


「じゃあ奥でその鑑定依頼が来たという宝具を見せてもらおうか。ん? ティノがどうなってもいいの?」

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